花を埋める

 新美南吉に「花を埋める」という創作があり、その中である遊びについて次のように記述している。

 …その遊びにどんな名がつゐているのか知らない。まだそんな遊びを今の子供達が果たしてするのか、町を歩くとき私は注意して見るがこれまで見た例しがない。あの頃つまり私達がその遊びをしていた當時さへ、他の子供達はさふいう遊びを知っていたか怪しい。…

 新美南吉がしていた「その遊び」とは、ひとりが採ってきた花を掘った穴に埋め、その上からガラスで蓋をして何事もなかったように埋めなおし、もうひとりがそれを探すという宝探し似た遊びであった。
 花を用いた宝探しではなかったが、僕にも同じような遊びをした経験がある。 
 いつごろ、誰に教えられたのかはわからない。その遊びを僕が思いついたというわけではないのは確かだと思う。自然な成り行きから生じた遊びだったのかもしれない。
 呼吸器と自律神経を悪くし、療養のため埼玉に移り住んだ頃のことである。小学校二年の春から夏にかけてのできごとだった。
 同年代の子と走り回る体力はなく、また一緒に遊ぶことに対する自信もすっかり失っていた頃であったから独りで遊ぶしかなかった。その独り遊びの中から行き着いたもののひとつであったろう。
 それは千切ってきた花を色紙に包んで埋める。そんな単純な遊びだった。最初は誰と遊ぶと言うものではなかった気がする。自分で埋めて、何日か経ってから自分で探す。時には一週間もほったらかしにしてあったり、適当な場所に埋めて歩くのでその場所を忘れてしまうようなこともあったが、大抵は自分で埋めたものなので探すのにはそう手間はかからなかった。
 きちんと埋めてあった花は萎れるのがゆっくりだった。掘り出された色紙を拡げると摘み取ってきたばかりかと思えるほど花は新鮮さを保っていた。枯れることを知らないみたいにその色を失ってはいなかった。その開いたときの不思議さが僕は好きだった。そしてその花がいつ変色し、腐敗して行くのかがみたくて再度埋め直した。変質して行く様を見るのも、また僕は好きだったのだ。
 いつしか埋めるのは花に限らなくなった。それは小さな昆虫にも及んで行った。草螽斯や精霊蝗虫の幼体、蟷螂の幼体、花髪切などを捕まえてきては木工用ボンドで台紙に貼り付け、更にその上から全体を覆うようにボンドでコーティングを施し、それをしっかりと乾かしてから色紙に包んで土に埋めた。それは次第に手の込んだものになって行き、昆虫や葉や花を散らしたコラージュのようなものになっていった。
 いつの間にかその遊びに菜々美という女の子が加わり、気づかぬうちに僕たちふたりの遊びになっていた。その子がどうして一緒に始めたのかは思い出せない。彼女は僕と同じ学年で隣のクラスの子だった。集団登校では毎日顔を合わせるものの、親しく話したことも、まして一緒に遊んだことなどなかった。けれども子供が一緒に遊び始めるのに理由など不必要なのかもしれない。偶然があれば充分なのだろう。
 僕たちはいろいろなものを台紙に貼って埋めた。僕が草花や小灰蝶、糸蜻蛉、薄翅蜉蝣、蟻、瑠璃葉虫など集めてくると、彼女は貼り絵の要領で綺麗に一枚の絵としてつくりあげた。誰にもみせることのないふたりだけの絵本の挿絵。描いては埋め、そして、掘り起こしては、燃やした。
 ある日、僕がいつもと同じように絵を作っていると彼女が近づいてきた。作業をしている僕の手を覗き込むと唐突に「まだそんな気持ちの悪いことしているの。残酷ね」とだけ言って立ち去ってしまった。
 そのひと言であっけなく僕たちの遊びは終わってしまったのだ。急変した彼女の言葉の理由は分らなかったが、幕切れのその瞬間を僕は理解した。彼女に裏切られたような苛立ちから、作りかけていた絵をくしゃくしゃに握り潰し、形を留めなくなるほど踏みつけた。それから僕は急に胸に湧いてきた恥ずかしさのため、足もとの残骸を乱暴に蹴散らすと彼女とは逆の方向に走り出した。まだ夏は終りを見せない八月の初頭のことだった。

 初めて新美南吉の「花を埋める」を読んだ時に、僕はあの夏を思い出し胸が重くなる不快さを感じた。以来、目を背け読まないようにしてきたのはいつまでだったか。
 今はあの時に感じた作品に対する不快さは微塵もなく、読むことができる。僕は宝物が宝物でなくなる瞬間を新美南吉と共有したのだ。その共感が僕に決まりの悪さを思い出させ不快にさせた。
 もう笑い話にするに充分すぎる月日が経過した今日、それでも、子供の頃に持っていた憧れや夢に似た何かを確実に喪失した瞬間の痛み、或いは、苦々しさを僕は懐かしいとは思えない。それはあの瞬間に僕が思い込んだ彼女の裏切りのためではない。現在も心のなかで燻っている僕の目を覚まさせたものに対する行き場のない憎悪にちかい感情なのだと思う。そしてそれは作品に対してではなく、あくまで僕の記憶のなかで消えずに残っている。

 新美南吉「花を埋める」
 花を埋める
 (装丁・中川一政、中央出版、昭和21年初版)

 
 
 
 
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