痛Gふぇすた in ニコニコ超会議2

 4月27、28日と「ニコニコ超会議2」が幕張メッセで開催されました。僕は後半日程でちょこっと遊びに行ってきました。
 「ニコニコ超会議2」については数えきれないくらい取り上げられていますし、優れたレポートもありますから概要などは省きます。
 じゃあ、このブログで何をするのかと言えば、本当のところ僕は何もすることがありません。
 ですので、写真のアップくらいです。ずらーっと並べてみようかと…。

 Black Rock Shooter00 Black Rock Shooter01 ガールズ&パンツァー(単車) そらのおとしもの トリコロ(チャリ)

 ミク00(チャリ) ミク01(チャリ) 重音デート00 電波女と青春男00 電波女と青春男01

 二輪車の数は少なかったですが、Black Rock Shooter 、ガールズ&パンツァー、そらのおとしもの、トリコロ、ミク、電波女と青春男などそれぞれ完成度は高かったと思います。できればもっとみたかったなー。会場が狭いから無理もないんですけどね。

 RIMG1444 スーパーソニ子

 では四輪車のほうへ。

 そういえば会場でニュージーランドから来たというご夫婦がいまして、ご主人から「これは宣伝カーなのか?」と訊かれました。
 僕が「いいえ、これは個人の趣味のディスプレイ・カーです」と言うと「信じられない」と言った表情をして、それから「こんなに車を飾るということは車を大切に乗っているということなのだろう。こんな風に自分の車を大切にディスプレイして宝物のように乗るドライバーばかりなら交通事故もへるだろうに」と笑顔を浮かべていました。

 あっぱれ天下御免 東方プロジェクト カクタ建設 DUNOIS00 

 展示スペースが限られるため選考を経ての痛車ですから、どれも素晴らしいできでした。特に今回の痛車では荷室にAV機器を搭載したものが多かったですね。選考者の傾向かもしれません。それから、光による装飾をうまくつかっていましたね。点灯時間によってブルーからマゼンタに変わるようなものありました。

 ガールズ&パンツァー01 ガールズ&パンツァー00 DCⅢ00 DCⅢ00
 miku-E00 miku-B00 miku-D00 miku-C00 miku-D00

 ヴォーカロイド、グドわふたー、リライト、ダ・カーポⅢ、東方プロジェクト、まどか・マギカ、エンジェル・ビーツなどなど意匠を凝らした「これぞカスタム!」と言った作品が並んでいるだけで場が明るくなります。もうこれは芸術作品です。

 Infinite Stratos REWRITE00 kicker RIMG1413 RIMG1414 
 RIMG1471 RIMG1469 RIMG1484 RIMG1483 RIMG1470
 RIMG1482 RIMG1476.jpg エンジェルビーツ00 RIMG1493.jpg RIMG1491

 手製でボンネットのオーナメント(フード・クレスト・マーク)を作ってきていた痛車がありました。こだわりがイイカンジでしたね。
 一昨年の「痛Gふぇすた」に登場したシュタインズ・ゲートの痛車はボンネットが外され、エンジンルームに「うーぱ」が埋め込まれていました。 

 初音ミク おっぱい野郎Bチーム01 シュタインズゲート01 シュタインズゲート00 グドわふた~00
 めぐっぽいど00 まどマギ00 ねとらばITちゃん トリコロ00
 上海アリスB-00 上海アリスB-01 上海アリスA-01 上海アリスA-00

 痛車はやっぱり元気がでますね。観ているだけで笑顔になれる気がします。僕がアニメ・ファンだからというのではなく、ディスプレイをしているオーナーがどれほどの思い入れもって取り組んでいるのかが伝わってくるからなのだと思います。
 心から楽しんでいる人の近くにいると自分も知らないうちに笑っていると言った感覚に似ています。元気のパンデミックがここから始まるといいなと思います。



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「STEINS;GATE 負荷領域のデジャヴ」を観てきました

 20日のレイトショーで「STEINS;GATE 負荷領域のデジャヴ」を観てきました。初日ということもあるのか、レイトショーでもほぼ満席状態でした。チケットを前日にオンラインで購入しておいて正解でした。

 あれこれと感想などを書きたい気もするのですが、これからご覧になる方もいらっしゃるでしょうから、どうしてもネタに触れなければならなくなるのでやめておきます。

 とにかく今回は全く新しいエピソードという触れ込みだったので、どうなることかと思っていたのですが素晴らしい出来でした。

 岡部倫太郎の願ったことは、牧瀬紅莉栖、椎名まゆりに何事もなく二人が未来を歩めること。そして、牧瀬紅莉栖が願ったことは誰一人として欠けることの無い仲間との時間でした。
 
 看板 

 本編は劇場版にありがちな総集編的な部分に時間を割かれることなく、デジャヴという名の通りTV版やゲームのカットを「記憶」として挟み込みながら観ている側に前作までを思い起こさせる手法で展開します。
 観ていると、こうググっと胸にこみ上げてくるものがありまして、ちょっとウルウル来てしまうので「泣くまい」と僕は必死に正気を保っていたのですが、突然、隣の席の年輩の男性が「ずるずるずずずぅ」と始めたのです。こんな時に鼻をかんでいるのかと思ってちらっと横をみたら号泣状態でした。
 ご老人、泣いていることに気づかれるのが恥ずかしいのか、途中から花粉症用のマスクなどをして顔を隠していたのですが、ハンカチで目を幾度も押さえておりました。このご老人の他にもあちらこちらで啜り泣きのような小さな音が聞かれました。
 これから観に行かれる方、ハンカチは新しいものをご用意してください。お役に立つかもしれません。

 話は変わりますが、劇場を見回していて思ったのですがファン層の幅が広かったですね。さすがにレイトショーということで小学生のようなお子様は見かけられませんでしたが、高校生くらいからかなり年配の方まで。男女比だと若干、男性の方が多い感じでしょうか。

 ドリンク 

 それと、映画の始まる前にお決まりのポップコーンとドリンクを購入しました。
 当日劇場では、あのダラス郊外テキサスから世界へ向けて売り出され、原材料表記には一切示されていない20種類以上のハーブが調合されている(らしい)、かの有名な(?)チャールズ・ペッパー博士の名を冠した、未来ガジェット研究所所長が(仮名で)推奨するドリンクが発売されておりました。
 普段あまり飲まないというか、全く飲まないのですが「ここにきたら今日はこれだろ!」っていうことで購入。併せてバナナ・キャラメル味のポップコーンも。
 そう思ったのは僕だけではなかったらしく、「選ばれし者の知的飲料」(仮)である某ドリンクは最終上映前に完売。それを見ていて「知らない人々の間でも思うところは同じなんだぁ」と意味不明な連帯感を噛み締めておりました。

 看板 

 それから、来場者プレゼントのラボメン・シールは(切れ長、流し目ではない、もともとの)「ダル」でした…。

 お時間がありましたら、感動の「STEINS;GATE 負荷領域のデジャヴ」をぜひ一度ご覧ください。ファンの方も、そうでない方にもお奨めできる映画です。

 *蛇足*アメリカのテキサス州中部マクレナン郡にあるウエーコのドクターペッパー博物館では、材料の一部が公開されているそうです(僕は行ったことがありませんのでご存知の方、情報をいただければ幸いです)。

 

 

