高橋真琴先生のお姫様の絵(4)

書庫の中から

 先日、高橋先生から「花によせて」シリーズが、雑誌「こどもの光」に掲載されていたことを伺い、「そういえば書庫にそんな雑誌があったような?」と思い出し、さっそく探ってみました。
 ありました。「こどもの光 別冊 昭和39年12月号」。目次を確認するとP130~133に「花によせて (5)バラ」と。意識して所蔵していた雑誌ではありませんので、運の良さに感謝です。

 「こどもの光」は、家の光協会が1961年に創刊した小学生向けの学習雑誌。発行当初は「こども家の光」だったが、1963年に「こどもの光」に改名。地方の小学校リポート、伝記、学習記事を掲載し、藤子不二雄、桑田次郎、土田よしこなどが連載漫画を担当。1993年からは「ちゃぐりん」という誌名で発刊。母体雑誌の「家の光」とともに農協を拠点に販売を展開しています。ちなみに「ちゃぐりん」という少し変わった誌名は「Child(子ども)、Agricultuer(農業)、 Green(みどり・自然)」の合成語です。

花によせて バラ (1) 花によせて バラ (2)花によせて(5) バラ「こどもの光」表紙 「こどもの光」 


 ということで、今回は、蔵書の中にある高橋先生の作品が掲載された書籍とその関連書籍などを少しご紹介します。

 先ずは「少女クラブ」1962年(昭和37年)9月号付録の「とけいが3時をうつとき」(F・ディクソン原作)。武村志保さんが文を書いています。 
 「とけいが3時をうつとき」は、パール絵小説シリーズの第3集として発行されています。原作は、フランクリン.W.ディクソン。ディクソンは、少年少女向けミステリー作家として当時大人気でした。1927年に発表した「ハーディー・ボーイズ・シリーズ」が代表作。

 とけいが3時をうつとき 「とけいが3時をうつとき」

 「少女クラブ」は、「少女倶楽部」として大日本雄辯会講談社が1923年に創刊。1946年4月号より「少女クラブ」に改題し、1962年12月号をもって廃刊。その後は「週刊少女フレンド」に移行。日本の少女漫画雑誌の起源とも言える雑誌です。本誌の執筆陣は、小説は吉屋信子、川端康成、西條八十、サトウハチローなど、漫画では石森章太郎、手塚治虫、水野英子、ちばてつやなどが主筆をふるっていました。手塚治虫の「リボンの騎士」「火の鳥」は1957年前後に連載されていました。読者層は、小学校高学年から高等女学校くらいまでだったようです。付録には、別冊として歌集、小説、詩集などがあり人気を博していました。高橋先生は小説の挿絵のほか、1958年2月号に読み切り漫画「白鳥の小ぶね」を掲載しています。

「リナ…空と町と少女の物語(完結編)」 「リナ」(ちばてつや / 少女クラブ S36 12月号付録)

 参考までに「あなたの花物語集」と「銀の花びら」を載せておきます。

 「あなたの花物語集」は、1958年新年号の付録。「黒ユリ」(佐伯千秋・文、勝山ひろし・画)と「べにばら」(三木澄子・文、佐藤漾子・画)の2つの物語が掲載されています。表紙は、勝山ひろし。勝山ひろしさんは、昭和20年代から「少女クラブ」「少女」「少女の友」などで活躍した挿絵画家。

(表紙)勝山ひろし 「あなたの花物語集」(S33/1月号)

 「銀の花びら」は、同年11月号の付録。表紙画は表裏とも内藤ルネ。中の漫画は、水野英子・画、緑川圭子・原作です。
 内藤ルネさんは、中原淳一主宰の出版社「ひまわり社」に1952年入社し、中原に師事。雑誌「ひまわり」「それいゆ」の編集を補佐しながら挿絵を描き、後に日本を代表する人気挿絵画家に。一世風靡した「ルネパンダ」の作者。2001年に「内藤ルネ人形美術館」を開館。
 水野英子さんは、女性少女漫画家の草分けで、ときわ荘の住人のひとり。「少女クラブ」1955年8月号の挿絵でデビュー。代表作は「ファイヤー!」「ハニーハニーのすてきな冒険」など。2010年、日本漫画家協会賞、文部科学大臣賞を授与されています。

 銀の花びら(表紙)内藤ルネ「銀の花びら(表紙)」 銀の花びら(口絵)水野英子 (口絵)

