鯰という奴はその間抜けた容貌と奇態から随分と愚鈍な生き物だと思われがちである。しかしながら此奴ほど貪欲で剣呑な魚はそう多くはない。あの雷魚でさえも鯰に近づかぬと聞いたことがある。それなのに人によっては間延びした面に愛嬌さえも覚え、愛好家なども結構いると聞いている。ユーモラスに見えるということは代えがたい取り柄なのかもしれぬとも思う。自分には備わっていないものだ。つくづく羨ましい。
 もともと鯰の「なま」とは、滑るとか、ねとつくと言った意味であり、「ず」とは泥のことである。いうなればどろどろと滑る粘土のような生き物と言う程度の由来でしかないのだ。それが「念」の字を当てられているのは「粘」と同じ音を持つということなのかもしれぬが、見方によっては胡散臭い怪坊主が出鱈目の経か呪いを唸っている面にも見える。まあ、そのような意味合いもあるのかもしれぬ。
 鯰のその奇怪な姿は好奇な伝説の元になる。地震を予知するなどとも言われるし、茨城にある鹿島神宮の要石の下には大地震を引き起こす大鯰が捕えられているなどと言うのもその一つである。また最近、「空から鯰が降ってきた」などと言う頓狂な話が巷に流れ、天変地異の前触れかと言われたりもした。或いは、「鯰が子を産まぬと夏にならぬ」というのもある。こちらはあながち嘘でもなく、繁殖の時期が梅雨の開け時期にかかっていることが理由である。

 鯰という魚は日頃はあまり活発に泳ぐものではないようだ。水底に張り付くように体を延べて、たまに不器用にうねうねと不釣り合いな艶態で浮き上がる。さほど長い距離を移動する気もないらしい。それ故に見るものに鈍重な印象を与える。昼行燈は火を隠すのにはもってこいなのだ。
 しかし、見れば見るほど間の抜けた怪しげな面構えだ。自分がいつ頃から此奴を眺めるようになったのかは定かではないが、突然に正面に現れてからもう大分経つことは事実だ。長く此奴を観察していると自分が鯰になったような気さえしてくる。ひとつ鯰になった気で眺めてみるのも一興であろう。

 此奴が鈍重ではないことを示す話がある。以前、沼海老が大量に出現したことがある。彼奴等は華奢で長い手足を緩慢に運んでいるようでも、何かあるとぴゅっと速度を上げて視界から離れていく。その過信にも似た特技を生かしてチロチロ、ケケケッと人を小馬鹿にしたようにからかいに来る。冒険心の強い奴などは顔の上にも乗ってくる。腹も適度にくちて餌を欲するいわれもないが余りに煩かったので、居眠った振りをして彼奴等が一堂に集まったところをひと呑みにした。十数尾いた彼奴等は刹那に臓腑に落ちた。強欲さの本気をひねり出せば川海老などとるに足りぬ鈍間(とんま)な生き物なのだ。身を以て知るが良い。
 またある時、一匹の若鯰が目の前に現れた。雌鯰のようであった。その張りのある身体は特有の香を放ち鼻孔をくすぐった。やや小ぶりな頭部から胸鰭をすぎた辺りで急に細く引き締まり、ツンと尾の先に向かって伸び行く姿はそそりたてるものがある。口ひげを舐めるようにして若鯰を眺めていたら、ずずと押し上げてくる欲望に自然と体が動き、気が付けばその雌鯰を呑み下していた。「なんということを!」と自責の念にかられながらも胃壁をぴくぴくとくすぐる感触に恍惚さえ覚え、こう思った。「やはり若いのはいい。」

 鯰は人の食にもよく供される。蒲焼や天麩羅、焚きものなど調理法を選ばぬらしい。中でも殊に好まれるのが…天麩羅だったか、なんだったか。ちょっと度忘れをしたがとにかく旨いと言うことだ。
 私は「ああっ」と体を伸ばした。蹲って此奴を眺めているのいるのにも飽いた。そろそろ出かけようと思った矢先に「唐揚げ」と声が飛び込んできた。それで思い出した。鯰は唐揚げが良いのだった。覚えておくと良い。鯰は唐揚げなのだ。

 ヨイショッと体を動かした拍子に頭を棚角にでもぶつけたのか、がつんとした衝撃で目の中に火の粉が舞い一瞬昏倒した。ついで頭を薙ぎ払われるような感覚で突き飛ばされた後、ぐるっと向き直った私の眼前に、体液をしたたらせた薄白い肉の断面があった。



 *先日、「水の中の生き物」と言うテーマを何人かで分担することになり、僕には「鯰を題に1600字くらいで」と原稿を割り当てられました。日ごろからお世話になっている方でしたので断りきれずに引き受けましたが、締め切りが3月10日で、受けたのが2月の24日でしたから間に合うわけはなく、延長に延長を重ね先日ようやく入稿しました。同じ題で二つの話を書き、こちらは採用されたのとは別稿の下書きになったものです。まあ、せっかく書いたのだから載せておこうかとただそれだけなのですけど。「更新もしないと、、、ね」と言ったところです。
 


 
スポンサーサイト

テーマ : ひとりごと…雑記…きままに
ジャンル : 日記

コメントの投稿

非公開コメント

sidetitleプロフィールsidetitle

otosimono

Author:otosimono
全く役に立たない独り言です。

sidetitle最新記事sidetitle
sidetitle最新コメントsidetitle
sidetitle最新トラックバックsidetitle
sidetitle月別アーカイブsidetitle
sidetitleカテゴリsidetitle
sidetitleFC2カウンターsidetitle
sidetitleカレンダーsidetitle
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
sidetitle検索フォームsidetitle
sidetitleRSSリンクの表示sidetitle
sidetitleリンクsidetitle
sidetitleブロとも申請フォームsidetitle

この人とブロともになる

sidetitleQRコードsidetitle
QR