「世界の子供たちのために」~別府葉子シャンソン・コンサートから~

 別府葉子TY2016b

 別府葉子さんがコンサートで取り上げる曲は非常に興味深いものがあります。
 今日は、ルーテル・市ヶ谷ホールで開かれたコンサートの曲目の中から、一曲だけ紹介させていただきます。
 「世界の子供たちのために(Pour les enfants du monde entier)」です。

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 1987年、フランスのシャンソン歌手イヴ・デュテイユはイラン・イラク戦争に徴兵されてゆく子供たちの姿に打ちのめされ、その言い知れぬ絶望からひとつの歌を作り出しました。

 この歌は周囲を圧倒するようなものではありません。
 切々と語り掛けるように訴えてくる反戦歌です。

 爆弾を抱え人込みに放り出されて、兵器にされる子供たちがいます。
 彼らが戻ってくることはありません。
 遠隔操作で押されたスイッチが、周囲とともに子供たちの命を奪うのです。

 小さな腕に銃を抱えて、希望のない瞳を空に向ける子供たちがいます。

 「私が一番最初に殺したのは、大好きなお母さんでした」と無表情に語る子供がいます。

 小説の中の話ではありません。現実におこっていることなのです。
 
 子供であることが周囲に安心感を与え、それを利用して彼ら自身が武器に仕立てられます。
 そうして奪われた命は、最後にどういう叫びをあげるのでしょうか。
 そうやって死んでいった命は、果たしてもう一度、人間に生まれ変わりたいと願えるのでしょうか。

 出口のない絶望だけを抱えた子供たちは確かに存在しています。
 僕たちの目が向くことはなくても、ビールジョッキを片手で口に運んでいる時にも、世界のあらゆる場所で子供たちの絶望は続いています。

 この日、別府さんが「世界の子供たちのために」を歌うことを知っていたら、もっと多くの人に声をかけていたのに。
 曲目を見た時、後悔しました。

 終演後、いつものように別府さんが見送りに出てらしていたのですが、申し訳なくて会釈するのが精一杯でした。
 こうして書いてはいても、ゲーム終了後のゲーム解説のようなお粗末さを痛感します。
 ですから、ご存じない方は、ぜひ一度、お聴きになってみてください。
 今だからこそ意味のある歌だと思います。


 子供たちに 「子供たちに」(2003年・キングレコード)


 「世界の子供たちのために」 イヴ・デュテイユ


 もうなにも希望を持てない世界中の子どもたちのために
 この地球のすべての支配者に向かって、私は祈りを伝えたいのです

 姿を消す子どもがでるたびに全世界が希望に線を引いて消しているようです
 未来が私たちのものになるという希望を線で消すようなものです

 唇に微笑みをたたえて心安らかに子どもたちが去るのを私は見ました
 子どもたちの行き先は死なのでしょうか、それとも大人たちが約束した天国なのでしょうか

 だけど、子どもたちが地雷の爆発で吹き飛ばされた時、殺されたのはモーツァルトでした
 もし幸福のためにこれだけの代償を払うのなら、幸福とはどんな地獄からその糧を得たのでしょうか

 そしてどれだけの沈黙と暗闇を代償として払わなければならないのでしょうか
 子どもたちの話の思い出を記憶から消すための代償として

 どんな遺言が、どんな福音書が、ものの見えない愚かなどんな手が
 この無垢な存在に、これほどの涙と苦しみを強制できるのでしょうか

 恐怖、憎しみ、暴力が子どもたちの命に火を放ちました
 子どもたちの道は棘と貧困と鉄条網でおおわれています

 自分の心臓の鼓動を聞くように独裁者に説くことはできるのでしょうか?
 大統領もときどきは泣くことがあると思ってもいいのでしょうか?