 高橋先生は、「少女」で1957年に「悲しみの浜辺」を発表し、漫画家として正式にデビューしました。以後、4年間にわたり連載漫画を執筆しています。
 1957年12月号に「のろわれたコッペリア」を掲載。1958年1月号から「あらしをこえて」の連載を開始され、同年8月号から「パリ~東京」、1961年1月号から「プチ・ラ」の連載をされています。この時期は、バレエを主題にした漫画を精力的に発表されていました。しかし、残念なことに「プチ・ラ」を最後に、コマ割の漫画をお描きになられていません。これ以後は、作品は静止画、タブローの絵画が中心になっていかれます。
 現在、「パリ~東京」は、復刻版「桜並木」に収録され、「プチ・ラ」は画集「少女ロマンス」の中に1話のみ収録されています。

 あらしをこえて「あらしをこえて」 (少女クラブ1958年8月号)

 「少女」は、光文社が1949年に創刊。1963年2月号を最後に休刊となっています。花形子役だった松島トモ子が表紙を飾り、長谷川町子「仲良し手帳」(1949年から連載、それ以前は1942年まで少女倶楽部で連載)、倉金章介の「あんみつ姫」が人気でした。1957年には「星よ、またたけ」で、わたなべまさこがデビュー。1955年、横山光輝のはじめての連載作品「白ゆり行進曲」が掲載されたのもこの雑誌です。松本あきら(松本零士)も作品を掲載していました。

 「わかれのワルツ」(1958年8月号) 「わかれのワルツ」(松本あきら) 「少女」(1962年8月号) 「少女」(表紙)

 少女雑誌でのご活躍は広がりをみせ、「小説女学生コース」でも、「世界名作舞台絵本」などの挿絵を手がけていらっしゃいます。

 眠れる森の美女(小説女学生コース) 眠れる森の美女 (1968年5月号)

 「小説女学生コース」は、学習研究社が1967年に創刊。1970年3月号より立風書房へと移行し「女学生ロマン」と改称され、1971年4月号をもって廃刊。小説では、富島健夫、三木澄子、漫画では、福地泡介、みつはしちかこなどが執筆していました。花村えい子さんが「けがれなき慕情」を連載し話題に。

 丘の上の娘たち(花村えい子) けがれなき慕情 (花村えい子) 小説女学生コース(表紙)

 また同社は、当時、「美しき十代」という少女向けファッション情報誌も発行していました。ここでは、1962年から連載を開始した、みつはしちかこさんが描くチッチとサリーの「小さな恋のものがたり」が一躍人気になりました。

 「小さな恋のものがたり」&「美しい十代(S38 2月号)」 「小さな恋のものがたり」「美しい十代」(表紙)

 高橋先生の作品をご紹介していますと、1960年代からの少女雑誌の歴史を鳥瞰できます。それほどご活躍は多岐に及ばれ、また、そのシュチュエイションは非常に重要なものでした。1970年代に入って、ますます読者の支持は広がり、製作も多忙を極めていかれます。その代表的なものの一つが少女漫画雑誌の表紙です。

 デラックス マーガレット S48 冬 「オーストリアの少女」  冬のバラ (絵葉書) 「冬のバラ」(絵葉書)

 デラックスマーガレット1973年冬の号の表紙「オーストリアの少女」です。シンプルで上品な、とても美しい表紙絵で個人的には一番気に入っています。
 この号では、くらもちふさこさんが新人としてデラックスマーガレットに初掲載されています。他には同じく新人として、市川ジュンさん(代表作「陽の末裔」、夫は「紅い牙」の柴田昌弘)が紹介されています。

 くらもちふさこ 「わすれんぼう」(くらもちふさこ)

 デラックスマーガレットは、集英社が1967年に季刊誌として創刊。1978年9月号から隔月刊となり、2010年7月号をもって廃刊。同年9月から「別冊マーガレットSister」としてリニューアル。
 高橋先生は、ここで多くの表紙や口絵、綴じ込みピンナップなどを描かれています。先生が描かれた表紙絵のいくつかは画集に収録されています。
 
 少女ロマンス('99刊行) 「少女ロマンス」 71年秋の号 (71年秋の号) 72年夏の号 (72年夏の号)

 下は、「小学一年生」昭和56年11月号ふろくの「おひめさまえほん シンデレラひめ」です。これは両面の折りたたみ絵本になっています。片面は「白鳥のみずうみ」(いがらしゆみこ画)です。
 「小学一年生」は、小学館の学習雑誌として1925年に「セイガク一年生」として創刊。1941年、小学校が国民学校と改称したため「国民一年生」に変更。さらに1942年、戦時下の統制により「良い子の友」と「少国民の友」に統合。終戦後、1946年に「小学一年生」として復刊しました。
 高橋先生は、ふろくの絵本をはじめ、本誌中でも数多くの童話をここで掲載されています。古書店で丹念に探しますと雑誌自体は割と見つけやすいです。が、児童用雑誌ということもあり、書き込みや切り取りなどが多く、状態の良いものを見つけるのはやや難しいかも知れません。

