「かなりや」と詩集「砂金」

 高校生だった頃、近所に住んでいたご婦人からローラーカナリヤを一番い頂いたことがあります。
 「別々の籠に入れて並べておけば良く鳴きますよ」と言われたものの、隣に慕うものがいるのに寄り添えないままにしておくのは不憫にも思えて、結局は同じ籠にいれたままにしておきました。
 そう話しましたら「それでは鳴き声を楽しめなくてよ」と笑われたりもしましたが、ひとつ籠の中でも彼は好く囀りました。日によっては半日ほども歌い続けていたこともあります。
 けれどもその年の冬、僕は肝臓を病んで2カ月あまり入院することになり、自分で面倒をみることがかなわくなったため叔母の家に預けることにしました。
 叔母も「あのカナリヤは一緒でもよく鳴くのね」と感心しておりました。
 が、ひと月程経った時のことです。
 天気が好かったので日光浴をさせようと軒先に吊るしておいた籠に、どうやってか猫が飛び付き雄が盗られてしまったのです。
 落ちた籠に残され一羽になった雌には傷などはなかったと聞きましたが、その後、2週間もしないうちに死にました。
 退院して部屋に戻った僕は、陽のあたる窓際に置いてある籠をみて一回だけ彼らの名を呼んでみました。
 カナリヤは美しい声で囀ります。その声に惹かれるのは今も変わりませんが、あの空になった籠が置いてあった風景を思い出すと再び飼う気にはなりません。

 かなりや 「かなりや」(詩集「砂金」より)
 
 僕にとってカナリヤはあまり明るい印象がありません。むしろ蔭残な記憶の色の方が強いとも言えます。
 例えば川端康成の「掌の小説」中の「金糸雀」。
 それから、西條八十の「遠き唄」中の「かなりや」。
 この「かなりや」は、成田為三が曲をつけ童謡としても親しまれています。
 実は僕は幼いころこの歌が怖くて仕方がなかったのです。
 優しさと不思議な残酷さを併せ持つ詩と覚えやすく美しいメロディの名曲ですが、何か暗い異界の夢のような、終始心を塞ぎこませるような気がして、この歌を聴くたび歌うごとにどこか僕を怖気づかせるものがありました。
 この歌の最終節で月夜の海に流されて行くカナリヤがどうしても死骸にしか思えなかったのです。
 誰かからそう聞いたのか、それとも、それを思わせる場面を何処かで見たのか、それはわかりません。
 とにかく理由はわかりませんが、僕には死したカナリヤとしか結び付かなかったのです。
 その死のイメージを思い浮かべたまま幼少の僕はこの歌を聴き、口ずさんでいたのです。
 つまりその恐怖心は、それを止めることができないほどにこの歌に執着もさせました。
 この作者が西條八十であり、彼の処女詩集「砂金」に収録されていたことを知るのは高校生活半ばのことになります。
 
 「砂金」は大正八年に西條八十が尚文堂から自費で出版しました。
 初版当時の奥付は「著作者 西條八十、発行者 著者、発行所 尚文堂」となっており、増刷以後は「発行者」が「飯尾謙藏」となります。

 僕が持っている第十一版の見返しには八十の直筆で詩が一節添えられています。

 「わが杯は大ならず されどわれは わが杯にてのむ ― アルフレッド・ミュセー 十二年七月九日 八 十 」

 砂金(見返し) 「砂金」(見返し)

 自分は自分以外の何者でもなく、それを受け入れて生きていかねばならいないと言う真摯な姿がこの言葉から汲み取れ、気に入っているフレーズの一つでもあります。

 ところが、この詩集「砂金」所収の作品からある都市伝説が生まれました。
 ネットなどでも話題になっているのでご存じの方も多いことと思われます。
 「トミノ地獄」と言う詩です。
 この詩を音読すると悪いことが起こると言うのです。また、ある劇団がこの詩を元に劇を上演したところ怪我人が出たとの噂もあるようです。
 
  姉は血を吐く、妹は火吐く、可愛いトミノは寶玉(たま)を吐く。
  ひとり地獄に落ちゆくトミノ、地獄くらやみ花も無き。
  鞭で叩くはトミノの姉か、鞭の朱總(しゅぶさ)が気にかかる。
  叩け叩きやれ叩かずとても、無限地獄はひとつみち … 

 詩はこのように始まり、中間では地獄を巡るトミノの様子を描写し最終節では、

  地獄七山七谿めぐる、可愛いトミノのひとり旅。
  地獄ござらば来てたもれ、針の御山の留針を。
  赤い留針だてにはささぬ、可愛いトミノのめじるしに。

 という形で結ばれます。

 この詩を音読したから祟られるなどと言うことは僕は信じてはいませんし、あり得ないことでしょう。
 例えば毎日この詩を音読しつづけて、そのうち一回でも何か事が起きたとして、それを祟りというのは馬鹿げています。
 偶然を必然に結びつけるために「祟り」を持ち出すなど短絡的にもほどがあると言うものです。
 現に僕は読み上げたからとて一度も怪我や熱など出したこともありません。
 強いてあげるなら、買った馬券が外れたくらいのことはあったかも知れません。
 それがここに言う不運や祟りだというのなら蚊に刺されても怨念のせいとなります。
 と言う事で一先ず都市伝説は置いておくことにして、確かにこの詩は異様な雰囲気を醸し出してはいます。
 「トミノ」とは誰を、何を指すのか?
 姉はなぜ鞭でトミノを追うのか?
 妹が恋しいと泣くトミノは男なのか、女なのか?
 疑問に思うことはこの数行の中に山ほどあり、八十は何の解説も付していません。
 解釈は各人各様に分かれ、統一の見解など生まれるはずもありませんが、「祟り」の印象については「砂金」の「自序」にそのヒントはあるかと思います。
 彼はその中でこう記しています。

