吉原幸子「仔犬の墓」

 吉原幸子詩集「幼年連祷」(1964年初版)

 幼年連祷 
 
 「仔犬の墓」

 地のなかに 仔犬はまるくなって お菓子の紙袋を前足に抱いて眠ってゐる

 おまへがぴょんぴょんとびはねているとき にんげんたちはしらん顔をして とびつかれまいとわざと横向いたふりなんかしてゐたのに 
 そうやって おまへがもうたべられなくなると 袋ごとお菓子を抱かせて 土をかけながら泣いてやるのです

 ゆるしておくれ わたしたちの身がってを おまへがあんなにとびはねるので 安心してゐたのよ それににんげんは ことば あのむだなもののためにいそがしかった おまへの病気を さびしい抜け毛を しらなかった

 しっぽといっしょにおしりまでふってたおまへ なげたビスケットをどうしてもうけとめられなかった おふるの首輪がゆるゆるだったおまへ 捨て犬でなくなってからたったひと月 あんなに いのちをよろこんでゐた はずかしいほどなめてくれた みつめてくれた
 おまへ 茶いろのやせっぽち


 もう一遍、同じ詩集から。


 「喪失ではなくて」

 大きくなって
 小さかったことの意味をしったとき
 わたしは”えうねん”を
 ふたたび もった
 こんどこそ ほんたうに
 はじめて もった

 誰でも いちど 小さいのだった
 わたしも いちど 小さいのだった
 電車の窓から きょろきょろ見たのだ
 けしきは 新しかったのだ いちど
 
 それがどんなに まばゆいことだったか
 大きくなったからこそ わたしにわかる

 だいじがることさえ 要らなかった
 子供であるのは ぜいたくな 哀しさなのに
 そのなかにゐて 知らなかった
 雪をにぎって とけないものと思ひこんでゐた
 いちどのかなしさを
 いま こんなにも だいじにおもふとき
 わたしは”えうねん”を はじめて生きる

 もういちど 電車の窓わくにしがみついて
 青いけしきのみづみづしさに 胸いっぱいになって
 わたしは ほんとうの
 少しかなしい 子供になれた ―


 幼年連祷 署名

 僕などがなにか言葉を添える必要などありません。きっとわかっていると思いますから。

 



 
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偕誠「つかれた」

 僕の意味のないブログによくお立ちより下さる偕誠さんという詩人がいらして、その方が管理している "Office K"というブログがあり、3月14日に次のような詩が書かれてあります。

 「つかれた」 偕誠

 布団にこもって聴覚を殺し、顔を殴る、救いはない。
 雨の夜道をのそのそ歩く、救いはない。
 何本も煙草に火をつけては消す、救いはない。
 結局のところ、おれはひとりだ。
 だれにもおれの苦しみはわからないのだ。
 おれはだいぶん、世の中のことがわかってきたぞ、と思う。
 それから、おれの寿命も。
 もう長くない、それは間違いない。
 死ぬ時もひとりで死ぬだろう。

 ああ、おれがそもそも間違っていたのかもしれない。
 旧友よ、孤独よ
 いつでもおまえがおれのそばにぴったりくっついて。
 おれを救ってくれていたのかな。

 飛びだしたい!
 妻の眠るこの家から
 町内をさえない顔でうろうろして
 凍えて帰ってくるのではなくて。
 もうなにもかも棄てちまって
 誰にももう迷惑はかけませんから
 ひとりでゆくのだ。
 書き散らして死ぬ。それだけの人生ぢゃないか。
 いつのまにか、何者かになったような、この驕慢。

 聞こえる雨音に混じった罵倒。
 見えてる死角にうごめくくそったれども。
 おれを一体どうしたいのだ。

 近いうちに死のう。
 そうだ、いま作りかけの詩集、
 あれが完成したら死のう。
 悲しいのもそれまで。
 こんなに苦しむのもそれまで、だ。
 どうだ、少しは希望がわいてきたか。
 もともと、今生に未練もなし。