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「イヴの時間」

 未来、たぶん日本。“ロボット” が実用化されて久しく、“人間型ロボット”(アンドロイド)が実用化されて間もない時代。 (「イヴの時間」より)

 イブの時間・劇場版 「劇場版」(角川映画、2010年)

 … I have a dream that one day this nation will rise up and live out the true meaning of its creed: "We hold these truths to be self-evident: that all men are created equal." …

 …私には夢がある、「我々すべての人間は平等に作られていると言う不変の真理」を貫き、いつの日にかこの国が立ち上がり、我々のこの信条を本当の意味で実現させるという。…

 1963年8月28日の「ワシントン大行進」でのマーチン・ルーサー・キング・ジュニアの有名な演説の一節です。
 YouTubeでもVTRが流れていますので実際の映像を見ることが出来ます。
 もう少しこの演説を、と言うか、この“I have adream”の前段の言葉を振り返ってみます。

 … We must forever conduct our struggle on the high plane of dignity and discipline.
 We must not allow our creative protest to degenerate into physical violence.
 Again and again, we must rise to the majestic heights of meeting physical force with soul force.
 The marvelous new militancy which has engulfed the Negro community must not lead us to a distrust of all white people, for many of our white brothers, as evidenced by their presence here today, have come to realize that their destiny is tied up with our destiny.
 And they have come to realize that their freedom is inextricably bound to our freedom.
 We cannot walk alone. …

 …我々は、絶えず尊厳と規律の高い次元での闘争を展開していかなければならない。
 我々の創造的な抗議を、肉体的暴力へ堕落させてはならない。
 我々は、肉体的な力に魂の力で対抗するという荘厳な高みに、何度も繰り返し上がらなければならない。
 信じがたい新たな闘志が黒人社会全体を包み込んでいるが、それがすべての白人に対する不信につながることがあってはならない。我々の白人の兄弟の多くは、今日彼らがここにいることからも証明されるように、彼らの運命が我々の運命と結び付いていることを認識するようになったからである。
 また、彼らの自由が我々の自由と分かち難く結びついていることを認識するようになったからである。
 我々は、たった一人で歩くことはできない。…

 イブの時間・オリジナル 「オリジナル版」(DIRECTIONS/RIGHTS、2011年)

 「アニメの話じゃないの?」と思われた方、そう、アニメの話です。
 ただこの演説が「イブの時間」を貫いているテーマを的確に示しているのではないかと思い取り上げました。
 このことは、このルーサー・キングの“ I have a dream ”と言うワンフレーズが「イヴの時間」のエンディング・テーマのタイトルになっていることからも伝わるのではないかと思います。

 曲を手がけたのは梶浦由紀です。歌っているのはKalafina。
 震災直後にNHKホールで開催されたコンサートのアンコールでも歌われました。僕は直に耳にしたその時の記憶が今もって強く印象にあります。

 「我々は独りで歩くことはできない。」

 僕の自由は僕のみで成立しているわけではないのです。他の人々との密接な関係によって僕の自由は存在し成立しているのです。

 さて、アニメの話をしましょう。

 2008年、ウェブ上に公開された吉浦康裕の個人製作によるこのショート・アニメは国内外で注目を浴びました。
 構成としては細部の理由づけに甘い部分もあります。
 廃棄ロボットのデータ消去(初期化)の範囲とか、記憶の共有をうかがわせる伏線の未回収など。
 気になるのは、主人公・向坂リクオの友人である真崎マサカズがアンドロイドを許容しない理由です。しかし作品をみていだければわかると思いますが、幼児期の体験が起因という前提を最大限に受け入れるならばそれも容認できる範囲ではあります。
 また僕の周りでは、人物の書き込み不足をあげた人もいました。
 けれどもそれらの欠点があるとしても重要なのは、おわかりのように「テーマが鑑賞者に伝わっているか?」なのです。
 その点でこのアニメはオリジナル版、劇場版を含め、高いクオリティを創り上げています。
 「イヴの時間」は僕が好きな劇場版アニメのベスト3に入ります。

 昨今のニュースを見ていますと、ヒューマノイド、或いは、アンドロイドはそう遠くない将来に実現するかもしれません。
 ロボットがロボット然として、外見からも見て取れるうちは問題はさほど感じられないでしょう。しかし、今日のように人工細胞が作られ、それが将来、ロボット工学の分野で外装材として利用され、外見からは区別のつかないものが誕生するとしたらどうでしょう。
 更にAIの反復学習による応答が実際の人間と同等に緻密になってくれば、そこでは「意思」と言う概念は「プログラム」と大差ないものとなり得るのです。
 その時、私たちは彼らと人とをどうやって区別していくのでしょうか?アニメはそこを「似ているけど違う」とアンドロイドのアキコの言葉を使って示しています。
 「わかりたい」という衝動をプログラムとして作りあげることは可能なのでしょうか?
 「人が人であることの他の生物との違いとは相互理解への意思活動のみである」と述べた人もいました。そうなってくると境界は曖昧さをまして行きます。
 言うなれば、所詮、人もプラスティックも同じ元素できているのです。ただ配列が違うと言う僅かな差で、我々は「生命」と言うものを得て、「心」と言う概念を得ているにすぎないのです。
 人間が手で作り出したものが「人造品」であるなら、我々を生み出した手を持つ者から見た我々もまた「人造品」なのです。
 動きを与えることと、生命を与えることとの違いとはなんなのでしょうか?

 「ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その 危害を看過することによって、人間に危害を及ぼしては ならない」というアイザック・アシモフによるロボット三原則の第一条を完全順守することができるのであれば、彼等こそより相応しい存在と言えませんか?

 僕たち人間は、不完全だからこそ生きている実感があるのも事実です。
 内面において「より人間に近づける」と言うことは、不完全な精神活動を行う精密なプログラムを完成させることです。それとの差別化は、彼等より我々が精神的に劣っているということで極まりをつけなければならないと言うことになりかねません。
 奇しくも、不完全良心回路は何よりも優れた心的回路であるとキカイダーも言っています(というのは冗談です)。
 いずれにしろ僕は彼等の登場を楽しみにしています。可能なら僕が生きているうちに出会いたいものです。

 因みに、劇場版はオリジナル版を再編集し、新たに画像を加え、単独であった各話の繋がりを滑らかに仕上げています。ただ劇場版に関しては「アニメは90分前後」という上映時間の目安がありますので、カットされてしまった場面も当然にあります。できればそういったものを再度編集して完全版、できれば続編を制作していただければと思います。

 最後に歌詞にあるフレーズを。

 …心なんてきっとどこにもない。それでも僕らを作っている何かがある。…

 イブの時間 
 
 「イヴの時間」はアニメのほか、太田優姫によるコミック(ヤングガンガン)、水市恵によるライトノベル(ガガガ文庫)もあります。




 
 

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安房直子「初雪のふる日」

 …秋のおわりの寒い日でした。
 村の一本道に、小さな女の子がしゃがんでいました。女の子は、うつむいて、地面をながめていました。それから、首をかしげて、ほうっと、大きな息をつくと、
 「だれが、石けりをしたんだろう。」
 と、つぶやきました。その道には、ろうせきでかかれた石けりの輪が、どこまでもつづいていたのです。…

