「紅い花」のこと

 1970年代後半、小学生のころですが、思い返せば大分昔のことのようです(実際に昔ですけど)。
 最近、忘れていたような細かいことまで思い出すことが多くてそろそろ終わりかなとも感じています。それとも恩義を忘れて生きている僕に対する警告なのでしょうか?いずれにしろ懐かしさや歯がゆさや苦さなど複雑な感情を交えて過去がフラッシュバックしてきます。

 月刊ガロ 月刊ガロ(青林堂)

 当時、「ガロ」と言う青年向けの月刊誌があり、これが一部コアなファンを獲得し話題になっていました。僕は直接この雑誌を手にしたという記憶はないので(小学生の身分で青年誌を購入する意気地はありませんので)、どこかに置いてあったのか、誰かから借りたか、側から覗き読みでもしたのかもしれません。とにかく、そこで「つげ義春」の名前を知ったわけです。最初に読んだ作品は「紅い花」であったかと思います。ちょうど実写化も重なった時期でもありましたので目にする機会はあったのでしょう。

 「紅い花」(つげ義春)

 紅い花  (小学館文庫、1995年)

 小学生とは言え高学年になってきますと性的な興味も覚え、憧憬と本能との曖昧な理想で性を思い描く年齢でもあります。そうした中で出会った「紅い花」は意味を深く解することなどできませんが共感するものがあり、感性としてその画に見とれました。
 小学館文庫から発行された「つげ義春異色傑作選」を購入し、母から大人向けのエロ漫画と思われ廃棄されたことなども思い起こされます。

 紅い花 01 紅い花 03
 「つげ義春作品集」(青林堂、昭和44年)
 
 そのつげ義春作品との最初の出会いから10年以上が経った頃、ある出版社の方に労をとっていただき(と言うか無理を言って同席させていただいただけですが)、ご本人にお会いする機会をいただきました。
 作品から感じ取れる呑気さと一種破壊的な性、或いは、井伏鱒二的な厳密な不条理と太宰治的な道化世界。それらを生み出す現実の「つげ義春」とはどういう人なのだろうかと興味津々でした。
 「神経質な人だったら苦手だな…」と不安先行で出版社の方の後ろをついていき待ち合わせの場所へと行きますと、やはり気難しそうな男性が座っておりました。(失敗したかも?と反省する僕)
 とりあえずご紹介をいただき、あとは黙って傍観するに徹し、ひととおり打ち合わせが終わったのを見計らっておずおずと切り出しました。

 「誠に済みませんが、僕、先生のファンでもあり、できればサインなどいただきたいのですがご無理でしょうか?」
 つげさんはチロっとこちらを見てタバコを雑に咥えながら「かまいませんよ、どれですか」と。
 そこで「紅い花」を差し出しました。
 「ええとペン、マジックはありますか?」
 「こちらに持ってきていますがこれでよろしいですか?」
 つげさんはマジックを見て少し意外そうに「金ですね」とおっしゃられ、さっとキャップを外すとカバーの見返しにサインをしてくれました。
 僕の予定していた場所とは違いましたがこれはこれでOKということにして、「先生のこの作品を読んだのは小学生の時でした。既視感めいた虚構の思い出のように印象に強く残っています」と言うと話題は「紅い花」へと向かいました。
 
