佐々木丸美「雪の断章」

 「私はやっぱり雪がうらやましい。短くてもいいから雪に生まれたいと思った。雪に生まれたかった。」

 雪の断章S50 (講談社、昭和50年版)

 佐々木丸美という作家を意識して手に取ったわけではありませんでした。この装丁に描かれている絵に惹かれてのものでした。装画を受け持ったのは味戸ケイコです(元版、復刻版とも)。言葉では言い表せない不安感を漂わせた絵でした。内容を確かめもしなかったのです。ですから、この本を読み始めたのは購入してから一年以上も経ってからのことでした。

 マルシャークの童話「森は生きている」を背景に置いてこの小説は進んでいきます。
 5歳の倉折飛鳥は孤児院の先生とはぐれ、ひとり三丁目のベンチに腰かけていました。心細さが募り始めた頃、ひとりの男性が声をかけてきました。

 …私の足もとに鳩がよってきた。しばらく一緒に遊んだけれど急に飛び去ってしまった。淋しさと不安がつきあげた。先生はまだ私がいなくなったことを知らないのだろうか。このまま夜になったらどうしよう。坐っている自分の影がさっきより大きくなったと思った。
 「どうしたの?」
 ハッとして顔をあげると若い男の人が立っていた…

 これが滝杷拓也との最初の出会いでした。

 飛鳥は拓也に引き取られ育てられた恩ゆえに「…たとえ一瞬の夢にせよ私がそれを望むのは拓也さんへの冒涜をすることになる。恩人であり親でありあらゆる尊敬の象徴に向かってかりそめにも結婚などと考えてはならないのだ」と一切の恋愛感情を封印し複雑な思春期を寡黙であることを心の盾として過ごします。
 拓也も血の繋がらない女の子を育てるということへの大義のため自制を強いられ兄としての距離を保つことに苦心します。
 何事もなければより理解しあえるはずの二人は孤児と養父という不自然さの中で感情を募らせたまま、それぞれの幸せを願い思いやるがゆえに堅固な壁を築いてしまうのです。そして、その二人を追い詰めようとするかのように様々な事件がおこります。

 物語はミステリーの要素を含んではいますが、全体を通しているのは恋愛ファンタジーと言ってもいいでしょう。
 飛鳥はわずか7歳で孤児院から本岡家にメイド代わりに引き取られ、そこで狭いながらも資本主義社会の苦渋を味わいます。
 或る日、本岡家の長女・奈津子との諍いから冬の夕闇のなかへ飛び出し、あの日と同じ三丁目のベンチに腰かけていました。そこへ運命の配剤であるかのように三度目の滝杷拓也との出会いがあり、以後は彼と暮らすことになります。
 成長していく飛鳥は幼いころに本岡家で受けた富と権力の理不尽さを心の傷として持ち続けます。それは彼女の生きるための負の指針とも言えました。

 雪の断章H18 (ブッキング、2007年版)

 ストーリーにはいくつかの欠陥もあります。
 たとえば鑑識の甘さ。僕は法学を学び、法医学や鑑識法も役に立たない程度に少しかじりました。その中で幸いだったのは実際に現場に携わる人からのお話を伺う機会をいただけたことです。事件現場の、それも殺人の疑いがある場合には尚更に鑑識の捜査は非常に緻密なものになります。眼に映る家具、食器類から床下、サッシの隅にある埃までもが対象になります。物語中にあるような「見落とし」は考えられないと言えます。
 次に青酸カリについてですが、青酸カリウム(シアン化カリウム)は水や酸に溶けることで特徴的な臭気を発生させます。それがシアン化水素であり、そのガスが人体に非常に有毒なのです。探偵小説などでよく使用される薬剤ですが、その取扱い方に誤解があるようです。作中に使われる時はその性質をもう少し調べられたほうが良い気がします。
 ほかにもいくつかありますがそれらの欠陥はこの物語においては些末なことです。気が付かなければ良いことですし、気づいても無視できるほどの魅力があります。
 物語の主点は飛鳥の成長であり、人が生きていくための指針のありかたであり、恋愛のかたちなのです。作者はそのメルヘンを作中で次のように叙述しています。

 …ただ偶然出逢った別れたというのではなく、出逢いによって一つの心が明るく芽吹き希望となって形づくられるとしたらそれはもう一人の生き方を方向づけることであり、そこには目に見えないものの意志が存在するのではないだろうか。大きな自然の意志が出逢いを設定し、その瞬間に二つの心に対になったものを持たせてやるとしたら、そして隔てられていても互いに引き合い何年も経た後でも正確に一つの場所に吸い寄せかれるのではないだろうか…

 成長を描くというのは非常に魅力的に人をその世界に誘い込みます。自分とは違った生き方を夢見ることが可能な世界、それが小説や映画などのロマンであるのでしょう。
  
 「雪の断章」のあとがきには作者の次のような言葉があります。

 書いた私、その世界に生きた飛鳥、そして読んでくださった方々、この三者の無限の時間と空間においての一瞬の出逢いもまた一つのロマンスだと思うのです。現実に生きる人との出会いだけが生きる術ではないし、過去と未来を思惟するだけが人生ではありません。心というものは自在に、歴史のかなたへ、未来のかなたへ、原稿用紙の中へ、絵の具の中へと赴くことが出来ます。それならば、そんな心の旅先での感動と怒りと愛と、さまざまな影をとらえていくことが人の生きる方向だと信じます。

 飛鳥の頑なな心と純粋さがひとつのロマンスの結実に向かって氷解して行く過程を辿りながら、読んでいる人もともに成長して行くことを味わえる作品だと思います。
 因みに蛇足ではありますが、青酸カリは大気中に長時間そのまま放置しておくと二酸化炭素を吸収してシアン化水素を放出しながら、最終的には炭酸カリウムになってしまいます(2KCN+CO2+H2O → K2CO3+2HCN)。












 
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