 小学一年生ふろく 「シンデレラひめ」(表紙) 小学一年生ふろく 「シンデレラひめ」 「シンデレラひめ」 「シンデラ姫」の片面(いがらしゆみこ画) (白鳥のみずうみ)

 次は、急に年代が飛びますが、月刊「コーラス」の2011年4月号の付録冊子です。この冊子には表紙絵の他、高橋先生とくらもちふさこさんの対談が載っています。

 乙女コーラス(表紙) (表) 乙女コーラス(裏表紙) (裏)

 「コーラス」は、1992年、集英社「ザ・マーガレット」の特別編集2月増刊「コーラス」として発刊。1994年5月号より月刊誌として刊行。この時のキャッチコピーがちょっと洒落ていて「少女まんがもオトナになる」でした。この新創刊当時に20代~30代だった女性をターゲットに絞った、彼女たちが少女だった頃に夢中になった連載陣(一条ゆかり、くらもちふさこ等)を明確に打ち出していました。2005年に、同社の「ヤングユー」が休刊となり、同誌の連載の一部を移行し、現在に至ります。

 高橋先生と嶽本野バラさんのコラボレーションが話題になりました創作童話「うろこひめ」です。

 うろこひめ うろこ姫P09 「うろこひめ」(表紙&9頁)

 これは主婦と生活社から2004年に刊行された嶽本野ばらの創作童話。「小さな国のお姫さまは双子だったが、姉は美しく、妹は醜かった。姉の死後、妹は魔法で姉そっくりになり、その魔法が解けぬように6日毎に人間を殺して食べなければならない」という設定。高橋先生は、ここでもチャーミングなお姫様を描いています。
 この本の挿絵は、高橋真琴先生のお姫様が「なぜ理想的な可愛いお姫様なのか?」と更めて考えさせられます。ここでの「魔法で美しい姉と入れ替わる醜い妹」というのは、「女の子はお姫様になれる」という高橋先生のテーマをある意味でダイレクトに表現しているのではないかと思います。読後にじっと考えていると「女の子がお姫様になる」→「男の子は王子様になれる」という図式が今更ながら浮かんできます(おいそれとなれるものではありませんが)。もちろん、この本だけではなく、先生はずっとお姫様を描きながら、私たちにそれを伝えてきました。つきつめるところ、先生の絵が本心から可愛い、美しいと思えるのは、観ている側が自分に求めている自分の理想の姿に欠けているからなのではないかとも思えます。かつて室生犀星は「真実の純愛は小説の中にしかない」と言いましたが、それに近い憧憬があるのではないかと思えるのです。
 お姫様を見て、王子様になる努力をする。外見ではなく、内面の理想を磨くことによって変身できるのです。お姫様の瞳に凝視られても胸を張っていられるように。

 余談ですが、小学館から刊行された小説「鱗姫」(嶽本野ばら)とは全く別の話になっています。ストーリーを比較してみるのも面白いと思います。

 画集「あこがれ」 「あこがれ」(カバー)  「あこがれ」(裸表紙) (裸表紙)


 まだまだ挙げれば切りがなく、一度にはご紹介しきれません。まして私の所蔵している書籍などは、先生が描かれた作品数の何百分の1にしか過ぎません。この他にも単行本や「少女フレンド」「少女コミック」の表紙などもありますし、様々な書籍の装丁、挿絵など素晴らしい作品があります。美術出版などから高画質印刷の画集も刊行されていますので、ぜひ、手にとってご覧ください。私自身、これからも機会があれば収集して、今回載せきれなかったものと併せて、折々、ご紹介いたしたいと思います。

 最後に、美術出版から刊行されている画集「愛のおくりもの」と、今年5月21日から始まった「佐倉フラワーフェスタ」のポスターを載せさせていただきます。

 画集・愛のおくりもの 「愛のおくりもの」 佐倉フラワーフェスタ・ポスター佐倉フラワーフェスタ 2011」
  

(to be continued)