 紅い花 02

 「ガロを読んでたんですか?子供で?」
 「あ、いえ、覗き見です。」
 「でしょうねぇ、いくらなんでもこどもが手にする雑誌じゃないもんね。そんなこどもは将来が怖い。ろくな大人にならないよ(笑)。でも、『紅い花』のどこがよかったんです?こどもには抽象的だったでしょう?」
 「こんな表現は相応しくないと思いますし、初めて読んだ時の感想なのか、それとも後からの印象なのかは定かではないですが、懐かしい感じがしました。」
 「懐かしいね…。」
 「紅い花の評によく『少女が大人になる瞬間を抒情的にとらえた』と言われていますが、僕はシンデンのマサジにその感じを強く思うんです。キクチサヨコが初潮を迎え大人になるのと同時に、マサジが少年の性から大人の性へと目覚めるような、むしろそちらの方に共感しています。」
 「そうですか。マサジは好きなんですよ。実際に会ってみたい男の子だなぁ。でもね、可愛い少女を描くとね、大概はそちらに視点が移ってしまって、『紅い花』だったらサヨコの生理の血に注目がいくんですよ。それでちょっと的外れな論議になったりするんですよね。それはそれで『全然違うんだけどな』と見ている分には面白いけど。僕の漫画に『ねじ式』ってあるでしょ?読んだ?あれって芸術作品だとか、深層心理がどうとかって言われたけど、漫画そのものに意味なんてないんだよね。あれは夢でみたことをネタに困ったので描いてみただけ。夢なんて不条理で支離滅裂なんだから誰から見てもシュールなのは当たり前だよね。理由も必然もないんだから。夢判断とかで調べれば僕が意識していない願望とかあるかもしれないけど、それが『はい、これですよ』って言われてもピンとはこないよね。」

 ねじ式
 
 それから僕は「李さん一家」「西部田村事件」の話をして「古本と少女」が好きだという話をしました。
 「西部田は千葉の夷隅にある地名で、精神病院も実際にあるんですよ。僕のエッセイにも書いたんですけど、あれは白土三平さんと釣りにいった時のことを元にしているんだよね。穴に落ちたのは白土さんでね。足が抜けなくなったりはしなかったけど。でも、現実にある場所と病院を使ったのはまずかったね。『あれは実話ですか?』って方々で言われて、現地でも伝説みたいになっちゃって迷惑をかけたかもしれないな。それからは実際の地名には気をつかっているつもり」とつげさんは笑った。
 同行させていただいた方の帰社時間があるからというので話は途中でしたが切り上げることになり、「また会いましょう」と言ってくれた、つげ義春さんは最初の印象とは違ってとても人懐こい笑顔をしていました。
 しかしながら、あれ以降一度もお会いする機会がなく今になってしまいました。でも作品は現在も僕の手元に愛読書としてあり、心が疲れた時など手にとって「紅い花」を読んでは、やはり既視感をもって「懐かしい」と思うのです。

 紅い花 00





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「人肉の市」(エリザベート・シェーン)

 「人肉の市」(窪田十一 訳、高畠華宵 装幀・挿絵)

 人肉の市 00 (大日本雄弁会、大正10年)

 「人肉の市」はドイツの女性作家エリザベート・シェーンの“ Die Weisse Sklauin ”(白き女奴隷)を窪田十一が翻訳したもので、装丁並びに挿絵を高畠華宵が描いています。
 巻頭には連合ドイツ婦人協会幹事アンナ・パブリッツの序が置かれており、その内容はドイツにおける婦人運動、特に奴隷廃止と売買春について「…要するに青春の徒を悲しむべき運命の前に救ふ防備であります。若い女子は皆同じ運命に晒されてゐるのです。実に女子売買業、女衒、誘拐者など総ての方面に網を張ってゐますので、淑女尚ほ錯って此の犠牲となるのです。…是等少女を保護すべきことは公衆一般の義務であります。(以下、略)」と警鐘が述べられています。続いて、女子売買国際防止国家委員会からも同様の序があります。

 人肉の市 01

 物語はデンマークのコペンハーゲンから始まります。

 「お父様、まぁご覧遊ばせ」と若い娘は新聞を手に、椅子から立ち上がった。
 「何だかよさそうだわ」と一語一語に力を入れて、静かに読む広告。
 ―ドイツ語及び英語を話得る若きご婦人一名家庭教師として雇い入れたく、高給、勤労軽易、ご希望の方はコペンハーゲン市パリスホテルまでご来訪を乞う ―

 この若い女性の名は「春満子」(はるまこ)と言い、退役した海軍少佐を父にもつ、あまり裕福とは言えない家庭にある長女です。その家計を助けるために就職口を探していたのですが、この家庭教師の求人広告に応募したため、彼女の運命は奈落の底へと動き出します。

