国木田独歩「歸去来」

 独歩「帰去来」
 (春陽堂、大正8年第8版)

 母上には唯だ墓参のためとばかり、其餘は以心傳心のつもりで何事も言葉に出さなかった。
 「そんなら私も。」
 と言われたを打ち消して、
 「おととしもお歸りになつて又た。」
 と答えた言葉は何となく角の立つようで、気になったが、それでも母上は自分の顔を見て微笑まれたばかりであった。其夕暮には御自身で土産物などを買整へて直にも立たれるようにして呉れられた。ただ一品、自分は母上に隠して自から買求め、行李の底に、大事に納つておいた。隠す程の品物ではない、ただ、
 「それは誰に呉れるの?」
 母は問われるであろう。
 「小川の綾さんに。」
 この答えが自分の口から澱みなくでるだらうか、頗る覺束ない。

 この冒頭がこの小説の全てです。
 読んで推測できる通りに主人公は結婚を申し込むために帰郷を決意します。そして、その心の底では「失敗はないだろう」と言う読みがうかがわれます。ただそれを公言する勇気はどうやら持ち合わせてはいないようです。
 しかしながら隠したところで、主人公27歳、適齢期の男が一人、家族の同道を断って単に墓参のために帰郷すると言うのは、カンの良い人からすれば「もしかしたら…」と思われるにしくはない。

 案の定、途中で行き合った知人からは次のように揶揄されます。

 「何處へゆく。」
 「ちょっと國へ歸ってくる。」
 「一人でか。」
 「さうだ。」
 「そして今度は二人連れで上京するといふ趣向かね。」
 「馬鹿ァ言ってる。」

 この主人公、はにかみ屋さんですが自信家ではあるようです。
 学識もあり、家柄も良い、東京ではまがりなりにも仕事での成功を収めています。ですから帰郷の道行きも希望で胸いっぱいなわけです。「万が一」とか、「或いは」などとは考えてもいない。
 その逸る有頂天さはどこか僕に似ていて…胸が痛くなります。
 賢しい巨人はひっそり歩き、こびと歓喜して死を招く…。

 主人公の心持の楽しさは車窓からの景色、吹き込む風、同席した海軍士官との会話などから溢れ、どれをとっても高揚を隠せはしません。それは帰郷そのものに対する感動と先行きの明るい希望とに満ちています。
 ええ、まぁ、大体こう言った手合いは思い込みに終わるんですけどね、経験則的には…。

 この主人公の楽天的感動の描写を見てみましょう。

 窓から頭を出してみると、早や天際に雲切れがして、夏の夜の蒼い空が彼方此方に黑澄んで、涼しい星の光がきらめいて居る。田舎家の燈火があちらこちらに見える、それも星のやうである。田面一面に蛙が鳴いて稲の香をこめた小氣味よい風が吹き付ける。
 あゝ此香だ、此香だ、自分は思った、「己は確かに今わが古里に歸りつゝあるのである。」
 「あゝ此香だ!これだ。」自分は肺一ぱいに此氣を吸つた。

 こういった描写は非常に巧みだと思います。気持ちが伝わってきます。(あー、痛いなー)

 さて、この後は故郷へ帰り、意中の女性との対面となるわけですが…。ここから先は機会があればお読みになってください。

 僕はこういった小説のみならず、打たれ弱い人(僕自身もそうです)を見ていますと、彼等がもつある種の共通点に歯がゆさを感じます。
 それは、自己都合による夢想家であること、早合点しがちであること、変な気のまわし方をすること。そして結論を自分で確かめる前に諦めてしまうこと、です。
 この主人公も多分にこの傾向があります。
 特に当時の良家の男子は自分で告白をせずに、仲介を立てて申込みをすると言う非常に回りくどいことをする仕込み癖がありまして。
 「お嬢さんを僕にください」「よござんす」といった歯切れの良さはないわけです。
 かくいうこの主人公もその通りでして、現実を自分で確認せず遁走してしまいます。それがエンディングにでてしまうわけですが…。

 ところで、椎名軽穂の漫画「君に届け」に「ぼっちゃんよ…恋愛はなー、最初に告白する奴だけが本命と戦えんだよ」という台詞がありました。
 これは良いところをついているなーと思います。
 「あそこで一言」とか、「あの場面で」とかの後悔は踏み切れなかった意気地のなさに対するものです。
 宝くじだってそうでしょ?あんなの一等があたる確率なんて数学的にみれば0%同様です。それでも「買わなければ当たらない」から買います。完全なゼロではありませんから、一枚でも買えば。

 恋愛もそうですよね。言葉にしなければ伝わらないし、確認もできません。意中の人のまわりにどんなに良い相手がいたって、確率は0%ではないかもしれないんです。
 自爆覚悟は必要なのです。そのあとヤケ酒で失恋を流し込むことになっても。
 どんな結果を生じても時間は流れているし、地球は自転してるのです。
 そう思えば失恋くらいねぇ…。

 国木田独歩の「歸去来」。
 非常に良い小説です。
 訓戒にもなりますしね。後悔先に立たず。恋は度胸ってね。
 
 でも強引すぎる直接行動は犯罪に関わりますのでお気をつけください。

 あっ、言い忘れましたが夢想家や空想家は悪いことではありませんよ。だって頭の中ではどんなことも可能なわけですから。これは特権です。



 実の無い話で済みません。
 それから、この小説はコメディではありません、念のため。



 




  
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