水上澄子「樫の木物語」

 水上澄子という少女漫画家を憶えていらっしゃるでしょうか。

 なかよし
「両手いっぱいの花を」(「なかよし」昭和50年11月号)

 昭和50年に「なかよし11月号」(講談社)の「両手いっぱいの花を」(「たとえば野に咲く花のように」に収録)でデビューし、寡作ながらリリシズムあふれる絵柄とO・ヘンリやスタインベックの短篇小説を彷彿とさせるストーリーで一部で熱狂的なファンを得ました。
 当時の「なかよし」は「キャンディ・キャンディ」(いがらしゆみこ)、「スポットライト」(里中満智子)のほか、高橋千鶴、志摩ようこ、たかなししずえ、原ちえこなどを擁しており、そのうえ「なかよし」本誌での掲載が少なく、増刊やデラックスなどでの作品掲載が多かったため埋もれてしまった作家のひとりとも言えます。
 刊行された単行本は「恋の絵はどうかくの?」「樫の木物語」「銀色のリフレイン」(全2巻)「ぼくたちの行進曲」「たとえば野に咲く花のように」「花ざかりの道」「リンデングリーンの小鳥たち」の8冊です。
 ただし、デジタル書籍化された「樫の木物語」「銀色のリフレイン」を除き、現在はすべてが絶版となり、更に初期作品は未収録のものが多く、作品に触れる機会は非常に稀になってしまいました。まとまった作品集が出版されることを切に望みます。

 僕がこの作家の作品を初めて読んだのが「樫の木物語」でした。

 樫の木物語・表紙
「樫の木物語」(講談社、昭和54年初版)

 僕は小説と漫画とを同じテーブルに並べ、同等に比較する対象ではないものだと考えていました。漫画が小説に劣るとかではなく、根本的に異なるものであって比べるものではないと思っていたのです。漫画は漫画であり、小説は小説であると。
 しかし、この作品は僕の考えを一変させました。
 描かれている背景、人物の繊細さ。巧みに組まれているストーリー構成。どれもが今までの少女漫画とは違った輝きを持っていました。
 掲載は昭和54年「なかよしデラックス」の4,5,7月号の3回。単行本にすれば、わずか214頁しかない作品ではあります。しかし、そこに表現されている人間ドラマとしての時の流れの雄大なことには感動を覚えました。ひとコマひとコマの移り変わりが小説以上に雄弁に物語を語っています。
 それまでにも場面場面において感動する作品は数多くありました。が、全体を通じて感動を与える作品というものはそれほど多くはありません。この「樫の木物語」はそういった稀有な作品の一つだと思います。

 樫の木物語02
 
 物語は、ウィリアムが息子のジョディに残すための物語として、自分たちの過ごしてきた日々を回想することから始まります。
 ウィリアムの育った村には、戦争で愛する人と引き離された娘がその身を変えたと言われる樫の木があり、その木には「願いをかなえてくれる」と言う伝説がありました。
 作品の主人公はウィリアムです。彼を中心に物語は展開していきます。けれども樫の木に着目してこの作品を読んでいると、この木が、奇跡を現実へと信じる力を失わずに彼を待ち続け探し当てたフェーブや、「私の願いは叶ったのよ。夫はわたしの初恋の人だったの…だまされつづけたのだとしても、ずっと幸福だったのにちがないし…」と語るフォレスター夫人、最初にウィリアムたちに樫の木の伝説を語ったフォレスター卿らのその願いのひとつひとつの確かな拠り所になっているのがわかります。

 樫の木物語03

 ウィリアムの出生の秘密や心臓の欠陥、二人の兄の恋と戦争、父の苦悩と贖罪、母の葛藤、伝説の木。
 そう言った少女漫画らしい要素をこの作品は確実に押さえています。けれどもそれらが決して嫌味にはうつりません。「やりすぎだろう」とか、「わざとらしい」と感じられないのは、水上澄子のもつ画風のためもあるでしょう。純粋さを表現するにこれ以上ないとも言える画風でした。
 とにかくトータル的に素晴らしい作品です。今もってファンサイトや復刊を望む声があるのも頷けます。

 こんな言い方は失礼に聞こえるかもしれませんが、少女漫画がもっとも少女らしく少女のために描かれていた時代の代表作にもあげられると思います。 





 
スポンサーサイト

テーマ : ひとりごと…雑記…きままに
ジャンル : 日記

コメントの投稿

非公開コメント

No title

たくさんコメントしてしまってすみません。水上さん...お懐かしいかぎり。当時はキャンディや里中先生が描かれていた「スポットライト」が人気を集めていたようでした。水上さんの絵柄はキャンディのような華やかさはありませんでしたので、当時の読者の中心だったであろう小学生~ミルクティーン世代の一般女子にはあまりウケがよくなかったのかもしれないですね。

だけれども彼女が描いた作品はオトナになった今こそ、より理解できて作品として楽しめる内容ではないかと感じます。ストーリーがオトナ向けだったこと、そして増刊号や別冊などでの掲載がおもになってしまったのも、水上さんの作品が大きくクローズアップされなかった要因かもしれません。