 泣く以外に声を出せない世界中の子どもたちのために
 この地球のすべての支配者に向かって、私は祈りを伝えたいのです

 あなたたちが目を開いたまま睡眠薬で眠っている間
 ほんの一瞬でいいから、あなたたちの童心の魔術を広げてください

 サンタクロースやクリスマスを理由にして世界では少しの間の休戦が可能なのだから
 その休戦の期間を永遠に続けられればいいだけなのに

 その休戦が永久に恨みを消し去って、心の底の復讐心と残虐さを鎮めればいいのに
 ずっと、永久に

 私には少しの権力もありません
 だけど今日、私の心は希望に満ちあふれ、命への賛歌でいっぱいです

 ゲットーから、スラム街から今世紀の流謫の心から、ほとんどあらゆる場所から声が上がり、人々を立ち上がらせ、歌わせます

 国境を閉鎖したとしても、港や川を通行禁止にしたとしても閉じられた心の中で密かに歌は徒歩で伝わっていきます

 母親たちが子どもたちに歌を教えて、子どもたちがそれを歌って、歌は自由の空の下で、ついに爆発的に広がります

 世界中の子どもたちのために

 世界中の子どもたちのために



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 今が、戦前にならないように。
 子供たちの未来が永遠に戦後でありますように。
 そう願っているのが少数派でないことを、僕は信じています。

 

 


 
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別府葉子 in ルーテル市ヶ谷 2015

 9月4日、残暑を満喫するかのような一日。流れ出る汗を、ハンカチでは足りずにカバンからタオルを出して拭うほどの一日を「好天に恵まれた」と言えるほど、僕は夏の暑さが得意ではありません。
 朝から外回りをして足が棒になり、疲労感の割には仕事は思うようにはかどらず、少なくとも健康的には見えない、ただ見苦しいだけの汗に眩暈のする頭をどうにかこうにか上に向けているのが精いっぱいとも言える挫けてしまいそうなこの日、気力を支えていたのは市ヶ谷で開かれる別府葉子さんのコンサートでした。
 正直を言えば、開場後、前列のシートに着き深く腰を掛けた瞬間、非常な睡魔に襲われて開演のアナウンス直前までしばし眠りに落ちてしまいました。自室以外で仮寝をすることはほとんどない僕ですがそれほどにクタクタだったんです。
 「これはマズイ。コンサート中に眠ってしまうかもしれない」と掌に爪が食い込むほどに握りしめて、第一音が発せられるのを待っていました。
 しかしにこやかに登場した別府さんの歌声を聴いた途端、その世界に集中することができました。
 某クラシック・コンサートの時のようにアルファー波MAXで真剣に眠ってしまわなくてよかったと今でもほっとしています。別府さんの声は心地よいのでその虞は十二分にあるのですから。
 
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 「私は歌をシャンソンに限らないんです。歌いたい、コンサートに合っていると思えばジャンルを問わずに歌います」とステージで仰っていたように、この夜のプログラムも非常に多彩でした。

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 一曲目は「花の季節」です。
 僕たちの年代ですと中学の教科書にジプシー音楽の歌曲として紹介されていたのを憶えている人もいるかと思います。
 当初はロマニーに伝わる民謡として紹介され、その後、ロシアのБ.И.フォミーンが採譜アレンジしたものにК. Н.ボドレフスキーが詞を付けて広く知られるようになり、この二人の作とされるようになりした。
 また一部にはラスキンの作とされているようですが、これは英語版を歌ったジーン・ラスキンがアルバム中に自作としてクレジットしたため誤解を招いているようです。当時は著作権にあまり関心がはらわれていませんでしたから。
 原題は「長い道」(Дорогой длинною)。「花の季節」と言うタイトルは芙龍明子が仏題「Le temps des fleurs」を和訳して使われるようになりました。

 原詩とその大意を添えておきます(訳文が拙いのは僕の語学力のせいです。ごめんなさい)。

 Ехали на тройке с бубенцами,
 А вдали мелькали огоньки...
 Эх, когда бы мне теперь за вами,
 Душу бы развеять от тоски!
 Дорогой длинною, погодой лунною,
 Да с песней той, что вдаль летит звеня,
 И с той старинною, да с семиструнною,
 Что по ночам так мучила меня.

