お守り?

 昨日も喫茶店での話を書いたのですが、今日もそんな話題を。

 僕は誰かといることは苦手なのですが、喫茶店やカフェスタンドのようなところは好きなんです。たとえ人がいっぱいでも知った人がいないというのは気が楽です。しかもそこでは思いがけない話に出会えたりしますよね。特に聞き耳をたてているわけではないのですけど、不意に誰かの会話が飛び込んできたりします。これもそんなひと場面です。

 今月のはじめころのことです。

 大学生か、高校生なのかわかりませんが、女性(彼女)のほうはその口ぶりからすると既に社会人か、大学生のようでした。カプチーノに砂糖を混ぜながら彼女が彼に話しかけました。

 「今度は大丈夫なの?」
 「うん、たぶんね。」
 「去年もそう言ってたよね。あてになんないなぁ。」
 「いや、今度は大丈夫だよ。志望もひとつ落としたし。」
 「ふ~ん。まっ、なんにしても受からないとね。」
 「だよなぁ~。」
 「しっかりしてよっ、もうっ!」
 そう言って彼女はハンドバッグから何かを取り出して彼の前に差し出して、
 「はい、これっ。」
 「なに?」
 「お守り。」
 「サンキュー。」
 彼はそういって黄色い小さな袋に入っているお守りをとりだし、それを見てからちょっと不思議そうに彼女を見返しました。
 「これって当選祈願ってかいてあるよ?」
 「そうよ、宝くじ売り場でもらったんだもん。」
 「普通、合格じゃね?」
 「あなたの受験なんて宝くじみたいなもんでしょう?」
 「ひっでえなぁ…。」

 いや、洒落っ気のあるほほえましい会話だなと、そう思って聞いていました。
 合格しているといいですね。そう願っています。




 
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ジャンル : 日記

恋人と別れる50の方法

 随分と懐かしい感じのするというか、かなり古ぼけた喫茶店だな、と単純にそう思った。店先に出ているKEY COFFEEというスチール製の看板も文字が薄れ、錆が浸食しきっている。留め金が外れていないのが奇跡だとしか思えなかったし、第一にこれをかけておくメリットも僕には理解できなかった。昭和の、と言えばレトロ感もあるのだろうが、単にさびれているようにしか眼に映らなかった。その印象は僕にほんの少しばかりの躊躇を与えたが、しかし、それ以上に僕の疲労感はピークに達していて休息を欲していたし、何よりもその閑散とした見かけが今の自分には相応しいとも思えた。
 珈琲マグノリアと書かれた木製のドアに手をかけるとカウベルが鳴った。そのまま押し開いて中に入ると、天井から下がっている薄暗いペンダントライトが期待通りのタイムスリップ感を出していてくれた。ローズウッドで統一された壁、カウンターにはサイフォンが綺麗に並べられており、上からカップがつるされている。テーブルは小さめのドローリーフ、材質は一応オークのように見える。テーブルには恐らくどこも照らしてはいないだろう小さな燭台型ランプが添えられている。僕は左側に5つ並んでいる席の丁度真ん中を選び、臙脂の布が貼られたツイストチェアに深く腰をかけた。へえ、意外にしっかりしているな、と思った。
 腰かけたはいいが店員がいない。どう声をかけたらよいものかと思っていると、カウンター後ろの低い扉がカタリと開いて男性が現れた。いらっしゃい、今、水をおもちしますよ。カウンター脇に置いてある水差しに手をかけグラスに水を注いで運んできた。男性の年齢は僕とそうかわらないように見えた。もしかすると10くらいは上なのかもしれないし、或いはもっと年上かもしれないが、それでも60には届いていないだろうと思えた。僕はアッサムティーとベイクトチーズケーキを注文した。
 彼は水が入っているだけのサイフォンに火を入れた。それから習慣化された安定感を湛えてティーポットを熱湯にくぐらせてから注意深く周りを拭き取ると蓋をあけてサラリとリーフティーを落とし込んだ。お湯は沸かしたてのほうがいいんですよ、と独り言のように呟いてから先ほどのサイフォンからそこに注いだ。水を沸かすためだけのサイフォンなのか、と少し感心して僕は運ばれてきたティーセットを眺めた。砂時計が落ち切ったらカップにあけてください、残ったものが濃いようでしたら差し湯をだしますから。それだけを言って彼はカウンターの後ろに退がって行った。それから彼がひょいと屈むようなアクションをとると同時に店内に音楽が流れ始めた。

 I met my old lover on the street last night.She seems so glad to see me …

 ポール・サイモンか、いい趣味だな、と僕は勝手に共感を抱いた。高校時代に必死でコピーしていた頃が懐かしい。頭のなかで自然とフレーズが繰り返され来る。" Still crazy,still crazy,still crazy after all these years. " 僕はまだ狂っている、なんてね。

 のんびりとカップに口をつけているとカランカランとカウベルが鳴りドアが開いた。その音は外で聞いた時よりもはるかにしっかりしていた。高校生のカップルが入ってきた。制服のままのところをみると近くの学校ではないのだろう。それとも今の学生はそんなことを気にしないのだろうか。彼らがここに入ったのが通学路の途中なのか、デートの行きがかりなのか、それは判然としないけれど僕にはそれはどうでもいいことだった。
 彼らは僕とは1台テーブルを空けた奥の席についた。彼女が何気なくテーブルに手をかけ、これってテーブルがひきだせるようになってるよ、珍しくない?と声を弾ませた。彼はそれにはほとんど関心がないようで、そう?とだけ答えた。それから彼女はソーダフロートとプリン、彼はコーラとホットケーキを頼んだ。腰かけた瞬間から彼は胸ポケットからスマホを取り出して眺めている。彼女は膝においた小さな包みを開いて可愛らしくラッピングされた箱を目の前においた。