>少女漫画がもっとも少女らしく少女のために描かれていた時代

まさにそのとおりだと思います。この頃の少女マンガには夢や希望がたくさん詰まっていたように思います。そして少女マンガらしくきらびやかで華やかだったのも特徴でしょうか。この時代の少女マンガこそ‘THE少女マンガ’と呼びたい作品がてんこもりなのです。

たくさんのコメントに感謝いたします。

 水上澄子さんは、忘れられてしまうには惜しい漫画家のひとりだと思っています。
 90年代以後、少女漫画に限ったことではありませんが、刺激的なものを求めすぎるあまりに(特に少女漫画は)その本質を崩壊させてしまったと僕は感じています。読者の理想を衰退させてしまったことが、結局、雑誌業界そのものを衰退させてしまったのではないでしょうか。
 しかし、今また形は違ってきていますが、その繊細さを求める動きが少しずつですが現れています。それだからこそ読み直していただきたい作家です。
 
 手塚治虫先生がご存命の頃、本当に僅かな期間でしたがお仕事を間近で拝見させていただきました。その折、先生はこうおっしゃっていました。

 「僕は僕にしか描けない理想を漫画として描くんだ。そしてそれが読者の夢となってくれたなら漫画家冥利というものだ。それで僕は生き残れる、永遠に。」

 そうした言葉を噛み締めた時、水上澄子さんの作品はまさにそれに重なるのではないかと思っています。

ありがとうございます!

小学生の頃読んだ漫画で心に残っている唯一の物が『樫の木物語』でした。
大人になってもう一度読んでみたいと思い、作者の名前が出てこなくて・・・。
漫画の題名で検索したらこのブログが出てきました。
あぁ、そうだった・・・。と思いながら読ませていただきました。
水上澄子さんの作品はいつまでも心に残る作品でした。

書いてくださって、ありがとうございました。
思い出す事が出来ました。

ご訪問ありがとうございます。

 樫の木物語は印象に残る作品ですよね。
 派手な色彩や強烈な衝撃のようなものを伴ってはいないけれど、しっとりと心のどこかにある、そんな作品です。
 水上澄子さんに関しては「他の作品は?」というお声もあり、近いうちに何作かを取り上げてみたいと思っていはいます。
 僕のブログがお役に立てたかはわかりませんが、お読みいただき、さらにコメントまでいただけましたことに感謝致します。
 また機会がある時にお立ち寄りいただければ嬉しく思います。

水上さんの作品

ご無沙汰してしまいました。少女漫画書庫も頻繁に更新されているようでなによりでゴザイマス。

先日、昭和のコミックを何冊か注文したものが、はるばると海を越えてようやくコチラに到着いたしました^^。その中に水上さんの「しあわせの歌をつむいで」という作品の収録がある冊子があり、早速読んでみました。

今回も少年が主人公...この方の作品はこうした外国の少年が主役というのが多かったキオクがあります。クスっと笑わせてくれる場面あり、じんわり感動する場面ありで...ちょっとした短編小説でも読んでいるかのように楽しめました。単なるドタバタではなくて、ホロっとさせるような箇所があるのもいいですね。当時は「なかよし」掲載ですから、小学生~の少女が対象になっていたはずですが、この方の作品はオトナが楽しめるような雰囲気を持っているように感じました。

当時の人気作家のソレと比較して、やはり絵の華やかさがないのは気になりますが、少女漫画というククリにしてしまうよりもジェンダーフリーといった趣が強く?なかなか良い作品を描かれていた方だと再認識した次第でゴザイマス。

Re: 水上さんの作品

 CHERRY★CREEKさん、ご訪問ありがとうございます。また、ご返事が遅れ大変申し訳ありませんでした。

 水上さんの作品は派手さが無いというのが短所と見て取れますが、それだけに落ち着いて読むことができる作品だとも言えます。
 しかし何分にも廃刊になっていたり、未収録の作品が多すぎます・・・。残念なことです。
 蔵書の整理が終わり次第、他の作品もご紹介したいとは思っています。

 CHERRY★CREEKさんのブログはますます勢いが増して楽しさがあふれていますね。フォローする人が多いのもうなづけます。タイムスリップ気分で記憶を味わう楽しみを与えてくれてありがとうございます。
 あの頃と今。漫画と歌との違いはありますが僕もCHERRY★CREEKさんを見習ってもう少し頑張ってみようかと思っています。


sidetitleプロフィールsidetitle

otosimono

Author:otosimono
全く役に立たない独り言です。

sidetitle最新記事sidetitle
sidetitle最新コメントsidetitle
sidetitle最新トラックバックsidetitle
sidetitle月別アーカイブsidetitle
sidetitleカテゴリsidetitle
sidetitleFC2カウンターsidetitle
sidetitleカレンダーsidetitle
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
sidetitle検索フォームsidetitle
sidetitleRSSリンクの表示sidetitle
sidetitleリンクsidetitle
sidetitleブロとも申請フォームsidetitle

この人とブロともになる

sidetitleQRコードsidetitle
QR