閑話休題…署名本のこと

 僕は手元に自分の資料がないものは画像として極力引用しないことにしています。
 そうした中でブログを書いていてよく訊かれるのが本の署名のことです。
 「あれはどこからか画像をもってきてるの?」とか、「どうやって集めたの?」とか、或いは、「贋物と本物をどうやってみわけるの?」などです。

 本の署名について他から画像を引用することはありません。すべて僕がもっているものからご紹介しています。
 どうやって集めたのか?ですが、物故作家の署名を集めるのは難しいものがありますが、現在活躍されている作家のものであればそう難しくはありません。
 新刊発売日に大きな書店に行きますと、出版社から割り当てられたサイン本が並べられていることもありますし、作家のサイン会なども頻繁に行われています。また、サイン会に行かれなくとも、その翌日に行くと、余分にサインを入れたものが出ていることも多いです。

 僕が持っている物故作家の署名本は、以前に書いた「不思議な少女」の御祖父様から譲り受けたものが多いです。
 御祖父様ご自身が文学者で歌人であったことから様々な作家と交流があり、それらを経由して収集されたものを縁あって一部を譲り受けました。
 新しいものについては僕自身でサインを頂いたものや、送られてきたものが多いです。あとは先に書いた通り、立ち寄った書店で偶然に購入したものです。

 本物と贋物の見分け方ですが、本物を手に入れておくのが一番です。当たり前ですけど。
 今回、このブログを書くにあたって「サイン本」「署名本」「サイン、イラスト、直筆」などでヤフオクの検索をかけて眺めていましたが、やはり怪しそうなものがありました。
 見ていると微妙に違うんです。文字のバランスに違和感があるというんでしょうか。ですので細部まで字体を確認することがやはり大切だなと思います。

 署名は年代、筆記具によってスタイルが変わることがありますが、癖というのが全く別物に変わることはありません。筆の入り方とか、払い方とか、流れとかを注意することです。
 それから「落款があるから本物」という話を聞くことがありますが、落款が必ずしも真筆を証明するものではありません。いくらでも偽造できますから。署名の形と落款の関係を年代別にを整理しておくのも重要です。

 そこで最初の一冊の手に入れ方ですけど、まず書店でサイン本として販売されているものは信用しても良いようです。同じように「署名入り限定本」などもまず本物です。
 物故作家の署名については、なるべく真筆と思われる字体を確認しておくことをお勧めします。信用のおける古書店の目録など役に立ちます。
 少し高価ですが署名入り限定本を手に入れてみるのも良いでしょう。川端康成「定本雪国」、三島由紀夫「岬にての物語」(特装限定版)、石川達三「蒼氓」(特装限定版)など割と手に入れやすいです。

 献呈と識語についてもちょっとだけお話をしておきますと、献呈は文字通り相手に贈呈されたもので、○○様、○○兄(姉)と相手の氏名が書かれているものです。
 識語とは本来、その由来を書きとめたものを指しています。つまり「九段会館で行われた上梓祝賀会にて」とか、「○○書店、サイン会にて」とか言ったものです。
 ただし現在は署名の肩に乗せられた添え書きを含めて識語というのが一般になっています。
 遠藤周作先生は「教正」、辺見庸さんですと「潜思」、京極夏彦さんだと「怪」とか「河童」とかその小説に因んだ言葉を選んでいるようです。
 但し、これらが備わっているから本物ということでもありません。作るほうはこんなことは百も承知のはずですから。
 ですのでやはり真筆を知ることにつきるのではないかと思います(すみません、当たり前のことしか言えなくて・・・)。
 
 献呈で思い出しましたが、随分と前のこと、ある古書店で太宰治の署名本というのを見せていただきました。一冊は真筆で、もう一冊は贋物です。
 どこが違っていたかといいますと、贋物は「桜桃」(実業之日本社)の初版で、献呈名があり「織田作之助様」となっておりました。
 古書店のご主人は「面白いでしょう?」とにやにやしていました。
 「これはあるコレクターがまとめて売りに来たものなんですけど、いやあ、これが一番味がありましたね」と。
 確かに面白いです。
 「桜桃」の初版が出されたのは1948年(昭和23年)ですけど、初版の序にあるように「太宰治の遺作として」」出版されたものです。
 さらに献呈された「織田作之助」ですが、彼は1947年(昭和22年)に亡くなっております。
 ありえない署名本です。
 天国からFAXでメッセージが送られてきたと真顔でコメントした団体もかつてありましたから、そういうことも起こりえないとは言えませんが、常識的には考えられないですよね。
 まあ、これは極端にわかりやすい例ですが、初版の発行年、出版社、同時代の交流などについても知っておいたほうが良いと思います。

 でも、署名本って古書的にはそれほどプレミアがつくものではないんです。極一部を除いては、買い取りをしてもらう場合にもほとんど考慮されないことが多いです。それでも多少は上乗せをしてくれますが、期待しているほどには高値はつきません。

 署名本って、文字を見て作家を偲ぶとか、作品の世界により深く入り込むとか、そういった自己満足の域を決してでるものではないんですよ。
 ですから手に入れた一冊の真贋を問うよりも、署名があることで心が充実するというのであれば、それで良いのだと思います。大切なのは思い入れです。
 ですから、あまり高値で競り落としたりしないようにご注意ください。オークションって熱くなるとクリック一つで限界を見誤ってしまうものですから。

 いずれにしても価値があるのは内容であって、それ以外は単なるオプションなんです。専門の研究家やコレクターを除けば、さして拘るものではないと僕は思っています。
 
 
 
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白蓮「指鬘外道」

 柳原白蓮の戯曲「指鬘外道」は次のような序文から書き出されています。

 指鬘外道 装丁 (大鐙閣、大正9年第4版)

 …これは 日に 祈りと 化粧 とを事として 一生を 終るかの如くに置かれた 果敢ない女の指先から生まれたものです。
 朝に 夕に うち向かふ 最も親しかるべき鏡ですら どこやら逆さに寫して見せてくれる その偽りにも いつしか馴れては 唯一の睦まじきものとも思ひ暮らす 私 夜にもなれば 優しい魂がそつとかへつて來て 敬虔な祈りへと誘ふ …
 
 「幻の地獄」と題された口絵は竹久夢二が手掛けており、絵にはつぎのような戯曲中の一文が添えられています。

 指鬘外道2 口絵 指鬘外道 函  

 …もつと血が欲しくばこの私の血を絞るがよい、そなたには疫病のように嫌われたるこの私でも、夜になればあまたの痩犬共がやつて來て、骨までしゃぶるであらう…

 柳原白蓮については「處女の頃」の挿絵を取り上げた時に少し触れました。
 皇室出身者として九州の炭鉱王・伊藤伝右衛門に嫁ぎ、「家」が人であり、家長こそが意思を有する全人格であった時代において、女性個人としての自由と愛を渇望し、ついには宮崎龍介と出奔した女性歌人。
 その出奔の相手・宮崎龍介と白蓮を結びつけたものが、大正8年に雑誌「解放」に発表された戯曲「指鬘外道」でした。
 この「序」を読むにあったって思い起こされるのは、大正10年10月22日付の大阪朝日新聞の夕刊に掲載された「私は金力を以つて女性の人格的尊厳を無視する貴方に永久の訣別を告げます。私は私の個性の自由と尊貴を護り且培ふ為めに貴方の許を離れます」と言う一連の伊藤伝右衛門宛の公開絶縁状です。
 また、奥付、並びに、表題の著者欄には、單に「白蓮」とだけ記され姓はありません。
 これは女性の文筆活動を快しとしなかった伊藤伝右衛門への配慮もあるのでしょうが、序文と併せてみると既に白蓮はこの時から伊藤家を憎み、自分の運命と戦う決意を固めていたのかのようにも思えます。