 人肉の市 02

 舞台は、国際的人身売買組織の手によってロンドン、パリ、コンスタンティノープル、ウィーンと移り変わります。ダブレー夫人に騙されロンドンの娼館に売られた春満子。そこで偶然彼女を知り、その身の上を聞いて救出しようとするイギリス公爵家のガルウィック。二人は組織に弄ばれるように幾度も擦れ違います。ガルウィックとハーレムに出入りする眼科医夫妻の協力で、ようやく手をとりあってコンスタンティノープルを脱出したのも束の間、ウィーンで悪徳警部の逆恨みの罠にかかり春満子は惨めな最後を迎えます。

 この小説は国内外で大ヒットし、翻訳本だけでも大正10年11月に初版が発行され大正12年までには第800刷を超えるまでになりました。また書籍のみならずドイツで1920年頃に映画化もされています。

 映画は小説とは経過や終わりを異にしています。その粗筋は、退職陸軍少佐の娘アルマが両親の死後祖母と二人暮らして居る中オルヴィル・コックスと云う男に瞞されたあげく死産します。周囲の冷たい目に耐えかね、ロンドンの親戚へ行く船中でダブレー夫人とその甥と称するハリー・スモーレーと出会い、ハリーの誘惑に負け結婚の約束をします。が、彼女はイギリスについた途端に睡眠薬を飲まされ、娼館に売り飛ばされます。彼女はそこでガルウィック侯爵と出会い、同情した彼は彼女を救うことを決意します。しかし組織は国際的な連携をもってアルマをインドの王に売り渡したり、トルコのハーレムへと送ります。決死のガルウィックはそれらを追い続け、ついに乗り込んで行きアルマや囚われていた女達を自由にし、悪人は捕らえられ大団円を迎えます。

 日本でもこのシナリオをほぼなぞる形で、大正12年(1923年)に松竹キネマで島津保次郎がメガホンを執り無声映画として制作されました。主人公の名は北村浜子(五月信子が演じました)に、ガルウィックは李芳明(高山晃)に変更されています。

 人肉の市 03

 「人肉の市」とは旧ペルシャの奴隷市場の俗称で、公然と取引され売買された人々は法の力の及ぶところではありませんでした。

 高畠華宵の挿絵を集めているなかで手にした一冊ではありますが、読み始めてみると案外に面白く、さらっと通して一気読みができてしまいます。ここに書かれている人身売買の描写は時代性もあり、表現やストーリーは淡泊にも感じられますが、同様の売買は現在も現実に行われています。
 チェコ、ルーマニア、ブルガリアなどこの問題に取り組んでいる国は今も絶えません。そして、それらは現在では単なる人身のみではなく生体の臓器や胎児にまで発展しています。









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瑞鹿山 円覚寺

 暗い話題はあまり好きではないし、書いていて気が滅入るものは読んでいても気が滅入る。といって今日の憂鬱を明日の楽しみと摩り替えて笑えるほど器用にもできていないので、やはり書いている今の気分はそのままのかたちで内容に反映されるもの。
 昔、鎌倉で出会った女の子はそんな時のことをこう言っていた。
 「落ち込んだ時は自分が落ち込んでいるのを心底認めればいいんじゃない?そうすれば情けなくて馬鹿馬鹿しく思えることもあるかもね。それでも駄目ならじっとしていればいいじゃないの。無理に動くからすべてがぎくしゃくするのよ。大声で笑ったからと言ってそれで晴れ晴れしくなるなんてありえないし、不安や寂しいのが消えるわけでもないでしょう?だから静かに落ち込んでいればいいのよ。できれば気分の良い場所でね。」

 その彼女と共に円覚寺に「駈込寺 東慶寺史」を著された井上禅定さんを訪ねたことがある。20年以上も前のことである。彼女と井上さんとの関係がどういうものであったのかは尋ねたことがないので僕には今もわからない。

