「最近、無理してアップしてませんかぁ?」
そう言われてドキリ。
「がんばってアップしないと切れちゃうのもわかるんですけどねー」
見透かされてる?
「一度中断しちゃうとそのままになっちゃうんですよねー」
ごめんなさい… そのとおりです…。
昨年は秋以降、忙しいにかこつけて中断に近い状態になってしまいました。
そこで今年は何とかひと月に4回以上更新しようと努力目標を決めました。
週にたった一度ブログをアップすればいいだけの話なんですけど…
これが意外と大変です、僕にとっては。
本来、怠け者ですから倍以上書く気でいないとすぐに甘えてしまいます。
始めた以上は放り出さない。
やめる時はきちっとやめようと。
だらだらと取り留めのない、役にも立つわけもない独り言のようにここまで書いてきました。
自覚していたわけですから、改めて指摘されるとグサっとくるものがあります(ちょっとだけね)。
でも、もう少し丁寧にやっていかないとダメだなー。
「もうひとつ聞きたいんですけど、いいですかぁ?」
どうぞ
「普通の時と違う書き方してるじゃないですか?ブログって。あれって違ってないとダメなんですかぁ?」
う~ん…
確かに仕事で受けた時と全く違う書き方をしているけど、違ってないとダメかと言われると…、わからん…。
書いている内容にも、書き方にも自信なんてもとよりないわけで。
全部ダメダメといわれれば、その通りです。
「本のことが相変わらず多いですよねー」
だね
「オチはともかく、感想ってやっぱり必要じゃないですかぁ?」
必要かな?
「あったほうがいいですよぉ」
う~ん…、難しいなぁ…
仕事で面白可笑しく書くことはあります。思っていることもいないことも書きます。仕事ですから。
でも、それは本のためになっているのだろうか…、いつも思うんです。
「嘆きの美女」の「耶居子」ではないけれど、冗談めいて揚げ足をとるのは簡単だし、その方が僕も楽ではあります。しかしね…。
たとえば作者自身のことについて調べ上げて背景として添えればトピックとしては興味がわくかもしれません。
でも読書って、作者の人間について評価をするわけでも、人間性にもとづいて作品を論評するわけでもないと思っています。
あくまでも「作品」を読めばいいわけです。専門の研究者にでもなれば別ですけど。
その「作品」の感想も僕の意見を羅列することで悪影響のでることの方が多いと思うんです。
「そうだったのか」なんて思われてしまったら、その人の自由度を狭めてしまうことになりますよね。
そういう意味では反感を持たれた方が建設的であるわけです。
とすると中途半端な感想は書けないわけで僕の性格からすると論文のようになってしまいます。
論文はいけない。あれは最悪。作品に喧嘩をうっているようなものです。
もっと仲良くやらないと…。
出来ることならどんな駄作であっても良いところを褒めたいと思っています。
だって書く側は真剣そのものなんです。
どんなにくだらないと思われる一頁でも心血を注ぎこんで書いているわけです。無責任に垂れ流されているわけではないですよね。
出版にはお金もかかることですし…。
作者も、編集者も、出版社もシビアな世界でものを見ているわけですから。
生み出された作品には何かしら意味があるんです。
たとえ全然ウケなくても。
「私って生きている意味あるんでしょうか?」
その問いかけほど辛いものはありません。それは作品も同じことなんですよね。
その時々に自分の思いにあった童話やら、詩やら、小説を取り出せればいいなとそう思うだけです。
しかし、取り上げた以上、何かのヒントにならないと意味がないと言われれば…。
僕が小説とかを検索する時って、その物語の粗筋とか、文体を知りたい時の方が多いのです。
誰かの感想を参考にすることはまったくと言っていいほどないです。感じ方は千差万別なので自分で読まないとわかりませんから。
感想を書くくらいなら思い切って二次創作にしてしまった方がいいとも思っています。
その方が「僕ならこうする!」って言う姿勢がはっきりしてくるでしょう?読む側がモトネタをわかっていれば尚更明確になります。
ですから二次創作って好きなんです。読むのが。
しかし、この機会にちょっと考えてみます。変えるか否かは別として考えることは必要ですね。
これが今月最後の記事かも。
だったら情けないな、と思いつつ。
ちょっと休憩します。
ちょっと、ね。
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