 彼女が話しかける。合格しててよかったね、ちょっと遠いけど東京と千葉ならそんなでもないもんね。
 彼が応える。だね。浪人するよかましって感じ。カズからメールきてる。
 彼女が応える。うん。

 彼女は箱を左手の中に置いたままソーダ水のストローに口をつける。視線は彼を追っている。彼の注意は携帯の画面に注がれている。
 店内のBGMは " I do it for your love " に変わった。愛と君のために、という邦題がついている。ビル・エヴァンスがトゥーツ・シールマンスとアルバム「アフィニティ」で共演して以来、愛奏した曲でもある。
 …理想的になって考えると辛いし、涙もあふれてくる。北半球でも南半球でも愛は生まれ、そして消えてゆく。君の愛があればこそ… ポール・サイモンが歌う。
 僕は曲に耳を傾けながら彼氏に胸のなかで話しかける。ねえ、彼氏。メールよりももっと大事なものが君の目の前にあるよ。人はね、遠くのものばかりよく見えるし、それがやけに目立つのだけれど、差し伸べなければならない手はもっと身近にあるものなんだよ。手に入れたと思っているものは常に不安定なんだ。たとえば自由とか。たとえば恋とか。それらは突然に消えてしまうんだよ。

 僕の耳に規則的なパーカッションとシングルトーンが入って来る。曲が変わった。

 あれこれ考えてもはじまらないわ。彼女は僕にそう言った。
 理論的に考えれば答えは簡単よ。
 自由になりたいともがいている貴方に手を貸したいの。
 恋人と別れる方法は、きっと50もあるんだから。

 彼が彼女に言葉をむける。カズがね、カラオケにいるんだって。で、バカ騒ぎしてるらしい。写メ送って来た。
 画面を彼女に向ける。彼女は眉間に微かな翳りをみせてそれを受け取り、それから画面を見て笑ってみせた。
 彼は戻ってきたスマホにまた注意を向ける。なんかある?あれば送っとくよ。特にないわ。で、それってどこなの?さぁ?どこだろ、訊いてみる。w
 彼女はプリンをひとさじ掬い取って口に運ぶ。左手にはまだ小箱が握られている。彼の目の前ではコーラの泡が消えかけ、ホットケーキは既にその名の由来を失いかけている。
 ねえ、彼氏。ホットケーキはね。出来立てだからおいしいんだよ。手を携帯から離してつまんでごらん。僕はまた胸の中で呟く。

 彼女は言った。
 本当は嫌なのよ、おせっかいなんて。
 それに困るんだわ。貴方が迷ったり誤解したりしたら。
 だけどもう一度言うわ。でしゃばりだと思われても。
 恋人を置いてゆく方法は、きっと50もあるのよって。
 恋人を置いてゆく方法は50もあるのだから。

 彼女のソーダ水の気泡の向こう側に何かが見えるような気がした。グラスの中で弾けて行く果てしない繰り返しの中で僕はひっかかった何かを取り出そうとした。
 あれは何かの行事の後だったか、それとも最中だったのか。とにかく僕たちは学校ではなく地下鉄でふた駅離れた街の喫茶店にいた。彼女は僕に言った。もどらなくていいの?もどってどうするの?誰も気が付かないよ。自由解散みたいなもんだしね。でも何かやることはあるでしょう。じゃあ、君が戻ればいい。
 彼女が抜け出した僕のあとを何故追いかけてきたのかは知らない。捕まえて戻そうとしたのなら、学校から離れてこんなところまでは来ないだろうし、そのままエスケープするつもりなら、戻ろうとは言わないだろうし。それに僕たちは特別親しい関係ではなかった。
 
 背後からそっとでていけばいいのよ、ジャック。
 新しい計画を立てないさい、スタン。
 遠慮なんかすることないわ、ロイ。
 自由におなりなさい。
 ひょいとバスに飛び乗るのよ、ガス。
 くどくどと話し合う必要なんかないわ。
 鍵なんて捨てておしまいなさい、リー。
 そして自由におなりなさい。

 ねえ、どうしてクラスに協力しないの?生徒会とか、全体行事のときはあんなに頑張ってるじゃない?どうして?…君は僕を詰問するためにここまできたの?そうじゃないけど…。それじゃ、そんな話はやめよう。でも、気になるのよ。気になるって何がさ、理由?もし君が本当に理由を知りたいのならそれはたぶん無駄だよ、だって僕にもはっきりしないのだから。でも、どうしても理由が必要だっていうのなら、こんな言い方をしても許されるかな?僕は身近に人がいるのが嫌いなんだよ。監視されているみたいでね。同じことをやれと要求されることが。だからクラスメイトは苦手なんだ。つまり勝手で甘えん坊なのさ、これでいい?
 彼女はそれから何も言わなかった。喫茶店を出て地下鉄に乗るまで僕のあとをずっとついて歩いた。彼女が僕のそばを離れたことに気付いたのは列車のドアが閉まって、こちら側と向こう側に別れた時だった。
 
 つまらないことを思い出したな、と苦笑いをした。
 三叉路は気づかぬうちに目の前にあって、いつも意識せずに通り過ぎてしまう。そして振り返って思う。なぜ、もっと悩まなかったんだろう。どんな過ごし方をしても後悔はきっと残った。けれども軽すぎた道のりに残されている後悔は思い出にもならない。思い出にのこせるような悔いの過ごし方をなぜ、もっと真剣に僕はしてこなかったのだろう。
 
 彼女は言った。
 私とっても悲しいのよ、貴方がそんなに苦しんでいるのを見ると。
 できることがあればしてあげたい。
 もう一度貴方が微笑んでくれるように。
 僕は言った。
 ありがとう、感謝するよ。
 僕に教えてくれないか、その50の方法を。