 「故国木田独歩氏が少年時の私に聴かされた言葉の中に『昔から人の死を描こうと企てた作家は多い、がいづれも其人物の死の前後の状態、若しくは其臨終の姿容を叙述するに止り、当の「死」其物を描き得た者は絶えて無い』と云ふのがあった。この言葉は今でも私の耳に強い響きとして残っているが、私が今日像現しようと努めてゐるのも、独歩氏のこの所謂「死」其物の姿に他ならぬ、即ち閃々として去来し、過ぎては遂に捉ふることなき梢頭の風の如き心象、迂遠な環境描写や、粗硬な説明辞を以ってしてはその横顔をすら示し得ない吾人が日夜の心象の記録を、出来る得るかぎり完全に作り置こうとするのが私の願ひである…」

 八十はこの詩集のみならず、「見知らぬ愛人」「美しき喪失」においても繰り返し死の心象を捉えようと試みています。
 「トミノ地獄」を読んだ読者が「死の心象」を無意識の中に感じ、それが「祟り」を生み出したとしたなら八十の試みは確かに実を結んだと言えるのでしょう。
 それからもうひとつ言わせていただけるなら、都市伝説の祟りとはそれを願う人が生みだしているものなのです。
 怖いもの見たさに祟りを願う連鎖から蜚語が流布された結果「祟り」が生じるのです。そうして集まった念が生みだすと言ってもいいのかもしれません。

 砂金(表紙) 詩集「砂金」(尚文堂、大正11年第11版)
 
 
 
 
 
 
 
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自動音声入力ソフト君の才能

 今日、某メーカーさんで自動音声入力システムのデモ体験をしてきました。
 そう言えば最近でも、とある米製の携帯電話ではスケジュールの登録や変更が音声で可能らししいですね。
 その性能の触りをニュースでみましたが「大したものだ」と感心しました。残念ながら日本語には対応していないようですが、そのうち対応することになるかもしれません。
 で、音声入力システムですが、これはWindows95が設計されて以来、多くのソフトが開発されました。ただ、そのどれもが音節、単語で一区切りをいれて変換するというもので、連続で読み上げた日本語をリアルタイムで変換するようなものがなかったそうです。
 僕はその筋のソフト情報には疎いので営業マンの説明を取りあえずは受け入れておきます。

 で、その性能ですが実際に使わせていただきました。

 平成23年10月20日 議題『デファクト・スタンダードとネットワークについて』
 参加者15名。オブザーバーとしてM氏を招聘

 太郎君は、朝起きてから歯を磨き、新聞に少し眼を通してからパンとコーヒーで簡単な朝食を済ませました。

 上記程度ならば、句読点や括弧さえも自動で入力してくれます。
 いちいち「括弧、括弧閉じる、実行」とか言わなくてもいいんです。漢字も一発で変換してくれました。
 これには「おおっ」と一同感嘆の声がでて、意外に優れ物?と僕も思いまして「ちょっとやらせていただいても宜しいですか?」とテストを志願しました。

 君の植えた薔薇が時を知りつくしたように地を覆い咲き乱れる様はこの世のものとは思えなかった。

 と即興文をよみあげたところソフト君の意外な編集手腕を発見することに。

 以下が結果です。

 君の飢えたバラが時を知り尽くしたように血を覆い、裂き乱れる様はこの世のものとは思えなかった。

 確かに「この世のもの」とは思えませんね。
 文字って面白い。改めて感心しました。
 「萌え」の起源が「燃え」の誤字変換だったことを思うと、自動入力にまかせると結構、意外性のある名作が完成するかもと思った瞬間でした。

 

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岡本かの子「金魚撩乱」

 金魚繚乱 「金魚撩乱」(地平社、昭和22年初版、小型本)

 金魚の眼はぽかんとした穴のようでもあり、昔懐かしい仁丹のようでもあり、日野百草丸の粒のようにも見えます。
 金魚と言うものは、何を考えているのやら、さては何も考えてはいなのか、表情を持たぬ眼を開いたまま、ぱくぱくと水泡を食べる様に口を動かし、水槽を右に左にと優雅に旋回しています。
 水の中をひらひらと尾を震わせて飄々と泳ぐところなどは良くできた玩具にも感じられ、小赤などが狂おしく乱れ散る花吹雪のごとく何十匹も一度に動く様をずっと見ていると気が違ってくると申しますか、ただならぬ思いにとらわれてくる気がします。

 金魚は約2000年前の中国で鮒の突然変異として生まれた緋鮒が祖だとされています。日本へは室町時代中葉に輸入され、身分の高い貴族、士族の愛玩動物として珍重されていたとのこと。
 一般庶民が飼育を楽しめるようになったのは近代明治以降のことで、それ以前は大名などやはり身分の高い武士や富豪に限られていたようです。
 それ故に下級武士の副業として金魚の養殖を藩として保護し、幕末から維新にかけては失職した武士の内職とされていました。
 奈良県大和郡山市が我が国における最大の金魚養殖地ですが、その起こりは享保9年(1724年)柳澤吉里の着任から始まるとされています。
 東京でも明治・大正以後、江東の深川、江戸川の砂町や大島を中心として一大産業として栄えました。永井荷風の随筆の中にもその風情は書き留められています。
 現在、金魚の種類は100種を超え、そのうち主に流通しているのは30種ほどだそうです。

