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佐香厚子「しゃぼん玉の街」

 岩手県出身の漫画家は、「ときめきトゥナイト」の池野恋、「伝染るんです」の吉田戦車、「とりぱん」のとりのなん子、「ゴルゴ13」のさいとう・たかを、「人間仮免中」の卯月妙子など意外と多いんです。
 佐香厚子さんもその一人。昭和52年に週刊少女コミック「いちごパフェでデート」でデビューし、その後は月刊ちゃおを中心として作品を掲載。作風としては、ちょっとミステリー仕立てにしてみたり、コメディ風にアレンジしたものはありましたが、当時の少女漫画の典型であった「まだ恋にあこがれる恋する少女」を扱った穏やかなラブストーリーが主体でした。昭和60年代に入ってからはライトなHをテーマにしたものや、主婦が主人公であるものなどヤング・アダルト系にシフトして行きました。

 シャボン玉の街00 月刊「ちゃお」12月号(昭和54年)

 今、僕はいろいろなことを思い返す時期に来ていて、たかが漫画のことなんですが、その「たかが…」が自分で思っていたよりも大きな位置を占めているようです。この佐香厚子さんの作品もそんな僕の青春期の一隅を彩っていたものでした。

 姉が好きだったオフコースの「秋の気配」を、校舎裏の焼却炉にゴミを投げ込みながら、小声で「…こんなことは今までなかった。僕があなたから離れて行く…」と、覚えたてのあやふやな音程で歌っていた時に、唐突に真後ろから声をかけられました。
 「君って随分高い声がでるんだね。ちょっといい声しているし。ねえ、ギター弾ける?」
 僕は人前で歌うのが苦手で、音楽の歌のテストの時は決まってエスケープを決め込むほどに音痴だと思っていたのです。いえ、事実、当時の僕は絶対的な音痴でした。自分の声がどの音をなぞっているのかがイメージできていなかったのです。
 先輩と思われる女生徒のその質問に対して、僕は返答に窮し、ただ黙秘して焼却炉にごみを放り込み続けました。彼女の腕に抱えられていたゴミ箱を受け取り、やはり同じように放り込んだ後で、また彼女が話しかけてきました。
 「君、ギターやってみなよ。楽しいから。君、名前は?一年でしょっ?ねえ、明日の放課後、三年×組の教室に来て。じゃ、約束だよ。きっとね。」
 断ることのできなかった約束は承諾したことになるのでしょうか?たぶん、そうなのでしょうね。僕は気が弱かっただけなのですが、その気の弱さからそこへ行くはめになりました。無視したあげくに教室にねじこまれでもしたら恥をかくのは僕ですから。彼女はそう思わせるくらいの気の強さを十分に醸し出していましたので。
 彼女は訪ねた放課後の教室でギターを抱えてオフコースを歌っていました。デユオを組んでいたようでした。

 「…夏は冬に憧れて、冬は夏に帰りたい。あの時のこと今ではすてきに見える。そっとそこにそのままで、かすかに輝くべきもの、決してもういちどこの手で触れてはいけないもの…」(夏の終わり)

 女性同士の声と言うのは美しく響くものです。その静かなメロディと仕組まれ過ぎたポートレイトのような場面を僕は正視することが出来ず、並べられた机の上に視線を浮遊させるしかありませんでした。
 その時に目に入ったのが月刊ちゃおの12月号。ふたりのうちの誰の持ち物かはわかりません。また、どの作品がお気に入りだったのかも知りません。なぜかその少女漫画雑誌が印象深く残りました。
 僕は帰宅してから同じ雑誌を姉の机の上でみつけ、手に取りました。その結果、単に僕のなかで勝手に彼女たちの歌と、その中にあった佐香厚子さんの「しゃぼん玉の街」が重なってしまっただけのことです。そして、それが僕の手にギターを持たせることにもなったのです。

 佐香厚子「しゃぼん玉の街」 

 シャボン玉の街01 
 (月刊「ちゃお」昭和54年12月号~昭和55年5月号)
 