 今日は随分と暖かな一日でした。ジャケットを着て歩いていると汗ばんできて、思わず脱いでしまおうかと思ったくらいに。

 ところで、先日、何気ない会話のなかで安房直子の童話の話がでてきました。
 安房直子は1971年に「北風のわすれたハンカチ」(旺文社)を刊行して、1993年に亡くなるまで数多くの童話を送り出しました。僕のまわりにも愛読者はたくさんいます。様々な作品が挙がるなかで、僕が持ち出したのは「初雪のふる日」でした。

 味戸ケイコ・挿絵 (挿絵・味戸ケイコ、1981)

 桜も散り、藤の花房が優美に枝垂れ、エニシダが咲き始めるこの季節に「初雪はないだろう」と思われる方もいるかもしれません。まったくその通りです。季節外れもいいところです。でも、そう言わずにおつきあいいただければ幸いです。

 初収録は「遠い野ばらの村」(筑摩書房、1981年)です。これには味戸ケイコの挿絵が施されています。また2007年には偕成社より、こみねゆらの絵本として単独で出版されています。

  遠い野ばらの村 (筑摩書房、1981年)

 昔の言い伝えでは、初雪の降る日には北からたくさんのうさぎがやってきて、一列になって山から山、村から村をわたり、あたり一面に雪を降らせます。その移動する姿はとても早く、人の目には一本の白い筋にしかみえません。だけれど気を付けていないと、そのうさぎの群れに巻き込まれて、うさぎと一緒に世界の果てまで連れていかれて最後には雪になって消えてしまうのです。

 こう聞かされたら、如何にもどこかにそんな伝説がありそうな気がしてきます。安房直子の創作なのでしょうが、こういった言霊的な誘引のしかたが非常に巧みです。
 童話というものはある意味では超常現象の世界ですから、何が起こってもOKなのですが、あまりにも不自然すぎたりしますと一瞬で冷めてしまいます。
 出だしは現実的であればあるほど良いのです。安房直子はそれが上手い。都市伝説的な言い方をしてみたり、民話を背景においた設定にしたり、いずれも現実と混沌をバランスよく配置しています。
 この「初雪のふる日」における契機は「石けり」です。それから「ケン・ケン・パッ」の馴染み尽くしたリズムを使って読者を共感に誘い出します。
 こどもなら誰もが持つ好奇心と、その危うさを滲ませるように混ぜてきて、「うさぎ」の登場で一気に童話の世界に連れ去ります。
 遊びが遊びでなくなる瞬間の恐怖、怯えと言ったもの。安房直子の作品はこの瞬間的な心理を捉え、読者に既視感、もしくは、心的追体験を与えます。それが童話のリアリティなのでしょう。
 そして、こういった瞬間は何も童話のなかだけではありません。現実にも有り得ています。
 本の読み聞かせや童話を与えることによって、そのエスカレートする境目の瞬間の怖さを疑似体験させることは大切なことなのです。それらを現実に思い起こさせるというのも本が担う役割の一つだと思うのです。

  こみねゆら・挿絵 (偕成社、2007年)

 この「初雪のふる日」については先だっての会話のなかで、僕は「女の子が石けりをしていて、いつのまにか兎に取り囲まれ、初めのうちは楽しくなって遊んでいたのですが、いつの間にかそこから抜け出ることができなくなり、ついには兎とともに別の世界に連れていかれてしまう話」として話題にしました。
 しかし、読み返してみましたら結末については全くの記憶違いで、安房直子はきちんと女の子のことを考えていました。それも、この物語中の世界における現実感を損なわないように。
 おそらく僕の内では小川未明の「金の輪」と重なるような印象があったのでしょう。結末を同じようなものとして記憶にとどめてしまったようです。

  こみねゆら・挿絵 (挿絵・こみねゆら、2007年)
 
 
 



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J.L.Scott " WILD FLOWER CHILDREN " ‐ 20世紀初頭の挿絵 ‐

 現在、名前を憶えている人がどれくらいいるかはわかりませんが、ジャネット・ローラ・スコットはアール・デコを代表する挿絵画家のひとりでした。

 HAPPY ALL DAY THROUGH HAPPY ALL DAY THROUGH,01
 "HAPPY ALL DAY THROUGH"(Chicago Volland,1917)
 
 ジャネットは、ドイツ移民であるポール・フレデリック・ヴォーランドが1908年に創設したヴォーランド社に見いだされ、そこで挿絵を手掛ける一方で日本の浮世絵に出会い、強烈なデフォルメを施したジャポニズムの影響を受けました。
 構図的にはさほど斬新さは感じられませんが、多彩な花をモチーフとした妖精や小さな動物、こどもたちの姿は流麗でわかりやすい線で描かれています。それらに水彩を施した柔らかな画調は、晩年のジェシー・キングやアンリエット・ウィルビーク・ルメールを彷彿させるものがあります。
 そのわかりやすい画風を生かしてジャネットが手がけた挿絵の多くは大衆向けの児童書や「CHILD LIFE」のような子供向けの雑誌でした。

 childlife[1935] "CHILD LIFE"表紙(RAND M'NAILY&Co,1935))

 今回はエリザベス・ゴードンの詩画集「 WILD FLOWER CHILDREN 」を取り上げようと思います。

< Janet Laura Scott " WILD FLOWER CHILDREN " >

 WILD FLOWER CHILDREN [1918] 表紙(P.F.VollandCompany,CHICAGO,1918))

 初版は1918年、アメリカの P.F.Volland Company から発行されています。
 エリザベス・ゴードンの詩に合わせて83頁のすべてにカラーの挿絵が描かれ、表紙と見返しは多色刷り石版になっています。
 もとはオリジナルの函がついていましたが破損しやすく、今となっては函付きの完本を見つけるのはかなり困難で高価でもあります。
 
 WILD FLOWER CHILDREN [表見返し] WILD FLOWER CHILDREN [裏見返し] 表&裏見返し 

 エリザベス・ゴードンが野の花をモチーフとして作った詩に合わせて、ジャネットがその花を擬人化(妖精化)する形式で1ページ完結になっています。絵本として、こどもがどこから読んでも良いように作られています。

 WILD FLOWER CHILDREN [Pub] WILD FLOWER CHILDREN [扉&HEPATICA] 扉&HEPATICA

 パブリッシャー、扉絵のあとに、ここでは割愛しますがエリザベスの序がおかれていて、季節順に草花が紹介されて行きます。
 最初に登場する花は春一番乗りで咲く“HEPATICA”です。括弧書きで別の名称が付されていて“Hepatica Triloba”となっています。これは雪割草(Hepatica nobilis)のことです。

 「雪割草は朗らかで一番乗り、絶対に遅刻したりしないし、ちっとも不機嫌な顔もしないで、濃いライラックのドレスを着てやってくるの。そして、わたしたちに喜びと幸せを運んでくるのよ。」

 WILD FLOWER CHILDREN [トキワナズナ] INNOCENCE&PASQUE FLOWER

 「可愛いトキワナズナは早春にしずかにやってきます。菫色の上品な色合いにつつまれた甘い香りのする布をまとい、可愛いらしい憧れと一緒にやってくるのです。」

 “INNOCENCE”はトキワナズナのこと。ナズナとついていますがアブラナ科ではなく、アカネ科の植物です。日本では、別名を雛草とも言います。ちょうどひな祭りの頃に咲くことからついているのでしょう。学名を“Houstnia Caerulea"と言いますが Houstnia は植物学者・William Houstnへの献呈名、Caeruleaは「青色をした」という意味です。