 我々は鈴を鳴らしトロイカで走る
 遠くで灯りがちらちらと揺れている
 ああ、もしもあなたたちと共に行けたなら
 この魂を重い憂鬱から解放してくれていただろう
 月灯りが射す長い道を行く
 彼方から歌声が響いてくる
 そして過ぎ去った思い出を誘う
 夜毎に私を苦しめ悩ました七弦ギターの音色と共に

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 変ったところでは4曲目の「検察側の証人」ですね。
 破局したカップルについて擁護したり、非難したりする第三者の証言を綴ったものです。男が悪いとか、女が悪いとかですね。
 これは、さだまさしのアルバム「印象派」からの一曲。歌詞は3番まであるのですが、オリジナルでは1コーラスごとに半音ずつ転調し、声色もノーマル、電話越し、エコーとエフェクトをかけて三者の違いを表現しようとしています。 
 この日のコンサートではエフェクトを掛けるのではなく別府さんが声のテンションを変えることで表現しようとしていました。すごく久しぶりに聞いた歌ですけど、いい歌ですね。イントロのツインギターの部分を上田さんがうまくピアノに置き換えていたのも良かったです。
 ところで音楽とは無関係ですが、今、ガールフレンド(仮)で行われているイベントにでてくる「悪フェス男」が、さだまさしさんに良く似ているんです。
 「さすがはさださん、今をときめくGF(仮)の女の子たちと共演するなんて!」と変な感心をするのは僕だけでしょうか?

 gf201509wrf.jpg レア悪フェス男

 一曲ずつ紹介していたらどれほどの長さになってしまうのか怖いので、ピックアップするだけにします。
 そもそも歌の背景は歌そのものに無関係です。歌の持つ説得力を最大限に表現できるのは当然に作者ですが、作者ではない歌い手が感じるその感動を伝えることなくして歌は存在できません。作者ではない歌い手の方が遥かに数が多いのです。そうして歌を継いでゆくことにこそ意味があると思うので。
 残念なのは文章では歌声の素晴らしさを伝えられないこと。だから無能な僕はエピソードに留まるしかないというわけです。

 第一部の最後は別府さんのオリジナル曲「砂漠のバラ」です。
 サハラで産出される「砂漠のバラ」という石が主役というか、石そのものよりも時間が主役と言ったほうがいいかもしれませんね。
 砂漠のバラは石膏、或いは、硫酸バリウムが主成分のガラス状の結晶です。その周りに砂が付着し茶色に見えます。
 これは水に溶けた成分が悠久の果てに結晶化したもので、この石があるということは「かつてそこには水があった」と言うことの証拠でもあるんですね。
 コーダからのサビの部分がGm(Gマイナー)で始まるのですが、その音がエキゾチックな盛り上がりを見せています。
 Gm-Am・Dmと続く後にB♭7が置かれているのも良い効果を出していました。
 この歌も歌いこまれてアルバムに収録されるのでしょう。その日が待ち遠しいです。

 第二部のインストルメンタルに続いて披露されたのは「死んだ男が残したものは」です。
 これは1965年に開かれた「ベトナムの平和を願う市民の集会」のために、谷川俊太郎が作詞し、武満徹が作曲した歌です。友竹正則によって歌われました。顕かな反戦歌です。
 高校の頃、この歌を好きな奴がいまして、その彼がよく歌っていたのですが、僕には冗長な曲としか感じられなかったのです。本田路津子さんが歌っていたから聴けるのだと疑っていませんでした。僕は言葉を深く噛み砕くことを知らなかったんですね。30歳を過ぎたころでしょうか、NHKのFMで武満徹の特集が組まれた時、流れ出てきたこの歌に打たれて息が止まるほどの痛みを覚えました。それからですね、この歌はベトナム戦争当時にファッションとして垂れ流された夥しいエセ反戦歌と決定的に異なると思ったのは。

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 「アムステルダム」はもう別府さんのオリジナルと言っても良いですね。白眉です。「百万本のバラ」はYouTubeを通して名刺のようになっていますが、僕には「アムステルダム」が別府さんのそれのように思えます。あのエネルギー、緊張感、とても素晴らしいです。

 それからこの日、僕の大好きな歌が披露されました。
 「悲しみのソレアード」です。昔に「カックラキン大放送」と言うのがあって、そのエンディングにも使われていたのですが、非常に美しいメロディです。
 ミレイユ・マチューのアルバムにも収録されていてカセットテープに録音し飽きることなく持ち歩いていました。ここでは別府さんがオリジナルの訳詩をつけて日本語バージョンで紹介していました。
 ミレイユのヴァージョンではイントロに合わせて語りが入っていました。