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祈る少女の話

 先日、こんなことがあった。

 PC用部品を買いに秋葉原へ出かけた。アニメイトの前あたりで何かを抱えて、胸の前で手を組み祈っている女の子がいた。遠目にもその異様な感じは私の注意を惹きつけるには充分だった。関わらないのが肝要。その子とは逆側の新作ゲームの看板に目を向けながら、そそくさと通り過ぎようとした瞬間。
 「アニメ、好きですか?」
 唐突に声をかけられた。新手の客引きかと身構え、きっと表情を作り、目を合わせないようにして冷たく答えた。
 「興味ありません。」
 すると女の子は「え~っ、うっそぉ~!」と派手なリアクションを返してきた。はっきり言ってムカついたので、そこで初めて声の主をまじまじと見た。
 「初島さん?」
私は驚きを隠せずに、確認するようにその子の顔を窺った。
 「はいっ!」と彼女は元気に答えた。
 初島さんは、今年3月に某アニメ専門学校を卒業し、4月から某アニメ製作会社に採用された女の子である。
 「何してるの?」
あまりにも意外な出来事に私はちょっとばかりうろたえていた。
 「リサーチですぅ。会社から言われちゃって。」
テヘっとか言って、彼女は笑った。
 「リサーチ…」
 「はい、リサーチですぅ。」
(アニメ、好きですか?)ってダイレクトに問うて、次に何を質問する気だったのだろう、この人は。
 「何のリサーチをしていたのですか?」
彼女は照れ臭そうに言った。
 「していたって言うのは語弊があるかも。今、初めて声をかけたんですぅ。」
 また彼女は、テヘっとか笑って見せた。(立て続けに擬音付きで笑うな、君は某エンジェ○イドか)とツッコミたかったがそこは言葉を伏せて、「始めたばかりなのですか?」と差し障りなく尋いてみた。
 すると彼女は、またまたテヘっと笑って、「知らない人ばかりで声をかけにくかったので、知っている人が通らないかなぁとか神様に祈ってました。」
 この人はリサーチの意味がわかっているのだろうか?誰が指示したんだ?齊藤さんか?
 「で、何をリサーチしてたんですか?」
 彼女は少し困ったような顔をして、急に真面目になって言った。
 「何を訊けばいいんでしょう?」
 「はぁ?さっき仕事で来てるって言わなかったですか?仕事なら目的があるでしょう?リサーチのシートとか持ってないんですか?」
(いくら総天然色少女の初島さんとは言え、ほどがある)と内心イラっとした。
 「ありますよぉ。ちゃんと」とホルダーに留められたシートを差し出した。私はそれを見て目を疑った。こんな自由度の高いリサーチが存在するのかと正直、呆れた。そこには中太の黒マジックで「アニメの好きな人に質問して何かを聞いてくること」とだけあった。何かを聞いてくるって、この「何か」って何?哲学的に深い存在意義を尋けということなのか?それとも、何でもいいから話をして来いということなのか?この句読点のない一文がとてつもなく重く感じられた。と同時に、あまりにも無責任で彼女が可哀想に思えた。
 「確かに、これでは曖昧すぎるね。」
 「ですよねぇ」と彼女は笑った。
 「声がかけにくいと言うか、その後の話題がないって言うか、困っちゃいますよねぇ。」
彼女は、またしてもテヘっと擬音を交えて笑った。
 「でも、リサーチしないことには社に帰れないでしょう?」
 「ですよねぇ」とB4のホルダーを胸に抱えて、無邪気に自分の右側頭部のあたりをコツンと叩いた。
 「これって齊藤さんですか?」
 「ちがいますよぉ。楢崎部長でーす。」 
 「楢崎さんから質問事項について説明がありませんでしたか?」
 「なーんにもないですよぉ。」
(これは確かに困るな。直接、楢崎さんに聞いたほうが良さそうだ。)
 「楢崎部長は、今、社にいるの?」
 「いるはずですよぉ。」
 私は携帯を出して、差しでがましいとは思いつつも楢崎部長に電話をいれた。
 「楢崎部長ですか?今、秋葉原で初島さんに会ったのですがリサーチの件で困っているようなんです。私が口を出すことではないのですが、お聞きしてもよろしいですか?これって何のリサーチなんです?」
 すると楢崎部長は豪快に笑って、こう言った。
 「ああ、いいの、いいの。それ。実はね、プロットでそういうのがあってね。実際にそんなシーンに出くわしたらどうするかって、ほら、表情とか、行動とかさ。それをリサーチしてたんですよ。」
 「つまり、リサーチの対象は不特定多数の通行人ではなくて、初島さんだったってことですか?」
 「うんうん、そういうことだね。はっはっは」と彼は豪笑した。
 私はあたりをゆっくりと見廻した。すると通りの反対側、ソフマップのところでVサインを送っている齊藤さんと演出の神崎さんがいた。