 彼女は手にもった小箱を膝上の袋に戻した。
 ねえ、彼氏。彼女が帰ってしまうよ。たぶん、帰ってしまう。鞄から携帯を取り出して、おうちから連絡がきたとかなんとか言って。今、君がいじくっているメールよりも大切なものが目の前にあるんだよ。選択肢が近づいてきてるんだ。なんで気づかないの?
 彼女はついっと顔をあげてこう切り出した。合格祝いしてくれることになってるから家に帰らなくちゃ。遅くなると怒られちゃうから。

 ほら、彼氏、どうにかしないとダメだよ。彼女が帰ってしまうよ。

 彼はスマホから目を離してこう言った。
 そっかぁ、急ぎの用事あったんだ。そんじゃ、仕方ないよね。俺、これ食べてから行くから。

 カランカランとベルが鳴ってドアが閉まる。ちょうど僕が地下鉄であの子を置き去りにした時みたいに。
 店内にはまだポール・サイモンの歌が流れている。僕は紅茶を飲みきってから席を立った。
 
 彼女は言った。
 どうかしら、今夜、ふたりで考えてみたら。
 朝になればきっと光が見えてくるわ。
 そして僕は彼女にキスをした。
 たぶん彼女の言っていることが正しいのだろう。
 恋人と別れる方法はきっと50もあるに違いない。
 恋人を置いてゆく方法はきっと50もある。

 (Paul Simon " 50ways to leave your lover ")


  

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素 九鬼子「旅の重さ」

 「ママ、びっくりしないで、泣かないで、落ち着いてね。そう、わたしは旅にでたの。ただの家出じゃないの、旅にでたのよ。四国遍路のように海辺づたいに四国をぐるりと旅しようと思ってでてきたの。」

 旅の重さ000
 「旅の重さ」(筑摩書房、昭和47年初版)

 僕が初めて一人で長期の旅行をしたのは高校1年の夏休みで、一学期の終了と同時にその足で、学生服とスポーツバックひとつで東京駅に向かったことを覚えています。
 4時頃だったか、時間ははっきりしませんが浜松行の電車に乗り、豊橋、大府などを経て山陰本線に乗り換え島根県の出雲まで夜行を乗り継いで行きました。
 それまで一人ででかけることはあっても日帰りか、せいぜい2泊か3泊のもの。それが何を思ってかたいした資金も持たずに始業式ほぼ前日までの大旅行に踏み出したのです。
 宿泊先は当初は立久恵峡にあったユースホステルで、そこを出た後は駅舎やバスの待合小屋で野宿をしたり、時には林間の避難所を利用したりしました。
 今のご時世からは考えられませんが、見知らぬ方のお世話になって泊めていただいたり、ご紹介を受けて訪ねたり、短期の手伝いで日銭をいただきながら過ごしたりと、方々にご迷惑をおかけして気ままにふらついていました。
 何がそんなものに僕をかりたてたのか特に理由らしい理由もなかったように思えます。漠然と「何かを変えられるかもしれない」とそれだけで、嫌になったらいつでも帰ってこようという程度の動機でした。
 しかし俗に言われる通りに、驢馬が武者修行にでたところで馬や麒麟になって帰ってくるわけではありませんので、驢馬は驢馬、うすのろのまま僕は帰宅したわけです。
 今でもあれで何かが変わったのかな?と思うこともありますが、僕の放浪癖に拍車をかけただけのような気がします。あの旅行以来、僕はいつでも「旅に出たい」という気持ちを棄てられなくなったのでしょう。

 あの僕自身の16歳の夏を思い出しながら一冊の本を引き出してきました。素九鬼子の「旅の重さ」です。
 全30章、すべてが16歳の少女から母親宛におくられた手紙の形式をとっています。その瑞々しい感性は今読み返しても健在に思えます。

 …じいっと耳を澄まして、目を閉じて、体を固くして腕組みをしていたの。するとどこからともなしに、りんりんりんりんという音がしてくるの。鈴虫かなと思っていると、それはわたしの体の内部からきこえてくるの。なおもそのまま身動きもせずにいると、わたしにははっきりと或るひとつのものが見えてきたわ。それはね、ふてくされたひとつの線なのよ。その線がね、わたしをとりまいているの。とりまいていると言ったって、ごく短い線なのよ。その線のとどまるところで風鈴が鳴っているの。りんりんりんりんと。わたしはここであの音を風鈴と書いたけれど、本当にあれは魂の風鈴だったわ。…

 旅の重さ・挿絵1 挿絵1

 この小説は、短篇「本の話」で第21回芥川賞を受賞した由起しげ子の書斎から発見されました。由起しげ子宛に指導や感想を乞うために送りつけられてきたあまたの原稿のなかにあったものです。それが彼女の死後、遺品の整理を任された文芸誌「作品」の編集長であった八木岡英治の手を経て出版の道を辿ります。しかし、ここで問題がひとつありました。それは作者が所在不明であったことです。新聞や雑誌などの紙面で呼びかけても著者との直接のコンタクトがとれず、一時は発刊を断念する手前までいきましたが、結局は著者不承諾のまま刊行されました。小説の巻末にはその顛末が添えられています。

 「(略)…直接、作者に接することなく、従って厳密な意味での合意もなく新人の小説を出版するということは異例に属するが、そのためらいのためにこの刊行を断念する気にはなれなかった。それだけの魅力と価値がある作品と信じて、あえて世に問う次第である。
 新聞広告その他で呼びかけたが、われわれは、いまだ素九鬼子さんとお会いできない。一日も早くこの未見の作者にお会いできることを念じている。編集部」

 その後、この小説が出版されたことは素九鬼子の知人伝えに本人の耳に入り、以後、短い作家生活がはじまることになります。
 彼女は、「旅の重さ」(筑摩書房)、「パーマネントブルー」(筑摩書房)、「大地の子守歌」(筑摩書房)、「烏女」(角川書店)、「鬼の子ろろ」(筑摩書房)と5冊の単行本を世に送り、昭和52年(1977年)の「さよならのサーカス」(筑摩書房)を最後に突如、作家活動を停止しました。