 金魚の伝説めいた話としては秋山五郎が作出した「秋錦」があります。
 岡本かの子著「金魚撩乱」中でも引用されているので、僕が今更にここで取り上げるのは恥ずかしいのですが一応ご紹介しておきます。
 秋山五郎はオランダ獅子頭とランチュウを交配し新種の金魚を作りだしました。しかしながら当の秋山自身はそれを見ることはありませんでした。
 彼は育成に私財を擲ち没落し、ついには憔悴と妄想のために狂人と化して「赫耶姫、赫耶姫」と叫びながら失踪し、終には何処知れずとも果てたと言います。
 後に残された畸形の金魚は繁殖を繰り返して固定化することに成功し、鑑定をした松原新之助が秋山の一字をとって「秋錦(しゅうきん)」と名付けたそうです。
 
 何故、金魚が心を捉えるのでしょう。
 姿の愛らしさ、水の華の如くの癒しもありましょうが、やはり美しい生きた玩具的なものが征服欲を満足させるからではないでしょうか。
 金魚や薔薇と言うのは素人でも新種を生み出すことができます。
 自分の手によって今までなかったものを創出することの喜び、そして、その陶酔は何にも勝るものだと思います。
 そして更に薔薇などと全く異なるところは、金魚は生命を実感できると言うことです。
 人為的に創りだされたものが命をもって動き出す。
 その充足感はヤーウェ神が人間を創り出したのにも似ているでしょう。

 岡本かの子「金魚撩乱」は、愛する人・眞佐子への報われない感情への復讐として、その女性を永遠に捕える代替として新種の金魚を作出することに生涯を費やす男・復一の物語です。

 「生意気なことを云ふようだけれど、人間に一番自由に美しい生きものが造れるのは金魚じゃなくて。」

 その眞佐子の言葉は彼の生涯の覚悟となります。
 資産家令嬢と養魚場の倅。身分違いの恋愛は復一の盲執となり怨念となっていきます。
 彼は絶望的な恋愛に憑依された結果、その執着と征服欲を昇華する手段として金魚作りを選んだのです。

 物語冒頭、眞佐子から八重桜の花弁を投げつけられ、復一がそれを吸い込む描写があります。

 …復一は急いで眼口を閉じたつもりだったが、牡丹桜の花びらのうすら冷たい幾片かは口の中に入ってしまった。けっけっと唾を絞って吐き出したが、最後の一ひらだけは上顎の奥に貼り付いて顎裏のぴよぴよする柔らかいところと一重になって仕舞って、舌尖で扱いても指先きを突き込んでも除かれなかった。復一はあわてるほど、咽喉に張り付いて死ぬのではないかと思って、わあわあ泣き出しながら家の井戸端まで駆けて帰った。そこでうがひをして、花弁はやっと吐き出したが、しかし、どことも知れない手の届き兼ねる心の中に貼り付いた苦しい花弁はいつまでも取り除くことは出来なくなった。…

 この時に復一の中に生涯除かれることのない感情が確かに貼りついたのです。

 復一は世間から遠ざかり結婚することもなく眞佐子の姿を金魚に重ね、新種の金魚を創造することに全てを投げ打ち最終的にはそれを手に入れます。
 しかし、それは意図したものではなく金魚が自ら生き残る手段として選択を重ねた結果であったのです。

 「生き物は自ら種を保存する道を選択する。」

 映画「ジュラシック・パーク」の中にもあった台詞です。
 乱暴な表現になりますが、サラブレッドは乗馬・競馬によって種を繋ぎ、鶏は養鶏されることによって繁栄を維持でき、金魚もまた同じことなのです。
 可憐な姿態をもって、永劫満たされることのない人間の創造欲、飼育欲を利用し生き残ることを選んだのかもしれません。

 作中で岡本かの子はこう綴っています。

 …これを思ふに人間が金魚を作って行くのではなく、金魚自身の目的が、人間の美に牽かれる一番弱い本能を誘惑し利用して、着々、目的のコースを進めつつあるようにも考へられる。逞しい金魚…

 復一は全てを喪失したと思った瞬間に希望の光を見つけ、その光景から悟りと言うか、達観を得ます。

 「意識して求める方向に求めるものを得ず、思ひ捨てて放擲した過去や思わぬ岐路から、突几として与えられる人生の不思議さ…」

 執着を捨てることによって生み出されるものもあります。
 喪失の瞬間が新たな誕生・再生の瞬間と重なることもあるでしょう。
 また生命は人の手によって作り変えが容易になされるべきものではないのです。
 人の手によったと見えたとしても、それは生命が自ずから為せる業なのです。僕はそう思います。
 「金魚撩乱」は、僕が「岡本かの子」を知った最初の作品であります。
 金魚を見るたびにこの物語を思い浮かべ、その遊泳する様をいつも不思議に眺めているのです。
  
 巴里祭 「巴里祭」(青木書店、昭和13年初版)

 *「金魚撩乱」は、「巴里祭」に収録されています。

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痛車っ!! (追加)

 「痛車の画像をもう少し載せてください」というご要望がありましたので、依頼を受けた掲載紙と重複しないものを追加しておきます。

 痛Gふぇすた 痛チャ 

 「痛Gふぇすた」のゲートと「痛チャリ」です。
 当日は開場前の9時頃から大勢の人が並んでいました。でも、会場が広いのと手間のかかる受付のようなものがなかったのでスムーズに入場できました。