 ストーリーは簡単に説明すると次のようなものです。

 シャボン玉の街02

 場所は東京のとある小さな商店街・たいこ通り商店街。そこにある理髪店の看板娘・八橋未久(やばせみく)は小さなころから9歳離れた隣の美容院の息子・稲村京太のお嫁さんになるのが夢。そのために苦手な料理を克服するために高校では料理クラブに在籍します。ところが、その料理クラブの美人顧問・川田のり子と京太が相思相愛の仲に。唯一ともいえる夢がはじけて失意に沈む未久を元気づけたのは、幼馴染の安達三成。未久は三成を見直すとともに、新入生歓迎会で強引に引き受けさせられた脚本を書きすすめながら新たな夢を見つけ出します。

 シャボン玉の街003

 ありふれたテーマではあるんですが、印象に残る作品というのはどこかに説得力を生み出す言葉なり、場面なりが存在しているものです。
 この漫画では「しゃぼん玉」です。
 しゃぼん玉というと野口雨情の童謡がまっさきに思い出され、きれいで儚いイメージが浮かんできますが、ここでは「こわれても仕方ないもの」そして、「消えたらまたつぎつぎに作り出せばいい」と前向きなイメージで捉えられています。
 小さな子供が一番最初に自分で生み出す楽しさを覚えるのが、この「シャボン玉」かもしれません。細いストローを口にくわえて、強すぎず弱すぎず、息の加減に注意して。そして、空に向かっていくシャボン玉を追いかける。そんな経験は誰しもにあると思います。
 この作品ではその生み出す強さと楽しさを生きて行く夢に結びつけています。

 シャボン玉の街03

 人は誰でも自分を必要としている場所を求めています。恋人、友人、職場、家族。それらに巡り合うために人は生きて、そして、夢を描きます。できるなら、自分に合ったその道を歩めるように。
 夢はいくつも生まれて、その都度、壊れて消えるしゃぼん玉のようなのかもしれませんが、人にはそれに負けない、生み出す力が備わっています。
 何歳になってもそれはあるのでしょうが、未久たちの世代、つまり十代半ばから後半の世代が、それを一番可能にしている時間であったのかもしれません。

 シャボン玉の街04

 思えば、あの先輩と未久は重なるイメージがありました。ひたむきなところや周りに元気をわける雰囲気が。
 今はどうしているのでしょうか?大学生くらいのお嬢さんがいるかもしれませんね。月日の流れが何をどう変えるかはわかりませんが、僕の中ではまだあの頃のままのようです。それは、この作品に描写されている街や人の生活などの場面の多くが懐かしさを呼び覚ますためでもあるでしょう。
 あの頃はまだ家風呂よりも銭湯に行く人のほうが多かったとか、商店や個人の家を利用した下宿なども多くありましたし、僕もそういったところにお世話になった人間でもありますから。

 シャボン玉の街10 フラワービッグ・ポケット8月号(昭和58年)

 ところで、この「しゃぼん玉の街」ですがコミックになっているのでしょうか?僕の手元に資料がないのでわかりません。昭和58年フラワー・ビッグ・ポケット8月号に総集編が収録されています。僕が持っているのもこの号によるものです。
 佐香厚子さんのこの頃の作品の多くはコミック化されていませんので、復刊を含め、ぜひ出版をお願い致します。あまり(全く)好きではありませんが、この際、電子書籍でも可です。読めないよりましですから。

 シャボン玉の街09

 上は「ちゃお12月号」のプレゼントコーナーにサンタ姿で登場した佐香厚子さんです。






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テーマ : ひとりごと…雑記…きままに
ジャンル : 日記

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No title

本人に直接訊いてみてもいいかもしれませんね。
http://ameblo.jp/buchi18/

一番下の写真はお宝ですね^^

Re: No title

ブログの情報をお寄せくださりありがとうございます。
早速拝見させていただきました。
オープンガーデンには時間をつくって是非、訪れてみようかと思います。
全く知りませんでしたので、本当に嬉しいです。心より感謝申し上げます。
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otosimono

Author:otosimono
全く役に立たない独り言です。

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