愚かな僕と「青い壜」

 一進一退の体調加減です。まあ、だましだましやっていくしか方法はないということでしょうね。
 「どんな病気なのか?」と突き詰めれば、生きていることそのものが病気のようなものです。完治を望むのは彼岸に渡ってから、ということになりましょう。
 厚生労働省発表の平均寿命によれば、男性79.19歳、女性85.99歳だそうで、そう考えると僕は既に川の半分以上を渡ってしまったことになります。残り時間の方がどう考えても少ないわけです。

 現在、公開中の映画に「IN TIME」と言うのがあります。監督はアンドリュー・ニコル、主演はジャスティン・ティンバーレイクとアマンダ・サイフリッドです。
 人口増加を抑制するため人類は遺伝子操作により26歳以後は時間を買わなければ生き続けられない社会を創り上げます。そこでの貧富の差は貨幣基準ではなく「時間」に換算されます。貧困層は労働の対価として時間を得るが、それも日々の生活のために消費されなくてはならず、「時間切れ」は即ち「死」を表します。富裕層は貧困層から「税」や「消費活動」を通じて「時間」を搾取していくわけです。時間に富むものはその他大勢の犠牲の上に不死となり、その矛盾に対抗するために主役の二人が立ち上がり「時間強盗」をして、貧困層に分け与えて行くという物語。
 ありていに言えば、大恐慌時代のアメリカに実在した銀行強盗ボニーとクライド(映画「俺たちに明日はない」の主人公) が「鼠小僧次郎吉」宜しく、義賊を演じるといったものです。映画として物語は「さぁ、戦いはこれからだ」的なエンディングで何も解決はしないのですけど、つっこみどころ満載で面白いことは面白いです。
 僕は性格が悪い方なので素直に観ているということが無理でして、「なんてききわけの良い民衆なのだろう」とか、「時間補級を後回しにする理由ないじゃん。演出が見え見え」とか、心の声が揚げ足取りに終始してしまいます(あまり詳細を書きますとこれから観る方の興を削ぎますのでやめますが)。まぁ、それが楽しい映画でした。ところで、僕はこの映画でも地味な役柄で序盤で少ししか出ていませんがマット・ボマーが好きです。

 と、映画の話はさておき、「時間」ですけど、こいつほど正体不明でやっかいなものはないですね。物質ではないし、観念的存在でもないです。確かに存在?はしていますし、影響も出てきます。しかし、実体を掴むことは不可能ですね。「時間」は相対的存在であって、それ自身を感知するようなものではありません。生物であれば老化、構造物質であれば老朽化や風化と言ったもので経過を比べることはできます。しかし、それ止まりですね。そう考えると「こいつは本当に存在しているのだろうか?」と甚く疑問に思います。しかも、こいつの方向がまたわからないときています。つまり、時間は前からくるのでしょうか?それとも後ろから来るのでしょうか?未来が過去に向かっているのか、過去から未来へと流れているのか、とんと見当もつきません。それがわかったからといって何も解決はしないのですけどね。僕はただ老いぼれていくだけですから。

 不死が実現したらどうでしょう?死の怖さって何なのでしょう?死の怖さも、不死の怖さも、僕にとってはどちらも未知なしろものなので同様に怖いですね。自分の体験で認識できないものに対する恐怖があるだけです。
 今言えることは、自分の意志で生まれてきたわけではないですから、誕生したこと自体が最大の失敗であることは事実です。生まれてさえ来なければ苦労のかけらもしなくて済んだのに。そう考えると生まれてきた以上の失敗はないわけですから、生きている途上での失敗などたかが知れています。逃げることも、取り繕うことも充分に可能ですからね。とりかえせない失敗はあります。起こったことは消せませんので。でも、フォローする方法はいくらでもあります。
 借金?逃げ続ければいいじゃないですか。失業?仕事は選ばなければ何でもあります。事実、僕にもそういう時期がありました、確かに。方法は如何様にもなります、我儘さえ言わなければ。あとはメンタルがその荷重に耐えられるか否かの問題でしょう。
 
 さて、ここまで意味のない前置きをしてしまいましたが、何の話かと言うとレイ・ブラッドベリの「青い壜」の話をしようかと思ったわけです。

 火星がテラ・フォーミングされて移住が可能になった未来。かつてそこに住んでいた火星人が火星硝子を吹いてつくった青い壜を求めて、トレジャー・ハンター達が血眼になってそれを争っていました。その壜の中身を知る者は誰一人なく、ただ「その青い壜は真実の願を叶える」という伝説のみが伝わっています。
 物語の主人公はアルバート・ベックとレナード・クレイグ。彼らは廃墟となった火星のある町を訪れました。そこにある建物の中でクレイグが小壜を拾い上げます。その中にはバーボンがいっぱいに入っており、クレイグは喜び勇んで口に含みました。ベックがそれを怪しんで「何を持っているのか?」と壜を取り上げると、それは単なる空壜であるはずなのに、クレイグは「まだ半分くらいバーボンが入っている」と主張します。

 「チャポンチャポンいっているだろう?」
 「いや」
 「おれには聞こえるんだがな」

 クレイグがもとのテーブルに壜を置いたところでベックは確信します。「おれにはわかる。もう探さなくていい。青い壜をみつけたんだ」

 物語はその後、他のトレジャー・ハンターに小壜を奪われ、ベックが取り戻すかたちになります。しかしながらベックには自分が望むことが何かを実感できず、願いそのものがわからなかったのです。彼が壜をかざしてまわすと中で星影が青くきらめきました。じっと見つめるその小壜なかの小宇宙は「これがおれの今まで欲してきたものなのか?なんて簡単なのだろう」と彼に思わせました。そして、壜の口から噴き出してきた風を大きく吸い込むと彼はかつてない心地よさに身を包まれ、幸福感に恍惚となり、そして、消えてゆきました。後には「青い壜」だけがぽとりと取り残されていたのです。
 
 自分では感じることのできない真実の願いを叶えてくれる青い壜の物語です。
 そんなものが本当に存在したらどうしますか?壜の口をあけてみますか?自分では気が付かない真実の、最後の願いを見たいと思うのなら栓を開けてみてください。ベックのように死んでしまうかもしれませんけど。
 でも、もし僕がその壜を見つけたとしたら、きっと僕には何も起こらないでしょう。だって、僕はベックのような「青い壜」を信じる純粋さを持ち合わせてはいないでしょうから。ちょうどベックが消えた後、彼を探しにやってきて小壜を拾ったクレイグのように「やっぱりバーボンじゃねぇか」という具合に。

 黒いカーニバル (伊藤典夫訳、早川書房、昭和47年初版)

 




 
 
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