 てぃんくる AIR(美凪) らき☆すた

 人気イラストレーター「てぃんくる」の作品。青バラのリボンのラインがキャラクターをきちんと押さえていてロマンティックに見えます。
 Key作品「AIR」から「遠野美凪」です。「神尾観鈴」「霧島佳乃」ともに人気があるキャラクターですね。「国崎往人」が見かけられなかったのは痛車向きではないからかな?
 「らき☆すた」も支持率が高いです。どのキャラクターが人気というのではなく、作品として愛されている気がします。週末に埼玉の久喜市・鷲宮神社に行きますと「らき☆すた痛車」に出会う確率高いです。

 Chaos Head mellow pretty 東方Project

 「Chaos Head」ですね。この車のフロントには主要女性キャラが勢ぞろいしていました。
 Mellow Prettyのロゴと少女のシルエットがエレガントです。声優の田村ゆかりさんのオフィシャル・ファンクラブの車なのでしょうか?白地に上品なステッカーが映えています。僕はこういったシンプルで上品さを感じさせる方が好みです。
 「東方Project」も目立ちましたね。ヴォーカロイドに次いで目にしたような気がします。

 そらのおとしもの(ニンフ) 涼宮ハルヒ 花咲くいろは
 
 「そらのおとしもの」は水無月すう原作のコミック、TVアニメ、劇場版とありますがやはり原作の方が良いですね。アニメは1期2期とも「あの最終回はないだろう」という落胆が隠せないかも。
 「涼宮ハルヒ」は強いなと改めて感じました。主人公「ハルヒ」(主人公はキョンですね。どうもハルヒが強くて)以外にも「長門有希」「朝比奈みくる」も負けず劣らずのファンを持っているようですね。
 「花咲くいろは」は、この車のほか「喜翠荘」とロゴのみが入れられた白いバンが出展されていました。その単純さを個性にしているそちらの車も個人的には好きです。

 沙耶の唄 H2O(小日向はやみ) 地獄少女&美夕 

 「沙耶の唄」は2003年にニトロプラスから発売されたアダルト向けオカルト・ゲームソフト。中央東口さんが原画を手がけ、そのパッケージに惹かれて手に取った人も多いと思います。
 「H2O(小日向はやみ)」の痛車は以前に船橋ららぽーとで見かけたことがあり、走行中でなければ写真を撮らせてもらいたいと思っていたのでラッキーでした。シンプルですけど(写っていませんが)側面のシルエットのロゴ共に車体とのバランスがとれていて印象に残るディスプレイです。
 この地獄少女の痛車オーナーは、スタジオDEEN作品のファンなのかも知れませんね。ワンポイントになっている美夕のあどけない表情が良いです。

 Kanon(マコト) あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない 追加6
 掲載写真は作品が被らないようにしたのですが「Kanon」(Key作品)の「マコト」は個人的にも好きなキャラなので贔屓をさせてもらいました。
 「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」の人気はご当地・秩父市ではオリエンテーリング用マップも作成されているほど。マップを片手に散策してみるのも楽しいものです、一度お試しを。
*「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」の「高坂桐乃」を追加しました。「俺の~」は他に赤のボディカラーに「黒猫」のイラストが大きく施された車もありました。そちらもデザインとしては秀逸でした。

 まだまだ撮り貯めたものがあるのですが際限がなくなるので一応ここまでにしておきますが、もう何枚かは後でこのページに追加したいとは思っています。
 また同様の機会がありましたら取り上げることにします。


≪ 再追加 ≫

 追加1 追加2 追加3 追加5 

 コスプレ・痛車コレクション in Party  「コスプレ・痛車コレクション in Party」
 2011年10月23日(日)会場:国営木曾三川公園センター
 岐阜県海津市海津町油島255-3
 
 追加7 http://collepa.info/










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訥々と

 正直な話をすれば僕はそれほど本を読むのが好きではなかった。
 好きではなかった理由をあげろといわれれば「漢字が嫌い」とか「読解が面倒」とか思いつくままに列挙はしてみるが、これといって「これが理由だ」というものがない。
 強いて言うのなら、最後まで読むことに飽くからということになるだろうか?
 拾い読みで内容が把握できるのならそれにこしたことはなかったし、読まずに読書感想文が書けるようなものなら好みを問わずに喝采を送って受け入れた。
 感想文などの課題が出た時には、分かりやすい「あとがき」の付属した本は僕の最大の味方だった。
 それから読んだこともない文学小説の粗筋だけを集めた本を斜め読みして読んだつもりにしておく、会話に困らない程度に。試験や大人たちへの対応にはそれで十分だったから。
 「お前って上げ底の読書家だな」と僕を良く知る友人に言われたことがあったが、それは上げ底に対して失礼でしょう。上げ底にだって底になるだけの厚み深さがある。
 当時の僕を譬えるなら「書き割の読書家」でも厚みがあり過ぎた。
 それが本を読むようになったのは本自体に影響されたからではない。
 たまたま手にとった本が面白く一挙読みしてしまったことから本の世界にのめり込んだ、と言えたら少しは格好がついたのかもと思う。
 嘘でもいいから「路傍の石」に感動したとか書いておけば良かったかもしれない。
 今の時代なら伏見つかさや成田良悟をあげておけば本の世界の面白さを理解してもらえるのでしょうね。森見登美彦や京極夏彦の方がいいかな?
 でも、僕が本を読み始めた理由は「ある女の子に嫌われたくなかった」から。
 ただそれだけ。
 その子が教えてくれた本のいくつか(覚えている限りのタイトル)を歯を食い縛って読んだ。かなり無理して我慢して、頭に入らなくても、とにかく読んだ。
 そうしているうちに僕の部屋はいつのまにか本で溢れ、日常生活でも文庫を携帯していないと時間の過ごし方が不安になってしまうことさえあった。
 無理につづけていたことが自分にとって自然な習慣になってしまうとはこんなことなんだろう。
 「嫌い嫌い」が「好き」とは言わないまでも「いつも」のことなってしまう。
 おかげで現在の僕はそこそこの体感した知識としての本を蓄えることができたと思う。
 しかし、後悔していることがある。
 「なぜもっと早くに本を読むことをしなかったのか。」
 僕は滑り出すのが遅い。
 いつも肝心な時を逃す。
 読書も同じ。
 僕が本を読み始めたのは彼女が亡くなって一年以上も経った頃からだった。
 ある時突然に彼女に対する申し訳なさと恥ずかしさに目覚め、自分の精神世界の狭隘さを痛感した。
 そして、もう居ない彼女に近づくために嫌われたくないためだけに読書を始めた。
 「もし」とか「或いは」というのは僕の嫌いな言葉なのだけれど、もしあの後も彼女が生きていたら僕はもっと彼女を人として好きになっていただろうし、彼女とももっと違った形で時間を過ごしていたかもしれない。
 取り返すことのできない悔恨の時間は終生晴らすことのできない敗北に他ならない。
 僕は「時」に対してそんな敗北感を常に持ち続けている。
 だから今も読書を続ける。
 


