彩雲

 もう昨日のことになりますが、仕事のロケ先から戻る途中でふと前方の空を見上げたら虹がかかったような雲が目に留まりました。彩雲です。

 彩雲

 古来は、慶雲とか、瑞雲と呼ばれ吉兆であるとされ、極楽浄土から阿弥陀如来が菩薩を随えて五彩の雲に載ってやってくる来迎図にも描かれています。日暈とも言われていますね。

 彩雲は、太陽の近くを通った雲がプリズムのような働きをして虹と同じような現象がおきるもので、注意して雲をみていれば割と目にする機会があります。

 しかし、改めてこの彩雲を見ていると「僕はおそらくこんなごく当たり前なことも見過ごしてしまっているのだろう」と、そんなことが頭を過りました。

 こうして気づいたことが特別なことに感じられてしまうくらい、僕は空を見上げることを忘れていたようです。

 走らせていた車を道路脇にとめ、鞄からコンパクト・カメラを取り出して3枚程を撮影。その短い間にも色合いは変化し、わずか1分ほどで見えなくなりました。

 時刻は15時55分。落ちて行く夕日の早さと同じ速度で消えてしまいます。

 街中のショーウィンドウは鮮やかで、雑誌もニュースもショッキングな見出しが簡潔にまとめられ耳目に飛び込んできます。しかし、その中には僕が人として受け入れるべきメッセージは何ひとつありません。無機的なファッションとして流れて行くだけのものでしかない。

 もっとのんびりと過ごしたいですね。心が感受性を失いかけています。
 何気ない、ささいな動きを感じ取れるような、そんな子供の頃のような感受性をもう一度呼び起こせればと思います。




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不思議な女の子(2)

 前回の日記から随分と時間が経ってしまいました。なんとか落ち着いてきたので「不思議な女の子」の続きです。

  ★ ★ ★ ★ ★

 アパートの鍵を開けて「どうぞ」と彼女に勧めると、彼女は躊躇する様子も見せずに「失礼します」と靴をきれいに置き直して部屋へと入って行きました。
 玄関のドアを入るとすぐにダイニングにつながっている部屋の入り口で、彼女はあたりを一瞥すると「けっこう広い部屋なんですね」と振り返りました。
 「まあ、贅沢なひとりぐらしですからね。」
 「誰か訪ねてきたりはしないんですか?」
 「僕は人づきあいが上手なほうではないし、得意ににもなりたくないので…。」
 「・・・ 。」
 とりあえず僕は彼女に部屋の説明をはじめました。
 「向かって右側が書斎みたいなもので、左側が寝室です。テレビと電話はここ、ダイニングにしかないので使うのなら自由にどうぞ。玄関を入って左側手前がトイレのドア、その隣がバスルームです。バスルームに入るとドアとは別にアコーディオン・カーテンがついていますので入る時はそれを閉めてください。冷蔵庫には牛乳とすこしばかり食べられるものがあるので、それも自由に。で、僕は書斎で寝ますから、あなたは寝室をつかってください。内側からロックできるようになっています。それからステレオがありますので聴きたければラックからCDを出して聴いてください。気に入るものがあるかはわかりませんけど。あっ、音は絞ってくださいね。近所迷惑になりますから。それと…。」
 そう言いかけて僕が言葉をとめると彼女は悪びれることもなくさらりとこう続けました。
 「私がどうするのかですね?」
 「そう…だね。」
 「わかりませんと言ったら怒りますか?」
 「怒りはしないけれど…。」
 「困りますよね?」
 「そう…だね。」
 ほんのしばらくの沈黙のあと、立ったままでいることに気付いた僕は彼女に椅子をすすめた。
 「紅茶と珈琲とどちらがいいですか?」
 「紅茶をお願いします。」
 僕は食器棚をあけて紅茶の準備をはじめました。彼女はそれを手伝うでもなく静かに座り、じっと自分の指先を見つめていました。
 「アールグレイでいいですか?」
 「ベルガモットの香りは好きです。」
 「それは良かった。今、これしかないので。アールグレイは香りを吹き付けたお茶だから嫌いな人もいるし、厳密な意味では紅茶ではないんだけどね。」
 「紅茶の仲間ですね。」
 「うん。」
 彼女の前に置いたロイヤルコペンハーゲンのブルーフルーテッドにお茶を注ぎながら僕は彼女にストレートに聞いてみました。
 「どうして家を出てきたの?」
 彼女は予期していたかの様子で、よく準備された言葉で簡潔に理由を伸べました。もちろんそれが建前であって本当の理由ではないことはすぐにわかりました。
 しかし、僕には理由はどうでもよかったのです。このやっかいな問題から解放される術があるなら、その理由はさして僕にとって重要ではなかったので。
 つまり僕はこう思っていたのです。
 問題が解決しようがしまいが彼女は明日には出ていくだろう、と。

