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後味の悪い夢

 時間とは、空間の質量、空間の性質、及び、その空間にある平面の性質によって支配されていると聞いたことがある。
 私が今居る場所と、あなたが居る場所とは、同じ時間を共有してはいないのかもしれない。局地的に、ごく小規模な単位の空間の時間を比較すればそういうことなのだろう。私室に留まる私、街中にいるあなた、見晴らす丘に立つ誰か。
 測定する空間の規模を広げていけば、その差異は小さくなり、時間は平均化する。だから、私とあなたは同じ時間に存在すると考えても良いのだろう。
 けれど、見ているものは違う。たとえ、同じ物体、同じ現象を見ていても、違うものを見ている。それは時間の差異ではなく、思考の差異、認識の差異。
 空間は広げれば平均化する。しかし、これらはどうだ?平均化することがあるのか?
 街を行く人の思考を映像化できるとしたらどうだろう?第三者の思考や認識を自分の脳内で感知識別できるとしたらどうだろう?眼鏡やヘッドフォンのようなものでそれができるとしたら。
 「あなたの思ったことは聞こえていますよ。」
 突然、後ろの見知らぬ人間に肩を叩かれるとしたら。
 思考は脳内に流れる電気の一種によってニューロンを通り伝達される。電気信号であるなら、それを途中でインターセプトすることも、サーチすることも可能であるはずだ。それどころが、それを映像、仮想立体とすることもできることになる。
 かつて、そんなアニメがあった。当時、夢中になっていた。自分の想像力をエネルギーに転換し、同じ認識を他人と共有させ、現実にそれがあるかのように知覚させる。意識下層におけるマインドコントロールではなく、知覚においてのバーチャルコントロール。
 人が想像できるもので不可能なものはない。本当に不可能なことは想像することもできない。それ故に、人は空路を拓き、深海を旅し、月や火星にまで足を延ばせるようになった。クローン細胞によって生命を生み出すことも可能になった。そのうち、元素をかき集めて空間から人間を造り出すかも知れない。化学的に分析すれば、プラスティックと人間に差などないのだから。
 その次は、心にちがいない。心を外部視覚化し、さらに、制御する。そんな時代がやってくるかもしれない。そうしたら、人は認識を平均化し、平和に暮らすことができるのだろうか?各個人が個人ではなく、各個体となることで、平和はもたらされるだろうか?
 では、その平均化した認識は、その原始の認識は、誰の認識であるのか?世界で唯一人の認識が世界の平均になる。その一人は神となる。それを、「滅び」と呼んだらデリートされるだろうか。バグとして。


 アニメのような馬鹿馬鹿しい夢を見た。後味の悪い夢だった。
 
 
 
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