 「セイヨウオキナグサは穏やかな日を待ったりはしないのです。コマドリが歌いだす前に、体を小さくこごめながら、毛皮に身を包んで咲いているのです。」

 “PASQUE FLOWER”はセイヨウオキナグサ、復活祭のころ紫色の花をつけるキンポウゲ科の花。花言葉は「何も求めない、清純な心、告げられぬ恋 」です。

 WILD FLOWER CHILDREN [露草] DAY FLOWE&BLUE SPRING DAISY

 「露草の服は、たった一日しかもたない青い服です。きっと露草のママはお洋服をつくるので大わらわです。」

 “Day Flower”は露草です。英名は、一日で花が萎れてしまうことからとられています。露草を乾燥させたものは「鴨跖草」(おうせきそう)と呼ばれ、下痢止め、解熱に使われます。わが国では、藍花、月草、蛍草などの別名を持っており、せがわ真子「花詩集」でもあったように染め物の下絵を描くための染料として用いられました。

 ムカシヨモギは言うの。
 「あんまり早く咲くと、私のフリルのついたラベンダー色のガウンでは寒すぎて凍えちゃう。だから5月か、6月になるまでじっと待ってるのよ。」

 “BLUE SPRING DAISY”はムカシヨモギというと馴染みのない気がしますがハルジョオンの仲間です。ハルジョオンと言えば「あの花か」と思い当たるでしょう。北米原産で大正時代に日本に渡来した外来植物。乾燥させてお茶にして飲めば、糖尿病の予防やむくみをとる薬にもなります。

 " WILD FLOWER CHILDREN "は、和書では出版されていませんが、洋書であれば2001年にDerrydale社から復刻版がでています。Amazonでも買うことができますし、洋書を扱っている書店でも手にいれることができます。

 WILD FLOWER CHILDREN [Derrydale] (Derrydale社、2001年)




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A.M.Mucha “CLIO” ‐ 19世紀末の挿絵 ‐

 アルフォンス・マリア・ミュシャによるアナトール・フランスの「クリオ」の挿絵をとりあげます。あまりにも有名なのでどうしようかとも思っていたのですが、そういえばフランスの本は取り上げてなかったなと言うのと、ちょっと気が向いたので。

 表紙 
 (CALMANN LEVY,EDTEUR. 3,RUE AUBEE,3 1900)

 収録作品は「キメの歌うたい」「アトレバテスのコム」「ファリナータ・デリ・ウベルティ、或いは、内乱」「王は飲む」「ムイロン号」の5作品です。
 現在、翻訳版のミュシャの挿絵による「クリオ」は発行されていません。物語自体はアナトール・フランスのコントに含まれていますので読むだけでしたら、短篇集、或いは、コント集を探したほうが良いようです。手に入れやすいものとしては白水社「アナトール・フランス小説集第10巻」があります。ただしミュシャの挿絵は含まれていません。

 目次 見返し 目次、見返し

 初版は1900年にCALMANN LEVYから刊行。装丁は、皮張りの表紙にマーブルを模したリトグラフを施し、各ページは和紙(Japon)に印刷されています。多色刷リトグラフによる挿絵が口絵を含み13枚です。目次は巻末に付されています。
 書籍の題である「クリオ」は、ギリシャ神話に出てくるゼウスとムネーモシュネーの娘であり、文芸の女神九柱のうちの歴史をつかさどる女神クレイオーのことです(他の八柱は、カリオペー、エウテルペー、タレイア、メルポメネー、テルプシコラー、エラトー、ポリュムニアー、ウーラニアー)。それを受けて表題の序に「クリオの加護の下に」とあり、収録されている物語は歴史と英雄譚に関わっています。 

 口絵、キメの歌うたい キメの歌うたい挿絵 口絵、「キメの歌うたい」

 「キメの歌うたい」の2枚目の挿絵は一般に言われるミュシャらしさが出ています。歌うたいの老人が食事を済ませて泉へやってきて若い娘に出会う場面です。

 …ひとりの若い娘が頭の上に籠をひとつのせて、下着を洗いに泉のところへやってきた。娘ははじめ老人を胡散臭げに見た。しかし彼が木の琴を破れた上着の上に提げていて、老人であり、疲れ切っているのを見るや、恐るることなく近寄ってきた。そして突然に憐憫の情と尊敬の念とに打たれて、併せた二つの掌のうちに水を僅かばかりに汲み上げて、それで歌うたいの唇を潤してやった。…

 アトレバテスのコム アトレバテスのコム挿絵 「アトレバテスのコム」

 この本の中で最も長い物語となります。長いといっても全六章、翻訳で43頁なのですが、疲れました。何度、休憩したかわかりません。時にはまる1日放って別の小説を読んだりしていました。フランス語の読めない僕にはアナトール・フランスの物語自体が僕に合わないのか、それとも翻訳が合わないのかは、如何とも判断しかねますが、本音を言えばあまり面白いとは思えませんでした。

 アトレバテスのコム(コミウス)はカエサルが制圧したガリア人部族のうちのアトレバテス族の王であり、ガリア及びブリタンニアで王位を継承した人物です。
 ローマと同盟を結び統治にあたっていたコムですが、彼の暗殺を企てたカイウス・ヴォエルゼウス・クアドラトゥスに襲われ部下を失い、彼自身も深手を負います。その恨みからマルクス・アウレリウスと激しく敵対します。最後には敗れたとはいえ悔いない戦いをしたことから和睦を申し入れ、ローマに対する忠誠と人質を差し出すことになります。

 ファリータ・デリ・ウベルティ 「ファリナータ・デリ・ウベルティ、或いは、内乱」

 エンポリの駅を過ぎてレオナルド・ダ・ヴィンチ通りを北へ向かうとファリナータ・デリ・ウベルティの名を冠した広場にでます。
 ファリナータ・デリ・ウベルティは13世紀に実在したフィレンツェ・ギッベリーニ党の党首で、1248年グェルフィ党をフィレンツェより放逐しましたが、市民の反感にあいギッベリーニ党と共に郷土を追われます。1260年、シエナの王・マンフレッドの助力を得てモンタペルティの戦いで、再度、グェルフィ党を破りフィレンツェに帰還しました。
 物語は、帰還したファリナータが塔より市内を望み、フィレンツェを守るために犠牲を顧みずに戦った自分がなぜこうも人々に恨まれねばならないのかと、修道士のフラ・アンブロジオに打ち明けるという二人の会話で進行していきます。

 彼の評価に関しては様々あります。
 彼の死後、グェルフィ党が復権し墓を暴かれ異端の罪で遺体は火刑に処されてもいます。またダンテの神曲「地獄第十曲」にもファリナータ・デリ・ウベルティは地獄を恐れぬ者として登場しています。

 …彼は胸と額をもたげ起こして、あたかもいたく地獄を嘲るに似たりき…(地獄 第十曲)

 先の広場の名前は、モンタペルティの戦いの後にエンポリで開かれたギッベリーニ党会議においてフィレンツェの完全破壊が優位を占める中、彼が破壊反対の弁舌を奮い、これを阻止し街を救ったことから英雄として名がつけられました。
 どのような評価がくだったにしてもファリナータ・デリ・ウベルティがフィレンツェを救ったことは事実です。