 瑞鹿山 円覚寺
 
 北鎌倉の駅に降り立つともう円覚寺の中にある。ここはかつてはもっと深々とした杉木立があったらしい。円覚寺の境内と白鷺の池を分断するように鉄道が走っている。ここに無理を押し通したのは旧日本陸軍だった。それまでは池は円覚寺とともにあり、木立の影に抱きかかえられるようにもっと神秘的な姿をしていたのだろうと思う。
 ここ円覚寺は、躓く石も縁の端とでも言えるくらい同様に、腰かけた切り株にさえも所縁があるのではないかと思うほどに史跡に覆われている。その中でも白鷺の池にまつわる話は有名でもあり、伝説らしい伝説としての形を今に残している。
 円覚寺開山の祖、仏光国師無学祖元が鎌倉入りをした折、八幡宮の神が白鷺に姿を変えて祖元をここに導き池に舞い降りたと言う。池の名はその伝承から来ている。

 線路を横切り総門に至る。この門は見事で如何にも古刹らしい威容を湛えている。総門をくぐれば道は三方に分かれ、そのどれを辿っても興味深い史跡の道となっている。「円覚興聖禅寺」と掲げられた山門の楼上には観音様と十六羅漢が安置されていて、その門の左を通れば十王が祀られている閻魔堂があり、真っ直ぐに進めば釈迦如来坐像を安置した選仏場へ出る。右へ歩をとれば帰源院や国宝の梵鐘へと続いている。

 案内をしていただいた井上禅定さんに無学祖元に関するお話を伺った。うろ覚えで申し訳ないが大凡、次のようなものであったと思う。

 北条時宗が禅宗に帰依しここに大伽藍をもつ寺社を建立しようとした。当初の考えでは建長寺の住職であった道隆を招じいれる予定だったが建立前に没してしまった。そこで宋より招かれたのが祖元である。祖元は宋が元に侵略を受けた折、折能仁寺に難を逃れていた。しかし、そこにも元兵が押し寄せ読経していた祖元の首に剣をあて脅したところ、祖元は泰然自若とし平静を保ち「臨剣の頌」と呼ばれる喝を詠唱し元兵を退けたと言う。

 乾坤無地卓孤笻     乾坤、弧に笻を卓つる地なし
 喜得人空法亦空     喜得す、人は空、法もまた空なることを
 珍重大元三尺剣     珍重す、大元三尺の剣
 電光影裏折春風     電光影裏に春風を斬る

 「天地では1本の棹を立てる余地もない。喜びを得るのは人は空であり、法もまた空であるということである。珍重するのは元兵が持つ三尺の剣。されど、その剣を振るったとしても稲妻の瞬く間に春風を斬るようなものである。」(大意)

 また開山の説法が行われた時には、多くの白鹿が境内に現れ祖元を囲んだと言う話も伝えられている。山号の「瑞鹿山」はこの謂れから来ている。
 祖元は、非常に穏やかな人柄で凡そ怒るということがなく、禅に馴染みのない鎌倉の武士たちに根気よくその教義を説き、教育者として多くの門弟を育てたらしい。91歳で没した後は、仏光国師と贈名され、円覚寺開山堂の木像にその姿を伝えている。

 彼女は生前の姿を模した木像が嫌いだと言った。仏像は精緻なほど見ていて安らぐが、人物は木に魂が宿っているようで怖いのだという。見開かれた目も、閉ざされた目も同じく不安な心持にさせる、それは山道をうねって這い出している木々の根が、影を伝って不気味に絡みついてくるような妄想と同じ怖さがあるのだと言った。

 普段は拝観することはかなわない舎利殿に通された。舎利殿は日本最古の唐様建築物であり、四囲に巡らされた裳階のため二階建てに見えるが実は天井の高い一階建である。舎利とはお釈迦様の骨のことであり、実際に仏舎利を見ることは叶わなかったが、それにまつわる話を聞いた。