 何ということはない、ある平和な昼下がりの出来事であった。

              (文中の呼称は仮名で表記させていただきました。)

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誘蛾灯 

 夢の話である。

 山なかの参道を歩いていた。時刻にすれば晩の八時か、九時くらいであろう。そんな気がした。
 鬱蒼と覆い被さる杉林。距離を置いて据えられた石灯籠の妙に生々しい火が、ささくれ立った杉の木皮をてらてらと脂ぎった赤銅色に映し、その影を尚一層不安げに塗り潰していた。
 覚えの無い山道。場所は皆目、見当もつかない。なんの手がかりもない。だが、歩きなれた道という感覚だけがあった。
 一人ではない。隣には、奇妙なことに江藤という男がいた。奇妙な、と言ったのは、実は私は彼のことをよく知らない。中学の最後の一年間を同じクラスで過ごしたものの、ほとんど接点がなかった。それでも彼は、まるで親友のごとくに、隣にいた。
 参道は雨があがった直後のようで、私たちは泥濘に足をとられぬよう、ズボンの裾が汚れぬよう気に病みながら、それでも出来るだけ足早に歩いた。
 江藤が口を開く。
 「雨が降って好かったな。これで全部流れて消えているはず。見たくないもんな。あぁっ、でも、足元が悪くなるのだけは御免してもらいたい。」
 彼自身に言ったのか、私に向かって言ったのか。おそらく、そのどちらでもないだろう。単にそんな言葉が口をついただけなのだ。彼は私の相槌など期待してはいない。
 私もそれには答えずに、ただ前を見て歩いている。暗い山道の先に煌々と光る石段が見えていた。
 また江藤が言葉を継ぐ。
 「やっと階段まできたな。これで足元を気にしなくて済む。」
 彼の言葉は、まるで帰り道のことを気に留めていないように聞えた。
 石段の登り口で、ほんの少しだけ足を止める。行く先を確認するように二人とも階段を見上げた。
 敷き詰められた石は、両側に沿って並べられた誘蛾灯に照らし出されて、白く光っている。かなり急な勾配がついていて、先にあるはずの堂の山門すら見えなかった。私たちは並ぶようにしてそこを登りはじめた。
 不意に、ぬらりと、得体の知れないものが擦れ違った。虞が私の歩みを止める。それが誘蛾灯に映し出された自分の影であると理解するまで、しばらくの時間を要した。それほど気が昂ぶっていたのだ。灯りに近づくたびに、影はぬらっと脇を滑って後方にまわり、ひとつ過ぎては、また前方に現れた。
 黙々と登る。江藤が息を切らしている。その呼吸が耳障りなくらいに近くに聞えた。やがて彼は、大きくひとつ息を吸い込んだ。そして、「やっと着いたな」と、それと共に吐き出した。
 石段を登りきり、堂の前に立った。私は、彼よりもわずかに先を歩き堂に向かった。堂の内には仏像もなく、焼香台もなく、ただ薄暗く、風も無く、静かだった。四本の蝋燭が棺を作るように点てられており、その中に彼女は寝かされていた。私たちは彼女に手を合わせた。
 「終わったな。さぁ、帰ろう。」
 江藤が向きを変える。私はすぐに戻る気になれずに彼女をじっと見つめていた。彼女の顔は蝋燭の明かりのせいだろうか、やや紅みが差して見えた。不図、彼女の胸が膨らんだ気がした。
 「何をしてるんだ。帰るぞ。もう終わったんだ。」
 私は動けなかった。江藤が急き立てるように繰り返す。
 「帰るぞ。終わったんだ。」
 私は彼女を注視する。幽かだか胸が上下している。彼女は、呼吸を、していた。私だけがそれに気づいたのだ。
 「まだ生きている。彼女は生きている。」
 私は江藤の腕をとって引き止める。彼は、私を見て繰り返した。
 「もう終わったんだ。もう終わったんだよ。」
 それでも私は彼に伝えようと懸命になる。しかし、言葉は風のようになり、声にならない。次第に江藤が遠ざかる。素早く滑らかに立ち去ってゆく。私は大声で叫ぼうとする。
(彼女は、まだ、生きている!)
 