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痛車っ !!

 痛車って見てるとやってみたくなりますね。

 ローゼンメイデン 遊びにいくヨ! ef

 去る10月9日のことですが、お台場の船の科学館前臨時駐車場で「第5回 痛Gフェスタ」が開催されました。
 僕は痛車については全くの素人で取材を引き受けるにあたっても「痛車は見るのは好きですが詳しくないですよ?いいんですか?」と言い訳をしてから仕事を受けました。
 で、当日、受付でプレス用パスを受け取って入場したわけですが、一面満開の痛車!期待を裏切らない咲き誇る痛車加減には感動を覚えました。

 まずはさらっとひと周りしてどこにどんなのがあるのかを見てから取材に入ることに。
 会場入って左奥駐車スペースにはデコレーションされたバイク、スクーター、自転車が並べられていました。
 そこで近くにいた方(彼自身、今回は出展してはいないそうですが痛単車のオーナーだそうです)にちょっと伺いましたら、これらは「痛単車」と書いて「いたんしゃ」と呼ばれているとのこと。
 「うまい!座布団を3枚!」と心の中で快哉を叫び、引き続き「痛車の定義」なるものを教えてただきました。
 痛車とは「アニメやゲームのキャラクターや好みのメーカーロゴなどを車体にいれてデコレーションした車」を指すわけですが、大切なのはそこに「キャラクター愛」が溢れていなければならないとのこと。
 単純にシールを貼るのではなく、貼ることによって自分仕様、いわゆる、カスタム車として表現しなければならないんですね。
 僕は痛車に必要なのはコラージュのセンスだと思っていたのですが少し違っていたようです。デザインセンスが必要なのは間違いないですが、それは自分のためではなく、むしろ鑑賞する側のためのものなんですね。
 痛車愛好家同志で張り合って飾りたてるのではなく、愛で車体を埋めて行くのが痛車魂。自分の中に燃える(萌える?)キャラクター愛!で埋め尽くす。それがカスタムを生み出す原動力だったのです。
 そして、それらを実現するためには「働かなければならない」ということ。
 ここは大事です。自分で汗水流して働いてこその痛車。
 「愛を表現するには身を尽くしてこそ」だと彼は説いてくれました。
 つまりは痛車はどこまでいっても自己満足と自己陶酔の世界。知恵と技術を伴った純度の高い一種のナルシシズムなのです。
 それが見ている側に伝わってくるのが名痛車ということになりますでしょうか。
 彼の話には関心させられること一入でした。

 まどか☆マギカ フォーチュン・アテリアル 走る喜び \ Priceless?

 次はメインの四輪車の「痛車」へ。

 さすがに単車とは飾るスペースの広さが違い、様々な工夫を凝らした意匠がなされています。
 中には「R18指定ヴォーカロイド」と表記されたアブナイ痛車も。
 「これって公道を走るに差し障りはないのだろうか?」と心配になったりもしました。
 怖くて画像をアップにできませんので、やや遠目から。画像の拡大機能があればご自身でお確かめください。
 また会場にはコスプレイヤーも多数みかけられ楽しさ倍増です。
 当日はものすごく暑かったのですが、写真中エンジェル・ビーツのコスの彼は大丈夫だったのでしょうか?
 僕の知る限り(何周かした間)彼はそこを動いてはおりませんでした。その根性は真似できないかも。くれぐれもご健康を害さないようお気をつけください。
 それとここには載せていませんが、天野こずえ原作「ARIA」の三大妖精の一人「天使の歌声・アテナ」のコスプレをした青年もいました。まるで異世界にでも連れて行かれそうな見事なウンディーネ(水先案内人)姿でした。
 アニメでCVを担当された川上ともこさんがご覧になったら大ウケして涙をながされたことでしょう。きっと喜んでくれたと思います。
 「大丈夫、明日はきっとやさしい風が吹いています。」(by 水無灯里)

 R18 ヴォーカロイド 灼眼のシャナ エンジェル・ビーツ 

 全体的に「ヴォーカロイド系(ミク、ルカ等)」は目立ちましたね。
 特に「初音ミク」は別格!猛威を揮っていました。
 「涼宮ハルヒ」も根強い人気がありますし、「リリカルなのは」「To Heart2」も目立ちました。
 「あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない」「灼眼のシャナ」「緋弾のアリア」「そらのおとしもの」も堅実ですね。
 「まどか☆マギカ」は主人公「まどか」よりも「マミ」の方が支持率が高いようです。