 鎌倉は実朝の代のこと、一人の宋人(陳和卿と言った気がする)がきて実朝に拝謁した。彼の言うことには「将軍は前世で育王山の導宣律師であり、私はその門弟でした」と言う。実朝は実は以前に見た夢に同じ景色があったことを思い出し、非常に訝しんだ。そこで実朝は宋人に自分を宋へ連れて行くことを頼み巨大な船を造らせた。しかし、その船は砂浜(材木座海岸だとも言われている)に船底をとられ進水することが出来ず、渡宋を諦めざるを得なかった。その代わりに二人の使者を宋に遣わし仏舎利を得るように命じた。実朝はこれを勝長寿院に祀り、次いで大慈寺に移し盛大な法要を行ったという。
 舎利殿が建立され仏舎利が納められたのは北条貞時の代になってからのことである。室町に時代を移し足利義持の頃、関東の管領であった足利氏満に「仏舎利を京へ持参せよ」の命が下される。拒めば不和と取られ兵乱に発展するやもしれぬとの判断から仏舎利は京へ送られた。後年に起こった応仁の乱により仏舎利は所在不明となるが、乱が収束した後、不意に空から仏舎利が落ちくだりて舎利殿へ納まったのだという。
 舎利殿背後には開山堂があり、その裏山中腹には無学祖元の墓があるとのことであった。

 僕たちは井上禅定さんに案内されてこのあと東慶寺へ行くわけですがその話はまた別の機会があった時に。
  



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高橋和巳「散華」

 (タイトルを高橋和巳「散華」としましたが書籍のご紹介ではなく、僕の他愛ない弱音の話です。ただ数日前から何回も読み返している本がこの「散華」なのでタイトルに置いてみました。)


 「多くの戦友が空に海に散っていきました。私も明日、戦場へと向かいます。国は私たちを機械の部品くらいにしか思ってはいないのです。使い捨てられていくだけなのです。私は自分の死が何にもならないことを知っています。日本は負けます。何の役にも立たないと知りつつも命を投げ出さねばならない苦しみを誰に伝えましょう。それでも母さん、少しでも米軍の侵攻を遅らせることができると言うのなら私は喜んで命を散らせましょう。この桜の花のように。母さん、お元気でいてください。少しでも長く生きてください。ありがとうございました。」

 神風特別攻撃隊に赴いた青年の手紙です。

 「空が地面が真っ赤に燃え上がり、私は子供たちの手を引いてただ逃げまどいました。橋が落ち、道も失せ、どこにも行き場がなくなった私たちの前に川がありました。私たちは川に飛び込んだのです。そうして私は祈りました。願わくは私たち家族を苦しめずに一瞬で死なせてくださいと。」

 東京大空襲でのある女性の手記を引用しました。

 「散華」と言う言葉があります。
 菩薩が来迎した際に華を降らせたという故事に因み、諸仏を供養するために花が撒かれることを指します。
 無常観や「あはれ」と言った思想と結びついて、それが死の観念として捉えられるようになり、大戦中は「散華の思想」として自己を犠牲にして大義を守るために戦死することを美化し、また強要されて使われました。

 日本は一部の人間の保身のために参戦しました。沖縄は本土決戦を遅らせるための捨て石として使われ、広島と長崎もまた同じく欺瞞とエゴの犠牲にされました。そして国民は特権階級の保身のための終戦を押し付けられたのです。国は個人を認めず大衆化し、それを更に八紘一宇の旗の下に一般化し完全に個を失わせ、散華などと言う言葉で殺したのです。

 散華(高橋和巳) 「散華」(河出書房、昭和42年)

 高橋和巳に「散華」と言う小説があります。

 国の電力政策のために電力会社の用地買収の責を負っている主人公・大家と、大戦中は国粋主義者として多くの若者を扇動し特攻に追いやった思想家・中津。
 中津は自らの思想の結果を恥じ懺悔するために世捨て人となり瀬戸内の孤島に遁世生活をおくっていました。大家はその島を買収するために調査に赴き、中津と邂逅します。出会った当初は人を跳ね除けた中津でしたが、次第に大家に関心と親近感を覚えていきます。孤島で暮らす老人に触れる大家もまた同じく、自分の任を進めることもできずに無為に親密を深め、自己の中の矛盾や存在を問い詰めていきます。最後は、互いの思想と現実の立場とが衝突し重大な諍いを生じ、物語は急展開で結末に向かいます。小説の結びは中津の日記の記載で終わります。「今日もまた晴天、海あおし…」と。

