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A.M.Mucha “CLIO” ‐ 19世紀末の挿絵 ‐

 アルフォンス・マリア・ミュシャによるアナトール・フランスの「クリオ」の挿絵をとりあげます。あまりにも有名なのでどうしようかとも思っていたのですが、そういえばフランスの本は取り上げてなかったなと言うのと、ちょっと気が向いたので。

 表紙 
 (CALMANN LEVY,EDTEUR. 3,RUE AUBEE,3 1900)

 収録作品は「キメの歌うたい」「アトレバテスのコム」「ファリナータ・デリ・ウベルティ、或いは、内乱」「王は飲む」「ムイロン号」の5作品です。
 現在、翻訳版のミュシャの挿絵による「クリオ」は発行されていません。物語自体はアナトール・フランスのコントに含まれていますので読むだけでしたら、短篇集、或いは、コント集を探したほうが良いようです。手に入れやすいものとしては白水社「アナトール・フランス小説集第10巻」があります。ただしミュシャの挿絵は含まれていません。

 目次 見返し 目次、見返し

 初版は1900年にCALMANN LEVYから刊行。装丁は、皮張りの表紙にマーブルを模したリトグラフを施し、各ページは和紙(Japon)に印刷されています。多色刷リトグラフによる挿絵が口絵を含み13枚です。目次は巻末に付されています。
 書籍の題である「クリオ」は、ギリシャ神話に出てくるゼウスとムネーモシュネーの娘であり、文芸の女神九柱のうちの歴史をつかさどる女神クレイオーのことです(他の八柱は、カリオペー、エウテルペー、タレイア、メルポメネー、テルプシコラー、エラトー、ポリュムニアー、ウーラニアー)。それを受けて表題の序に「クリオの加護の下に」とあり、収録されている物語は歴史と英雄譚に関わっています。 

 口絵、キメの歌うたい キメの歌うたい挿絵 口絵、「キメの歌うたい」

 「キメの歌うたい」の2枚目の挿絵は一般に言われるミュシャらしさが出ています。歌うたいの老人が食事を済ませて泉へやってきて若い娘に出会う場面です。

 …ひとりの若い娘が頭の上に籠をひとつのせて、下着を洗いに泉のところへやってきた。娘ははじめ老人を胡散臭げに見た。しかし彼が木の琴を破れた上着の上に提げていて、老人であり、疲れ切っているのを見るや、恐るることなく近寄ってきた。そして突然に憐憫の情と尊敬の念とに打たれて、併せた二つの掌のうちに水を僅かばかりに汲み上げて、それで歌うたいの唇を潤してやった。…

 アトレバテスのコム アトレバテスのコム挿絵 「アトレバテスのコム」

 この本の中で最も長い物語となります。長いといっても全六章、翻訳で43頁なのですが、疲れました。何度、休憩したかわかりません。時にはまる1日放って別の小説を読んだりしていました。フランス語の読めない僕にはアナトール・フランスの物語自体が僕に合わないのか、それとも翻訳が合わないのかは、如何とも判断しかねますが、本音を言えばあまり面白いとは思えませんでした。

 アトレバテスのコム(コミウス)はカエサルが制圧したガリア人部族のうちのアトレバテス族の王であり、ガリア及びブリタンニアで王位を継承した人物です。
 ローマと同盟を結び統治にあたっていたコムですが、彼の暗殺を企てたカイウス・ヴォエルゼウス・クアドラトゥスに襲われ部下を失い、彼自身も深手を負います。その恨みからマルクス・アウレリウスと激しく敵対します。最後には敗れたとはいえ悔いない戦いをしたことから和睦を申し入れ、ローマに対する忠誠と人質を差し出すことになります。

 ファリータ・デリ・ウベルティ 「ファリナータ・デリ・ウベルティ、或いは、内乱」

 エンポリの駅を過ぎてレオナルド・ダ・ヴィンチ通りを北へ向かうとファリナータ・デリ・ウベルティの名を冠した広場にでます。
 ファリナータ・デリ・ウベルティは13世紀に実在したフィレンツェ・ギッベリーニ党の党首で、1248年グェルフィ党をフィレンツェより放逐しましたが、市民の反感にあいギッベリーニ党と共に郷土を追われます。1260年、シエナの王・マンフレッドの助力を得てモンタペルティの戦いで、再度、グェルフィ党を破りフィレンツェに帰還しました。
 物語は、帰還したファリナータが塔より市内を望み、フィレンツェを守るために犠牲を顧みずに戦った自分がなぜこうも人々に恨まれねばならないのかと、修道士のフラ・アンブロジオに打ち明けるという二人の会話で進行していきます。

 彼の評価に関しては様々あります。
 彼の死後、グェルフィ党が復権し墓を暴かれ異端の罪で遺体は火刑に処されてもいます。またダンテの神曲「地獄第十曲」にもファリナータ・デリ・ウベルティは地獄を恐れぬ者として登場しています。

 …彼は胸と額をもたげ起こして、あたかもいたく地獄を嘲るに似たりき…(地獄 第十曲)

 先の広場の名前は、モンタペルティの戦いの後にエンポリで開かれたギッベリーニ党会議においてフィレンツェの完全破壊が優位を占める中、彼が破壊反対の弁舌を奮い、これを阻止し街を救ったことから英雄として名がつけられました。
 どのような評価がくだったにしてもファリナータ・デリ・ウベルティがフィレンツェを救ったことは事実です。

 王は飲む 「王は飲む」

 僕にはわかりにくい物語でした。読み込んでいないせいもあります。短い物語なのですが一度読んだだけでもう充分という感じです。合わなかったんですね、たぶん。

 「王は飲む」とはトロイアの王の宴席における作法ですべての列席者はこの言葉を唱えて王を讃えねばなりません。挿絵2はその作法を破った小ピエロレを告発し取り押さえようとし、小ピエロレが短剣を抜いてそれに抵抗している場面です。
 ピエロレは逃亡に成功し追っ手を逃れ失踪します。その後にジャンヌ・ダルクの旗下の兵士として活躍し、騎士に昇進します。
 
 ムイロン号 「ムイロン号」

 1805年、ネルソン率いるイギリス艦隊にトラファルガーの海戦で破れた後のナポレオン・ボナパルトの物語です。
 ムイロン号とは、身を挺して司令官を守ったナポレオンの幕僚の名を戴いたフリゲート艦です。ナポレオンはこの艦にその忠心と勝利の奇跡を重ねていました。
 物語は遠征に迷いを抱く下士官のラヴァレットとナポレオンの会話を主体にしています。
 ナポレオンは信念と歴史を踏まえ「人間の一生とは何か?」とラヴァレットに問い、それは「一発の弾丸」だと言い切るのです。
 
 アトレバテスのコム・部分 「アトレバテスのコム」(部分)




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