 指鬘外道 表見返し 表見返し

 指鬘外道、或いは、鴦掘摩とは、阿含経典に含まれる鴦掘摩経等に登場する釈迦の弟子のひとりです。
 本当の名は "Ahinnsa" と言い、100人の命を奪い、その指を切り取って鬘に通し、首飾りにしたことから「アングリマーラ」(Angulimāla:指鬘)と言う俗名が付けられました。
 彼の名前をここでは白蓮の戯曲にしたがって「鴦掘摩」と呼ぶことにします。
 
 この鴦掘摩が転じた指鬘外道が悪鬼の如く恐れられたのは事実ですが、彼はもともと聡明で、禁欲をよく守り、非常に人望の厚い人物でした。
 それがなぜ悪鬼の如くに豹変したのかというと、彼の師の妻が鴦掘摩に横恋慕したことから端を発します。
 
 …そもそも私の望ない望をかえた不幸は、過去の縁といふものか、過去から呪はれた此身の因果か、聲なき聲の苦しさ、謳わざる歌の悲しき調、報いなき祈りのあはれさ、想ひと恨みはほのじろく、燐の如に陰火は燃えて怪しう現はれ來るもの、みんな我魂が生む幻の影、私のこの黑髪に深々と顔を埋めて泣くよ。日毎に夜毎に眠りの床と天井に這い周るよ戀しきもののけ、私は生む事なき懐妊を苦しみながら晝と夜との合に悶ゆる愛の燈火は待てど來らず、平かなる晝はくれどもこの身には日の光も見えず…

 夫人は鴦掘摩への恋慕の情に囚われ、昼夜を問わない激しい煩悶に苦悩し、ついには成し遂げられぬと知ると諦めは憎悪に変わり、鴦掘摩への復讐へと動きます。
 事件は師の留守の間に起きました。
 夫人は着ていた自分の衣を破り裂いて乱暴されたかのように装い、夫(師)の帰りを待ち、虚偽の訴えを起こしたのです。
 師はそれを聞き「鴦掘摩を破門する」と言いますが、夫人は次のように申し出ます。

 …あなたは旅からお歸りなされたらあの鴦掘摩に婆羅門の法の皆傳をお授けになる筈でした。その秘法を許さるるものの約束として百人の命を絶つのじゃと、斯う仰しやりませ。百人は愚か十人がほどにもならぬうちに誰かに嬲り殺しされてしまひます。それ故あなたは私の申し上げた事を鴦掘摩に決して仰つてはなりませぬ。彼の罪をお裁きになつてはなりませぬ。唯御命令をなさればそれでよいのです。…

 「婆羅門の秘法を授かり皆伝となるためには百人の命を奪え」というのです。
 それを聞き、鴦掘摩は驚愕し師に質します。

 …
 鴦掘摩「人の生命を絶つ。然も百人。それは又思ひもよらぬこと」
 師  「婆羅門の教は師の命に違背は許されぬものぢや」
 鴦掘摩「師の命はこれ天の命と、それはよく心得て居りまする。なれど餘りに意外の仰せに驚きまする」
 師  「百人くらいの人の命を奪ふのが何の驚く事がある。我秘法は百の人命よりも重しとせねばばらぬ」…

 そしてついに鴦掘摩は婆羅門の規律に遵い復命を約します。それが「百の玉の緒を繋ぎ合はして」その印とした指鬘なのです。

 如何に理不尽と思える命令でも、それが師の口からでたものであれば疑わずに遵うという盲目的信仰。
 個人の良心の届かないところにある帰依への信奉が悲劇のもとになるのです。
 そしてそれは鴦掘摩に、その法を守るために人心を棄てた悪鬼という結果をもたらしたのです。

 指鬘外道 奥付 奥付

 九十九人を殺し、丁度百人目という時に指鬘外道が我が子であるという噂を聞き、鴦掘摩の母が彼の前に現れます。しかし、既に人として壊れ尽くした彼には実母も判らず殺そうとします。
 そこへ釈迦牟尼世尊が現れ、母を庇うと共に、鴦掘摩を業から救い出し、直弟子のひとりに加えます。
 釈迦を追ってきた弟子がその事を聞き、訝しく思い、釈迦に問いかけます。
 すると釈迦は遥か昔の大果王とその王子の話をし、業が因縁によるものであり、殺人者も被害者も教唆した者もその因果による繋がりがあるのだと説き、ここにおいて(釈迦と出会うことで)仏縁が成就したとするのです。

 この戯曲は、現生における鴦掘摩の顛末、そしてその業を救う前半。過去における転生の因果を説く後半とに分かれています。
 人の現世の罪業は偏にその人物の所業のみによるものではなく、連綿と続く因果に基づいており、それを知ることにより根本から魂を救うことができると説いているのです。

 白蓮は鴦掘摩の業と救済に何を見、そして、望んでいたのでしょうか。
 大正天皇の従妹、皇族の出自という因縁。望まぬ再婚相手。個人の意思を拒絶する家制度。女性蔑視。
 そうしたものが過去の業によるものであり、その業を心から知り得た時、必ずや救済の手が差し伸べられることを夢見ていたのでしょうか。
 
 戯曲の過去において、王子を誘惑する女がこう述べています。

 …私がいとしう思ふものは憎み。私の仇は愛しまする。如何な日でも私の身方でないと知った時の心細さ頼りなさ、せめて女として妻として當然受けてよい筈の仕合せだけでもと、幾度泣いたかしれませぬ。私がもつと醜く、もつと年をとつて居ましたなら、或いはあの人は妻に親切にする事を恥ぢはしなかつたかもしれませぬ。いいえ、親切でないまでもこんな無慈悲な遊戲を人々に見せつける事だけはする甲斐もなかつたに違ひありませぬ。私はそれを許し難いものに思ひました。世の中の男の凡てを許し難いものに存じまする。假令へ(あなた様でもという言葉は口の中に消えて)…

 劇中において、因果を抱く女(現世の夫人の前世)に言わせたこの台詞は、白蓮の切実な呻きだったのかもしれません。

  指鬘外道 夢の歌 楽譜「指鬘外道」(山田耕作・作曲)