 王は飲む 「王は飲む」

 僕にはわかりにくい物語でした。読み込んでいないせいもあります。短い物語なのですが一度読んだだけでもう充分という感じです。合わなかったんですね、たぶん。

 「王は飲む」とはトロイアの王の宴席における作法ですべての列席者はこの言葉を唱えて王を讃えねばなりません。挿絵2はその作法を破った小ピエロレを告発し取り押さえようとし、小ピエロレが短剣を抜いてそれに抵抗している場面です。
 ピエロレは逃亡に成功し追っ手を逃れ失踪します。その後にジャンヌ・ダルクの旗下の兵士として活躍し、騎士に昇進します。
 
 ムイロン号 「ムイロン号」

 1805年、ネルソン率いるイギリス艦隊にトラファルガーの海戦で破れた後のナポレオン・ボナパルトの物語です。
 ムイロン号とは、身を挺して司令官を守ったナポレオンの幕僚の名を戴いたフリゲート艦です。ナポレオンはこの艦にその忠心と勝利の奇跡を重ねていました。
 物語は遠征に迷いを抱く下士官のラヴァレットとナポレオンの会話を主体にしています。
 ナポレオンは信念と歴史を踏まえ「人間の一生とは何か?」とラヴァレットに問い、それは「一発の弾丸」だと言い切るのです。
 
 アトレバテスのコム・部分 「アトレバテスのコム」(部分)




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紫郷生「女優妙子」

 時にはマイナーな作品を紹介してもいいのかな?と、そんな気持ちで取り上げます。

 女優妙子 (越元東陽堂、明治45年再版)

 紫郷生の「女優妙子」です。
 明治45年1月1日に初版が発行され、その9日後の1月10日で再版されていますので、当時はそこそこ人気のあった小説ではないかと思われます。
 しかし、作者については何もわかりません。「泉」とついておりますし、巻末には泉斜丁の「木遣り」の広告が載っています。そんなところから泉鏡花がらみかとも思われますが全くわかりません。発行所は、越元東陽堂となっています。この書肆も不明です。唯一、特約店の岡村書店だけはわかります。明治末から昭和初期まで両国にあり、実用書を主体に児童書まで幅広く自社で出版販売をしていました。竹久夢路や濱田廣介の本も出しています。けれども、どこからあたってもこの作者には行き着きません。で、調べるのは早々にやめました。

 さて小説のなかみですが、少女が類稀な才能をもって演劇を目指すといった女優誕生の物語ではありません。というか、狭義での「芸能役者」という意味はまったくありません。寧ろ、仮面を被って世を忍ぶといった意味合いで捉えてもらったほうがいいです。
 それから、このタイトルに「女優」とありますが、明治末とはいえこの言葉はそれほどポピュラーには使われていなかったようです。女性の役者は文字通り「女役者」とか、「女芸人」などと呼ばれるほうが馴染みがありました。明治の小説においても「女優」という言葉はあまり使われていませんね。
 この「女優妙子」から遡ること20年ほど前に、森鴎外が「舞姫」の中で使っているのが僕が読んだ中では一番古いものです。これについては自信がなかったので国文研究をしている知人にヘルプのメールを送ったところ次のような返信がありました。
 「女優というと言葉の起源はわかりません。いつ、だれが、どこで最初に使ったのかも不明です。ただご指摘の通り鴎外の舞姫で使われているのは事実で、これが最も古い小説中での使用だという研究者もいるようです。ただしこれが鴎外の造語である確証は全くありません。当時、一般的ではなかったかもしれませんが、一部の業界用語などで使われていた可能性の方が高いと思われます。明治時代としては耳に新しい言葉であったことは確かです。」
 ということで、インパクトのある流行り言葉としてタイトル付けに「女優」という言葉が使われたのでしょう。この物語中でも「女優」とは呼ばれていません。「女俳優」(ルビは「おんなやくしゃ」)とされています。従って「じょゆう妙子」ではなく「おんなやくしゃ妙子」なのかもしれません。

 物語は満開の堤、隅田の向島から始まります(子供の頃に親しんだ場所なので、この舞台設定だけで僕は個人的に愛着がわきます)。 

 …桃が散る、櫻が咲く、春の向島は霞に煙って、隅田の流れに花の筏が浮かぶ、弥生も既に末近い夜の十時といふに、小松島の岸から䌫(もやい)を解いて、ゆるく下流に漕ぐ一艘の猪牙船があった。
 満都の人は櫻に狂ふ、晝の墨堤は花の山だが、夜に入るとげつそり淋しくなる、撞きだす金龍山の鐘に逐われて、向ふ鉢巻、脱いだ肌の勇しさ、上流に客を送つた流し船とあつて、舷を噛む水の音も自然に涼しい。…

 こんな感じの講談調のリズムで書き出されて登場するのは序盤の中心人物となる「船頭の興三吉」です。
 この興三吉、吾妻橋の手前を折れて向島に入る隅田川の支流にかかる枕橋付近で「お客様」(若い女性)が川に浮いているのを拾いあげます(当時、船頭の隠語で溺死者を「お客様」と呼んだようです)。この娘が「妙子」でした。この妙子は駿河台にある名家「豊原家」の息女。何のわけがあってか隅田川に身投げをしたわけです。しかし掬い上げられた妙子は運よく蘇生して、この後、月島の興三吉夫婦の家にやっかいになります。
 一方、豊原家では身投げ騒動が沸き起こり八方くまなく手を尽くして捜索にあたります。しかも曰く付き。というのもちょうど一年前の同じ日に、妙子の姉である豊原家次女「眞留子」が相思相愛であった華族・橘家の勝彦との破談から心身を病み、小指を食いちぎって文をしたためた後、発狂して失踪。櫻をひと枝手折り、胸に破談となった相手の勝彦の写真を抱きしめて、同じ隅田川で身投げをしております。ですのでこれも祟りか、因果な病かと騒がれます。このふたつの自殺騒動を巡って物語はややミステリータッチに展開して行きます。

 物語前半は非常にリズミカルに生き生きとした言葉づかいで綴られ読むにも楽しいですが、後半は話が重くなることもありやや言葉のリズムに精彩を欠いた感じを受けます。
 話は最初から最後まで一点に絞られ、余分な伏線もなければ、話を攪乱するような余計な人物も登場しません。従って、わかりやすい。これが大事なところですね。下手に文学的になる必要はなく、純粋に講談や音曲を楽しむように書かれた作品として、大衆を喜ばせるには充分だったと言えます。
 この話のネタばれになりますが、すべては豊原家の秘書長であり、長女「志津子」の夫・富塚の陰謀であった、となります。恋愛と陰謀。これも当時必須の人気材料ではありました。

 …豊原家に発狂の遺伝がある訳で無い、それを態々あるように見せかけて、四角四面の鶴見(立花家秘書長)を動かしたのは、全く浅猿(あさま)しい横恋慕の為である、勝彦と眞留子との婚約を破談させて、眞留子が失恋の人となつた隙を利用し、巧みにこれを籠絡して、卑しい欲望の満足を得やふといふ総てが奴隷的根性から出た一個の狂言である。…