 …考えてもこらんなさい。この世にまたひとり苦しむ人間をつくりだすということが、いかに罪悪かということを。いつかママはわたしの部屋に来てわたしを抱いて、かわいそうにかわいそうにと言って泣いてくれたことがあったわね。しかし、それでは後の祭というのよ。殺してもらうわけにもいかずかといって自ら死ぬこともできず、うまれてしまってからではどうにもならない。自殺なんかできる人はまだ幸いですよ。そういう意思の弱い人は―(或いは逆かもしれないが)。そこへゆくと、死ぬことも生きることもできぬ人間くらいみじめなものはないわ。…

 虚無のなかから自分を変えようと、彼女は巣を棄てて生きることを選択するための旅にでました。そして、また巣に帰ってゆくのです。しかし、それは元の巣ではなく自らが生を欲するためのものなのです。

 旅の重さ・挿絵18-2 挿絵18-2

 この小説は松竹映画としても制作され、昭和47年10月、高橋洋子の主演で公開されました。

  




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谷崎潤一郎「春琴抄」

 本を改めて手にとる動機と言うのものは様々にあります。僕がこの「春琴抄」を思い出したのは、ここ最近、マスマコミを賑わせた体育会系の体罰事件でした。
 愛の鞭と暴力の境目を考えているうちに何となく浮かんできたのが、この春琴抄のなかにある「人形浄瑠璃血まみれ修行」の記述でした。
 そこには三代目越路太夫の眉間には師匠から「いつになったら覚えるのか」と撥で突き倒された時に受けた傷があるとの、大阪朝日新聞昭和八年二月十二日の記事を借りた叙述がありました。その他にも谷崎潤一郎はいくつかの苦修行の例をひいています。
 愛弟子の成長を願うもどかしさから一時に噴出した怒りは愛情とも言えなくはないでしょう。それが行き過ぎなければ。
 問題があるのは暴力に酔いしれてしまうこと、指導の実体が嗜虐性を帯びてくることの危険性です。指導者は自らの絶対的地位を力によって誇示しなければならないという錯誤です。
 そんなことを思いながら本棚から引っ張り出してきた一冊でした。

 初版は昭和八年、創元社から刊行されています。装丁は非常に凝っていて、本体は黒漆塗りの表紙に金彩で題が書かれており、紙秩でくるまれています。当時の販売価格は壱円九十銭でした。

 春琴抄
「春琴抄」(創元社、昭和8年初版)

 「春琴抄」は映像化もされておりますし、高校などで代表的文学作品として覚えなければならない作品ですので題や粗筋をご存知の方も多いかと思います。
 眼病により失明して音曲を学ぶようになり天才を開花させた春琴と「手曳き」として身の回りの世話をしていた丁稚の佐助の様子を第三者がルポルタージュする記述形式で書かれています。マゾヒズムの耽美的極地として語られることの多い作品でもあります。

 春琴抄、扉 扉&目次

 この作品を印象付けてしまうのは、やはり佐助が目を失うくだりでしょう。
 屋敷に侵入した何者かにより春琴は顔に熱湯を浴びせられ大きな火傷を負い、そのために顔を隠し衆生から隠れ住もうとします。その春琴を思う佐助は自ら両眼を針で突き刺し盲目となり、春琴への真実を誓うのです。

 谷崎潤一郎はその場面を次のように描写しています。

 …それより数日を過ぎ既に春琴も床を離れ起きているやうになり何時包帯を取り除けても差支えない状態に迄治癒した時分或る朝早く佐助は女中部屋から下女の使ふ鏡台と縫針とを密かに持って来て寝床の上に端坐し鏡を見ながら我が目の中へ針を突き刺した…

 佐助は自分の目を突き刺した後、それを春琴にうったえるわけですが、その場面には悲劇性の欠片もありません。むしろ両者間には満足感のみが漂っているように描写されています。

 …程経て春琴が起き出でた頃手さぐりをしながら奥の間に行きお師匠様私はめしいになりました。もう一生涯お顔を見ることはござりませぬと彼女の前に額づいて言った。佐助、それはほんとうか、と春琴は一語を発し長い間黙然と沈思していた佐助は此の世に生まれてから後にも先にも此の沈黙の数分間程楽しい時を生きたことがなかった…

 書出&奥付 書出し&奥付

 人は純愛を留めるには記憶に頼るしかないないのでしょうか。その記憶を得るために身を投げうつことが真実にできるものなのでしょうか。一時の感情の高揚にまかせた挙動を悔やむことなく、愛をつくせるものなのでしょうか。僕には理解ができません。
 僕が記憶にとどめているのは僕自身に代償を払うことなく、ただ「思い出」と言われる懐古的な感傷のみの世界で、その世界でしか過去を語れません。佐助のように自分を棄てて相手と同化する喜びに浸るという恍惚の時間を味わったことは一切ありません。それ以前に僕は本当に人を好きになったことがあったのだろうかと殺風景な記憶を探るのみです。

 佐助が望んだものは春琴と世界を同じくすることだったのでしょうか。究極的なマゾヒズムに自らを浸すことで得る自慰愛だったのでしょうか。
 僕はこの「春琴抄」を読み返すたびに変わらない印象を持つのです。それは相手に対する純愛の物語ではなく、むしろ自己愛に徹したがための結果であり、究極のナルシス的マゾヒズムの一例なのではないかと。
 ただ、もし佐助が春琴の望みを叶えたとすれば、それは「佐助にだけは醜くなった自分をみられたくない」という彼女の思いの一点だったのかもしれません。

 春琴抄・秩 春琴抄・紙秩









 

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水上澄子「樫の木物語」

 水上澄子という少女漫画家を憶えていらっしゃるでしょうか。

 なかよし
「両手いっぱいの花を」(「なかよし」昭和50年11月号)