 そこでいつも眼が覚めた。

 この夢を見なくなって、もう大分経つ。私は諦めたのだろうか。それとも忘れたのだろうか。今となってはわからない。時が経つことによってわからなくなってしまった。
 彼女の名前はいつでも言える。しかし、顔が思い出せない。卒業アルバムを引き出して眺めても、「私の知っている彼女はこんなに無表情な女性ではなかった」と、曖昧な違和感だけが付き纏う。過去になるとは、そんなものなのかも知れない。ただ、今でも、ある一瞬の彼女の声だけは確かに呼び起こせる。
 「太宰治って漢字で書けた?」
 それは彼女と学校で交わした唯一の会話だった。とても柔らかで、とても親しげな声。その時、そこには、彼女と私しかいなかった。

 突然、こんな夢の事を思い出した。

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高橋真琴先生のお姫様の絵(3)

“ MACOTO 77 ” 

 現在、高橋先生は今月24日から6月4日まで、銀座のギャラリー向日葵で開催される個展“MACOTO 77”「星の天使たち」の準備をなされています。テーマは各会場ごとに異なり、先生ご自身でお決めになります。「テーマを決めるということに難しさはありませんか?」との問いに答えてくださいました。
 「テーマを決めるというのは難しいですし、ある意味でそれに拘束されるわけですから描くほうとしては大変です。しかし、テーマにそったものを考え出すということは楽しみでもあります。今年は東京と兵庫で予定しているわけですが、東京は “星の天使たち”、兵庫は “ものがたりのヒロインたち”というテーマにしました。作品はそれに合わせて新規に描き上げています。今まで数えきれないほどの絵を描いてきました。けれども、そのどれにも満足がいくというわけではありません。もちろん、大変な苦労をして描くわけですから完成した時は、どの絵も可愛いし、気に入ってます。でも、だからと言って、それが完全というわけではないんですね。だから、また次の絵を描き始める。描くたびに異なる線、異なる色合い、同じものは一つとしてないわけです。テーマを決めて描くということは挑戦なのです。苦しい、そして、楽しい挑戦ですね。」
 先生は、今年で画業58年、77歳、喜寿をお迎えになります。2会場で異なるテーマに挑み、作品を生み出すバイタリティは測れるものではありません。描きあげられた作品もその気迫を押しつけてくるようなものではありません。「高橋真琴」という芸術家自身がロマンのプリズムとでも言うのでしょうか。私が先生の作品から感じ取れるもの、それは、そのエネルギーが置き換えられて誕生する少女や動物、花を通じて伝わってくる優しさと夢の印象の広がりです。

MACOTO 77 “ MACOTO 77 ”  個展案内ハガキ 「個展の案内ハガキ」 
 
 高橋先生からは穏やかですが非常にエネルギッシュな情熱を感じます。絵についても、ただ描く側が発表、展示するのを観てもらうというのではなく、観ている人に楽しんでもらう仕掛けみたいなものも組み込まれているそうです。たとえば蜜蜂を描き、「その絵の中に何匹の蜂がいますか?」のようなナゾナゾ。花弁の中、葉の後ろ、数は「蜂」の語呂合わせで「八匹」。ちょっとしたいたずら心みたいな仕掛け。しかし、観る側はそれをきっかけに絵に加わることができます。頬を赤らめる鳩の絵を見て恋の恥じらいを感じ、そこから観ている人が自分で絵の物語を広げることができます。先生は「僕の絵は漫画的な要素もありますから、そういう仕掛けを入れやすいのです。またそんな仕掛けがあるのだと思って観ていただければ、ただ眺めるよりも楽しくなると思います。描くほうも観ているほうも一緒に楽しめますから」とおしゃっていました。

CDジャケット 「いやな予感」 人魚姫(オフセットポスター) 「人魚姫」(ポスター)
 
 先生はコーリン鉛筆のパッケージをご覧になり、話は色彩のことに移りました。「淡彩で描いていたものに黒を背景に入れてみる。僕はあまり黒、原色は使わないのだけれど、背景の一部に入れてみると意外に引き立つのを見つけたりするわけです。昔、ノートや筆箱などは男の子用は青、女の子用は赤というようにバックの色が決められていたのですけど、では、その背景色を生かすにはどうするかでいろいろなことをやってみました。どうすればその背景色が綺麗に見えるか?ですね。たとえば小さな花をたくさん描きいれたりしたわけです。こんなちっちゃな花をそれこそ数えきれないくらいに。すると “ 高橋は無駄に花を描く ” とか言われたりもしました(笑)。」

コーリン色鉛筆24色 コーリン色鉛筆24色 コーリン鉛筆 コーリン鉛筆(表)パッケージ(裏面)(裏面)