 後に戯曲「指鬘外道」の一節を取り出したものに山田耕作が曲が付し、「夢の歌」として発表されています。





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ふみふみこ「ぼくらのへんたい」

 ぼくらのへんたい01-2 パロウ

 人には自分が自分であると理想的に信ずる部分の憑代としての自己、つまりテーゼな自己構成要素と、それから不本意な意思、自分では認めたくない、或いは、認めることを避けている部分、つまりアンチテーゼな自己構成要素とをあわせもっていて、日常の精神活動はメビウスの輪の如く表裏を入れ替えながら伸長して行く不規則な螺旋階段のようなものなのです。
 登り続ける階段において自分の頭が上にあるのか下にあるのか、時として不覚に陥り混乱を招きます。それが異常な状態と言えます。
 しかしアンチテーゼな部分において自己認識の不覚に陥ったからと言って、常に「異常である」とは言えないでしょう。むしろ、その時点においても正常を保っている人のほうが多いはずなのです。
 正常と異常の境界と言うものは極めて曖昧であって、「ここから先が異常」などという基準は表向きな精神疾患においてしか適用されていないのが実際なのです。

 ぼくらのへんたい01 (徳間書店、2012年9月) 

 人は一変します。その変化の速度に緩急はありますが。
 願望によってか、狂気によってかは別として、変化する可能性を誰でもが秘めているのです。

 …物心ついたときには、自分は女だと思っていた。股についている異物はいずれなくなると、胸はいずれ大きくなると信じてやまなかった。自然とそうならないと知った時のショックは大きかったけど、テレビに出てくる人を見て、人工的にでもなれると知って立ち直った。そうすることが当たり前だと思っていた。そうすることに何の違和感もなかった。…

 僕たちが望んでいるものは常に変化を伴う。変化を望まない「願望」などというものは元から存在などしてはいないのです。
 変質と変容を望む姿こそが人間本来の欲望であることを主張しても、真っ向から否定されるものではないでしょう。ただその変質と変容には「社会的適合性」という外部基準による要請が付きまとっているのです。
 大多数の人たちはその基準から外れないように無意識において願望を制御し、諦めているものなのです。しかし、その深層においては自分が大衆と呼ばれる平均化された存在であると確信し自負している人々よりも、自分は他の人々とはどこかが違う、違う価値観を持っているとマイノリティであることをわずかながらでも思っている人間のほうが多数を占めているはずなのです。
 「自分はマイノリティである。ただそれが適正に具現化されていないのは、それを発揮する機会にめぐまれていない、適正な評価を与えられる人間がいないのだ」と鬱憤を抱く人々のほうが多くて当然なのです。

 …誰でも、誰でもよかった。霊能者でも、心療内科のえらい先生でも、同じように女装を余儀なくされている奴でも。死んだ姉の姿をすると、死んだ姉がみえるんです。見えるだけじゃなくて、話しかけてくるんです。どうしたらよいでしょうか?…

 ぼくらのへんたい02 (徳間書店、2013年2月)

 螺旋状にテーゼとアンチテーゼとを回り続けているうちに、その曖昧さに精神を浸食され、あったはずの確固たる自我の境界さえもが朦朧として、そのうちに気味の悪いマーブリングのようにどちらも混濁し、最後にはすべての要素の形質を維持することも難しくなってしまうところまで行き着いてしまう人たちがいます。
 それを不幸と呼ぶか否かは別として、見方を変えればテーゼな自分もアンチテーゼな自分も捨ててしまうことができれば、その過程において完璧なる精神の破壊が生じれば、その人は理想的な精神世界にのみ生きる存在になり得るとも言えるのです。外部の刺激には一切反応しない夢の世界の住人になることも可能なのです。
 現実において限界を突破する人は極めて稀です。変質と変容が望みの原点であるにも関わらず、それを自制させる自己の存在が現実の自分に苦役を強いていると言えるでしょう。
 人は自ら望んで磔刑にかかるという、他の動植物には見られない特性を有し、それがために自分たちをマイノリティだと主張して已まないのです。
 そしてまたその赦免は、自己を現実から解放する以外には有り得ないと知っているのです。

 …度の合わないめがね。好きなものほどよく見えない方が。(「ぼくがこうしてしまうのはぼくのせいじゃない」)他人のぬくもり、体の重さ、そして快感、それらを記憶が求めているからだ。…

 ぼくらのへんたい03 (徳間書店、2013年7月)

 「COMIC リュウ」で連載中の、ふみふみこ著「ぼくらのへんたい」は、自分に女装を強いる状況にある3人の男の子を軸にしています。
 女装が本来の姿であると純粋に女の子を望んでいる「まりか」。母親を慰めるために亡き姉の姿をして家庭生活をおくる「ユイ」。好きになった相手が「女」を好きだったから女装をしている「パロウ」。
 その外見だけをとりあげればアブノーマルとして不適格な烙印を押されかねない「変態」であり、また彼らが望む形での最良を実現させるための手段としての変貌と成長を示す「変態」という二面性を内包しています。
 ドライな描写のなかに見え隠れする人の持つ願望という病を、これから先どうやって展開していくのか興味の尽きない作品です。
 
 ぼくらのへんたい02-2 ユイ


 
 


 
 

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天乃咲哉「御伽楼館」

 最近、というか、大分前からですが、優しい物語に触れたいと思うことが多くなりまして、そういう中で先だっての横田沙夜さんの「スノーグース」は実にタイムリーな個展でした。
 今も「静かで透明感のある良い絵だな」と思い、眺めています。彼女のことは以前から知っていたというものではなく、全くの偶然でしたから尚の事です。

 で、今日はコミックを取り出してきてみました。天乃咲哉「御伽楼館」です。

 御伽楼館1-01 御伽楼館1-02 (芳文社、2008年初版)

 天乃咲哉といえば「月刊ドラゴンエイジ 」で2008年1月号から2012年5月号まで桜庭一樹の小説「ゴシック」をコミカライズして人気を集めましたが、この「御伽楼館」はそれを手掛ける直前の作品になります。
 初出誌は「まんがタイムきららキャラット」で、2007年6月号 から2009年6月号まで増刊号での掲載となりました。単行本化するにあたり本編に加筆がなされているようです。
 僕がこの作品を手に取ったのは本誌掲載時ではなく、単行本になってからなので、どこが加筆されているのかはわかりません。
 この作品が「天乃咲哉」という漫画家を知った最初です。作品についても、作者についても予備知識を全く持ち合わせていませんでした。

 御伽楼館1-03

 絵柄が柔らかく、線が綺麗でしたので何気なく手にとってみただけでしたが思いのほか素敵な短編集でした。
 読み終えてから作者について調べ、「此花工房」( http://amanojaku.chu.jp/ )と言う作者のサイトを拝見したりしました。
 「好きな言葉」が、松下幸之助の「「苦難が来れば、それもよし。順調ならば、さらによし」であり、それと同等に「「先生、〆切りが延びました」という編集担当者の言葉をあげているのには思わず微笑を禁じ得ませんでした。
 それから「将来の夢」が「 尼さん漫画家として、小さな瀬戸内寂聴さんみたいになりたい」というのもユーモアがあります。「小さな…」というのが良いですね。瀬戸内さんに「お手紙でお知らせしようかしら」と思ったほどです。