 「テレビでもつけようか?」と僕がいうと彼女は唐突にこう切り出しました。
 「部屋の電気は消してあるんですね。」
 「?」
 「いえ、お留守の時は暗くしてあるのかと思って。」
 僕は彼女の質問の意味がわかりませんでした。
 「普通は電気は消しておくよね。誰もいないのにつけておく必要はないでしょう?」
 「そうですよね。それが普通ですよね。すみません、変なことを言って。」
 「いや、変ではないけれど…。あなたは暗いのが嫌いなのかな?」
 「暗いのは気になりませんけど、暗い部屋に帰るのは好きではありません。」
 「寂しいとか?」
 「違います。…いえ、違わなくないかもしれません。暗い部屋のドアを開けた時ってダスターシュートか何かの穴に落ちていくような感じになることはありませんか?自分が必要とされない今の空間から本来いるべき空間に落とされる感じがしませんか?」
 「あなたが本来いるべき空間は、あなたを必要としない空間なの?」
 「・・・。」
 僕はダイニングにあるステレオに入りっぱなしになっているハイフェッツのCDをつけました。
 「バッハの無伴奏パルティータですね。」
 彼女はイコライザーの点滅に目を移してそう言いました。
 「ポップスのほうがいいかな?」
 「ハイフェッツは好きですから。このままでいいです。」
 僕はちょっとだけ驚きました。説明もしていないのに彼女はこれをハイフェッツの演奏だと言い当てたのです。
 「よくわかったね。すこしびっくりした。」
 彼女はここではじめて笑ったような顔を僕にみせました。
 「私のお気に入りでもあるんです。」
 「そっか。」
 彼女は足元に置いたバッグのなかを探りながら、そして一冊の本を取り出しました。
 「これもお気に入りです。」
 テーブルの上に置かれた本を僕は手に取って眺めた。それは読むにちょうどよい厚みをもった単行本で、千代紙でつくったカバーが被せてありました。
 僕は表紙をめくり表題に目を落としました。
 「ギャリコ…。」
 「ご存知ですか?読んだことありますか?」
 僕は彼女に本を返してから、その質問に答えました。
 「ないよ」と言ってから「いや、読んだことはあるけれど、僕には合わなかった気がする」と僕はそれを訂正しました。
 彼女は怪訝そうな顔で僕をじっと見て、こう言いました。
 「何か嫌なことでもありましたか?」
 女性と言うのは感が瞬間的によく働くものです。その問いかけは事実を捉えているはずはないのに、将棋で言えば詰めの一手のようなものでした。
 「昔ね、僕の友人が…。いや、ある女の子が読んでいたんだ。あなたと同じ年の頃にね。」
 口にしたお茶はすでに温くなっていて、冷めた紅茶をいれ直すために僕は立ち上がってコンロに薬缶をかけた。
 「さっき、あなたは暗い部屋が嫌いだと言ったよね?そこは自分が本来いるはずの場所に落とされるための入り口だって。ねえ、それはあなたが必要としていないからじゃない?あなたは進んでその暗い空間を自分の捨て場所にしてしまっているのではないかな。」
 僕は単に矛先を変えるために言ったにすぎませんでした。
 それほど多くない水はすぐに音をたてはじめ沸き立ちました。ティーポットの茶葉を入れ替え、それをそこに移しました。