 「絵というものは描きこみすぎてもいけないんです。どこまで描くかが問題なんですね。自分で描いていて“ もっと単純でもよいのでは ないか ”と思うこともあります。しかし、あまり単純だと手抜きだと思われます。画家ですから、ある程度はプロというところを見せないと(笑)。今度の個展の絵もいろいろなことを取り入れます。ぜひ、ご覧になって楽しんでください。印刷物は再現において限界があります。肉筆でないとわからない部分があります。そういう意味でも原画というのは参考になると思いますよ。個展が終わりましたら時間ができますので、またゆっくり遊びにきてください。」

セピア…スイトピー スイトピー(部分) スイトピー 「セピア “ スイトピー ”」(原画)

 最後に「花15号」の見返し裏面に高橋先生から記念のサインをいただきました。個展前の非常にお忙しい時間でしたが高橋先生は気さくに応対してくださいました。気がつけば時間は午後1時40分を回っていました。長時間、お相手していただき本当に忝く思います。製作を中断してまでお時間を割いてくださった高橋先生に心から感謝を申し上げます。個展には必ずお伺いさせていただきます。
 
高橋先生サイン

(to be continued)

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高橋真琴先生のお姫様の絵(2)

 5月4日、高橋真琴先生のギャラリーを再訪いたしました。前回は、E-Book社さんの企画で荒俣宏先生が取材にいらしていたため、早々に退散しました。今回は、ご都合が合えば、先生か、奥様に見ていただきたいものがあるので、数点の資料をバッグに詰めての訪問となりました。

  花によせて~ひまわり

 時刻は正午を少しまわったあたり、「お食事の最中かも?」と少し不安ながらもドアを開くと、中央の白い小さなテーブルでは奥様と壮年の男性がお話をされている最中。(これはまた出直したほうがいいかな?)と入り口で逡巡していると、それを見てとったのか、男性が「お客さんみたいだね。いつもでこられるから今日はこれで失礼しますよ」と軽く会釈をして席を立たれました。男性が退室して直ぐに用件を切り出すのも無作法に思え、しばらく絵を眺めて一拍時間をおいて、奥様にご挨拶と先日の非礼をお詫びしました。奥様は覚えていらしたようで「こちらこそお構いもせずすみません」とお気づかいいただきました。挨拶をすませ、持参したバッグからおもむろに2冊の本を取り出し奥様にお見せしました。「実は、1冊は貸本で昭和41年発行のものとわかるのですが、こちらの方はいつの作品なのかわかりかねております。ご覧いただければお教え願えるのではないかと思い、お持ちいたしました。」
 奥様はちょっと手にとり「これは随分と初期のものです。おそらく先生が19歳ころのものかと。いい加減なことを言えませんので、本人に見てもらったほうがいいでしょう。呼んできますのでお待ちください」と奥へいかれました。2~3分のち、もっと短かったかもしれません。直ぐに先生はお見えになられました。

 「よくきてくれました。どうぞお掛けください」と突然の来客にも嫌な顔ひとつせず、むしろ、こちらを落ち着かせるかのような笑顔で迎えてくれました。私は奥様にご挨拶したのと同じく、取材のお邪魔をしたことを詫びましたが、先生は覚えていらっしゃらなかったようです。商談や取材ではないので時宜の話など無用と思い、テーブルに早速、持参した資料を1点づつ、それを手に入れた経緯を短くそえて並べました。

花15号 カバー&裸表紙 「花・15号」(カバー&裸表紙)


 最初にご覧いただいたのは「花」という雑誌でした。昭和41年発行のもので貸本処理がなされています。先生の絵と文で「ひまわり」という作品が載っています。この作品、元は「こどもの光」に「花によせて」シリーズとして掲載された2色の作品であったそうです。それを「花」に載せるにあたって色を加えたとのこと。花の物語は「ひまわり」のほかに「コスモス」「バラ」などがあったようです。表紙の見返しにも先生の作品が描かれています。

花15号 表紙見返し 「花・15号」(表紙見返し)

 この物語の最後の挿絵にある、海を見詰める少女の表情のせつなさが、幼少当時、強く心に残りました。

ひまわり 「花によせて…ひまわり」(全4頁)
 
 次にご覧いただいたのが「赤い靴」でした。「これは昭和28年頃のものと思いますが、はっきりとわかりかねるので先生に教えていただきたいのです。宜しくお願いします。」
 先生は、それを手に取りパラパラとページをめくり中を確認し、本を置いた後、紙とペンを取り出し「1953」と綴られました。先生は元号よりも西暦のほうが馴染みらしく、昭和XX年という言い方をするとわかりにくいのだとおっしゃっておられました。作品をデビュー年代から順をおって説明をしてくださいました。赤い靴は1953年頃の出版で、初の単行本(あらしをこえて)以前の初期作品。これは縁日などで販売する目的で発行された書籍のようです。