 「散華」とは何に手向けたものだったのか。
 見るものを讃える人間の多くはそれが美しい時にしか謳いませんし、描きません。だからと言ってそれを責める資格など誰にもないでしょうし、その理由もありません。
 ここのところ自分が煮詰まっていると感じています。この閉塞感は今に始まったことではないのだけれど、行き場を失っている自分が常に言い訳を探しているようで苛立ちます。
 この数日で何度も読み返した自分とは全く異質とも思えるこの小説が、今、僕が感じている自分に対する、どこかが間違っていると言う感覚と何かが重なっているような気がするのです。

 高橋和巳署名 高橋和巳署名

 やはり疲れ気味なのでしょうね。一日でもいいから休みを取ってどこかをぶらぶらと歩いてみたいです。





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Midsummer Night's Dream ( Ernest Nister) - 19世紀末の挿絵 -

 “ Midsummer Night's Dream ” (1880年頃)

 midsummer nights dream Nister 00 midsummer nights dream Nister 01 midsummer nights dream Nister 02
 (New York E. P. Dutton & Company Cica 1880)

 初版は“ Ernest Nister,London,1880 ”です。
 アーネスト・ニスター (Ernest Nister 1842-1909) は、19世紀末に活躍した仕掛け絵本作家二大巨匠のひとりです。ドイツからイギリスへ移住し、ロンドンに出版会社を設立して仕掛け絵本を中心に数多くの美しい絵本を製作しました。仕掛け絵本を含めその挿絵のほぼすべてが多色刷り石版画によっています。

THE LAND OF LONG AGO - A VISIT TO FAIRYLAND WITH HUMPTY DUMPTY (仕掛け絵本)
 THE LAND OF LONG AGO 00 THE LAND OF LONG AGO 01 THE LAND OF LONG AGO 02
 (Ernest Nister, E.P. Dutton & Co. 1898)
 
 今回取り上げるのは彼が得意とした「仕掛け絵本」ではなく、見事な多色刷り石版画(クロモリトグラフ)によって飾られた「Midsummer Night's Dream」です。
 表紙は白の皮にエンボス加工が施してあり、その凸部には金彩が塗られています。額装状に飾られた表紙の絵は絹に刷られて挟み込まれており、贅沢を極めた作りと言えるでしょう。
 僕が持っているものは米国版 Dutton社で刊行されたものです。英国で刊行された初版とまったく同じ装丁で作られています。

 midsummer nights dream Nister 04 midsummer nights dream Nister 03

 収録されている版画は表紙を含めて7枚です。そのほかにセピアで描かれたカットがほぼ全頁に描かれています。
 画家の名前は記載されていません。画上にもサインなどはありませんので詳細は不明です。ただ元になった絵はあります。それは18世紀末から19世紀初頭のイギリス人画家ジョン・ホップナーや新古典主義画家(アングルなど)の神話絵画から着想を得ているようです。

 midsummer nights dream Nister 05 midsummer nights dream Nister 06

 木版画や手彩色にはない石版画の顔料のもつ独特の光沢が油彩画のような艶やかさを与え、表面を滑らかに保つため写真のようにも見えます。
 人の肌の色、光の射し込みや叢、木陰の陰影などその再現性は同年代の挿絵本のなかでも飛びぬけたものがあります。
 仕掛け絵本の挿絵はニスター自身が描いたものが多く、その原版の大部分の制作も彼自身の手で行っています。この「Midsummer Night's Dream 」も彼がデザインしたものかもしれません。確たる根拠はありませんが。

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 「Midsummer Night's Dream 」については数えきれないほどの書籍が出版されています。V・フィンレイ、W・H・ロビンソン、A・ラッカムなどもそれぞれ特徴のある絵で名作を残していますが、「どれか一冊、美しい挿絵の本を」と言われたら僕は「Ernest Nister」を薦めると思います。

 midsummer nights dream Nister 09 

 挿絵本はぽつぽつと書き足していくことにします。テーマとかは何も決めずにその時、手に取った本を取り上げてみようかと思います。
 
 midsummer nights dream Nister 10 midsummer nights dream Nister 11
 


 