 「このロイヤル・コペンハーゲンは今のものではないですね。アンティークですか?」
 彼女は冷めた紅茶を飲み干してからカップを目の上までもちあげて、その底にあるホールマークを見ながら言いました。
 「あなたには驚かされてばかりだね。」
 「はい?」
 「これがアンティークだと言うのもわかるんだ?」
 「ええ、父が集めていましたので。」
 「なるほどね。」
 僕はソーサーの上にカップを伏せてマークが見えるようにように置きました。
 「これは1910年頃のものです。」
 「他にもあるんですか?」
 「あなたが使う寝室のカップボードの中にいくつかあります。後で手にとって見てもいいですよ。」
 僕がそう言うと彼女は掌でカップの表面を撫でるようにしてこう言いました。
 「アンダーグレイズの染付は修正がきかないんですよね。」
 僕は彼女の手つきを目で追いながら言葉を返しました。
 「素焼きの上に直接、絵付けをするからね。直せないね。」
 「人も同じでしょうか?」
 彼女はカップをソーサーの上に戻して僕を真っ直ぐに見つめてきました。僕はその問いかけをどう躱すべきかわからず、とりあえずはカップの話に終始することにしました。
 「それは生まれたことを指しているの?それとも、してしまったことを指しているの?いずれにしろ、諦めるには早いよね。人はこの磁器とは違って単に不良品となるわけではないでしょう?別の方法で取り返すことができるからね。陶磁器のようにキャンセルされることはないと思うよ。キャンセル品だってアウトレットで生き返るチャンスもあるしね。それが買う人の意図に合えば。」
 「意図…ですか?」
 「そう、お湯が漏れなければ茶碗としては使えるし、茶碗としてダメならディスプレイ用として使うこともできるよね。それに絵付けがされた後のキャンセル品のほとんどは、ほんの少しばかり線が歪んでいたり、滲んでしまったり、余分な色がついてしまったり、そんなことでしょう。それはある意味で個性にもなりますからね。使う人しだいです。」
 彼女は再びカップを取り上げて両手でそれを包み込みました。
 「カップにもし感情があるとしたなら、彼自身は自分が傷ついているのを知らないんだよ。傷物であるとは思っていない。検品によって不可とされたのは傷によるからではなく、価値観によるものだと、彼自身は思っているのかもしれないね。自分は茶器として十分に働けるのにってね。理不尽だって感じてるかも。その理不尽さは彼自身がもたらしたものではなく、彼の外部が引き起こしたものなのだから、余計にやるせない。だから、誰かがその価値を認めてあげないとキャンセルされた彼らは化けてでるかも。百鬼夜行の大部分は道具からなっているしね。だから僕はイギリスにいった時は一番最初にアウトレットのセール品から見て回ることにしてる。」
 僕がそう言うと彼女は楽しそうに笑いだしました。
 「カップの気持ちには気づきませんでした。傷さえなければって残念がるだけではダメなんですね。私の持っているカップは他のより目立つ特徴があるって居直ってしまった方がいいのかもしれないですね。」

 それから僕たちは午前4時くらいまで話し込んでいました。
 翌朝、僕は会社に電話をいれて仮病を理由に休みました。彼女を家に送っていくために。
 彼女は戸塚にある実家に帰る前に、逗子にある祖父の家に寄りたいと言いましたので、僕はその通りにしました。
 彼女の祖父は蔵書家であり私設の図書館(文書館)も開設していました。その立派な作りの書院には圧倒されるばかりで僕はどの背表紙に目をとめていいのかもわからないほどでした。
 彼女の祖父は既に彼女の家出を知っているようでしたが問い詰めることもせず、付き添った僕を訝しがることもなかく労ってくれました。
 和室の居間に通された後、彼女はここ数日のことを祖父に一気に語って聞かせ、僕は傍らでその話を聞きながら「いつかこの話を書ければ面白かな」と思い、明るい声で良く笑う彼女を見ていました。

  ★ ★ ★ ★ ★

 彼女の小旅行の話は別の機会にして、僕が初めて彼女に会ったときのことを思い出しがてら書いてみました。彼女との出会いはギャリコとの再会であり、僕にとって古書を学ぶきっかけにもなったのです。
 
 
 
 
 
 

 
 
 

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