「紅い花」のこと

 1970年代後半、小学生のころですが、思い返せば大分昔のことのようです(実際に昔ですけど)。
 最近、忘れていたような細かいことまで思い出すことが多くてそろそろ終わりかなとも感じています。それとも恩義を忘れて生きている僕に対する警告なのでしょうか?いずれにしろ懐かしさや歯がゆさや苦さなど複雑な感情を交えて過去がフラッシュバックしてきます。

 月刊ガロ 月刊ガロ(青林堂)

 当時、「ガロ」と言う青年向けの月刊誌があり、これが一部コアなファンを獲得し話題になっていました。僕は直接この雑誌を手にしたという記憶はないので(小学生の身分で青年誌を購入する意気地はありませんので)、どこかに置いてあったのか、誰かから借りたか、側から覗き読みでもしたのかもしれません。とにかく、そこで「つげ義春」の名前を知ったわけです。最初に読んだ作品は「紅い花」であったかと思います。ちょうど実写化も重なった時期でもありましたので目にする機会はあったのでしょう。

 「紅い花」(つげ義春)

 紅い花  (小学館文庫、1995年)

 小学生とは言え高学年になってきますと性的な興味も覚え、憧憬と本能との曖昧な理想で性を思い描く年齢でもあります。そうした中で出会った「紅い花」は意味を深く解することなどできませんが共感するものがあり、感性としてその画に見とれました。
 小学館文庫から発行された「つげ義春異色傑作選」を購入し、母から大人向けのエロ漫画と思われ廃棄されたことなども思い起こされます。

 紅い花 01 紅い花 03
 「つげ義春作品集」(青林堂、昭和44年)
 
 そのつげ義春作品との最初の出会いから10年以上が経った頃、ある出版社の方に労をとっていただき(と言うか無理を言って同席させていただいただけですが)、ご本人にお会いする機会をいただきました。
 作品から感じ取れる呑気さと一種破壊的な性、或いは、井伏鱒二的な厳密な不条理と太宰治的な道化世界。それらを生み出す現実の「つげ義春」とはどういう人なのだろうかと興味津々でした。
 「神経質な人だったら苦手だな…」と不安先行で出版社の方の後ろをついていき待ち合わせの場所へと行きますと、やはり気難しそうな男性が座っておりました。(失敗したかも?と反省する僕)
 とりあえずご紹介をいただき、あとは黙って傍観するに徹し、ひととおり打ち合わせが終わったのを見計らっておずおずと切り出しました。

 「誠に済みませんが、僕、先生のファンでもあり、できればサインなどいただきたいのですがご無理でしょうか?」
 つげさんはチロっとこちらを見てタバコを雑に咥えながら「かまいませんよ、どれですか」と。
 そこで「紅い花」を差し出しました。
 「ええとペン、マジックはありますか?」
 「こちらに持ってきていますがこれでよろしいですか?」
 つげさんはマジックを見て少し意外そうに「金ですね」とおっしゃられ、さっとキャップを外すとカバーの見返しにサインをしてくれました。
 僕の予定していた場所とは違いましたがこれはこれでOKということにして、「先生のこの作品を読んだのは小学生の時でした。既視感めいた虚構の思い出のように印象に強く残っています」と言うと話題は「紅い花」へと向かいました。
 
 紅い花 02

 「ガロを読んでたんですか?子供で?」
 「あ、いえ、覗き見です。」
 「でしょうねぇ、いくらなんでもこどもが手にする雑誌じゃないもんね。そんなこどもは将来が怖い。ろくな大人にならないよ(笑)。でも、『紅い花』のどこがよかったんです?こどもには抽象的だったでしょう?」
 「こんな表現は相応しくないと思いますし、初めて読んだ時の感想なのか、それとも後からの印象なのかは定かではないですが、懐かしい感じがしました。」
 「懐かしいね…。」
 「紅い花の評によく『少女が大人になる瞬間を抒情的にとらえた』と言われていますが、僕はシンデンのマサジにその感じを強く思うんです。キクチサヨコが初潮を迎え大人になるのと同時に、マサジが少年の性から大人の性へと目覚めるような、むしろそちらの方に共感しています。」
 「そうですか。マサジは好きなんですよ。実際に会ってみたい男の子だなぁ。でもね、可愛い少女を描くとね、大概はそちらに視点が移ってしまって、『紅い花』だったらサヨコの生理の血に注目がいくんですよ。それでちょっと的外れな論議になったりするんですよね。それはそれで『全然違うんだけどな』と見ている分には面白いけど。僕の漫画に『ねじ式』ってあるでしょ?読んだ?あれって芸術作品だとか、深層心理がどうとかって言われたけど、漫画そのものに意味なんてないんだよね。あれは夢でみたことをネタに困ったので描いてみただけ。夢なんて不条理で支離滅裂なんだから誰から見てもシュールなのは当たり前だよね。理由も必然もないんだから。夢判断とかで調べれば僕が意識していない願望とかあるかもしれないけど、それが『はい、これですよ』って言われてもピンとはこないよね。」

 ねじ式
 
 それから僕は「李さん一家」「西部田村事件」の話をして「古本と少女」が好きだという話をしました。
 「西部田は千葉の夷隅にある地名で、精神病院も実際にあるんですよ。僕のエッセイにも書いたんですけど、あれは白土三平さんと釣りにいった時のことを元にしているんだよね。穴に落ちたのは白土さんでね。足が抜けなくなったりはしなかったけど。でも、現実にある場所と病院を使ったのはまずかったね。『あれは実話ですか?』って方々で言われて、現地でも伝説みたいになっちゃって迷惑をかけたかもしれないな。それからは実際の地名には気をつかっているつもり」とつげさんは笑った。
 同行させていただいた方の帰社時間があるからというので話は途中でしたが切り上げることになり、「また会いましょう」と言ってくれた、つげ義春さんは最初の印象とは違ってとても人懐こい笑顔をしていました。
 しかしながら、あれ以降一度もお会いする機会がなく今になってしまいました。でも作品は現在も僕の手元に愛読書としてあり、心が疲れた時など手にとって「紅い花」を読んでは、やはり既視感をもって「懐かしい」と思うのです。

 紅い花 00





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