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聖橋にて

 惘然と聖橋から流れのはっきりとしない川を見ていた。死んでいるのか、生きているのか判然としない川だな、と思う。トンネルを抜けて列車が駅へ向かう。万世橋の方に眼をやれば、わずかに残っている煉瓦壁が時間を押し戻そうとしていた。ノスタルジーを思い起こさせるには、それで十二分であるかのように。
 再び、俯くように水面を見た。澱んだ暗い水の上で銀色に光るものがあり、私はそれに眼を凝らした。死魚が漂っている。波紋の名残か、頼りない同心円がそいつを岸に押し付けようとしていた。進むようにも見え、止まっているようにも見え、また戻って行くようにも見えた。どうやってか動静を確かめようとその繰返しを飽かず眺めていた。
 人が往く。
 私は、のったりと浮かんでいる死魚のごとくに橋に留まる。流れていることにまかせ、気づけば岸に寄せられて、また運ばれる。その心地よさに馴れ合い、自己中毒的なドラマティックな演出を感じたいがために自分なりのペシミズムに酔おうとしている。
 「私もこいつと大差ないかもしれないな。」
 死魚は泊まっている。白く変色し薄汚れた平べったい体を歪曲させて波をやりすごしていた。
 - ここにも盲がいるぞ -
 不意に、行きずりの老人が唾棄するように喚いた。どこかで覚えのある科白だった。老人は変色した染みだらけの象牙色のオーバーコートを纏い、鼠色の作業ズボンと紺色の長靴には泥と枯葉が付着していた。往来の人ごみの中を、先にある見えない一点に牽かれるようによれよれと歩いて行く。
 橋を行く幾人が、今の彼の声を聴き取ったであろう。彼の肩越しに、湯島聖堂の緑青を佩びた屋根が陽を受けて鮮やかな光彩を放っていた。眼を落せば、死魚はまだそこにいた。
 老人の姿が見えなくなった頃、私は坂を下りて駿河台へと向かった。軒を並べる楽器屋が、けたたましい音楽を次々に放り投げてくる。しかし、そのどれも耳に残る彼の声を消すことはできなかった。
 高校生の頃、ここへは良く来た。あの頃、ここは夢がつまった場所であった。1本のギター選びに熱中し、楽譜屋を渡り歩き、中古レコード店を漁り、ティールームで戯言の音楽談義に耽った。心地よい熱病に侵されていた時代だった。こうしている間にも、街の其処ここに置き去られた自分たちの残留思念が見える気がする。
 今、店や街の移り変わりよりも、自分自身の変わりように心が痛み落胆する。記憶の中で止まっている時間。それが現実に動き出す魔法など、どこにもありはしない。年老いて行くだけだ。もう半分以上渡り切った。残る時間のほうが少ないのだ。改めてそう思う。高校時代の友人との交流は、もうない。どこでどうしているのかも知らない。知ったとしてもどうなることもない。会ってどうなる?懐かしむ以外には手段がない。現在の愚痴でも言うか、自慢話でも大袈裟に披露するか。それは無意味だと思う。自分を慰めるついでに、思い出したくないものまで掘り起こしてどうするというのか。過ぎたものはそのままにしておくほうが良い。諦めるほうが遥かに負担がない。そう、楽なのだ。
 古書店に立ち寄る。次から次へと眼にとまる本を引き出しては、数頁めくり、また元に戻す。何軒目かの書店。家を出るときに持っていたショルダーバッグの他に書籍を詰めた紙袋が加わり、足の疲れをひどく感じ始めた頃、川端康成の短編を手にした。そして、出鱈目に開いたその本の中、一節を見て私はほくそ笑んだ。

 『ここにも盲だ。手を引っぱって行ってくれ。』

 
 
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