 発端は、長女・志津子の夫である富塚の横恋慕です。そして、妙子はそれを眞留子の自殺前に看破しますが、家のことや志津子の身の上を考えると公表することもできず、ひとり胸を痛めます。そして更に妙子も「勝彦を愛してゐた」というところに突き当たり、物語冒頭の自殺未遂をするという理由づけになっています。 

 この本には口絵が一枚ついています。
 豊原家の園遊会で密談を交わす富塚と鶴見。それを偶然通りがかった妙子が聞いてしまう場面です。

 女優妙子口絵 (女優妙子・口絵)

 明治という時代、人は人ではなく、家が人であり、意思は個人になく家長のみが意思でありました。その背景からすると相思相愛で結ばれるというのは極めて稀で、その稀な幸福が目の前で破れた眞留子の心痛。志津子の身の上を守るために沈黙を決めた妙子。その結果が眞留子の自殺を引き起こします。
 物語では更に妙子自身の恋心が加わり、自身の罪と行く末に絶望し自殺を図ります。そこを興三吉以下温情ある人々に命を救われ、尼僧になることを胸に秘めます。
 登場する女性は、あくまでも受け身であることが運命であるかのような明治女性の典型ですが、ラストはそれに一石を投じる形になります。
 その前に、父・豊原嘉造を見てみます。
 作中では、終始一貫して豊原嘉造の明治の家長らしい毅然とした大実業家、顔役としての姿、事件に対しては沈黙を守る姿がクールに描かれています。
 例えば眞留子の葬儀の場で仏前に勝彦の写真を掲げるのですがその理由は次の通りです。

 …今日権門に媚び、位階に追従して、頻りに機嫌は取つて居ても、明日になると仇敵もただならぬ間柄となるのぢゃ、結婚の如きもまた其れで一旦結むだ約束に対して、あくまでも之を守るのが武士道ぢゃに、当世は約束を捨つること弊履の如く、嫁取りを猫児の遣り取りの如く心得て居る、これが滔々として世に拡まりつつある悪風ぢゃ、…中略…、あの写真を仏前に飾つたのは、一に眞留子の霊魂を慰め、譬え橘家が如何にあらうとも、豊原の家だけは約束の精神を守る、形式上の約束は破棄されたが、その精神だけは保留するといふ考へで、殊更に俺が仏前に飾っておいた…

 理にかなった武士道ではありませんか。明治という時代と共に捨てさられて行く古の精神を貫こうとする姿勢と虚栄のない沈黙。真実を黙して語らず。じっと時を待つ。言い訳をすることに慣れきった僕には耳に痛い教訓です。

 結末としては大団円には至りません。むしろ気骨を秘めた悲劇とも言えます。

 …強いて尼になるといふを諭め賺して、暫く小松島に遊ばせておいたが、四五日経つと嘉造が別荘を訪れて、蘇生(いきかへ)つた妙子の手を握つた、富塚の罪を一時の出来心と見て俺も忘れるから汝(おまえ)も諦めてく呉れ、いづれは心の直る時期もあるであらうが、断じて富塚には相続させぬ、豊原家の財産は自然の消滅に任せて、俺は飽く迄も汝を保護するよ、虚栄(ほこり)の恋の絆を絶って習ふた芸が世渡りの女俳優(おんなやくしゃ)、これから外国へ修行に往け…

 最後の嘉造の言葉が重く響きます。

 …「俺も働けるだけ働いて死ぬから、汝も踊れるだけ踊って死ね!」…

 人生を踊り続けるには、足の痛みに耐え、厳しい日常に堪えることでしか為せないのです。代償もなく優雅さのみを保つことなど不可能なのです。
 今からするとありふれた題材で面白味もなく、完全に忘れ去られた小説ですが、誤字脱字や改行などの改訂をして、再話をすれば結構楽しめるものになるのではないかと思います(もとのままでも頭の古い僕には楽しめましたけど…)。

 ちなみに物語の書き出しにある「金龍山の鐘」は浅草寺(金龍山浅草寺)の鐘のことです。

 向島・枕橋 (枕橋付近・大正初め)



 
 


 

 

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柴田翔「鳥の影」

 鮮やかに太陽が照りつけ、その光が地表で反射する。
 立ち止まって見まわす景色はどことなく懐かしく、また見知らぬものでもある。
 そこにいる時には、風景というものは不変であると思い込んでいた。
 街並みも校舎も道路も、人ですら。
 しかし、それは幻想と甘えに過ぎず、風景は何かの拍子に一変してしまう。
 歳月と言ってしまえば簡略にすぎる。
 思い出の場所とは、不確かな記憶と新たなる不安の確認でしかないのかもしれない。
 通いなれた場所の面影は留めるものの、そこに通いなれた場所はもうない。
 途方に暮れて視線を落とす。
 地面を影が過る。
 ― 鳥 ― 。
 慌てて見上げるが既に姿はない。
 ただ影が過ったと言う何か言い知れぬ不安のようなものだけが残った。

 この小説を読み終わった時、そんなしこりのようなものを僕は感じました。

 鳥の影 (筑摩書房、昭和46年初版)

 「鳥の影」 柴田 翔

 「ここがお父さんの学校だよ」
 「ふうん」
 裕太は歩きながら、あたりの植え込みや校舎を見まわした。
 「広いなあ。ここ、ライオンや怪獣いる?」
 「いるさあ。お父さんたちは、ゴジラやマンモスとよく格闘したんだぞ。」
 「嘘だあ」
 裕太は、そう言いながら、つないでいる則雄の手を、力一杯振った。だが、則雄は、手だけはそれに合わせて振りながら、過去の記憶への急激な斜面を滑り落ちて行った。
 あの生徒集会所 ― 。あそこで彼らは、本当に怪獣たちと格闘したのではなかったろうか。…

 東京大学の名誉教授でもあり、「されど われらが日々」で芥川賞を受賞した柴田翔に「鳥の影」という短篇小説があります。
 かつての師・潮田の古稀祝賀会に出席するために、妻と子を連れて母校を訪れるところからこの話は始まります。
 「かつての師」とは言っても主人公にとっては単なる「つまらない国語の教師」であり恩義と言えるものも感じてはいません。彼の記憶に残っているのは潮田が珍しく授業から離れて譫言のように呟いた次の言葉でした。

 …人間は馬鹿なことをすることがある、が、その馬鹿なことのなかに人生はあるのだ…

 主人公はそう呟く潮田の目のなかに暗い挑発めいた光を見出します。それが彼の師に対する唯一とも言える記憶でした。
 主人公は大學卒業後、一流企業に就職し同期のトップを切って課長代理に昇進し、社内でも有望なエリートの存在です。社内での昇進、社会的地位を確実に手に入れるためには寸暇を惜んで仕事に打ち込み、その多忙の中に誇りと人生の充実を感じていました。その彼が一度は辞退した恩師ともいえぬ潮田の祝賀会に出席をしようと当日に思い立ったのは、家族サービスと表面上の義理を同時に果たすためだったのです。
 彼のその時点での生活は晴天のもとにあり、光は栄誉をたたえるように辺りを照らし、陰はその反射物として合理的に存在するものであり、得体の知れない翳りなど一点もなかったのです。
 彼が出席した祝賀会の席で主賓である潮田が会の礼を述べるために壇上に立ったとき、突如、苦しみに歪み倒れます。主人公は、それまで諦観の相でしょんぼりとしていた潮田の苦悶への豹変に「老いによってなおさら深く隠されていた奇怪な執念」の突発的な噴出を見出します。それは彼に「自分の足もとが不意に揺らぐような不安」を植え付けたのです。