 昭和50年に「なかよし11月号」(講談社)の「両手いっぱいの花を」(「たとえば野に咲く花のように」に収録)でデビューし、寡作ながらリリシズムあふれる絵柄とO・ヘンリやスタインベックの短篇小説を彷彿とさせるストーリーで一部で熱狂的なファンを得ました。
 当時の「なかよし」は「キャンディ・キャンディ」(いがらしゆみこ)、「スポットライト」(里中満智子)のほか、高橋千鶴、志摩ようこ、たかなししずえ、原ちえこなどを擁しており、そのうえ「なかよし」本誌での掲載が少なく、増刊やデラックスなどでの作品掲載が多かったため埋もれてしまった作家のひとりとも言えます。
 刊行された単行本は「恋の絵はどうかくの?」「樫の木物語」「銀色のリフレイン」(全2巻)「ぼくたちの行進曲」「たとえば野に咲く花のように」「花ざかりの道」「リンデングリーンの小鳥たち」の8冊です。
 ただし、デジタル書籍化された「樫の木物語」「銀色のリフレイン」を除き、現在はすべてが絶版となり、更に初期作品は未収録のものが多く、作品に触れる機会は非常に稀になってしまいました。まとまった作品集が出版されることを切に望みます。

 僕がこの作家の作品を初めて読んだのが「樫の木物語」でした。

 樫の木物語・表紙
「樫の木物語」(講談社、昭和54年初版)

 僕は小説と漫画とを同じテーブルに並べ、同等に比較する対象ではないものだと考えていました。漫画が小説に劣るとかではなく、根本的に異なるものであって比べるものではないと思っていたのです。漫画は漫画であり、小説は小説であると。
 しかし、この作品は僕の考えを一変させました。
 描かれている背景、人物の繊細さ。巧みに組まれているストーリー構成。どれもが今までの少女漫画とは違った輝きを持っていました。
 掲載は昭和54年「なかよしデラックス」の4,5,7月号の3回。単行本にすれば、わずか214頁しかない作品ではあります。しかし、そこに表現されている人間ドラマとしての時の流れの雄大なことには感動を覚えました。ひとコマひとコマの移り変わりが小説以上に雄弁に物語を語っています。
 それまでにも場面場面において感動する作品は数多くありました。が、全体を通じて感動を与える作品というものはそれほど多くはありません。この「樫の木物語」はそういった稀有な作品の一つだと思います。

 樫の木物語02
 
 物語は、ウィリアムが息子のジョディに残すための物語として、自分たちの過ごしてきた日々を回想することから始まります。
 ウィリアムの育った村には、戦争で愛する人と引き離された娘がその身を変えたと言われる樫の木があり、その木には「願いをかなえてくれる」と言う伝説がありました。
 作品の主人公はウィリアムです。彼を中心に物語は展開していきます。けれども樫の木に着目してこの作品を読んでいると、この木が、奇跡を現実へと信じる力を失わずに彼を待ち続け探し当てたフェーブや、「私の願いは叶ったのよ。夫はわたしの初恋の人だったの…だまされつづけたのだとしても、ずっと幸福だったのにちがないし…」と語るフォレスター夫人、最初にウィリアムたちに樫の木の伝説を語ったフォレスター卿らのその願いのひとつひとつの確かな拠り所になっているのがわかります。

 樫の木物語03

 ウィリアムの出生の秘密や心臓の欠陥、二人の兄の恋と戦争、父の苦悩と贖罪、母の葛藤、伝説の木。
 そう言った少女漫画らしい要素をこの作品は確実に押さえています。けれどもそれらが決して嫌味にはうつりません。「やりすぎだろう」とか、「わざとらしい」と感じられないのは、水上澄子のもつ画風のためもあるでしょう。純粋さを表現するにこれ以上ないとも言える画風でした。
 とにかくトータル的に素晴らしい作品です。今もってファンサイトや復刊を望む声があるのも頷けます。

 こんな言い方は失礼に聞こえるかもしれませんが、少女漫画がもっとも少女らしく少女のために描かれていた時代の代表作にもあげられると思います。 





 

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メモ … 手帳の理由

 気が付けば手帳が処分にこまるほどたまっていた。
 僕は日記というものをつけてはいないのだけれど、何かあるたびに手帳をとりだしては書きつけてきた。
 日記はどうも性に合わないのか、始めたところで続いたためしがない。書き始めてみると、誰かに読ませるわけでもないのだが都合の良いことばかりをごてごてと飾り立てて、嘘ばかりをつらつらと書き綴っている。これは最悪だ。冷静になって後から読み返すとさらに怖気だつほど醜悪で卑屈に思え、本当のことを書く勇気がないのならやめた方がましだと思う。
 で、やめる。
 しかし、しばらくするとやはり書きたくなって新しいものを買い求める。性根が変わっていないのだから続くはずもない。始めては、やめる。懲りもせぬその繰り返しで、まっさらの日記帳をどれほど無駄に捨てたことか。しかも僕は金もないのに高級そうに見える豪華なものを好んだ。たとえば革張りの日記帳とか。
 筆記具にもこだわりがあって、文字の下手に見えるのはそれらのせいだとばかりに、次から次へと万年筆も買い換えた。良い万年筆をもてば名文が書けると考えるほど浅薄ではなかったが、少なくともスタイル的には理想に近づけるとは思い込んでいた。僕は実より形から入る傾向が強い。今思えば文房具屋はさぞ儲かったことだろう。
 ところで一時期ひどい貧乏に陥ったことがある。その困窮のはじまりが何であったかは覚えていない。直近には収入のあてもなく、なんとか工面した家賃でアパートを追い出されるのは避けられたが、光熱水道費を滞納して止められ、食べるものも底をついた。
 空腹で起き上がれず大学に通うこともままならない日が続き、ついには餓死を覚悟しつつあった頃、心配して訪ねてきた友人が桃の缶詰を2缶とビスコを2箱おいていった。どちらもパチンコでとったのだと自慢していた。パチンコに勝ったというのなら「そのあぶく銭をおいていけ」と言いたかったが人間の常識までは忘れてはいなかったので言うのはよしておいた。
 とにもかくにも僕は食料を手にいれた。ビスコは一日一個にして、缶詰は果肉のほうは開けたら一両日中に食べてしまったのだがそのシロップを少しずつ大事に飲んだ。ビスコと缶詰の残りのシロップで二週間ほどを耐え抜いた。
 今更だがあれが夏でなくてよかったと安堵している。そうでなければビスコはともかく、シロップは腐敗していただろう。神様は常に微かだがどこかに光明を残しておいてくれるものだ。全国津々浦々を渡り歩いた折、ところかまわず寺社を詣でておいて良かったと思う。
 その後、委託していたことを忘れていた古書がうまく売れたので古書店の主人が代金を届けてくれた。七万ほどだったかと思うがそれで活動する気力がもどってきたのは言うまでもない。
 人間、折あれば変わるものだと思う。あの短時日の貧困からもどった僕に若干だが変化はあった。
 それがメモだった。
 あの困窮した日々を書きつづろうと思い銀座の伊東屋へでかけた。あれこれと日記帳を選んでいたのだがどうも気に入らない。そこで「とりあえず雑記帳でもいいか」と小さな手帳を買った。
 早速、銀座コアの裏にあるトリコロールへ入って手帳を広げた。書くスペースが小さい!当たり前のことではある、手帳ですから。
 しばし空白を眺めたのちに、非常に簡略に「あった事実」のみを書き入れた。その瞬間、頭の中で閃光がきらめき「これだ!」と感じた。
 メモならば事実しか記さない。脚色する余地がない。僕が求めていたものは「これだ」と確信した。
 以来、僕はメモをすることにした。