 個人的に意外だったのはKey作品の多さ!
 「カノン」「AIR」「クラナド」の初期3部作を筆頭に「リトルバスターズ」「フォーチュン・アテリアル」までトータルすればかなりの台数になっていたと思います(「Rewrite」が少なかったのは残念)。
 懐かしいところでは「H2O Footprints in the sand」「沙耶の唄」やワンカットでしたが「吸血姫 美夕」なんかもあって嬉しくなりました。

 さらに今回は「ニコニコ動画」の宣伝カーと「シュタインズ・ゲート」のオフィシャル・カーも特別展示されていました。
 「シュタインズ・ゲート」の「鈴羽」と「紅莉栖」のペイントが美しい!さすがはプロ集団のデザインと思わせるものでした。

 シュタインズ・ゲート(鈴羽) シュタインズ・ゲート(紅莉栖) ニコニコ動画

 デコレーション素材は多種多様。
 シール、カッティングシート、エアブラシ、アクリルペイント、カラーストーン、紙、人形などなど。
 和室に使う欄間をフロントに装着したアメ車もありました。 

 欄間装着 腕

 そうしたペイント等で美々しくデコレーションした車が多い中で異彩を放っていたのは「ラピュタ」のエンブレムを入れた「錆車」。
 全体の塗装をすべて剥がし、丹念に塩水で錆びさせ、ボディにティペットを打ちこみ鉄板の継ぎ目を再現、車内装備も外観に合わせて改装するなどの手のかけよう!
 この車のオーナーは本業は大工さん!しかも痛車はこれがはじめての製作とのこと。すべて自己流で手作り。
 イメージは「ラピュタの巨人兵」だそうで、質感としては十分に伝ってくるものがあり私見としては成功していたと思います(宮崎駿さんにもお見せしたい)。
 しかも、実用車!これで普段から公道を走っていて、当日も自走で運びいれたそうです。
 「痛々しい車」という意味では、確かに「痛車」でした。

 錆車 錆車(内装)

 この「痛Gフェスタ」ですが1日限りなのが惜しまれます。
 会場の都合もありますが、これらの車の大多数は日常生活で使われているものでして、展示するということは「使えない」ということですから会期の延長というのは無理がありますね。
 来年の5月にも、たぶん開催されるでしょうから、それを期待して待つことにします。
 痛車グラフィックさん、次回もよろしくお願いしますね。

 痛車ってものすごく魅力があります。見ていると憧れますよ、絶対に!
 僕も安い中古車を買って痛車づくりにチャレンジしてみたいなとちょっと思ったりしています。
 
 マクロス リリカルなのは ARIA(アリス)

 

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溶けないマーガリンと溶けても残るアイスクリーム

 もうかなり前のことになりますが中国を縦断する企画がありまして同行したことがあります。
 旅程での様々な出来事は異大な中国と呼ぶにふさわしいエピソード満載なのですけど、何にもまして不思議なのは食べ物です。
 子猿の生首とか、犬肉やヒトデ(海星)の串焼きとかそう言ったものもあるんですが、もっと庶民生活側の食品に不思議いっぱい。
 たとえば、同じジャムなのにあからさまに見た目の内容量(表示内容量は同じ)が異なってるなんて当たり前のこと。
 で、何を突然思い出したかといいますと、広州の南沙でのマーガリンとアイスクリームです。
 中国の地方都市というのは電力の供給が不安定で停電が日常生活の一部になっています。
 ですから、冷蔵庫なんて信用がないわけです。
 我が国の一般家庭のごとくに冷凍庫に冷凍食品やら肉やらがすし詰めになることは、ほぼありません。
 そこで、さすがは中国さん。冷蔵不要のマーガリンを開発??しまして、これが日常に行き渡っています。このマーガリン、怖いほど溶けません。
 熱いトーストに塗ろうが、湯銭しようが全く溶けない。しかも固い。仕方なく削ってパンに散らして食べました。味も僕の知る限りマーガリンとは別の食品でした。
 成分をみると乳脂肪、植物性油、その他保存料となっていた気がします(もっと詳細に書きとめておくべきだったと今更ながらに後悔)。
 その他の材料って何を使っているのでしょうか?とても気になって、残りは尊崇の念を抱いて台所に安置させていただきました。今もそのまま置いてあれば、きっと姿変わらずにおわすはずです。
 パルメザンやハードエダムのような削って使うマーガリンとの貴重な出会いでした。
 溶けないといえば思い出すものがもう一つありまして、そうアイスクリームです。
 買った時は普通の(ちょっと歯ぬかりのする)ラクトアイスっぽいのです。
 ですが、6時間停電した後も形をとどめているし、夏場に持ち歩いても形が崩れません。これって??
 後日、北京でアイスクリームを買って持ち歩いているうちに、溶けて棒だけになった姿を見て「おお、本当のアイスだー!」などと感動の声をあげたスタッフもいました。
 ちょっと前に話題になった「溶けないソフトクリーム」なんてのがありましたけど、今から20年以上も前のことですからね…。
 トルコのサーレップのような高級食材を使っていたとも思えませんし、山芋やサツマイモ澱粉が主成分だったのかな?なんて思い返したりしています。
 不思議な国、中国。
 仙山や密林に踏み込まなくとも、きっと今も身の周りは不思議でいっぱいです。
 