 小説は、模範的企業人たる生活を送る者に押さえつけられていた情念が突如として規律的であった精神を浸食し、その結果、瞬時にして転落する様を描いています。主人公を取り巻く環境は、潮田の「人間は馬鹿なことをすることがある、が、その馬鹿なことのなかに人生はある」と言う言葉に帰結して行くのです。

 社会で生きて行くことは言葉では尽きせぬほどの苦痛と苛酷とを押し付けてきます。生活を守るためには、生き残るためにはそれに耐えなければならないし、あらゆるものに気を許すことなどできないのです。
 大企業であればあるほど仕事は職人芸であってはならないし、如何に優秀な人材がいたとしてもその欠損は常に瞬時に補われるものであるからです。
 つまり、仕事や会社が自分を必要としているというのは甚だしい思い上がりであり、自分が一方的にそれを必要としているというのが実態なのです。そしてそのことは表面には現れない不安を精神に繁殖させ、何かを契機として、自己の規律が抑圧し続けてきた情念に首を搔かれる瞬間が起こるのです。
 「出来心」或いは「魔がさした」という事件は、日々、新聞紙面やワイドショー、ネットを賑わしています。三面記事的なこの「転落」と言う簡単なふた文字のなかには、本人自身でも推し測れない複雑な心情と病巣が含まれているのです。

 …突然、隣に坐っていた裕太が、身を弾ませるようにして、外を見ると、
 「あっ、鳥だ」
 と叫んだ。
 その声に宏子も外を見た。しかし、鳥の姿は見えず、午後の汚れた光線に照らされてそこにあるのは、ただ埃りと排気ガスのなかに、びっしりと何重にも列をつくって、ひしめきあいながらのろのろと動いてゆく、いつもながらの東京の往還ばかりであった。…

 この小説のラスト・シーンは妙に生々しい実感を僕に与えました。ひょっとすると僕もこうなるかもしれない。それは何一つ特殊なことではない、誰にでも起こり得る可能性だからです。
 
 鳥の影 識語・署名  識語「春、窓、風」、署名


 
 
 
 
 
 
 

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熱に浮かされて

 一日一日で体調が猫の目のように変わります。動きたくない時もありますが、寝込むわけにはいかないので何とかやせ我慢をしてみせるのです。そして帰宅してからドサリと体を投げ出した後、本を読みたいなと思えれば少しは回復してきた証拠です。

 僕が本を手に取る時は心に迷いがある時が多いのです。
 自分は何をしてきたのか、今何をすべきなのか、これから先のことはどうするのか、そんなことに迷った時に本を探すのです。
 今、僕の部屋は本で溢れています。床にも押入れにもベッドの上でさえ、わずかに横になれる部分を残して本が積み重ねられています。
 読みたい本を探すのには時間がかかります。もちろん直ぐに決まることもありますが、大抵は時間がかかるものです。あれじゃない、これもちがう、数行を読んでみてやっぱり違う本にしようなんてよくあることです。他の人からすれば意味のない繰り返しをしながら一冊を抜き出してくるのです。
 心にしっくりくる本を探すのは大変ですし、見つけられたとしても、それはやはり意味のないことなのです。世間的にみれば徒労に費やしたものなのです。そんなことよりも日々の生活にはやらなければならないことが山積しているのです。
 悩むのを大概にすべき「たかが本探し」に迷い続けているのは生来の優柔不断もあるでしょうが、恐らく僕が本以外のことでも目的をもたないまま迷っているからなのです。
 どの言葉もなぜ水が滲みて行くようにすっと心に通っていかないのだろう。僕自身は砂漠のように茫漠として乾ききっているのに、水が熱したフライパンの表面を転がるように自分でもわからない場所へ何もかもが転げ落ちて行ってしまうのです。
 たかが本を探すことくらいなんてことはないはずなのですが、誰かの手を借りたいこともあるのです。その誰かの手を借りたいという気持ちは、きっと僕に素直に友達と本当に呼べる人たちがいないからなのかもしれません。
 本の世界で僕は友達をつくり、異国を旅し、謎の解明や冒険を繰り返し、泣き笑いして、最後に表紙を閉じた時に僕自身の体験としたいのです。僕自身が為せなかったことをしてくれる物語を探すために僕は本を探すのです。
 僕が手にする最後の一冊はどんな本なのでしょう。僕はそれを探してあげなければなりません。それはおそらく僕に見つけさせるためにずっと以前から、そこでじっとしているものだと思えるのです。
 選ぼうとするものは選んでもらおうとするものとの邂逅を常としているものです。それは引力と同じで互いが持っている引き合う力の結果なのです。
 来るべきものは来て、去るべきものは去る。思えば簡単なことだと思うのですが、これが意のままにならないので仕方なしに生きてみるのです。
 そもそも生まれた事自体が大きな間違いなのです。生まれてさえこなければ何の苦労も背負うことはなかったのです。ですからそれ以外の失敗など大したことではありません。一番大きな間違いのなかで仕方なしに生きて、そのなかで自分の願うものをいくつ自分の心に残せるのかが問題なのです。
 死んでもリセットはされません。起きてしまったことは自分とは無関係に残ってしまうのですから。だから悪あがきをしてみるのです。たった一冊の本のことぐらいでも。
 ですが今日は熱っぽいので少し早めに寝ることにします。本はまた明日探すことにしましょう。
 





 
 

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花を埋める

 新美南吉に「花を埋める」という創作があり、その中である遊びについて次のように記述している。

 …その遊びにどんな名がつゐているのか知らない。まだそんな遊びを今の子供達が果たしてするのか、町を歩くとき私は注意して見るがこれまで見た例しがない。あの頃つまり私達がその遊びをしていた當時さへ、他の子供達はさふいう遊びを知っていたか怪しい。…