 X月01日 10時起床。銀座へ出かける。昼、トップスでフルーツカレー。伊東屋で手帳購入。3時、トリコロールで紅茶とモンブラン。

 X月02日 9時起床(朝食、食パン1枚にバター、紅茶)、授業2コマ(論理学と宗教学)、4時、学食でミートスパゲティ大盛。東横線渋谷駅売店で少年ジャンプ。巣鴨についたら突然の雨、傘なくずぶぬれ。帰宅後すぐ銭湯。夜、YさんからTEL(彼氏への愚痴。「誕生日はその日に祝って欲しいの。翌日はもう他の人の誕生日なのよ!」…なるほど)

 その他、出先で手にした本とか、流れ聞こえてきた音楽やら会話やら気になったことをメモしてきた。下手に文章化するよりも現実が伝わってきやすい気がするし、読み直しても面白いと思う。
 古本が積み上げられ足の踏み場もないほどになっている部屋を片付けながら、処分に困っていた手帳類ではあるが、やはりこのままにしておくことにした。他の誰の役にも立つことはないが、すなくとも日記よりも正直な自分がいるのは事実だから。







 
 
 

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安永知澄「夏休み」

 なんとなく印象に残る作品というものがあります。
 行掛りの喫茶店やちょっとした書店での立ち読みなどごく短時間で心に刻まれ、タイトルや作者名を忘れてしまっても、そのストーリー、もしくは、一場面を忘れえなくなるものが。
 僕が今、思い返しているのは8年ほども前のこと、倉敷へ向かう途中に立ち寄った軽食喫茶で手に取った月刊誌に掲載されていた作品です。コミックビームだったかと思いますがよく憶えていません。作者と台詞のメモだけで充分だと思ったのか、雑誌名と作品名を書きとめるのを忘れたようです。安永知澄の短編漫画で、たしか「夏休み」という題だったような気がします。

 それは夏休みに都会から山間の里へ遊びにいった女の子の話でした。
 毎夏に訪れているようですがそこが女の子の友達の家なのか、親戚なのかはわかりません。わかっていることは、そこには仲良しで、同年齢らしい女の子がいることです。
 都会から来た子は「のり」、田舎の子は「ひさ」です。
 「ひさ」は「のり」が来るのを心待ちにし、彼女が滞在する3~4日の予定をきっちり立てています。
 山間の自然を非日常として楽しむ「のり」ですが、「ひさ」はその自然に囲まれている閉塞感を「山が怖くて、息苦しい」と言います。
 ふたりは時間を惜しむことも忘れて山や川で遊び、やがて帰宅する日を迎えます。「のり」が帰る日、「ひさ」は大事にしていた便箋を選別として手渡します。

 「のりちゃん、これ!」
 「えー、でもこれ一番大事な便箋だって…、ダメよぅ」
 「いいの!もらってほしいの」
 「ありがと!ありがとね!うれしい!」

 「のり」は喜びを満面に浮かべて受取り、「ひさ」もまた満足の笑顔で彼女を見送りました。
 しかし、帰りの飛行機のなかで「のり」は、何も書かれていない便箋を膝にひろげてこう言います。

 「お母さん、あたし、これ、別にほしいやつじゃなかったよ。でも、すごく嬉しそうにしちゃった。」

 自分の本心とは裏腹に喜んでみせる、いえ、真意ではなくとも素直に喜べる刹那的反射行動と言ったほうがいいですね。このこどもの持つ無垢な残酷さ。これと同じような残酷さは、誰しもが自身の記憶のなかでひとつならず思い当たるだろうと思います。
 この「のり」の言葉だけでも印象に残る作品なのですが、ラストはもっと不気味な感じを湛えています。

 「のり」と別れた後、「ひさ」は「のり」と遊んだ川でひとり遊びをしています。そこへダムの放水を知らせる予告のサイレンが響きます。サイレンが鳴る中、「のり」の母親が「ダムの放水がはじまるよ」と声をかけ、「ひさ」は「はーい」と元気に応え、川のなかで振り返るように山々に対峙します。そのサイレンの鳴り響く中、ひとりで川にたたずむシーンでこの物語は終わるのです。

