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素 九鬼子「パーマネントブルー」

 「パーマネントブルー 八月のいろ ぼくのこころ」

 パーマネントブルー (筑摩書房、昭和49年初版)

 「旅の重さ」に続く素九鬼子の2作目の長編小説となります。
 瀬戸内海に面した四国の港町を舞台にした恋愛小説です。前作に続き松竹が昭和51年に映画化しています。

 過激派のメンバーとして警察に追われ逃げてきた女子大生に対して、不良少年の心に生まれた憧れと恋愛が破局するまでを追っています。もっともこの二人の関係を単純に恋愛と呼べるかどうかは検討の余地があります。全体としては少年らしい憧れと気負いのようなものに重点が置かれている作品です。
  
 物語は少年が女を拾うところからはじまります。

 「島のかえりのことだった。天から降ってわいたみたいなひとりの女にでくわした。海辺の砂に腹這いになっているその女をみつけたときにはそれこそどきりとした。てっきり死んでいるのものとおもった。髪は砂まみれで風にふかれていた。手足は砂にめりこんでいる。はなれたところからみると、まるで波にうちあげられたどざえ門だった。近づいてゆくと、女はむっくりおきあがった。よごれたくろい顔が、ぼくを見た。ぎょっとした。若い女だった。」

 この小説、少年の独白を中心としており、ほとんどが「ひらがな」で書かれています。恐らく作者は少年の未成熟や純粋さを表現したかったのだと思いますが、ひらがなと漢字で表記される個所のバランスが合っていないように思え、効果はそれほど出ていないようです。たとえば、過激派でインテリの女子大生という設定の中での女との会話では、女の言葉もひらがな表記に付き合わされてしまっています。その点を本能とか、性欲などのデフォルメをイメージしているのだとしても、またすべてが少年の独白の延長にあり「実際」ではないとしても、いずれにしろ違和感を残します。読者によっては読みにくさを感じさせる手法です。

 物語としては少年がいままで身近にはいなかったタイプの女性に興味を抱き、好奇心が憧れへと変化し、それを守ろうとする意思が生まれてゆく過程が丁寧に書かれています。
 相手にうまく伝えることができない少年の朴訥さ。女の心の底に入りこむことができず、ただ単にその身辺で感情を縺れさせ暴れまわるだけである少年の現実。そのことに対する苛立ちなどもよく伝わってきます。

 作品は2部構成になっており、前半は少年が女と出会い、自分の父親が経営する安宿で働けるようにし、複雑な感情を意識し始めるまでを描き、その章末は次のように引かれています。

 …胸がぬれてきた。やっと風がでてきた。夜つゆのおりた草むらに、ひとつ、またひとつ、蛍があらわれた。やがてかぞえきれないくらいにみえてきた。遠く近く、たかく、ひくく、流れ星みたいに、星くずみたいにみえてきた。
 だんだんその火がぼやけてくる。いつのまにか、ぼくも声をださずにないていたんだ。

 ここでふたりが見た安らぎや憧れの象徴としての蛍の「火」は、物語の終盤で女が見る「火」と対比されることになります。

 第2部はふたりで島へわたり、そこで女を守ろうとする少年の姿を通じて破局までを追っています。
 島での生活は現実離れをしています。現実に不可能という意味ではなく、生活を守るという点において不可能だということです。それはふたりの甘えとエゴから生じ、夢の延長上にある本能的な生活に堕ちて行く過程を描きます。それでも少年にとっては憧憬は限りなく恋愛に重なっているのです。

 …はっきりとちがってきたことがあった。ふたりでいると、自然のありとあらゆることが、これまでみたこともなかったようなもののようにうつってきた。すべてのものがうつくしく新鮮にかんじられてきた。ぼくらは山の上の墓地に行って、そこから村の風景を沖の風景を、あかずにながめた。
 雲のながれに、ぼくらはみとれた。海の青さに、ぼくらは目をみはった。しお風の音に、沈む太陽に、ぼくらはなみだぐんでいた。みんなはじめてのようにみずみずしかった。ほんの小さな鳥のさえずりにさえ、ぼくらは耳をすましていた。ぼくらは魔法をかけられていたんだ。ふしぎの国にまよいこんでいたんだ。
 一日の終りには、ぼくらはまるで汗水たらして働いたあとのようにぐったりしていた。…

 物語の其処此処から夏の漁港らしい臭気が漂ってきます。夏の激しさ、息苦しさ、夏ゆえの狂気、一陣の風がもたらす安らぎ。そういったもの全てが少年期の純粋さであるかのようです。
 ひと夏が少年にかけた魔法だったのでしょう。そしてそれは少年の目覚めを待ちます。童話を読み終えた感のある作品です。

 …もえる青い海だった。沖の漁船がくゆってみえる。船の男がバッタみたいにはねている。あれは、夏の終りの、光線のいたずらなのだ。海はまるで、春先のかげろうみたいにゆらゆらもえている ― 。

 「パーマンネント・ブルー」とは「永遠に褪せることの無い青」です。


 

 
 
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