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つぶやき

 だいぶ以前の話になりますが、ある方からのご厚意で芹沢光治良という作家の本が手元に届きました。贈られた本を手にするまで、恥ずかしながら僕はその作家に関する詳細な知識を有せず、もちろん作品自体も読んだことはありませんでした。辛うじて彼に関することで僕が持ち合わせていた情報は「川端康成の後をうけて日本ペンクラブ会長になった」ことと、「巴里に死す」という小説がフランスでベストセラーになったことがあるというふたつのみです。
 その僕の無知がこの作家との縁を呼び込んでくれたと言うべきでしょう。贈られた本の後見返しに挟まれていた「知らないのでしたら読んでみてください。そして興味を覚えたなら是非とも他の作品を手に取って、さらに奥深い芹沢光治良の世界を訪ね、その渾身の一行を生涯の伴侶の一端にでも加えていただければ幸いです」という短い手紙、それは確かにその通りになりました。
 
 「小説家は確かに作品だけが物を言うけれど、作家はその作品が読者の魂を動かし、読者の人生に加えるものを、貪欲にもとめるものだと思っていますよ。言葉を換えれば、作家は作品を通じて読者のなかに生きようと願っていますね。自分は死んでも、他人の中に生きて、永遠の生を願うものだと思いますよ・・・」(「人間の運命」第2部第6巻7章より)

 言語と言うものに限りがある以上、表現には限界があり、そこには既にオリジナルというものは存在していないと考えるのが妥当でしょう。これは音楽も同様だと思います。端的に言うなら「誰も発したことのない言葉や音並びなどはありえない」と言うことです。それを何とか打開し、自分らしさを表現しようと作家は苦悩します。小説で言うならば、それらは時に荒唐無稽な展開や難解すぎる文字の使用、多言語を活用した表現など奇をてらった方向へと進みます。奇抜なことは目を引きますし、話題にもなります。しかし、それは本当に心に届いているのでしょうか?
 作家は何のために作品を書いているのでしょう?生み出すということに自己顕示欲は当然にあるとして、かつ、そこに差別化を図るため排他性を包含する手段に及ぶこともあるかもしれません。しかし、結果として受け手に届かなければ意味がないと僕は思います。
 かつて、遠藤周作先生が「難解な哲学を子供でもわかるように表現できるのが理想なんです。それは単に容易と言うだけじゃなく、知的好奇心や心そのものをも満たさなくてはならない。そういった文章、作品を生み出すために僕は闘っているんですよ」と話されたことがあります。
 娯楽に浸るのではない、真の小説というものが伝えなくてはならないかたちを先に挙げた芹沢光治良の一節は僕に伝えているような気がします。
 現在、芹沢光治良の作品の多くは絶版になっていますがそれは読者に支持されなくなった結果ではなく、斬新で刺激的なものを求めすぎた出版界の弊害のためです。
 梶山季之は「天才に失望することはない。天才とは才能のことではなく宣伝の結果である。失望するなら才能にではなく宣伝に失望すべきだ」と述べたことがあります。それと同じことなのでしょう。
 絶版になっているから駄作であり、現行でベストセラーになっているから良作であるということではありません。今日の出版業界の低迷は、自ら良書を葬り、話題作りに狂奔した結果が生み出したものです。
 たとえば、違法ダウンロードで済ませてしまえる音楽はそれまでの価値しかありません。本当に気に入った良質なものは自分の手元に最高の状態で置きたいと願うものです。いつでも手に取ることができ、眺めることができ、聴くことができるよう占有欲が働きます。心に届くものと言うのは書籍も音楽も変わりはないと思います。