 御伽楼館2-01 御伽楼館2-02 (芳文社、2009年初版)

 本編ですが、「当店はお嬢様に限りお代はいただきません。お客様の思い出の品と交換でお好きな人形をお貸しします」というミステリアスな人形店を営む美少女人形師のふたごの姉妹が中心となります。 
 各短篇には基本的には連続性はありませんが、「終着駅」と「夢見る乙女」については人物の繋がりがあります。

 「終着駅」は、お店を持つために仲間三人と共同して集めた資金を、そのうちのひとりに持ち逃げされ、「金なんてマトモに働いたって儲かるモンじゃねえんだ。だったら誘拐でもして一気に稼ごう」と自暴自棄になった青年と誘拐の被害者であるはずの少女とのワンナイト・トリップ。
 少女が夜行列車のなかで語った「夜明けは・・・まだずっと向こうのほうかしら。時間は十分にあるわ」というセリフが、日常の姿に燭光を与えるような気がしました。

 「夢見る乙女」は、前作の三人のうちのひとりであるロイ・フランクと18歳以降の記憶を失くしてしまった老婆アンネローゼとの時を超えた恋愛の話です。
 
 作品全体としては薄いヴェールのような悲しみを纏ってはいますが、各話には人の生きる姿の美しさに視点を置いたハッピーエンドが仕組まれています。

 僕個人としては人形というとハンス・ベルメールの影響というわけでもないのでしょうが、様々な先入観からか「死」に近いものを想像してしまいます。
 しかしこの人形店で扱っている人形たちは、借主の思いを生命にかえて、時を救う奇跡の種になります。心優しい珠玉の詩花集です。

 「ちょっと疲れたな」という時にお手にとって見てください。「真夏の夜の夢」という人形店が、疲れた心に、ささやかな奇跡を起こしてくれるかもしれません。


 



 

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P.ギャリコ「スノーグース」… 横田沙夜

 「スノーグース」は、第2次世界大戦中のイギリス・エセックス州にあるグレート・マーシュの古燈台を舞台にした純愛の物語です。
 背中に大きなコブがあり、左の手首から先が大きく折れ曲がった町中の嫌われ者である画家ラダヤーと、みすぼらしいサクソン人の少女フリスの出会いと別れ。
 悲惨な戦争が引き裂いた、決して言葉にすることの無かったふたりの愛が描かれています。

 横田沙夜04

 その邂逅は、ありきたりな静かな描写から始められます。この静けさは物語の全編を通して維持され、登場人物の感情も行動も極力抑制されています。物語自体が、まるで第三者のひとりごとのように綴られていくのです。

 …ラダヤーがここに住むようになって3年過ぎた11月のある昼下がりに、ひとりの少女が防波堤に近づいてきた。両腕になにかを抱いて。…

 ポール・ギャリコはこの作品で、1941年にO・ヘンリー賞を受賞し作家として世に認められました。
 先だってパラボリカ・ビスで開催された個展・横田沙夜「ふたりの王女さま」から作品を取り上げながら話をしようかと思います。

 まずこの物語は再話されている絵本を除いて、原訳に沿うものは一般的に読み辛い作品であると言えます。矢川澄子、古沢安二郎、片岡しのぶなどそれぞれが原文の静けさ、純粋さを失わないよう本当に苦心して翻訳しています。それでも読みにくいのです。彼独特の美の世界に入り込めなければ、この短篇を読み通すのには苦心するかもしれません。というのも、その世界観が平板に描かれ過ぎているからなのです。

 本編はおおまかに3部に分かれています。
 最初は、古灯台に住み着いたラダヤーとフリスとが一羽の傷ついた白雁を介して出会い、ラダヤーが戦役に徴されるまで。次が、ダンケルクでラダヤーによって救出された兵士たちの、彼と白雁についての酒場での話。そして、後日談で結ばれます。
 そのどれもが淡々としており、激戦地であったダンケルクでの戦闘シーンもなければ、酒場での誇張された英雄譚もない。また、ラダヤーとフリスの熱愛を語る場面もありません。
 読み方によっては「現代からみると起伏のないたいくつな作品」になってしまいます。しかし、この作品が読む人の心をとらえて離さないのは、その起伏のない静けさにこそあると思うのです。

 横田沙夜02

 …「ギャリコの物語は冬の香りがするわ。清らかに降り積もった新雪を、舌の上でそっと溶かし、その冷たさと儚さが心に気高く澄んでゆくような、そんな美しさと切なさがあるわ。」…

 これは、野村美月著「文学少女と死にたがりの道化」の中にある天野遠子のギャリコ評です。的を得ていると思います。
 ギャリコは冬の作品なのです。
 それも高村光太郎が言うような他の季節を圧するような強靭さと厳しさを兼ね備えたものではなく、静々とひとひらごとに降り積む微かな営みの雪景色のような純粋さに張りつめた世界です。大袈裟なパフォーマンスを切り捨てて作られている純結晶のような作品なのです。

 ライトノベルのごとくポップなテンションの高い会話が連続することもなければ、戦争文学に見られる凄惨な場面もありません。もし、たったひとつ取り上げるとしたなら、全身を銃弾で撃ち抜かれ、舟に取り残された、四肢を失ったラダヤーの死体の描写でしょう。
 しかし、ギャリコはここでもラダヤーだと名前をあげてはいません。ただ短く「男の死体があった」とだけ書いています。
 ダンケルクの海岸戦において孤立した兵士を、たった一艘の舟で救出にむかったラダヤーの顛末を悲劇的にも英雄的にも書いてはいないのです。

  横田沙夜03

 その舟の縁には、男を見守るかのように留まっている白雁が一羽。けれどやがて諦めたかのように、或いは、別の役目を果たすかのように空に飛び立ちます。そして遠く離れたフリスの頭上に白い雁が現れるのです。
 それについても同じ鳥であるとは一言も触れていませんし、特別な意味があるとも書いてはいません。ただフリスには「それ」がわかっていて、その鳥は頭上で弧を描いた後、二度と戻ってはこないだろうと言うのみです。

 僕たちは直接的な刺激に慣れ過ぎてしまっているのではないでしょうか。こうした静謐な物語を手すると、その慢性的な刺激によって鈍くなった自分を突きつけられるようです。
 けれども、「スノーグース」を読み終えて、不覚にも眼尻を押さえてしまっていることが、「まだ遅くはない」と教えてくれている気がします。
 
 先の個展で横田さんとお話をする機会があり、展示されている作品をどの順で描かれたのかを尋ねました。
 横田さんは「最初はフリスを描き、そのあとからは物語を読み進めながら順を追って描きました」とおっしゃっていました。
 物語を何度も読み返し、そうして練られて行ったイメージを、横田さんは水彩特有の淡さを生かして描いています。

 横田沙夜01

 僕が部屋に掛けている一枚は、その個展で展示されていた飛び立つ雁たちを見送るフリスの後ろ姿を描いたものです。
 「雁の群れ」と題されています。この場面がもっともこの物語に相応しいと僕には思えました。