 ラストは「Commet Toi」です。「マイ・ウェイ」と言ったほうが名が通っていますね。

 アンコールは「The Water Is Wide 」。
 ケルト民族の伝承曲。カーラ・ボノフの少しハスキーな淡々とした歌声に心惹かれて、幾度もコピーして歌っていましたね。これも高校時代の懐かしい思い出です。

 コンサートの最後に「やっとノってきて、これからというところでコンサートの終りの時間になってしまうのが残念」とコメントしていらっしゃいました。きっとそれは聴く側にいる僕たちも同じ気持ちです。ずっと生の別府さんの歌を聴いていたい、そう思うのに嘘はありません。

 12月26日にも神楽坂でコンサートをお開きになるそうです。楽しみですね。気がかりなのは年末に掛かっていることでしょうか・・・。

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 この日の特記事項を忘れてはいけませんね。
 ベースを担当された中村新太郎さんです。
 音運びが丁寧で、いぶし銀のような演奏かと思えば、若手にも勝るパワーで弦を弾きます。
 ぱっと見は強面に思えたのですが、演奏に入ると愛おしそうにベースを弾くんです。
 ピアノの上田さんとアイコンタクトをとっていた表情も印象的で、ビル・エヴァンスとエディ・ゴメスのように思えました。
 それと、ビルの代表曲である「ワルツ・フォー・デビィ」。
 別府さんならすごく素敵な歌詞をつけてくれそうな気がします。別府さんの声であれば英語詞でも十分に魅力的なのですけど。

 
 

 

 
  

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別府葉子「いつもあなたを想ってる」

 以前に書いたかもしれませんがブログを始めるにあたって僕がルールとして決めたことに「なかった事を書かない」というのがあります。
 事実に多少細工することはあってもその事実は事実として存在することが前提です。
 そんなことは当たり前のことなのですが、僕自身にはあまりに嘘が多くて、これを守ると言うことは僕自身の過去並びに現在の嘘と正面から向き合い鬩ぎ合うことになります。
 そして嘘を書かかないということは、肝心なことから目を背けるという結果を引き出します。
 「人体を切り開くように心を解剖し、絵に描きたい」とムンクは語りました。心の内部を解剖図のように赤裸々に描く、それが可能なのか否かは僕にはわかりません。ただ最後には、自分の思いの一端でもいいから正直な形で伝えたいとは思っています。
 
 大学を卒業する直前の冬、遺書を書いたことがあります。
 もちろん遺書ですので死を前提としたものですが、宛先は肉身でも友人でもなく全くの第三者に宛てたものでした。
 とうの昔に千切り捨ててしまったものですから内容の全文は思い出せません。でも、書きだしはおおかた次のようなものであったと記憶しています。

 「あなたが僕を見つけてしまった災難に深くお詫びを申し上げます。そして、ここがあなたにとって日課の散歩道でないことを願ってやみません。この地は僕にとって縁もゆかりもない場所で、ただ人目に付きにくいのではという勝手な思い込みから選択しました。ですから、誰かが日課でこの場所を利用しているかもという僅かな可能性を考慮にいれないことにしたのです。それほどここは人気がない場所だったものですから。
 あなたが目にする物体は、できるのなら、すでに人間としての形を留めていないことを望みます。枯れ枝のように、乾いた粘土のように。
 あなたは、人間としての形を望まない者がなぜにこのような手紙を書いたのか滑稽に思われるでしょう。それは実に簡単な理由なのです。
 僕は法学部の学生でそれなりの成績を収められる程度には真剣に勉学に励みました。ですから身元不明の死体がどれほど多くの人々の手を煩わせるのかを理解しているつもりです。また自殺、他殺、事故など死因についても同様です。ですから、この死は僕以外の外部の要因でないことと身元を明らかにするため、そして、死ぬ理由は僕自身の生命力の弱さからくるものであるということを示したかったのです… 」