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初島さんの閏年観

 4日ほど前のこと。
 取材予定の割り振りも終わって一息ついていた時です。
 梨木さんが「来年は閏年ですね。何か変わりますかね?」と何気なく呟く。
 僕と園田さんは「そっかぁ、2月は29日まであるんだ」と声をそろえる。
 園田さん曰く「出勤も一日余分になるのかぁ」と力が抜けたように。
 「オリンピックの年ですね」と岡淵君。
 「そういや閏年と重なってるんだよね」と園田さん。
 「でも閏年って言っても大差ないよね」と3人とも。
 そこへ初島さんがトコトコやってきて。
 「違いますよ、もっと大事なことがあるじゃないですか」と言う。
 梨木さんが「大事なことって何?」と訊くと初島さんは胸を張って答えた。
 「ご飯が3食余計に食べられます。」

 初島さん、あなたはすごいかもしれない。
 さりげない日常での会話でした。


 *いつもの事ですが呼称は仮名です。

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室生犀星、或いは、鉛筆

  僕の娘は終日鉛筆を削り、削っては折らして泣いてゐる。
  机の上に悲しい鉛筆の心がころがってゐる。ねえ、鉛筆は
  心を少し出して削るもんだよと僕も悲しそうにさういふ。
                  「鉛筆」(室生犀星、『文藝林泉』より)

 なぜ僕が自分のクラスでもないその教室にいたのかは思い出せない。
 友達を待っていたとか、探し回っていたとかあるだろう。持っていたものを落とし、それが転がりこんだということも考えられる。
 或いは、別の何かにそこへ引き込まれてしまったのかもしれない。
 そう、引き込まれたという方が今にして思えば正確な表現だと言う気がする。
 放課後の掃除もとうに済み、児童のあらかたは下校し教室には残っていず、校庭からはわずかに何人かが遊ぶ喚声が遠く近く聞こえていた。
 間もなく最終下校を知らせるチャイムが鳴ろうとする、そんな時刻であったように思う。
 大きく開かれた窓から西陽が刺し込む。
 安っぽい使い回しの机は整然と並べられ、その天板のラッカーが夕陽を反射していた。それはまるで、いつか博物館で見たシトリンの原石のような色だった。
 夏まであとわずか。
 夕暮れは夢を見させる。
 これもそんな夢の続きだったろうか。
 その女の子は鉛筆を削っていた。
 彼女一人を残した、何もない教室で、ボンナイフを手に、鉛筆を削っていた。
 夕日に薄茶色の髪が融け、逆光に縁取られた姿態は一枚の影絵のようで、人を感じさせるよりも風景として完成されていた。
 「あっ」と彼女が小さな声を発した。
 僕は誘われるように彼女の元へ歩み寄り、手元を覗き込んだ。
 左手の薬指の第一関節と第二関節とを縦に繋ぐようして白い絹糸のような線が走り、しばらくするとぷつぷつと血が滲み出てきた。
 綺麗な血だな、映画みたいだ。僕はそう思った。
 彼女は艶やかな小さな唇を開けて傷口を吸い取った。
 僕はゆっくりと背の鞄を降ろして、中からバンドエイドを一枚取り出し、差し出した。それは肌色に似せた、何の模様もない、ごく庶民的なもので、とても彼女の指には似合いそうもない気がした。
 「つかう?」
 僕はたぶんそう言って渡したと思う。無言だったかも知れない。
 彼女も「ありがとう」と言ったのか、それとも黙って受け取ったのか、それも定かではない。
 ただ彼女がそれを指に巻いたことは憶えている。
 彼女が僕を見上げた。
 瞬間、角膜と虹彩を通り抜けた何かが網膜にぶつかった。そんな感触が確かにした。痛いのではない。眩しいのでもなかった。何かが当たったのだ。
 その衝撃に僕は驚き、狼狽し、視線を彼女からそらして教室のドアの方を見た。
 誰もくるはずはない。
 彼女は「あなたは私が嫌いじゃないの?」と言った。
 その意味がわからず、僕は彼女のもっと別の言葉を聞き逃したのではないかとさえ疑った。
 何に答えろと言うのか。とても長い数秒間が過ぎた。
 「私、こんな髪の色をしているでしょう。外人に間違われたり、染めてるって言われること多いの。それに引っ越すことも多いし。自分でも知らないうちに変な噂が広まっちゃって。外人の妾の子だとかね。孤児院にいたとか。外人の汗の匂いがするとか。何でよく知りもしないうちからそんな事を言われるのか、全くわからない。こっちに来て三カ月もたつのに…。本当は運動だって得意だし、授業の時も皆みたいに手を元気よく挙げて答えたい。でも目立つともっと言われるでしょう。だから、じっとしているの。でも、そうすると今度は、お高くとまってるとか、お嬢様ぶってるだとか、成績を鼻にかけてると言われるの。どうしたらいいかわからないよね?」とかすかに笑った。
 それは諦めともとれたし、自嘲とも思えた。
 僕は彼女のことを知らない。彼女が同じ学年にいたことさえ知らなかった。
 一学級48人、1組から6組まであり、クラス合同の授業などもないし、他クラスへ出入りすることもない。何よりも僕には社交性がなかった。情報が入るべくもない。
 「友達、いないの?」
 その直後、言葉の迂闊さを僕は圧倒的に後悔した。
 もう僕にはどうすることもできない。吐いた言葉を巻き戻せもしなければ、それを上手く取り繕う言葉も出てきはしなかった。
 彼女はスカートを握りしめて俯き、大粒の涙をいくつもその上に落とした。
 (ごめん)と謝ればよかったのだろうか?
 それは対処として適切だったかもしれない。でも僕は、徹頭徹尾、無能で、笑っちゃうくらい何も持ち合わせてはいなかったのだ。
 しかし僕の有能無能の如何によらず、彼女は自力で平静さを取り戻した。
 薄い桜色のハンカチを取り出して目を拭いた後、スカートに残った涙の痕を染み抜きをする仕草でそれを押し取った。
 
