丹羽文雄「鎮花祭」

 本当の自分の生き方はもっと他にあるのかもしれない。
 そう思うのはあまりに通俗的で、建設的な考えではないのでしょう。
 自分を自分らしく生きるとはどういうことなのですか?
 人を認めず自分を押し通せば、それは自分らしいと言えるのでしょうか?
 今、ここにいる自分は、本当に自分の力で生きていると言えるのだろうか。
 丹羽文雄は一人の女性の生き方、その流転を軸として、自身の存在が生み出す理不尽な結果とその葛藤を題材とした小説を書きました。

 この小説「鎮花祭」は彼の代表作とは呼べないかもしれません。丹羽作品の中核をなすのは、「海面」「甲羅類」などの酒場の女主人物、生母や父親をモデルとした「鮎」「青麦」「菩提樹」などの暴露物、「親鸞」「蓮如」のような伝記物、そう言ったものであるでしょうし、それらとは明らかに路線を異にします。この「鎮花祭」は単なる通俗小説に過ぎないかもしれません。それだけに読みやすいとも言えますが。

 丹羽「鎮花祭」 文藝春秋社、昭和35年初版
 
 「鎮花祭」は、戸狩陽子を主人公として動いていきます。彼女は母と死別し、水晶の原鉱石の加工を生業としている父と妹と暮らしています。しかし、その生活は彼女の本意ではありませんでした。
 水晶の清冽で一途な輝きに似た美貌を持つ陽子。東京の一流企業で勤めていたこともあり、父や親戚の勧める縁談に従い一生を山村で終わることに大きな疑問を抱いていました。
 自分の意志によって選択する生き方を求め、実家を離れ友人である朝比奈公仁子を頼り上京します。その出立は家出の装い同然でした。
 
 「いまごろお父さん、うちの中を歩き回って怒ってるわね」
 と、陽子がいった。
 「これも、一種の家出にはちがいないんだわ」
 「家出?」
 「お父さんとしたら、姉さんが家出でもしてくれなければ恰好がつかないわ。父に背いた娘だもの」

 当時の家族制度から言えば父権は絶対的とは言えないまでも、まだそれに近い力を残していました。しかし、陽子の父は「陽子は、明日、東京へいけ」とぽつんとした一言で放逐します。
 父も妹も陽子の美貌を認めていました。妹にすればその美貌は「嵐を呼ぶ女ってあるけれど、姉さんも、なんとなく周囲に波乱をまきおこすようなひとね。姉さんが呼ぼうとしなくとも、ひとりでに周囲に風や波が立ちさわぐ」ものに映っていたのです。そして、それは予知に近いものでした。この小説の主題ともいえます。

 物語は東京の朝比奈家に移り、そこでは戦死したと思われていた公仁子の兄・朝比奈正方の14年ぶりの帰還という事件から彼女の意志とは無関係に流れ出します。
 陽子と正方、そして朝比奈家。公仁子のテレビモデルへの進出とプロデューサー・古田明。正方とその周囲の女性。それらが錯綜し、濁流の前には木の葉の意志など問題にならないように陽子は押し流されていきます。自分らしくありつづけたいという願いは果たして現実の前には無為であるのでしょうか。
 陽子の流転は、美しく咲いた花が活花に供され、より美しくという他者の恣意のもとに形作られていくように、そして捨てられる運命とも思えます。

 人間はその人生に対し本当に自分の意志を働かせることが出来ているのでしょうか。さらに極言するなら、自分の言葉や考えというものは存在しているのでしょうか。自分の言葉や思考、そこから導き出される意志とは単なる模倣によって生み出されているだけなのではないでしょうか。

 古田明はテレビタレントに限っての言葉を口にします。

 「最初はだれだって、そうだ。その内にはひとのことばをいうことに、慣れてしまう。その内には、自分と言うものが段々となくなって、ひとのことばばかりいうようになる。そのことでまた妙な気持になってしまうものだ。テレビやマイクに向かってしゃべっていることが、いつでも自分のことばでない、つまり自分がいいたいと思っていうことばではなく、ひとのことばばかりしゃべっている習慣がついてしまうと、ふっと、そんな自分自身が不思議な存在に思われるようになるものだ。そこにはもう、自分がないのだよ。いつの間にか、自分というものがなくなってしまうのだ。…」

 その感覚は、公仁子の母親への嫌悪感からより明確に表されます。

 人間は、よろこぶにつけ、悲しむにつけ、苦しむにつけ、誰かの真似をしているものだという。自分だけに許されているよろこび方、哀しみ方、苦しみ方というものは存在するようで、その実、存在しないようなもののようである。私は、それをおそれる。私はいつか知らない内に、母流によろこび、母流に悲しみ、母流に苦しむようになるのだ。母もまた、たれかの真似をしているにちがいないのだ。
 
 本来の自分を求めるということは現在の否定でしかないのでしょうか。現在の自分を認めることは敗北に近いものに傾いてしまうのでしょうか。
 公仁子の父・朝比奈宗三も自身をこう呟きます。

 「…家内はすなおにそういうことができなくなっているのだ。自業自得ということもある。わしもいく度、陽子のように考えたかしれないのだ。養子になんかなるものではない。家を出る心をきめながら、ぐずぐずしているあいだに、正方がうまれ、公仁子がうまれた。私には意気地がなかったのだ。…」

 宗三は一人痛飲し前後不覚となり派出所に保護されます。その翌朝、迎えにきた正方にこう対します。

 「あそこは留置場というところだったのかね」
 車の中できいた。
 「保護室ですよ」と。正方は声にだして笑った。「どうしてそんなに酔っぱらったんですか。お父さんのようなひとがはいるところじゃないですよ」
 ― お前が入れたのだよ。
 という風に宗三は正方をじっとみた。


 この小説の登場人物は、誰もが摂理とせめぎ合いをしています。
 自分の人生を自分の意志によって生きるというのは、まさしく自然の摂理に反抗していくことに似ているのかもしれません。
 人はひとりだけで生きているのではありません。人に頼り、頼られ、時に逃げ場がないほどに追われます。
 そして、人は約束というものから逃れることはできないのです。生理的な約束もあれば、機械的な約束もあります。たとえば、性という約束、家族という約束、夫婦と言う約束。
 すべてが本心から出た約束ではなく、義理、人情、環境といったものから逃れ得ず生まれた約束のほうが多いのかもしれません。それらを不条理としてとらえる悲しみが「本来の生き方」を夢想させるのでしょう。

 丹羽文雄は現代の恋愛は神聖な精神ではなく性的な衝動に駆られていると言う「恋愛の喪失」を底流におきながら、この物語を描写しています。

 はなしずめ(鎮花)の祭りは、古来、花が散るのに伴い疫病が蔓延すると考えられていたため、その災厄を鎮めるために花を供養するものです。その禍花とはこの物語では陽子の存在であり、その行き先なのでしょう。





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