夏の

 僕がこの夏、初めて蜩の声を聞いた日から2週間が経ちました。
 けたたましく鳴く蝉の声が耳の奥で渦巻のようになり、余韻と言えば聞こえは良いが、耳鳴りか幻聴のように夜になってもつきません。
 ああ、これは既に病気なのだと気づいたのがつい先日のことで、重い腰をあげて診察に臨みました。
 そうしましたら医師が「脳波に微妙な乱れがみられるね」と軽い口調で言うので、「ええ、僕は既に狂っていますから」とあたりまえに応答したら、「誰も彼も多かれ少なかれここでは狂っているんだよ。心配しなくていい」と言われました。
 そのほうが心配ですよ、との言葉を飲み込んで、カルテを閉じる医師を見守る。
 「それじゃ、MRIで頭を切り刻んでみますか。予約しておきますから、その日はきちんときてくださいね。」
 明るく笑いかけるその顔が幼稚園の先生みたいで、もちろんそんな先生に思い当たる節はないのですが「誰かに似ているな」と少しだけ記憶にさざ波が立ちました。
 
 誰だっけかな?

 思い出せない夜。

 7月も既に終わろうとしており、明日には8月に突入します。
 暑苦しい夏は様々なことを引き起こして、次に意識を取り戻した時には、恐らく僕は銀杏の枯葉の下にいるかもしれない。もちろん近寄って来る誰かを驚かしたりなどしません。じっとしていますよ、できるかぎりは。

 クリスマスなんか楽しくもない。

 たぶんそんな顔をしていたから「もう今年が終わった気でいるんですか?」と声をかけられ、驚いて振り向くとオレンジ・ペコーを注いだティーカップを持って彼女が立っていました。

 「どうぞ。」
 「ありがとう。」
 「お砂糖は要りますか?」
 「いや、このままでいいよ。香りを損なうから。」
 オレンジ・ペコーに香りもないものだろうと自嘲しながらそれを受け取る。

 紅茶の面に映る不機嫌そうな自分の顔に不快感を覚えながら、それを一気に飲み下す勢いで口を付ければ、「楽しくないことが予感できるのなら、楽しくすることを探してみたらどうですか?まだ時間はあるのですから」と至極もっともなご意見を賜りました。
 「できればそうしたいけど僕は不器用なんだよ」とそう言うと、「誰だって不器用に生きていますよ。器用だと思い込んで生きている人はいるかもしれませんけれど」とこれも真理を返してきます。
 「思い通りになることなど10のうち半分もない。ひょっとしたら一つもないかもしれない。ちょっと風向きが良かったのを考え違いしているだけなのかもね。」
 「偶然ばかりですからね。世の中は。でも結果論が人を救う手だてになることもありますよ。」
 
 そう、良い方に捉えるには運命論は万能なのです。怪しいものほど役に立つ。
 怪しげなものはカップケーキと一緒に台所の棚の奥にしまっておいたほうがいい。できれば普段は手の届かない高い場所に。そのうちにとっておきのおやつになる時がくるかもしれないから。

 彼女との会話を反芻しながら、きっとこれは鏡なのだな、と胸のうち。

 「蒸し暑いですね。太陽がまぶしいから…、そう言って引鉄をひいてしまいそうです。」
 「銃をもっているんですか?」
 「ワルサーP38のエアガンなら。」
 「痛いでしょうね、痛いだけでしょうけど。適度な怖い思いと痛い思いが体感できますね。」
 「そうなれれば理想的だね。少しの怪我と軽い笑い話で済むから。」

 で、そんな不毛な会話の原因を探したら、どうやら夏風邪だったようです。

 来週は頭の検査です。
 悪いところではなく良いところが見つかれば、なんて脳内遊びをしてみるのは、どこかに期待と不安があるからなのです。

 夏は、もう少し続きます。




 




 
 
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