 死について考えるというのは僕にとって有益だったと今では思います。死ななくて良かったという感慨は今もってありませんが、死んでいた方が良かったという思いもありません。ただ真剣に死に向かったというのは事実として価値があったと思っています。
 ですから、如何なる形式であれ自分の思いの一点だけでも伝えたいという気持ちはある程度理解できます。
 「どうせ死ぬのだから」という投げやりなことではなく、誰もしらなくても自分だけは伝えたことを知っている、という思いです。
 たとえば、届かない手紙は不運ではあるけれど不幸ではありません。
 文字にしてもらえなかった言葉こそが不幸なのです。
 伝えたいことがあった。
 言い残したことがあった。
 だから手紙に綴った。 
 結果として相手に届くか否かということは必要条件ではあるけれど、大切なのは形にできたということだと思うのです。
 
 別府葉子さんの新しいアルバムは4曲を収録したミニアルバムです。けれどその中には数十曲を要してもあらわせない「思い」がつまっています。

 いつもあなたを想ってる

 
 「百万本のバラ」 

 ラトビアの歌謡曲である「Dāvāja Māriņa」(マーラが与えた人生)が原曲で、周辺国に代わる代わる併合されてきたラトビアの受難を歌ったものです。

…子供の頃、私が泣いていると、母はそっと寄り添い慰めてくれた。
 そしていつも、ほほえみながら私にささやいた。
 「マーラは娘に生命を与えたけれど幸せを与え忘れた。」

 時は流れ、母は世を去り、私は一人で生きていく。
 母の思い出に打ちひしがれる時、母の言葉をつぶやく私がいた。
 「マーラは娘に生命を与えたけれど幸せを与え忘れた。」

 そんなことを忘れていた或る日、私は驚かされる。
 私の娘が微笑みを浮かべて、あの言葉を繰り返している。
 「マーラは娘に生命を与えたけれど幸せを与え忘れた。」  …

 祖母、母、娘という3世代に渡って自由を奪われてきたラトビアの抗えない苦難に対する涙の歌なのです。 
 ここでは松山善三さんの詩によって恋の歌として歌われています。(このアルバムでは2つのヴァージョンが収録されています。)

 「六月の雨」 

 思いを残し人は去って行きます。そして、残された人は涙を浮かべながらも日常に戻らねばなりません。日々の歩みを止めることは逝った人を悲しませることになりますから。
 思うことで忘れない。
 思うことで優しく生きていく。
 春に秋に、風に雨に姿を変えても、思い思われ続けることで人は存在し続けるのです。

 
…桜の花を揺らす風が、いつか向日葵を吹き抜けて
 色づくもみじ流れる川が、雪に凍りつく頃も
 いつもあなたを、いつも想ってる。…

 別府さんのライナーノートによれば、アルバムのタイトルはこの一節からつけられたそうです。

 「月虹」

…月夜の虹を目にしたものは、幸せに、幸せになれるよ。
 きみの瞳にいつの日かきっと、平和の光が映る日が来る。
 ジャガランダの花は大地に根付き、どこまでも、どこまでも…

 耐える者は耐えることを永遠に強いられるのでしょうか。
 望みに手が届くことはないのでしょうか。
 アフリカの子供たちを撮った写真集のなか、その目は僕よりも遥かに澄んだ瞳をしていました。
 真っ直ぐに、光を宿したその瞳はこう伝えてきます。
 希望は確かに今も存在しています、と。

 別府さんが書かれた詞は、「百万本のバラ」の原曲に通じていくものがあります。その隠された思いがこのアルバムをひとつの形に結びつけているのでしょう。

 別府さんご自身のブログにも楽曲は紹介されていますが、ぜひこのアルバムを実際に手にとってみてください。


 


 