 今回取り上げた「人間の運命」第2部第6巻5章に次のような科白があります。

 「万一戦争にでもなれば、私共の雑誌だって、何時つぶされるかわかりません。その場合、最後までいい小説を連載できたという記憶がのこれば、編集者冥利だと言えます。」

 「人間の運命」は一種の自伝小説であり、第2部第6巻は第2次世界大戦前夜を背景に負っており、この場面は「婦人公論」とのやりとりに現れます。出版に対する気骨や覚悟がどのようなものだったかを窺わせる一文です。実際にこのような言葉が出たか否かはわかりませんが、結果として某大手新聞に掲載を断られた「巴里に死す」は「婦人公論」に連載されました。
 売り上げを伸ばすために刺激性と宣伝に頼ってきた悪弊を見直し、心に生き続けることのできる作品を世に送り出してほしいものです。受け手が望んでいるものは「感動」なのですから。
 
 


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初島さんのお勉強小咄

 人生の合間の息抜きにも疲れた方、息抜きの合間に人生をやってみてはいかがでしょう。そんな初島さんの日常のおはなしです。

 ◎ 2012年 つい一昨日 「ジョルジュ・ブラック?」

 「会議、おつかれさまでーす。お茶ですよー」
 「お茶?」
 「はーい、お茶の時間でーす」
 「初島さん、これプリンだよね?」
 「そうですよー、おやつの時間をお茶の時間って言いますよねー」
 「それは、そうだけど…」
 「ダメですねー、土屋さんはぁ。外見の言葉は中身をあらわさないんですよー」

 *「表面の色彩や材質はその本質を表さない」ジョルジュ・ブラック(画家)


 ◎ 2012年1月某日 「アイザック・ニュートン」

 「引力って一方的にひきつける力だけだと思ってないかな?」
 「突然なに?」
 「いや、物体の持つ引き付ける力だけが強調されていないかな、とかさ」
 「なるほど、そういう面はあるよね。お互いが引かれ合うという点を見落としがちかもね」
 「そう、そのことなんだよ」
 「ニュートンの話ですかー?」
 「お、初島さん、ニュートン知ってるの?」
 「知ってますよぉ。リンゴを落としたひとですよねー」

 
 ◎ 遡って、昨年12月某日 「平賀源内」

 「蘭学隆盛の頃って鎖国していたとはいえさぁ、結構、先進的な人が日本にもいたんだよね」
 「いつものこどだけど、君島さんは無関係に唐突な話題を振るね」
 「いやね、昨夜さ、『天保異聞 妖奇士』っていうの見てて思ったんだよね。鎖国さえしていなければ、エジソンよりも偉大な発明家が誕生したんじゃないかってね」
 「確かにその可能性はあったかもね。エレキテルなんて研究の余地があったかもしれないね。ただのおもちゃで終わったけど」
 「それ学校でならいましたねー」
 「初島さん、エレキテルを知ってるの?」
 「当然ですよー。多羅尾伴内ですよねー」

 *多羅尾伴内 … 比佐芳武原作のミステリー「七つの顔の男」シリーズの主人公(物語中の正体は「藤村大造」)。片岡千恵蔵が主演した映画が人気を博した。片岡千恵蔵が七変化をし、クライマックスでの決め台詞「ある時は(私立探偵)、ある時は(片目の運転手)、またある時は(インドの魔術師)…、しかしてその実体は…!」は大流行しました。千恵蔵が模する( )の中はその都度に変わります。


 ◎ さらに遡って、昨年12月初旬ころ 「ニュートリノ」

 「ニュートリノって本当に光速を超えるのかな?」
 「う~ん、かなり微妙だよね」
 「超えてれば、タイムマシーンは現実になるだろうか?」
 「それは夢?希望?」
 「できたら面白いけど、本当にあったら嫌だな、僕は」
 「しかし、物理ってすごいよね。ニュートリノのウォルフガング・パウリも、アインシュタインもそうだけど仮定の中で仮想エネルギーや仮想物質を見つけ出して、定義しちゃうんだからね」
 「仮想物質が現実に、か」
 「難しい話ですかー?」
 「初島さんの苦手な話だね。仮想物質の話」
 「それなら私だってわかりますよー」
 「へぇ?」
 「だって、クリスマスのためにドンキで買ってきましたから」
 
 初島さん、頑張れっ!(心のエール)

 お後はよろしいようで。
 では、本日はこれにて。

 

 

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