 何かを表現しようとする時に言葉は少なくても良いのです。表現しようとする心が、伝えたいと思う気持ちがそこにあるならば。そう思いながらこの絵を部屋に飾っています。

 「スノーグース」ではありませんが、11月14日~25日まで、大阪のBooks&Gallery Cafe "ARABIQ"で横田沙夜・吉村眸二人展『半獣神の午後』が開催されています。お近くの方はぜひ足を運んでご覧になってみてください。

 横田沙夜05

 Books&Gallery Cafe "ARABIQ"
 〒530-0016
 大阪市北区中崎3-2-14  
 13:30~21:00(日祝~20:00)  
 火曜不定休・水曜定休
 tel/fax 06-7500-5519  

 



 

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小竹清彦「おやすみブラックバード」

 Blackbird singing in the dead of night
 Take these broken wings and learn to fly
 All your life
 You were only waiting for this moment to arise

 この本を手にとった時、反射的に頭に浮かんできたのはビートルズのナンバー"Blackbird"でした。
 この曲はポール・マッカートニーの手によるもので、アルバム「ザ・ビートルズ」に収録されています。
 黒人女性の解放を意味したものであると彼自身は後に述べているようですが、僕はその記事を読んだことがありません。

 "Blackbird"とは周知の通り、和名「黒ツグミ」のことを指し、イギリスではナーサリーライムにも歌われ、様々な小説や絵画にも引用されている馴染みの深い鳥。
 黒ツグミ自体がイコノロジー的にも「死の象徴」或いは「賞賛」を示すと言われ興味深いものがあり、更には「6ペンスの歌を歌おう」ではヘンリー八世の意に随わず火刑に処せられた僧侶を示すとか、アルファベットの譬えであるとか、悪行の暴露を示しているなどと言われています。

 ツグミは囀る時に首を伸ばす様にすることから歌鳥とも呼ばれています。
 厳密にはイギリスの"Blackbird"は、日本で黒ツグミと呼ばれている種とは体色が異なります。
 ですので、英国種は日本では見ることのできない"Black-Singingbird"(クロウタドリ)とした方が正確かもしれません(極稀に迷い鳥として観測されることはあるようです)。

 おやすみ、ブラックバード01 (幻冬社、2012年8月31日初版)

 さて、小竹清彦著「おやすみブラックバード」のことですが、裏表紙の内容紹介によると「朽ち果てた廃墟の中で彷徨っていた三枝千春は、髪も肌も真っ白な少女を発見した直後、異形の存在に襲われる。女性たちに救われ、扉に押し込まれた千春が目覚めたのは、引っ越した古い雑居ビルの自分の部屋だった。リスルすぎる奇妙な夢を疑問に思いながら、隣人に挨拶にいったそこで、夢に遭遇した千春は・・・。『死』と『謎』と『戦闘』が渦巻く廃墟ワールド登場!!」となっています。

 発行は昨年の夏です。部屋の改装に伴って整理していた時に何気に手にしたものですが、一年以上も忘れられていた本ということになります。
 自分で購入したものでさえツンドク状態なのに、いつの間にかめぐってきた本であればなおさら…です。しかし縁があるからこそページを開いたわけですから読むことにしました。

 …本来、最初に考えるべきことへ彼がようやく思い当たったのは、もう随分と歩いてしまった後だった。
 今、彼の目の前には、白いペンキがあちこち剥げて、錆の浮いた螺旋階段が映っている。階段の向こうに見える黒ずんだコンクリートの壁には、幾つものひびが入っていた。壁のガラス窓は曇りきっていて、外の景色が曖昧な輪郭にしか見えない。窓から射す弱々しい陽光が、空間に舞う埃をうっすらと浮かび上がらせていた。…

 主人公三枝千春は下手ながらもロックをこよなく愛するギター少年(青年)です。就職した現在も会社や労働に関してさしてたる重要な意味も感じず、流されるままに生活のために働いている日常という程度の意識しか持っていません。
 その彼がプランタンビルの303号室に転居してきたことから、奇妙な夢の世界でのバトルに巻き込まれていきます。

 物語の「謎」というにはあまり複雑とは思えない設定なのが惜しまれます。
 序章で「白い少女」と出会い、彼女に話しかけようとする千春。見知らぬ者との遭遇に怯える少女と、その怯えに同調するかのように現れた異形の能力者たち。
 そして、襲われた彼の窮地を救った二人の女性と声のみの男性、彼らが同じビルの三階の住人であったという関連性。
 物語序盤で千春たちが発見する墓碑銘に示された言葉が暗示するものが、以後の展開をある程度予測させてしまう点。
 自殺した画家が登場する時点で「夢世界」の構築の背景が読み取れてしまうことなどが残念です。
 エンターテイメント・ライトノベルですから、このエンディングであればその利点をもっと生かして後出しにしても良かったのではないかと思います。
 また、タイトルに含ませた「ブラックバード」に関して、単に「重要な歌」として扱うのではなく、歌詞の内容を直接的ではないにしても、もう少し生かすことはできたのではないかと思います。せっかく「死によって創造された夢世界」に入り込んでいるのですから。

 このライトノベルが出版当時にどのくらい話題になったのかはわかりませんが、物語の勢いはありますし、感動する場面もうまく配分されています。
 読んで損をする類のライトノベルではありません。面白いと思います。
 それから、ちょっと批判めいて聞こえるかもしれませんが、登場人物紹介のイラストを添える程度にしておいて、本編の挿絵は無い方が良かったかもしれません。
 挿絵がなくても充分に読者の想像力を働かせることのできる力が、この作品にはあります。

 ついでと言っては失礼ですが、音楽について登場人物のひとりである黒澤紀一が的確なことを言っています。このセリフは本編の謎を解くキーにもなっています。

 …上手い下手は問題じゃない。表現者の気持ちってやつを想像し得る要素を持っているかどうかが問題なんだ。…

 上手い演奏が良い演奏とは限りませんし、巧みな絵が人を感動させるわけではありません。黒澤の言ったことは音楽だけではなく、芸術は皆そういう要素を持っているということなのです。

 おやすみ、ブラックバード02 (小竹清彦署名)

 最後に、ビートルズの「ブラックバード」の歌詞をご紹介しておきます。
 
 ブラックバード
 
 真夜中に歌っている黒鶫は
 傷ついた羽で飛び方を習う
 君の人生の全てで
 君はただ目覚めの時を待っていた

 真夜中に歌っている黒鶫は、
 沈んだ目で見ることを学ぶ
 君の人生の全てで
 君は自由になる瞬間をただ待っていた

 夜の闇の中を光に向かって
 黒鶫は飛んでいく
 黒鶫は飛んでいく

 夜の闇の中を光に向かって
 黒鶫は飛んでいく
 黒鶫は飛んでいく

 真夜中に歌っている黒鶫は
 傷ついた羽で飛び方を習う
 君の人生の全てで
 君はただ目覚めの瞬間を待っていた

 歌詞にある"this moment to arise"は、白い少女と彼女を取り巻く世界にどういう意味を持って訪れたのでしょうか?
 それはエンディング以後の読者に任せられています。