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別府葉子 in ルーテル市ヶ谷

 D-Minor (Dm)というコードはAmほど暗くなく、Emのような重さもない、どこか透明感がある響きの良いコードだなと思うんです。
 歌には歌い手の音域とは関係なく、その歌にあったコードというのがある気がします。その響きとメロディとがきちんと出逢うと心に届く名曲が生まれてきます。
 たとえば、複数の歌手が競作した場合、同じ曲をそれぞれが異なるキーで歌うわけです。そのなかで「この人のが好き」というのがあります。それがある意味で「歌に合ったコード」ではないかと思うのです。
 他にも、J・S・バッハのオリジナルの曲をハ長調からト長調へ移調してみたらしっくりときた、なんていうのもクラシックの世界では良くあることです。もちろん演奏する楽器に合わせてです。
 曲が持つ本来の自分だけのコードがある気がしますって言ったら笑われるのでしょうけど、それは作曲者が選び出すのではなく、曲そのものが作曲者に選ばせているのかもしれない。
 その歌の本当のコードを見つけるということは、僕たちが生きるなかにおいて本当の願いや夢をみつけることと変わらない気がします。
 藤沢周平さんが「苦労を重ねることで自分の人生が次第に見えてくるんだよ」と話されていたのが思い起こされます。
 試行錯誤して苦労を重ねコードを見つけ出すのは並大抵のことではありません。大多数の人はその努力を飛ばして、自分に扱いやすいものを選び取ってしまいがちですけれど。

 さて、何の話かというと5日に別府葉子さんのコンサートがありまして、その一曲目が「月虹」と言う曲でDmから展開しているんです。
 別府さんの声域からすれば半音下げても、一度上げても影響はないと思いますが、その歌の音がDmから発せられてくる時の美しさと広がりは素晴らしいと改めて思いました。見事にその歌の本来のコードを響かせていました。
 昨年、この歌を始めて聴いたとき、お作りになられて間もなかったとお話をされていました。それから一年という時間が過ぎて歌いこまれてきた成果が如実に感じ取れました。
 感情を微細に表現する余裕といった技術的な面も含めて、伝えるということに関する気持ちの変化が生じてくるのだろうと思います。
 歌詞っていうのは書いた時には自分でも気づかなかったことが歌いこむことで見えてくるというのがあります。
 「ああ、こんな解釈もあったのか」とか、「こういう気持ちも含まれていたのかもしれない」とかです。
 作った時のまま変わらないというのはあり得ないのです。
 作品は時の産物なのです。時の栞と言い換えたほうが良いのかもしれません。
 
 肝心のコンサートですが曲目はシャンソンがもちろん多いのですが、その他にジャズ、ボサノバ、J-POP、伝承歌などバラエティに富んでいて飽きさせません。
 しかも第一曲目が、昨年の東京公演で別府ファンの心を捕えた「月虹」です。これを冒頭にもってきて「おおおっ?!」と思わせる演出もすごい。
 聴衆に聴かせるというだけではなく、同じ時間を共有するという相互作用を大切になされているのが伝わってきます。
 それは歌詞にも表れています。馴染みのある曲は原曲通りに、日本語のほうがストーリーが伝わりやすいものやあまり馴染みのないものは日本語詞でといった配慮です。
 高尚な芸術ではなく、身近な作品を生活のなかで楽しむというリラックスした雰囲気そのままに。
 いつも思うのだけれど別府さんは訳詞が上手ですね。原詞を損ねずにストーリーを伝えてきます。僕などは直訳に四苦八苦です。とても意訳に割くゆとりなどありません。

 別府葉子ライブアルバム 別府葉子コンサート(Beppu Yoko office)

 当夜、演奏されたプログラム(二部構成)は次の通りです。

 月虹
 イパネパの娘
 百万本のバラ
 トニオ
 コンドルは飛んで行く
 6月の雨
 マミー・ブルー
 THE ROSE

 首の差で(Instrumental)
 ゲッティンゲン
 ル・モンド・エ・フー(世界は狂ってる)
 クライ・ミー・ア・リバー
 北ウイング
 まぼろしの恋
 愛の讃歌

 アムステルダム(アンコール)
 
 ベーシストの神崎薫さんのクライ・ミー・ア・リヴァーのソロ・ベースランニングも良かったですが、アンコールのアムステルダムのワンコーラス目が終わり、バックスが加わる時の第一音が力強く非常にクールで印象に残りました。「しびれた」という表現はこういう時に使うのでしょう。
 上田さんのピアノ、会田さんのヴァイオリンも艶やかで別府さんの声とよく合っています。
 こういう演奏を聴いていますと「あなたと、夜と、音楽と」をやってくださいとリクエストをしたくなってしまいます。秋の夜の悩ましさに似合っていると思うんですけどね。

 今回の公演には間に合いませんでしたが、近々、Newアルバムが出るそうです。
 どんな曲が選ばれているのか、別府さんのオリジナル曲を含めて楽しみです。



 