 その日から時々ではあったけれど僕と彼女は一緒に下校するようになった。
 他の誰かに悟られないよう、話をすることも振り向くこともなく、互いの距離をあけて、彼女が先に立つこともあれば、僕が先を歩くこともあった。とにかく一定の距離を保って二人で校舎を出た。
 彼女の家のほうが僕の家より遥かに遠かった。それは非常に都合の良いことで、僕は家に鞄を置くと自転車に跨り、できるかぎり(彼女の歩く速度を計算にいれて)遠回りをして全力で彼女の家の方へ向かった。
 僕たちは居場所を探した。
 町なかの公園や商店街などは知り合いの目も多いので避けるのは当然だったのだけれど、人目を忍ぶより何よりも僕たちにはそれらの場所が自分たちに相応しいとも思えなかった。
 隅田川の堤防沿いを下流に向かって、言問橋をくぐり、吾妻橋を抜けて、ここまでくれば互いにクラスの誰とも会う可能性はないというところまで歩いた。
 ある時、「川べりに降りてみたい」と彼女が言った。
 それから、そこが僕たちの居場所になった。
 護岸点検用の梯子を伝って堤防を越え、川の畔に降りて話をするのが好きだった。
 川は決して清水ではないし、数えきれないほどのゴミが浮遊し、溝臭さもあったけれど、それでも水のある景色は非日常を感じさせてくれる。
 彼女は本の話をすることが多く、正確に詩を暗唱し、物語の粗筋を的確に伝え、自分の感想を述べた。そこには曖昧な部分がひとつもなく、魅力的な表現が其処此処に散りばめられていた。
 そして、聴いているだけの僕に瑞々しい感性を注ぎ込んでくれたのだ。
 人の頭の中は、こんなにも蔵書を蓄えることができ、心を惹きつける表現を生み出せるものなのかと脅威に感じたのを覚えている。
 「釣りキチ三平」か、「リトルの団ちゃん」くらいしか本を読まなかった僕にはそれはとても新鮮だったし、彼女の饒舌な様をみるのが何にもまして嬉しかった。

 その日、彼女はいつものように一遍の詩を暗唱してみせた。

  雪といふものは
  物語めいてふり
  こなになりわたになり
  哀しいみぞれになり
  たえだえにふり
  また向こうも見えぬほどにふる
  村の日ぐれは
  ともしびを数えているうちに深まる
  雪は野山を蔽い
  野山も見えずなる
  こなになりわたになり
  哀しいみぞれになり
  きれぎれにふりつひに歇んでしまう  

 室生犀星の「信濃」だと言い、「もうすぐ夏休みっていうこの季節に全然似合わないね」と笑った。
 それから僕に「旅びと」と書かれた一冊の古い本を渡した。
 「これね、おばあちゃんが私にくれたの。今の『信濃』が載ってるから後で読んでみて。お父さんの実家って長野の小諸なの。室生犀星って軽井沢に疎開していたことがあってね。いろいろなところで信州の話が出てくるから何か身近な感じがして。信州の冬ってすごく淋しくて厳しいんだけど、この人は囲炉裏の火のような温かみで風景を見ているの。すごく大好きなんだ。これは3か月遅れの誕生日のプレゼントね。」

 そして夏休みが来た。

 彼女は父親の実家のある長野で夏を過ごすのだと言って町を離れ、八月の初めそこから暑中見舞いのはがきを一枚送ってよこした。返信はしなかった。
 僕と言えば何かをするわけでもなく、だらだらと毎日を過ごして、夏休みの宿題も潔く放りだしたまま2学期を迎えた。
 けれども、彼女は長野から帰ってくることはなかった。
 そして、唐突過ぎるその知らせは僕の全身の動きを止めた。
 クラスが異なる僕に連絡網がまわるはずもなく、僕と仲が良かったことなど誰も知らないのだから、教えてくれと言うほうが無理だったのは理解している。
 2学期の始業式の朝礼で校長が取ってつけたような軽い弔辞と交通安全に対する意識を高めるように全児童に力説した。
 「とても残念なことですが6年X組の…さんが交通事故で亡くなりました。… … この様な悲しいお知らせをもう二度と私にさせないでください。皆さんは交通ルールを守って、くれぐれも事故に遭わないよう車には注意してください。」
 残暑が厳しく、湿気が強く感じられ、僕は吐き気をもよおすほど気分が悪くなった。それでも立っていられたのは、倒れることさえ出来なかったからに相違ない。
 僕はその日帰宅してから、彼女がプレセントしてくれた本を初めて開いた。
 「信濃」のページには少女雑誌の付録の栞が挟み込まれていた。
 外では相変わらず蝉の声が弛まずに聞こえ、隣家のクーラーのモーター音が絶え間なく低く鈍く鳴り続いていた。
 
 その後、僕は希望通りの進学は出来なかったものの一応は高校には入学した。
 勉強も学校生活もやる気がおきず、駿河台、神保町辺りをふらついていた時、古書店で「旅びと」を見つけ、同じく棚に並んでいた犀星の「文藝林泉」を手に取った。
 そして、「鉛筆」という詩で目をとめた。

 「鉛筆は心を少し出して削るものなんだよ。」

 僕の中で、初夏の夕暮れ、シトリン色に染め上げられたあの教室が甦った。 
   

 旅びと   「旅びと」(臼井書房、昭和22年初版)

 文藝林泉 「文藝林泉(見開き扉)」(中央公論社、昭和9年初版)

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