 放水は間もなく始まるでしょう。サイレンはもう一度鳴るかもしれません。しかし、僕には「ひさ」がそこを離れたようには感じられないのです。
 
 あんね、山が怖いんよ。
 ここ、山に囲まれとるじゃろ。ほんま山ばっかりじゃ。
 息苦しゅうて、息苦しゅうて、時々、ほんまに息がとまるんよ。
 のりちゃんはここのひとじゃないけ、わかってくれるかなぁ…

 その場でこの作品だけを取り憑かれたように何度も何度も読み返しました。「安永知澄」という名前はその時はじめて知ったのです。
 あの時「作品集がでたら買おう」と思ったのですが、なぜかそのまま忘れてしまいました。
 今日、突然に思い出したのも何かの縁でしょう。これを契機に探してみようかと思います。
 


 

 

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窪川(佐多)稲子「くれなゐ」

 くれなゐ
(中央公論社、昭和13年初版、署名)

 「元日の東京驛は、もう十時をすぎてゐた。半分扉をおろしたやうながらんとした静けさである。元日の夜の落ち着いた憩ひとうふよりはむしろ、今朝がたまで續いためまぐるしい忙しさに埃つぽく疲れている空気があつた。高い圓天井のしたにかかつてゐる大時計にさへ今夜はわびしさがある。十時五十五分の明石ゆきの改札が始まつても、待ち受けたざわめきも起こらず、人々はひとりひとりどこからか出て來ては、急ぎ足に入つて行つた。」

 物語は元日の夜の東京駅の描写からはじまり、主人公の明子が長男の行一と友人の岸子を連れだって国府津へと向かう車中の様子へと続いていきます。
 この物語は窪川稲子の特徴であるプロレタリア小説ではなく、彼女の実生活における夫婦の愛情のありかたを描いたものです。しかしその中身は夫婦愛の美徳や慈しみとは全く無縁ですし、読後の清涼感もありません。
 夫婦がともに作家であることによる苦悩、作家である前に女であるという本質、夫の求める妻の像など負の感情の泥濘と言えるものを書き表した作品です。
 但し窪川稲子はここで単なる夫婦の危機を綴った暗澹たる暴露話をするのではなく、あくまでも小説として注意深く言葉と描写を選んでいます。そのために諍いの場面が甘いと感じられる部分もありますし、谷崎潤一郎や伊藤整が拘泥した現実の男女の愛憎の表象となる性描写といったものも避けています。そうしたことから現代的な小説を読みなれている方からすると間延びして感じるかもしれません。

 この作品の主題は夫婦で小説家でいること(作家として認められた妻とこれから認められようとする夫)の葛藤であり、作家であっても女であるという感情から逃れられない現実です。単に共働きということではなく、芸術を目指すもの同士の難しさにあるのです。それは、高村光太郎に対する智恵子に通じるものがあるかもしれません(幸いにも窪川稲子は自己崩壊への道は辿りませんでしたが)。

 「…明子の場合には、單に座る場所が無くなつたといふことではなくて、家の中の重心が廣介にすつかり移つてゐる感じなのであつた。それは作家としての明子の生活の根本が浸食されてゆくやうな不安がともなつてゐるのであつた。廣介の意志に關わりなく男と女の一軒の家の中で要求されてゐるのものの力でもあつた。いつまで、女、女、女、といふことにかかづらはねばならないのであろう、明子は泣きたい思ひで、暗く黙りこくる日がおおくなつた。…」

 この小説ではあまり露骨には出ていませんが、夫が妻に社会的に先行されることの焦燥ゆえに新しい恋愛に走る心理というものがあります。男性側から書かれた小説であったならその部分がもっとクローズアップされたかもしれません。展開によっては中心となる人物を途中で入れ替えたほうが深刻さが伝わったのでしょう。それでもこの小説からは、妻(明子)側から見た夫の理不尽さ、解析しきれない自己矛盾による葛藤は、読む側に伝わってきます。

 「わたしたちはこの十年間をお互いに好く暮らして來たとおもふのよ。二人ともここまで成長したといふことはさう言へるでせう。勿論二人の努力であつたとおもふわ。それはずゐ分ひどい努力だつたとおもふの。それがね、ここまで來たとき、二人が一緒に暮らしてゆけない矛盾をつくつてゐたんだとおもふと、そのことでは、私の詰まつてゐる気持ちは、どうにも抜け様がないの。」

 「くれなゐ」は単純に言えば、夫婦でありつづけようと、かつ、作家として共に好くなろうとして続けた努力や忍耐が、結局はお互いを追い詰め、作家生活のみならず夫婦関係をも崩してしまうことに行き着くという、全ては悲劇的な矛盾であったという話です。
 
 互いを思うがゆえに意図とは反する結果へと導いてしまうことはよく見受けられます。「こんなにもしてあげているのに、どうしてわかってくれないのか」と。
 たとえ相思相愛だったとしても、現実は片肺飛行なのかもしれません。人の思いはリットル升では量れないので、どちらが大きいのか、等しいのかを比べることはできません。
 恋愛は不安との、そして、結婚は不満との戦いなのでしょうね。どこまでいっても人は個別である以上、妥協を強いられるものなのかと思うとやりきれない感じがします。



 

 