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夏の終りのシャンソン…Le Chateaux De Sable

 Le Chateaux De Sable ~砂の城~

 砂のお城は夏とともに死んで行く
 波の歌を覚えていることも無意味
 太陽もずっと遠くに行ってしまった
 私たちの「愛している」という言葉の跡さえ何も残ってはいない

 秋の涙と悲しみの雨
 遠い空のどこかで嵐を告げる音がしている
 人影のない公園に木の葉は落ちて
 私の心は喪に服したまま冬の気配に怯えている

 砂のお城は夏とともに逝ってしまうの
 波の歌も忘れてしまおう
 七月の空は儚く過ぎた
 また来る夏を信じるのはとても簡単なことだけれど
 旅を終えても私は悲しみから逃れられない
 そう、今でもあなたを想いつづけているのだから

 ピエール・A・ドゥーセの作詞、M・クランベルが作曲したシャンソンです。
 歌っていたのはミレイユ・マチュー。
 NHK教育TVのフランス語講座の「今月のシャンソン」のコーナーで「幸せの鳩」を熱唱(この時は2度目の出演だったようです。71年に一度出演していると聞きました)し、その影響もあってか70年代には日本で人気のあるシャンソン歌手のひとりにもなり、3度の来日公演を行いました。
 僕が彼女を知ったのも同番組です。
 フランス語を学ぶ意思もないまま、このコーナーでの歌を聴くためにチャンネルを合わせていました。
 僕にとっては教育番組ではなく、音楽番組だったんですね。
 彼女のイメージは「幸せの鳩」にも表れている通りに、エディット・ピアフの再来という評価にも頷ける、歌に込められた膨大なエネルギーの発散、情熱的歌唱にありました。
 「愛の信条」「パリは燃えているか?」「ラ・パロマ・アデュー」「モン・パリ」「ある愛の詩」などは代表的歌唱と言えます。
 その激情的な面が大変魅力的で僕もそこに惹かれたのですが、もうひとつの側面、つまり、とても繊細な少女のような歌唱もできるということをこの歌、「Le Chateaux De Sable 」で知ったのです。
 優しい余韻が残るとても美しい曲です。

 しかし残念なことに、テイチクとの契約が切れていから国内盤はすべて廃盤になってしまっています。
 海外盤であればドイツ語歌唱も含めて手に入れることができます。
 ここにわざわざ「ドイツ語」と入れたのは、彼女はドイツでとても人気があり、現行盤ではフランス語よりもドイツ語の方が多く出回っているからです。
 この点で僕の個人的な見解で申し訳ありませんが、彼女の歌はやはりフランス語で聴くのが一番良いのではないかと思っています。ドイツ語の固い発音が歌にあっていないという印象を拭えないのです。
 もちろんすべての歌についてドイツ語の響きを否定するものではありません。なかにはドイツ語のほうが迫力を増しているものもあります。
 因みにこれは、僕が全くドイツ語を解さないという妬みから生じていることが要因として最大であることを明言しておきます。違和感が嫉妬から生じるのは理解に容易いかと思います。
 そうですね、「ユーロ24」かなんかでドイツ語を楽しく学べるようになれば好感度は上昇するかもしれないです。

 ということで、夏が終わろうとし秋へと向かう夜にはシャンソンが良く似合います。
 ステレオでしっとりと聴くのも良いのだけれど、やはり機会があれば生で聴きたいもの。
 そこへ天の配慮でしょう。
 9月5日に別府葉子さんの東京公演があります。
 今年は場所を市ヶ谷の「ルーテル市ヶ谷」に移して開かれます。
 別府さんご自身は「東京はアウェー」の感じを拭いきれないようですが、楽しみにしている人はたくさんいるはずです。
 僕も今回はローソンで前売り券を購入してからお伺いできそうです。
 当日までは別府さんのライブCDを聴きながら日を数えましょう。
 あと5日間ですから忽ちのことです。

 ルーテル市ヶ谷コンサート 別府葉子コンサート

 そういえば今年の夏は海を見ていなかったことを思い出しました。
 この秋には、夏の賑わいの消えた海でも見に行こうかな。
 


  

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