熱に浮かされて

 一日一日で体調が猫の目のように変わります。動きたくない時もありますが、寝込むわけにはいかないので何とかやせ我慢をしてみせるのです。そして帰宅してからドサリと体を投げ出した後、本を読みたいなと思えれば少しは回復してきた証拠です。

 僕が本を手に取る時は心に迷いがある時が多いのです。
 自分は何をしてきたのか、今何をすべきなのか、これから先のことはどうするのか、そんなことに迷った時に本を探すのです。
 今、僕の部屋は本で溢れています。床にも押入れにもベッドの上でさえ、わずかに横になれる部分を残して本が積み重ねられています。
 読みたい本を探すのには時間がかかります。もちろん直ぐに決まることもありますが、大抵は時間がかかるものです。あれじゃない、これもちがう、数行を読んでみてやっぱり違う本にしようなんてよくあることです。他の人からすれば意味のない繰り返しをしながら一冊を抜き出してくるのです。
 心にしっくりくる本を探すのは大変ですし、見つけられたとしても、それはやはり意味のないことなのです。世間的にみれば徒労に費やしたものなのです。そんなことよりも日々の生活にはやらなければならないことが山積しているのです。
 悩むのを大概にすべき「たかが本探し」に迷い続けているのは生来の優柔不断もあるでしょうが、恐らく僕が本以外のことでも目的をもたないまま迷っているからなのです。
 どの言葉もなぜ水が滲みて行くようにすっと心に通っていかないのだろう。僕自身は砂漠のように茫漠として乾ききっているのに、水が熱したフライパンの表面を転がるように自分でもわからない場所へ何もかもが転げ落ちて行ってしまうのです。
 たかが本を探すことくらいなんてことはないはずなのですが、誰かの手を借りたいこともあるのです。その誰かの手を借りたいという気持ちは、きっと僕に素直に友達と本当に呼べる人たちがいないからなのかもしれません。
 本の世界で僕は友達をつくり、異国を旅し、謎の解明や冒険を繰り返し、泣き笑いして、最後に表紙を閉じた時に僕自身の体験としたいのです。僕自身が為せなかったことをしてくれる物語を探すために僕は本を探すのです。
 僕が手にする最後の一冊はどんな本なのでしょう。僕はそれを探してあげなければなりません。それはおそらく僕に見つけさせるためにずっと以前から、そこでじっとしているものだと思えるのです。
 選ぼうとするものは選んでもらおうとするものとの邂逅を常としているものです。それは引力と同じで互いが持っている引き合う力の結果なのです。
 来るべきものは来て、去るべきものは去る。思えば簡単なことだと思うのですが、これが意のままにならないので仕方なしに生きてみるのです。
 そもそも生まれた事自体が大きな間違いなのです。生まれてさえこなければ何の苦労も背負うことはなかったのです。ですからそれ以外の失敗など大したことではありません。一番大きな間違いのなかで仕方なしに生きて、そのなかで自分の願うものをいくつ自分の心に残せるのかが問題なのです。
 死んでもリセットはされません。起きてしまったことは自分とは無関係に残ってしまうのですから。だから悪あがきをしてみるのです。たった一冊の本のことぐらいでも。
 ですが今日は熱っぽいので少し早めに寝ることにします。本はまた明日探すことにしましょう。
 





 
 
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