 ああ、ひとりだ。
 今夜はかみしめるようにひとりだ。
 ひとりだ。
 ひとりだ。

 おれがなにしたって言うんだ。
 まあ。
 いいさ。
 もう死ぬんだからね。

 
 偕誠さんが書かれたこの詩に何かコメントをしようと思ったのですが、空欄をどう埋めてよいのかわからず、ただ次のような詩が頭を過りました。
 関連があるわけではないですし、並べることによって意味が成立することもありません。
 このふたつには50年以上の時の隔たりだけがあって他には何もないはずですが、僕の中で自然と結びついたのです。
 ブログにコメントを入れる代わりにここに置いていきます。

 
 「血」 吉原幸子

 たたきつぶす
 小さな虫を
 大きすぎる力で
 すると 小さな血のしみになる

 ほらみろ ひとの血を吸ってる
 いいきみだ つぶれて

 でもだれの血
 わたしではない 覚えがない
 それならだれの血
 ここにはわたししかいないのに

 突然 
 おそろしい考へが わたしをよぎる
 この虫の この虫自身の血が
 このように赤いのではなかったか

 こんなに とびちってゐるわたしを
 かきあつめられない
 わたしによってつぶれた
 赤い血をした小さな虫
 そして この虫こそが
 わたしだった と

  (吉原幸子「幼年連祷」から)

 

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沈丁花の枝の間に

 急に暖かくなりましたね。
 たぶんそのうちに寒の戻りはあって花を凍らせてしまうのかもしれないけれど、今は「春を感じている」と思うことは悪いことではないですよね。

 僕はいつも時計を気にしていて、文字盤を眺めて、秒針が一回りするのを、長針と短針が刻んでゆく位置ばかりを見ていて、それが「過ぎて行く」ことなのだと思い込んでいたのです。
 僕が本当に見ているのは時計ではなく、「時」であるはずなのですけど、目に見える形のある分かり易いものにとらわれやすくて。
 そして僕はふとしたはずみに時計があることも意識の外においてしまい、何かの拍子でどれほどの時が経ったのかも気づかずに慌てているのです。

 長崎で出会った少女が言っていた通りに桜は少しも弱くありませんね。
 僕が寒さで縮こまっているときでも彼らは耐えて、耐えているだけではなく、花を咲かせるために自らを進めていました。
 あの子は元気でいるのでしょう。
 あそこの桜、あの幼稚園の門にあった桜は、もう咲いているのでしょうね。毎年、一番先に蕾を開いていたから。
 あの庭先で鳴いていた鶯も歌を思い出し始めたことでしょう。
 それらは僕が見ていなくても同じように繰り返していると信じられます。
 見ていないからこそ、そう信じられるのです。
 知らないでいるほうが良いと思えることは、恐らくずっと多いのだから。

 この季節になると決まった後悔が顔をもたげます。

 ふたりして北鎌倉女学院裏の坂道を上っていたあの時、君に言わなくてはいけないことが思い浮かんだのです。
 それはとても大切なことのように思えたのです。確かに大事な言葉だったはずなのです。
 でも、沈丁花の花の間から小鳥が、たぶん目白だったと思うのですが、飛び立ったものですから、それに気を取られた拍子に何を言おうとしていたのかを忘れてしまったのです。
 なのに僕は失くした言葉を探そうともせずに、それをしていれば伝えられる可能性もあったはずなのに、あまりにも気楽にいつものことのように流してしまったのです。いつでも思い出せるような気がしていたのです。安心して。

 「思い出したら、また話すよ。」
 僕はきっとそう言ったのですけど、あれきり僕の心はその言葉を抱き起すことはありませんでした。
 今も記憶と呼べない時間の底に沈み、埋もれてしまったままでいます。
 でも、とてもとても大切なことだったはずなのです。

 僕はそうやって数えきれないいくつもの「大切」を忘れてきました。

 遥かに時は流れ、変わらない沈丁花の香りを風が運んできます。
 その香りは、一瞬、僕に何かを思い浮かばせ、同じようにまた枝の間に小鳥の影を見つけさせるのでしょう。
 僕は既視感の反復のようにまたそれに気をとられるのです。
 時の中には、それを言わせないようにするための何かが存在しているのかもしれません。
 ですから余計なことは忘れられずにいるのに、大切なことはいとも簡単に忘れてしまえるのです。

 僕は言い訳のように繰り返します。

 「思い出したら、また、話すよ。」


 

  
 

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