 作品中には、この他にも"The Velvet Underground"の"pale Blue Eyes"、"Dinosaur Jr"の"Bug"などが紹介されています。BGMとして流しながら物語を楽しんでみては如何でしょう。




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朝倉理恵「さよなら、今日は」

 今日、運転をしている時、ふと浮かんできた「風」に関する様々なフレーズを辿って行ってたら、昔の歌謡曲に行き着きました。
 とても好きな歌だったはずなのに、どうしてもその歌詞のごく一部しか思い出せません。
 針飛びのするレコードのように、思い出したフレーズを聞き覚えのあるメロディにのせて何度も頭の中を巡らせました。
 やはりかなり前にも同じようなことがあって、その時はレコードショップでCDを見つけることができました。
 そのCDがあったはずと、心当たりのある場所を思いうかべ、帰宅して直ぐに、リビングのサイドボードに隠れた隅で埃まみれになっていたCDラックを取り出しました。

 昭和48年に放映された同名のテレビドラマの主題歌としてお茶の間に流れた、朝倉理恵さんが歌っていた「さよなら、今日(こんにち)は」と言う曲です。
 恥ずかしながら記憶が幼すぎてドラマ本編については何も覚えていません。
 ウィキペディアで引いてみたら「東京の新宿区下落合を舞台に、祖父の彫刻家が大正時代に建てた西洋館+アトリエ(喫茶店「鉄の馬」)で暮らす吉良家の家族たちの、出会い(今日は)と別れ(さよなら)を描いたホームドラマ」とありました。
 説明の全文を読んでみてもそのシーンのイメージの欠片も思い出せません。もしかしたらドラマ自体は観ていなかったのかもしれません。
 その頃の僕は親戚を盥回しに流されていましたので、そのどこかで歌だけ聞いていたのかもしれないですね。見たい番組を見るということが出来なかった時期ですし、それにチャンネルを選ぶには小さすぎましたから。

 朝倉理恵さんは1973年2月に「あの場所から」でソニーレコードから歌手としてデビューしました。
 女優としても活動していましたが、細く優しい声にマッチしたその甘い歌い方が好きで、彼女の印象としては歌声しか記憶に残っていません。

 ちょうど祖母の家に預けられていた頃で、夜遅くに裏の家のラジオから流れてくる歌を聴いて泣いていたことが思い出されます。

 …どこから 来たとも 言わないで 風が、私の 気持ちに からみついてくる …

 何が悲しかったのかわからないけれど、その歌声を聴くと、どうしようもなくなってしまったんですね。
 まあ、小学校の低学年で、家族がひとりもいない状況で見知らぬ人の家を渡り歩いていたので、どこかに鬱積したものがあったのでしょう。
 
 肝心の「さよなら、今日は」は、アルバム「ひとさし指」に収録されています。オリジナル盤の発売は1975年。CDは1994年に発売されています。しかしながら残念なことに現行では共に廃盤になっています。

 朝倉理恵01

 「さよなら、今日は」 作詞・安井かずみ 作曲・坂田晃一

 どこから、来たとも、言わないで風が
 私の心に、からみついてくる
 時に、生きてることから… 
 逃げたくなるけど
 いつしか、やさしい、明日に抱かれる
 
 どこから、来たとも、言わないで風が
 歌えば、さよなら、そして、今日は

 どこまで、行くとも、言わないで風が
 私の心に、別れのくちづけ
 決して、愛の前から
 逃げはしないけど
 なぜか、淋しい、青い空までも

 どこまで、行くとも、言わないで風が
 ささやく、さよなら
 そして、今日は

 ささやく、さよなら、
 そして、今日は  
 
 朝倉理恵02
 
 朝倉理恵さんの歌の中には、他の歌手が後にカバーしているものもあります。たとえば太田裕美さんが歌った「雨だれ」、柏原芳江さんが歌った「あの場所から」など。
 また、朝倉理恵さんはソニーレコードからデビューする以前に「桜井妙子」の名義で、東芝レコードの合唱団であるシンギングエンジェルスに在籍し、その後、童謡アニメソング歌手としてソロ活動をし、「幸せをはこぶメルモ」「ミスターアンデルセン」「ムーミン谷のうた」などを歌っています。
 朝倉さんのCDを手に入れるのは難しいですが、これらの曲であれば聴くことはそう難しくはないと思います。
 そして「こんな歌を歌っていたんだな」と思ってくださる方が、少しでもいらっしゃれば嬉しく思います。


 

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銀杏、その葉の降る如く

 思い出すことというのはいつも唐突で、何一つ脈絡がありません。
 なぜ、その時にそれを思い出したのか?と訊かれたところで、その理由を答えることもできません。なにしろ、それは突然に閃くように、枯れ葉が乱れ散るように次々と頭のなかに蘇ったものですから。
 