 新美南吉がしていた「その遊び」とは、ひとりが採ってきた花を掘った穴に埋め、その上からガラスで蓋をして何事もなかったように埋めなおし、もうひとりがそれを探すという宝探し似た遊びであった。
 花を用いた宝探しではなかったが、僕にも同じような遊びをした経験がある。 
 いつごろ、誰に教えられたのかはわからない。その遊びを僕が思いついたというわけではないのは確かだと思う。自然な成り行きから生じた遊びだったのかもしれない。
 呼吸器と自律神経を悪くし、療養のため埼玉に移り住んだ頃のことである。小学校二年の春から夏にかけてのできごとだった。
 同年代の子と走り回る体力はなく、また一緒に遊ぶことに対する自信もすっかり失っていた頃であったから独りで遊ぶしかなかった。その独り遊びの中から行き着いたもののひとつであったろう。
 それは千切ってきた花を色紙に包んで埋める。そんな単純な遊びだった。最初は誰と遊ぶと言うものではなかった気がする。自分で埋めて、何日か経ってから自分で探す。時には一週間もほったらかしにしてあったり、適当な場所に埋めて歩くのでその場所を忘れてしまうようなこともあったが、大抵は自分で埋めたものなので探すのにはそう手間はかからなかった。
 きちんと埋めてあった花は萎れるのがゆっくりだった。掘り出された色紙を拡げると摘み取ってきたばかりかと思えるほど花は新鮮さを保っていた。枯れることを知らないみたいにその色を失ってはいなかった。その開いたときの不思議さが僕は好きだった。そしてその花がいつ変色し、腐敗して行くのかがみたくて再度埋め直した。変質して行く様を見るのも、また僕は好きだったのだ。
 いつしか埋めるのは花に限らなくなった。それは小さな昆虫にも及んで行った。草螽斯や精霊蝗虫の幼体、蟷螂の幼体、花髪切などを捕まえてきては木工用ボンドで台紙に貼り付け、更にその上から全体を覆うようにボンドでコーティングを施し、それをしっかりと乾かしてから色紙に包んで土に埋めた。それは次第に手の込んだものになって行き、昆虫や葉や花を散らしたコラージュのようなものになっていった。
 いつの間にかその遊びに菜々美という女の子が加わり、気づかぬうちに僕たちふたりの遊びになっていた。その子がどうして一緒に始めたのかは思い出せない。彼女は僕と同じ学年で隣のクラスの子だった。集団登校では毎日顔を合わせるものの、親しく話したことも、まして一緒に遊んだことなどなかった。けれども子供が一緒に遊び始めるのに理由など不必要なのかもしれない。偶然があれば充分なのだろう。
 僕たちはいろいろなものを台紙に貼って埋めた。僕が草花や小灰蝶、糸蜻蛉、薄翅蜉蝣、蟻、瑠璃葉虫など集めてくると、彼女は貼り絵の要領で綺麗に一枚の絵としてつくりあげた。誰にもみせることのないふたりだけの絵本の挿絵。描いては埋め、そして、掘り起こしては、燃やした。
 ある日、僕がいつもと同じように絵を作っていると彼女が近づいてきた。作業をしている僕の手を覗き込むと唐突に「まだそんな気持ちの悪いことしているの。残酷ね」とだけ言って立ち去ってしまった。
 そのひと言であっけなく僕たちの遊びは終わってしまったのだ。急変した彼女の言葉の理由は分らなかったが、幕切れのその瞬間を僕は理解した。彼女に裏切られたような苛立ちから、作りかけていた絵をくしゃくしゃに握り潰し、形を留めなくなるほど踏みつけた。それから僕は急に胸に湧いてきた恥ずかしさのため、足もとの残骸を乱暴に蹴散らすと彼女とは逆の方向に走り出した。まだ夏は終りを見せない八月の初頭のことだった。

 初めて新美南吉の「花を埋める」を読んだ時に、僕はあの夏を思い出し胸が重くなる不快さを感じた。以来、目を背け読まないようにしてきたのはいつまでだったか。
 今はあの時に感じた作品に対する不快さは微塵もなく、読むことができる。僕は宝物が宝物でなくなる瞬間を新美南吉と共有したのだ。その共感が僕に決まりの悪さを思い出させ不快にさせた。
 もう笑い話にするに充分すぎる月日が経過した今日、それでも、子供の頃に持っていた憧れや夢に似た何かを確実に喪失した瞬間の痛み、或いは、苦々しさを僕は懐かしいとは思えない。それはあの瞬間に僕が思い込んだ彼女の裏切りのためではない。現在も心のなかで燻っている僕の目を覚まさせたものに対する行き場のない憎悪にちかい感情なのだと思う。そしてそれは作品に対してではなく、あくまで僕の記憶のなかで消えずに残っている。

 新美南吉「花を埋める」
 花を埋める
 (装丁・中川一政、中央出版、昭和21年初版)

 
 
 
 

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落書き

 僕がそのわけのわからないもったいぶった戒名のような病名を聞いたのは、ちょうど一昨年の今頃だった。
 どんな名前だったのかってそう聞かれたら僕はその人の好奇心を満たしてあげることはできないね。だって聞いたそばから覚える気などなく、訊き返しもしなかった。医者の不景気な表情に合わせて奥歯をかみしめるように、「そうですか」とだけ相槌をうっておいた。
 だってね、病名を覚えたからって何一つ好転することなんてないんだからね。
 「で、どうなるんですか?僕は」とそれだけがわかっていればいいと思ったんだ。
 まあ、少しだけかいつまんで言うと、人間には自分で意識的に動かすことのできる筋肉とそうじゃない筋肉とがあるってのは知ってると思うけど、その「そうじゃない方」の筋肉を制御するところが故障しちゃったってことらしいね。随分前から「不整脈が出てるから」とは言われてたんだけど、不整脈なんて簡単なものじゃなかったみたいだね。いや、もっと簡単なものだったのかも、観方を変えれば。
 それでね、医者の言うことには「10年先かもしれないし、1年後かもしれない、大きな発作のようなものがくれば明日かもしれない」なんてノストラダムスよりは幅が狭い予言をしてくれて、とにかく「無理をしないでください」ということらしい。
 でもそれって「PM2.5が大量に観測されていますから外出を控えてください」というのと同じくらい難しい。
 だって外界と隔絶した密閉された個室で生きているわけじゃないしね。建付けの悪い我が家では外にいるのと大して変わらない。PM2.5が通り過ぎるまで息を止めているなんて芸当もできなければ、呼吸数を減らす術を心得ているわけでもない。
 「今日はPM2.5が飛び交っているので会社を休ませてください」なんて言ったら4月1日以外では冗句のネタにもならないのは確実。
 それより何よりふたつに共通して面倒なことは「働かなくては生きていかれない」ってこと。座して食らえるほどの宝の山を僕はもっていないからね。
 ただそう言われて注意し始めたのは「なるべく運転しない」こと。ひとりで自爆ならいいけど誰かを巻き込んだら申し訳ないもの。
 それにこの病気は特別なことじゃないんだ。だって生きているものは一度は死ぬんだからね。世界のすべては死に至る病で覆われている。いつ、どこで、何で死ぬかが違うというだけさ。それだって言わせてもらうなら大差ない。叶うなら花の下で死なんと言った人もいるけど、花の下だろうが枯葉の下だろうがどこで死んでも同じこと。死因も生命保険以外ではあまり役に立たないだろうしね。僕としては周りに迷惑だけはかけたくないなとそう思ってる。
 とにかくそういうことがあって、始めたばかりで休止状態だったブログの更新をしていく気になったんだけど、書くことが決まってないから雑然として浅はかな文字の羅列で埋めるようなことになっちゃったね。こうして書いていく最後になにが残るのかな?結城信一なら「愛の思い」が残るのだろうけど。
 難しいことはどうでもいいや。考えても始まらないもの。ただ「こんなものもあるんですよ」的に書いて行かれればいいかな。そう思うことにしてた。
 以前から幾人かに「もっと情報を押し出したブログにしてみては」と言われたんだけど、僕はカルトクイズ対策をやりたいわけではないし、知識の玉手箱を開けてひけらかせるほど僕自身の中身はこれっぽっちもない。
 僕が書きたいのは誰でもが手にとる機会のあるものと、僕が無くなってしまったら共に無くなってしまう大切な人たちのわずかな記憶。これからもそんな凡庸なことを書いていくことにした。した、というより、それしかやりようがないってのが事実だけどね。わかりやすい落書き。それがきっと僕のブログなんだろうね。
 

 
 
 




 
 
 
 
 
 

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