赤い靴 「赤い靴」

 絵の中の道具と表現

 この本をきっかけに先生のバレエ作品についてお伺いすることができました。
 「私の幼少の頃の記憶なので確かではないのですが、先生は多くの作品でバレエを本格的にとりあげられていたように思えるのですが?」
 すると先生は「先日の朝日新聞でバレエを主に置いた漫画を描いたのは僕が最初みたいなことが書いてありましたね。手塚治虫さんがその前にバレエを扱っていたみたいだけれど、描写の一部につかっていただけみたいですね。」
 バレエはヨーロッパの優雅さを代表する芸術、そこに惹かれ、それと同時にロココ美術に興味をいだかれて、そうして合わさったものが高橋先生の絵の重要な要素になったということをお話されていました。
 「ブーシェ、フラゴナール、鮮やかで繊細な風俗画が多いロココの美術は低く見られがちだけれど、ああいう芸術もあってもいいと思いますね。見る人を楽しませる、そういうための美術をもっと認めても良いのではないでしょうか。」
 私もフラゴナールは大好きな画家の一人なので、先生の言葉には一も二もなく頷きかえしました。それから話はロココの生活から「ねむりひめ」につながっていきました。

ねむりひめ 「ねむりひめ(初版)」(表紙&33頁)

 「僕は、ねむりひめを描くにあたって時代、その時に使われていた道具、食材なんかにも興味があって調べたんです。その時代にキャベツを食べていたか?とかね(笑)。描く以上、間違いがあってはいけないから。調べるということは大変苦労が多いのだけれど、それが面白い、楽しいものですよ。次から次へと興味がわき、広がっていく。大変な作業だけれど辛いと思ったことはありませんね。」
 この言葉には心底、頭が下がりました。私自身、仕事で物を調べるとき、どうしても面倒が先に立ち、お茶を濁す傾向にあるを真摯に反省します。

にんぎょひめ(小学館) 「にんぎょひめ(初版)」(表紙&口絵)

 高橋先生の絵は、繊細で流麗なラインと柔らかな色彩から抒情画と言われています。その言葉の中に隠れがちになってしまいますが、作品中には冒険的な大胆な描写が含まれています。人魚姫の話に及んで、その一部分がわかります。たとえば人魚姫のヌードの描写。
 「人魚姫を描いている多くの児童書では、人魚姫の胸は隠されていることが多かったのです。貝とか、髪とか、手や海藻などですね。でも、僕は胸を隠さずに裸のまま描くほうが自然なのじゃないかと思った。アンデルセン絵本では乳首も描きいれています。いやらしさではなく、あくまでも自然な状態に見えるように。」
 児童書というのは規制が厳しく、しかも今より25~30年以上も前のことです。ちょっとリアルに感じられるヌードであったりすると出版社が自主規制をかけていた時代です。そのことをお聞きすると「出版社は何も言わないで、好きなように描かせてくれました」とのこと。それは先生の表現が子供たちに見せる美術表現として如何なる干渉も許さないものであったことを顕しています。男の子から見た性の美しさや憧れ、女の子から見た性の美に対する夢。裸の人魚姫を素直に綺麗だと思える、そういう作品であったことの証明です。

まんがアンデルセン「人魚姫」 「まんがアンデルセン“人魚姫”」(表紙&45頁)
 
 「おやゆび姫」の蟾蜍については、「絵本の中では蛙って王冠をかぶっていたり、漫画的に擬人化されていることが多いけれど、蟾蜍というのは大概において気持ちの悪いもの、嫌いな人が多い生き物なんです。僕は薄気味悪い現実の蛙を描きたかった。だから庭にいる蟾蜍を観察して綿密にスケッチをとりました。こどもたちに、可愛らしいおやゆび姫の対極にある怖い蛙、気味の悪い蛙というのを伝えたかったのです。」
 この話を伺って思い出したのは、まだ私が高校生だった頃、高橋先生の「おやゆび姫」を従姉妹に読み聞かせをしていた時、従姉妹たちが「おやゆび姫がこんな汚い蛙と結婚させられちゃうなんて可哀想だ」とそう言って本気で怒っていたこと。蛙の絵に込められた意図は確かに伝わっていたのです。

おやゆびひめ 「おやゆびひめ」(表紙&6頁)

(to be continued)

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