 鶴岡八幡宮から妙隆寺へ

 「善人であるということと、人として純粋であることとは相容れないものなのよ。人の本性が悪か善かもわかりはしないのだから。」
 鶴岡八幡宮の階段を隠れ銀杏に沿うように上っている途中、彼女は不意に立ち止まって振り向いた。それから急に踵を返して下り始めてしまった。
 僕はその後を追うことしかできずに、彼女の影の行く先を見ながらついて行った。
 晩秋の日は急速に落ちてゆく。八月の頃には充分に昼の日差しが届いていた午後五時。10月も過ぎれば夕暮れの装飾がよく似合う。
 そして彼女は言う。
 「夜が来るのが早くなったからと言って、夜明けが近くなるわけではないわ。ただ夜が長くなっただけのことなのよ。それは眠る時間にも比例してはいないし、夢の長さとも関係していないのよ。ただ長くなったというだけ。その感じは、息を殺して鬼が通り過ぎるのを待つ時間が引き伸ばされたということに似ているのかもしれないわ。」
 県立美術館では聞いたこともないご当地出身の画家の回顧展が開かれていた。その看板を見送りながら参道を鎌倉駅方面に向かい、僕たちは他の人たちよりもゆっくりと歩いた。
 銀杏は葉を落とし続けている。それが風に運ばれて足もとに寄って来る。
 彼女は落ち葉をわざと踏むようにして歩いて行く。その微かな砕ける音は、乾きながら美しい音をしていた。
 降りしきる銀杏の落ち葉を「贅沢だ」と言って浴びていたのは誰だったか。僕は彼女の立てる音をひとり占めにしているこの瞬間をそれと同じように感じていた。
 鎌倉には「平和の木」と呼ばれる銀杏がある。
 昭和33年に開催された「海の平和祭」に併せて採択された「平和都市宣言」に因んで名づけられたのだと、彼女は言っていた。
 しかし、鎌倉にはさほど銀杏は多くはない。寺社の境内以外には見ることはないし、並木道といわれるものは今泉台、常盤団地など数えるほどしかない。
 若宮大路を折れて妙隆寺脇を抜ける細道に入ったところで、僕は取り繕うように役にも立たない質問をした。
 「なぜ、急に向きを変えたの?」
 ちょっと足を止めて、両手を唇の前で合わせるようにして、
 「参詣しても祈ることなんてないから。」
 こともなげにさらりと彼女はそう答えた。
 僕は安心する。
 彼女は特に不機嫌になったわけではなかったようだ。
 今度は彼女が僕に問いかけてきた。
 「ねえ、純粋な信仰ってあると思う?」
 僕はいつもと同じく答えに窮して辺りを見回す。
 気が付くと山門をくぐっていた。
 叡昌山妙隆寺。
 ここは日蓮宗に帰依した千葉胤貞によって1385年に創建され、二代目住職の日親上人がいた時分が最盛期だったらしい。
 彼は足利義教から反感をかい、焼け鍋を頭に被せられたことから「鍋かむり」という綽名を頂いている。
 その日親上人が毎日一本ずつ自分の指の爪を剥がし、流れ出た血で墨を磨って描いたという十戒の曼荼羅があり、寺宝になっているという。
 更に、その血だらけの手を熱湯に入れて湯が水になるまで読経を続け、境内にある血の池がその伝承に沿ったものだと伝えられている。
 僕はそんな伝説を思い浮かべながら全く別の言葉を発していた。
 「以和為貴、無忤為宗。人皆有黨、亦少達者。」
 彼女は少し驚いたような笑顔を見せて、こう言った。
 「そうね、信仰ってそれに近いものなのかもね。純粋に願うことが人を含めた生命にとって正しいことなら。理想と呼べばいいのかしら?」
 僕は恐らくその時の彼女の笑顔を忘れない。いつか忘れたとしても、それは理想として繰り返し繰り返し再生されるだろうと思った。
 なのに、それと同時に僕は何かを言い残した気がした。もっと別の何かを。
 彼女が期待していた言葉を、僕は多分、知っていた。そして、口に出せたはずだった。
 僕の後悔は僕ひとりの苦痛だけで終わるけれど、僕たちの後悔は終わりのない苦痛を伴い続けている。離れてしまえば、それはもっと不確かな苦痛となって胸のどこかで蟠っているのだろう。
 僕たちが交わした降りしきる落ち葉のような言葉たちを僕が憶えているように。彼女がそれらを忘れたという証がないように。
 
 
 



 
 

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うちの魚ちゃんたち(3)ニシキチンアナゴ

 ニッチ00

 ニシキチンアナゴを60cm水槽に移して早や3カ月半が経ちました。うちでは「ニッチ」と呼んでいます。
 プリンセスモノクルブリム、イエローテールクリーナーラス、スミレナガハナダイ、パープルクイーンアンティアスx2、ヘコアユx4、チリメンヤッコ、クロユリハゼ、コバルトスズメx2、キンセンハゼなどと混泳させております。
 
 ニッチ01 ニッチ04

 チンアナゴの仲間は大概が臆病な(良く言えば警戒心が強い)ので、一般的に混泳は不向きと言われていますが、ニッチは狭い水槽の中で、何とかうまく世渡りをしているようです。
 あのイジメッ子のコバルトスズメもどういうわけか仲良くしていますね。ちょっかいを出したところを見たことがありません。
 さすがに集まってこられると少し引き気味になりますが、すぐに気をとりなおして一緒に餌などを漁っています。
 他の魚同士では餌の取り合いで跳ね除けたり、除けられたりしていますが、他の魚がニッチをつついたり、泳ぎ回ったりして邪魔をすることはないですね。

 ニッチ03 ニッチ02

 ただねー、やっぱりニッチは鈍くさいんです。半分以上がサンゴ砂に埋まっているので、首の回る範囲でしか餌を捕らないんですから仕方ないと言えば仕方ない。
 せっかく自分の周りにブラインシュリンプが集まっていても他の魚たちのほうが上手に捕ってしまったりします。
 キョロキョロしているうちにいなくなってしまうんですね…。それで見かねて、再度、餌をニッチの近くに流してあげることもあります。
 まあ、どーしても餌が捕れなくて、我慢できない時は、すっくと首を伸ばして水面近くまで出てきていますけどね。
 その姿を見てて思うわけですよ。
 「やればできるじゃん」ってね。

 NO2.jpg 亜硝酸塩テスター

 海水魚は綺麗だし見ていて楽しいですけど、水質管理が大変です。こまめにチェックしていないと、とんでもない病気が蔓延して全滅なんてことにもなりかねません。
 先だっては仕事が多忙で、水替えの間が少し開いてしまいました。そうしたら、もう面倒なことになりまして…。
 バクテリアが順調に活動しているときは亜硝酸塩は問題ないのですが、それが分解されてできる硝酸塩が面倒なのです。

 No3-0.jpg NO3-1.jpg
 硝酸塩テスター、最初の4分の3換水時

 測ってみたら80を超えているではありませんか。
 3日続けて半分弱ずつ換水したのですが濃度に変化がありません。それで思い切って4分の3ほど水替えをしてみました。そうしたらようやく少し下がりまして、これ以上は魚にストレスを与えてしまうので、ここで一旦止めました。翌週に再度、4分の3程度の換水をして何とか当初の価まで回復。
 ほんとーにちょっと手を抜いただけで苦労が倍以上になります。

 BAT00

 それから、イエローテールクリーナーラスを60cm水槽に移動した後、30cm水槽にはバートレットアンティアスと、ここには写っていませんけどフタホシキツネベラを加えてみました。





 

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太刀掛秀子「雪の朝」「ライラックの花のころ」

 僕が呼吸器官を痛めて埼玉で転地療養をしていた頃、小学2年生から4年生のはじめまでです。
 通学路から自宅とは逆方向に子供の足で20分ほど歩いたところに、小さいですが良く手入れをされた庭をもち、自宅で子供たちに絵を教えているお姉さんがいました。
 いくつくらいの人だったのでしょうか。その頃の僕には女性の年齢を判別することなどできませんし、そこの生徒でもなかったのでわかりません。単に友達の家の近所であったというだけでした。けれどどこかで美大か何かを出てそれほど経ってはいなかったような、そんな話を聞いたことがある気がします。
 2年生の冬。体育で見学ばかりが続いていたある日のこと、ひどく寒い日だったので教室でひとり残っていることになりました。僕は体育が好きな方ではありませんでしたが、校庭から響いてくる友達の騒ぐ声を聞いているうちに、自分がどうしようもなく取り残された気がして、ふっと学校を抜け出してしまったことがあります。
 気づくと普段はめったに行かない通学路の逆側へひとりで歩きだしていました。そうしてその家の前を通りかかったのです。
 恐らくバラの剪定をしていたのだと思います。彼女の家の庭には背の高いものから低いものまでさまざまなバラが植わっておりましたので。
 僕に気づいた彼女は植え込みから立ち上がりました。
 「こんな時間にどうしたの?まだ授業のある時間でしょう?それとも早く終わったのかしら?」
 そう声をかけられても僕には答えることができず、だまって彼女の手に握られていた花鋏を見ていました。
 すると彼女は手に持っていた鋏をエプロンのポケットにしまって、こう話しかけてきたのです。
 「もうすぐ冬も終りね。早く春がくると楽しくなるのにね。ねえ、君は冬の最後の日に降る雪の伝説って聞いたことがあるかしら?その冬の最後に降ってくる雪の最初のひとひらを受け止めるとね。お願いをひとつだけ叶えてくれるのよ。寒い日が続くと誰だって嫌でしょう?でもね、今日がその日かな、明日がそうかなって、空を見上げて待っているうちに春がきてるの。それって幸せでしょう?」
 僕が彼女と話をしたのはそれが最初で最後だった気がします。
 中学生になってから読んだ太刀掛秀子さんの漫画のなかに、似たような言葉をみつける時までそのことは忘れていたのですけど。そして僕は思ったのです。
 「あれはあの人が作ったお伽噺ではなくて、きっとどこかにそんな伝説がつたわっているのだろう」と。
 そんな思い出話を交えながら、太刀掛秀子さんの最初の作品集「P.M 3:15 ラブ・ポエム」に収録されている作品を2つご紹介します。