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明け方に見る夢は

 竹林に面した榑縁で、僕は白砂の上をゆっくりと動く石を見ていた。
 石は大小十五個あった。
 それらがなぞった痕は枯山水に描かれた波のように見事な調和を生み出し、波の間からは時折、錦色の魚が顔をだした。
 しかし、十五個あるはずの石はどうやっても十四個しか数えられない。
 僕はこの模様を知っている。そう思った。
 それから膝に置いた籠から金色の釘を掴みだし、そいつらの鼻先に撒いた。釘はチャポチャポと音を立てて白砂の表面に落ちた。
 魚たちは盛り上がった波頭が砕けるように食らいつき一瞬白砂をざわめかせたが、すぐにまた元の調和を取り戻して消えた。
 夜と昼の区別のない寂寥の中で風だけが確かな時間をもっているように感じられ、僕の耳の奥では僕が望む最良のかたちで蝉時雨が鳴っていた。
 ふと、僕の左側から笹の葉擦れのような音がしたので、ぐるりと回る縁の端をみると、淡い藍緑色の絹をまとったような少女がいる。
 少女がゆっくりと進み出るたびに宵闇がその影から滲み出てきた。
 そして、少女は水面をゆする髪のような穏やかさで僕に声をかけてきた。
 「もう行くのでしょう?」
 「うん、そうしようと思っているんだ」
 「どこか宛てはあるのですか?」
 「いや、まだ決めてはいないんだけど」
 「それでも発つつもりなのですね」
 「それしかないと思う」
 「私は、どうすれば好いのでしょう?」
 「君はそこにいればいい」
 僕は少女の方に向き直ってから言った。
 少女は細い手を襟元に差し込んで何かを取り出した。袖から覗く腕の、肌の白さが際立って目に映った。
 「それではこれを持っていってください」
 そう言って少女は僕に千代紙で折られた風船を渡した。
 それはとても小さなもので重さなどまったく感じさせなかった。
 「埋めにいかなければなりませんね」
 少女は僕の手に置いた紙風船を覗き込みながらそう言う。
 「そうなるだろうね」
 僕はそれを手の内でころころと転がしながら答える。
 「春が去ろうとする頃に桐の花が咲きます。そうしたら埋めてくれますね?」
 「約束はできないけど、そうしたいとは思っているんだ」
 「その時になって忘れても一向に構いません。今のあなたの言葉が私の将来であり、同時に過去なのですから。」
 「今は冬なのかい?」
 「どうなのかしら」
 「昨夜、雪がちらついたから」
 「ならばそうなのでしょう」
 「でも、竹がやけに青々としているじゃないか。蝉の声まで聞こえているし」
 「それでも冬なのでしょう。あなたがそう言ったのですから」
 コンとどこかで鹿威しが鳴った。
 少女が僕の隣に座るころにはあたりはすっかり闇に覆われ、蝉の声も止み、竹林の向こうから吹きすぎてくる風がさやさやとしていた。
 「あなたがそれを埋めるのを忘れても、私がきっとそれを埋めるでしょう」
 「そうだね。おそらく君はそうするだろうね」
 僕がそう言うと少女はひっそりとした優しい微笑を浮かべた。そして、ついと立ち上がり僕の左肩にそっと触れてから、僕を通り抜けるようにして一番大きな石の中に消えていった。
 それは花が散ったような瞬間で、あとには真昼の闇と風の音ばかりが残されていた。



 明け方のほんの短い間に見る夢はいつも不思議な感触を残します。
 僕はどうも眠るのが苦手なようで、午前四時や五時にならないと床に入りません。
 新聞配達のオートバイのエンジンとブレーキの音が聞こえだし、鳥の声がささやかれるころになって、ようやくわずかな睡眠をとるために眠ります。
 うたた寝のような時間がこのような夢を見せるのでしょうか。
 夢の理由などわかりもしませんが目覚めた時にはいつもこう思うのです。
 「もう終わりにしてもいいのかな」
 ただ漠然とそう思うのです。






 
 
 
 
 
 

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お蕎麦を食べに … 印西市「ふくね」

 節分の2月3日、印西にある蕎麦屋「ふくね」に行ってきました。
 「けっこうおいしいよ」との評判を聞いて興味本意でちょっと足を延ばした感じです。
 国道464号を成田方面に向かい、印西牧の原の「ジョイフル本田」の裏側にあるスポーツジムの横の道を入り、駐車場を超えたら、すぐに左へ。やや細い道をまっすぐに行くと突き当りに民家風のお店が見えてきます。
 時間はお昼時をすこしずらした1時半頃。それでも駐車場がいっぱいでしばらく空きを待つことに。
 お店のなかは小奇麗にまとめられ、落ち着いた雰囲気です。席数は20に満たないですので、待つのもいたしかたなしと言ったところです。

 ふくね01

 お蕎麦は細打ちと田舎とがあります。今日は「海老天のもり」(1400円)にして、麺は太麺で腰のある田舎にしました。
 全粒粉のみのお蕎麦と違い、適度の硬さで苦味も少なく食べやすいです。天麩羅は海老天だけではなく、サツマイモ、ゴボウ、蓬などの野菜ものっています。揚げ物がちょい苦手な僕としては量が多かったかなーという感じです。が、天麩羅は揚げたてで素材も良かったです。
 そばつゆは、個人的にはもう少しはっきりした味のほうが好みでしたが悪くはないです。
 最後に出てきますそば湯は、とろりとして香りも充分。残しておいたそばつゆと山葵を少々いれてごくりと一息に。

 ふくね02

 デザートは「そばプリン」と「そば茶杏仁豆腐」があります。どちらも250円。「そば茶杏仁豆腐」にも心惹かれたのですが、今回はプリンにしました。
 こちらはプリンというよりは胡麻豆腐や蕎麦豆腐と同じです。葛粉を水で溶いて火にかけ、蕎麦粉とカスタードを混ぜたもののようですね。
 プリン自体は甘みが抑えられており、カラメルのほろ苦さと甘みを生かして食べる感じです。パラリと載せられている蕎麦の実のさくっとした食感も良かったです。

 ふくね03

 このあたりには「川上」「加賀屋」といった蕎麦処がありますし、成田までいけば「久呂麦」もありますね。「加賀屋」にはあまり足を運びませんが、あとの2軒はよく行きます。「ふくね」はまた食べにいってもいいですね。次は「そば茶杏仁豆腐」にします。 


 石臼碾き蕎麦「ふくね」 千葉県印西市別所86-2 
             TEL 0476(42)6767




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