安永知澄「夏休み」

 なんとなく印象に残る作品というものがあります。
 行掛りの喫茶店やちょっとした書店での立ち読みなどごく短時間で心に刻まれ、タイトルや作者名を忘れてしまっても、そのストーリー、もしくは、一場面を忘れえなくなるものが。
 僕が今、思い返しているのは8年ほども前のこと、倉敷へ向かう途中に立ち寄った軽食喫茶で手に取った月刊誌に掲載されていた作品です。コミックビームだったかと思いますがよく憶えていません。作者と台詞のメモだけで充分だと思ったのか、雑誌名と作品名を書きとめるのを忘れたようです。安永知澄の短編漫画で、たしか「夏休み」という題だったような気がします。

 それは夏休みに都会から山間の里へ遊びにいった女の子の話でした。
 毎夏に訪れているようですがそこが女の子の友達の家なのか、親戚なのかはわかりません。わかっていることは、そこには仲良しで、同年齢らしい女の子がいることです。
 都会から来た子は「のり」、田舎の子は「ひさ」です。
 「ひさ」は「のり」が来るのを心待ちにし、彼女が滞在する3~4日の予定をきっちり立てています。
 山間の自然を非日常として楽しむ「のり」ですが、「ひさ」はその自然に囲まれている閉塞感を「山が怖くて、息苦しい」と言います。
 ふたりは時間を惜しむことも忘れて山や川で遊び、やがて帰宅する日を迎えます。「のり」が帰る日、「ひさ」は大事にしていた便箋を選別として手渡します。

 「のりちゃん、これ!」
 「えー、でもこれ一番大事な便箋だって…、ダメよぅ」
 「いいの!もらってほしいの」
 「ありがと!ありがとね!うれしい!」

 「のり」は喜びを満面に浮かべて受取り、「ひさ」もまた満足の笑顔で彼女を見送りました。
 しかし、帰りの飛行機のなかで「のり」は、何も書かれていない便箋を膝にひろげてこう言います。

 「お母さん、あたし、これ、別にほしいやつじゃなかったよ。でも、すごく嬉しそうにしちゃった。」

 自分の本心とは裏腹に喜んでみせる、いえ、真意ではなくとも素直に喜べる刹那的反射行動と言ったほうがいいですね。このこどもの持つ無垢な残酷さ。これと同じような残酷さは、誰しもが自身の記憶のなかでひとつならず思い当たるだろうと思います。
 この「のり」の言葉だけでも印象に残る作品なのですが、ラストはもっと不気味な感じを湛えています。

 「のり」と別れた後、「ひさ」は「のり」と遊んだ川でひとり遊びをしています。そこへダムの放水を知らせる予告のサイレンが響きます。サイレンが鳴る中、「のり」の母親が「ダムの放水がはじまるよ」と声をかけ、「ひさ」は「はーい」と元気に応え、川のなかで振り返るように山々に対峙します。そのサイレンの鳴り響く中、ひとりで川にたたずむシーンでこの物語は終わるのです。

 放水は間もなく始まるでしょう。サイレンはもう一度鳴るかもしれません。しかし、僕には「ひさ」がそこを離れたようには感じられないのです。
 
 あんね、山が怖いんよ。
 ここ、山に囲まれとるじゃろ。ほんま山ばっかりじゃ。
 息苦しゅうて、息苦しゅうて、時々、ほんまに息がとまるんよ。
 のりちゃんはここのひとじゃないけ、わかってくれるかなぁ…

 その場でこの作品だけを取り憑かれたように何度も何度も読み返しました。「安永知澄」という名前はその時はじめて知ったのです。
 あの時「作品集がでたら買おう」と思ったのですが、なぜかそのまま忘れてしまいました。
 今日、突然に思い出したのも何かの縁でしょう。これを契機に探してみようかと思います。
 


 

 

スポンサーサイト

テーマ : ひとりごと…雑記…きままに
ジャンル : 日記

コメントの投稿

非公開コメント

sidetitleプロフィールsidetitle

otosimono

Author:otosimono
全く役に立たない独り言です。

sidetitle最新記事sidetitle
sidetitle最新コメントsidetitle
sidetitle最新トラックバックsidetitle
sidetitle月別アーカイブsidetitle
sidetitleカテゴリsidetitle
sidetitleFC2カウンターsidetitle
sidetitleカレンダーsidetitle
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
sidetitle検索フォームsidetitle
sidetitleRSSリンクの表示sidetitle
sidetitleリンクsidetitle
sidetitleブロとも申請フォームsidetitle

この人とブロともになる

sidetitleQRコードsidetitle
QR