 PM315ラブポエム (集英社、1976年初版)

 「雪の朝」は、少女月刊誌「りぼん」の昭和48年10月号に掲載された太刀掛秀子さんのデビュー作です。もちろん僕は本誌上で読んだわけではなく、単行本になって版を重ねてからのことでした。

 「雪の朝」

 雪の朝
 (月刊「りぼん」昭和48年10月号掲載)

 同じ下宿屋に世話になっているロビーとローラは学校が違うとはいえ共に画家を志しています。ふたりは自覚していないのか、誰よりも気が合うのにそれを他人から言われると「喧嘩友達」だとお互いに主張するのが通例。
 その冬で最後の雪になるかもしれないというある日、ロビーの前に自分は雪の精だと名乗る美しい少女が現れます。

 「私ね、雪の精。ほら、あなた今日、今降ってる雪の1番最初のひとひらを受け止めたでしょ。あれ、私。」

 ロビーは絵のモデルとしてその少女の美しさに夢中になり、日が暮れてもスケッチボードを離さずに描き続けました。
 昼間にロビーと喧嘩したとはいえローラはいつもの公園へ夜食を持ってでかけます。そこでロビーと少女の姿を目にして初めて自分の胸の痛みを知り、彼を愛していたことに気づきます。

 「ぼくがいままで見た中で一番美しいのは…君だよ。」
 少女はそれにこう答えます。
 「もっともっと美しいものはこの世にはあるはずよ。ロビー、それを知らない?… … わたしも知らないわ。でも私は明日の朝までには…それを見られるわ。…」

 そう言葉を交わしている二人を目撃したローラは取り乱してその場を走り出し、解けかけている氷を踏み割って池に落ちてしまいます。肺炎を起こした彼女は、必死に看病するロビーの努力も虚しく命の火が消えかけて行きます。ロビーは今失うかもしれないローラを見て自分の愛に気が付くのです。
 そして、ついに力つきたかと思われた瞬間、雪の少女は世界で一番美しいものをみせてくれたお礼にと、自分の命をローラに分け与えたのです。

 「ライラックの花のころ」

 ライラックの花のころ
 (月刊「りぼん」昭和49年7月号掲載)

 ある日、小さなアンディの家の隣にアンディより2歳下の女の子・リラが引っ越してきます。しかし、リラには重大な秘密があったのです。
 それはアンディがライラックの花をリラに届けたその日、彼女の口から零れでます。もちろん彼女自身はそれを理解できる年齢には達してはいません。

 「フランスではいつだってママンと一緒だったのに。いつだってやさしくキスしてくれて、時にはつよく抱きしめて『リラ、リラ、忘れないで』って。」
 「じゃあ、きみのママはフランスにいるの?」
 尋ねるアンディにリラは泣きじゃくりながら答えます。
 「ママンの…、時計…、とまちゃって、いっしょにこれなかったの。」

 ふたりはライラックの花に包まれた世界で純粋に成長して行きます。
 大学進学を希望しつつも家の事情から断念せざるを得ない状況のアンディに、リラの父親がロンドンの大学へいく援助をしようと申し出ます。アンディはそれを喜び、ふたつ返事で承諾しますが、それを聞いたリラは自分が置いていかれることにショックを受けます。
 そのリラに父親は告げるのです。「決して男の人を愛してはいけないよ」と。父親はその夜、息を引き取ります。しかし、アンディとリラは大学を卒業したら結婚することを誓い合うのです。
 アンディの大学卒業が間近になったある日、彼の両親がリラのもとを訪れ唐突に切り出しました。
 「君とアンディとの婚約はなかったことに…。」
 さらに彼の母親はリラを「生まれてきてはいけなかった子」と罵ります。その理由がわからないリラは茫然自失に陥りますが、アンディの父親から渡された書類を見て、自分が遺伝性の精神障害を負っていることを知ります。
 「いつか私もああなるんですもの。」
 母親のことを知り、その身の回りの世話をするためにアンディのもとを去ったリラ。
 リラが町を去ってから半年後、アンディはついにその行方を突き止めます。そして、ふたりは再会をするのですが、アンディの腕のなかでリラの記憶の時計は静かに止まってしまいます。

 以上が「ライラックの花のころ」のストーリーですが、ここに言う「時計がとまってしまう」という病気について、当時の僕にはまったくわかりませんでした。
 今のようにインターネットなどありませんので、「記憶の退行を伴うそんな悲劇的な病気があるのだろうか」と図書館などで調べた結果、いくつかの症例に行き着きました。
 しかし、自分が神経症であることを認識、あるいは自覚できる自己疎外性神経症と自我親和性神経症を除くと、該当する症例は見当たらなくなってしまいました。
 つまり、退行による精神疾患は防衛機能として発症する例が多く、遺伝的にある時点(年齢)で発症するというものではないようです。
 また、近いものに、現在でいうところのクロイツフェルト・ヤコブ病がありますが、発症後の余命が極度に短いことから、この物語には相応しくない気がします。
 そう考えると自身の血縁に退行性記憶障害の人がいることを知り、かつ、その素因が遺伝的な可能性があると周囲から強く言われ続けたため、自分自身のなかで「いつか自分も」という不安を高めてしまい、それが恒常的なストレスとなって退行を発症してしまったと考えたほうが良いのかもしれません。僕は精神科医ではありませんので詳しくは知りませんから何とも言えませんが。
 いずれにしても昭和49年当時では症例の解明は進んでおらず、資料も少なかったと思います。ですので、ここは難しいことには立ち入らずに、悲劇的なファンタジーの一要素として単に取り入れたものとするのが妥当なのでしょう。
 ただこれが、周囲の人々の精神疾患に対する誤解が招いた「退行」だとしたら、何にもまさる悲しい物語です。同じような差別を、別の疾患で僕もしていないとは言えませんので、読み返してみて少し背筋がゾクッとしました。


 


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