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結城信一「文化祭」②

 結城信一「文化祭」について、もうしばらくお付き合いください。 

 ○「文化祭」(昭和49年十月、群像)

 1962年の春、「私」は古い知己である栗林から、彼が運営する女学校での英語の客員教師の招聘を受けました。東京から約一時間ほどのところにあるその女学校は中学と高校で構成され、「私」は高校3年生を受け持つこととなります。そこで「私」は、磯貝邦子という少女と出会うのです。

 …気がつくと邦子は、おそらくは新任教師への強い好奇心からと思われますが、黒くまるい鋭い眼を、執拗に注いでゐたのです。…
 
 彼女の視線は「私」に鮮烈な印象を与え、その鋭い輝きは次第に「強い好奇心だけではない」ように思われてきたのです。
 磯貝邦子はその容姿のみではなく、英語の素質も図抜けていて、「私」に教育者としての平等無私の念を失わせるほどになります。そこにあって英語教育者として才能のあるものを引き立てる意思と、「少女」に対する愛情とが混在してゆきます。愛情の発芽がその深層に生まれた瞬間でもあります。
 やがて文化祭が近づき、校長の栗林から「出し物」の相談を受けます。そこで「私」はマンスフィールドの「カナリヤ」の英語朗読を勧め、その朗読者に磯貝邦子を推薦しました。
 しかし、栗林は、昨年も彼女に英語の朗読を披露させており、二年連続になることから「さういうことは、なるべく避けたい。他の方にも影響があるから。こんなことぐらゐ、あなたにもわかるはずだ」とその任用を保留します。が、「私」の奇特な情熱によりついには譲歩を余儀なくされ、認めることになりました。
 磯貝邦子は、「私」と栗林の葛藤も知らず、文化祭の演出等について相談に訪れ、幾度ものリハーサルを重ね本番への準備を勧めます。「私」は真摯で可憐なその姿をずっと凝視つづけます。

 「私」は磯貝邦子の存在に注目して以来、「胸の奥で静かな動揺が起こってゐるのを、あたかも地鳴りが加速してゐるように感じながら、それを絶えず意識してゐたばかりでなく、一方この思わぬ邂逅を、かなり有頂天にさへ取り扱って」いたことを意識していました。年齢にして四十二の開きがあり、本来であれば幻想でしかない愛情とも言えます。

 文化祭の当日。「私」ははじめから欠席の予定でいましたが、ほんの気まぐれから足を会場に向けました。それは「時として自分を墓穴に陥れがちな気紛れ」だったのです。

 「私はあのこを愛してゐました。どんなにか愛してゐたことでありましせう。この世の中で、愛の対象物が何であらうとも、それはたいした問題ではないと私は思ひます。けれども何かは愛さなければならないでせう…」

 磯貝邦子の朗読は完璧でした。伴奏のピアノと相俟って最高の効果を演出したと言えます。しかし、その朗読の奥底にあるものは「私」にとってある疑念を生じさせることになりました。

 …やがて奇異なことが私の心中に、思ひも寄らぬかたちで起こつてきました。私が受け止めてゐる感銘とは裏腹に、邦子は私から遠のいてゆき、手の届かぬ存在となり、既に誰かと「感じ合ふ」だけではなく「思ひ合つて」ゐそうな疑いに、私は急に捉われはじめたのです。
 邦子への期待はこのとき、強い嫉妬にすりかはつていたやうでした。…
 
 ここまでがこの小説の粗筋です。

 この小説は田山花袋の「少女病」に通じるものを持っています。
 失った時間を取り戻したいという夢想のうちに「少女」に対し憧憬を強くし、自身があたかもその憧憬の一部となり得るかのような幻想を抱くのです。
 現実的には、「少女」を取り巻く恋愛という、その舞台にはあがることもできないのです。「少女」の視線からは既に愛の対象として認められるはずもないのです。その決定的な敗北に、ある瞬間、気づかされることになります。
 田山花袋の「少女病」では主人公はその幻想を意識し、すでに絶望しています。それ故に妄想の中で少女を愛するのです。しかし、結城信一の心情はあくまでも純粋な恋愛を夢見ています。だからこそ、その終焉を自覚した時の残酷さは、意識を根底から昏倒させます。

 …はじめから見通せてゐたはずのものが、はじめから見えてはゐなかったことへの自己嫌悪と羞恥とが私のなかを、私を押潰しながら走り抜けました。…

 最後に「私」が呟く言葉。

 《…此処のところで終わつたな…》 

 この終焉の呟きの残酷な痛みは胸を刺し貫きます。
 夕暗の中、周囲の景色が特異に映り、それは怪しげに心にのしかかってきます。しかしその怪しさは、得てして自身の中から生み出されているものなのです。恋愛も同じことなのです。
 
 僕は以前に高校時代の自分について「僕自身の恋愛を諦めていた」と書いたことがあります。それは本当にその通りなのです。だからこそ結城信一の小説に惹かれました。
 当時の僕には小説の細部を理解する力もありませんでしたし、その孤独の深さが僕よりも遥かに深いものであったことにも気づかなかったでしょうが、僕の結城信一に対する共感の原点はこの作品でした。
 僕が結城信一の作品をはじめて手に取ってからしばらく後に、彼は世を去りました。昭和五十九年のことです。
 

 

 

 
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