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地図

 道に迷った。
 洒落た戸建てが並ぶ住宅地に入り込んでしまい、どこを抜けて行けば良いのか分からなくなってしまった。行き止まりと一方通行ばかりが目の前に現れる。細密な部分になるとカーナビの地図は役に立たない。更には僕が搭載している地図の情報が古いようで、この住宅地自体が載っていない。元の地図によるとこの辺りは工場と林になっていたらしい。まばらに建物があったことにはなっている。
 運転に疲れた僕は車を降りて辺りを見回す。葉を落としたプラタナスの植えてある幅の狭い歩道。セットバックされるように置かれたボードに”Coffee & Tea”の文字が見えた。僕は店の前まで車をゆっくりと動かして停めた。
 御影石の壁に取り付けられた扉は掌ほどの明り取りがある以外は頑丈な黒鉄製で、喫茶店よりは倉庫にしか見えない。
 扉を引いて中に入ると、店内はほぼ正方形で、初めの印象を裏切らない改装された倉庫であることがすぐにわかった。
 ふたり掛けのテーブルが壁に寄るかたちで三台。カウンターには三人分の椅子が据えられていた。かといって店内が狭いわけではない。寧ろ贅沢過ぎるほどの空間を余していた。
 見上げる天井は高く、三階分はありそうだ。その上方は大きな窓で囲われてあるのだろう、窓の無い一階部分にも拘わらず十分な自然光が入り込んできている。カウンター手前と店の奥に鉄梯子がかかっているのがわかった。それをたどれば恐らく天井の窓に届くのだろう。
 壁にはテーブルのある各側に二灯ずつミューラーのブラケット・ランプが補助灯として取り付けられていた。ポスターなどの掲示物は見当たらない。調度品と言えるものもテーブルを結んだ正三角形の重心に置かれたBALONの中型ペレットストーブのみ。これで冬を凌げるのだろうか。入る前に建物の外周を見て置けばよかったと思った。
 僕はカウンター席に着いた。
 マスターと思しき男性は優に70歳を超えているように見えた。煮沸したカップを丁寧に拭き取っている。
 「いらっしゃいませ。初めてお会いするお客様ですね。どうぞごゆっくりなさっていってください。」
 そう言って僕の前にメニューと水を差しだした。
 メニューは革製のバインダーで、挟まれている和紙に手書きで3種類の珈琲と3種類の紅茶とが書かれていた。丁寧な文字。男性の字ではなく女性のようで、紙の状態からするとかなり前に書かれたものに思える。紙だけが古いのかもしれない。
 僕は自家製ブレンドを選んだ。
 水を口に運ぶ。グラスを手に取った瞬間、その緻密なグラビュールに目を奪われる。BaccaratのLulli。砕かれた小さな氷が一つだけ浮かべてあり、そこに自然光が優しい乱反射を返す。
 マスターが豆を挽いている。
 店内に流れる音楽には覚えがある。
 Kletzki が指揮する「大地の歌」。Dickie のテノール、バリトンは名歌手、Fisher-Dieskau 。1959年、ロンドンにおいてPhilharmonia Orchestra をバックに録音されたもの。僕の気に入っている演奏の一つ。
 珈琲が運ばれてくる。カップの横に一欠片のチョコレートが添えられている。
 音楽以外の音のない世界。
 やはり僕は迷ってしまったのだ。
 カップに顔を近づけて昇り立つ珈琲の湯気を吸い込む。
 冷めて香りが落ちる前にそれを飲み干し、バッグから読み止しの文庫本を取り出す。

…空気は荒い。それは本当です。さうして私は森を揺さぶる北風が好きです。肉體は少しも不平を訴へはしません。肺は空気を吸い込んでゐます。しかし精神に必要なのは別の呼吸です。お父様同様私もこの柵の囲ひの中に入れられてゐます。杙にいはかれた綱の端につながれてゐます。自分の力をどう使ふべきかわからない。力はあまつてゐる!…

 少しだけ頁から目を離すと見計らったように声がかかった。
 「もう一杯、お淹れ致しましょうか?お客様。」
 僕は老人に会釈をして「お願いします」と言った。
 彼はお替りの分の準備をし始めながら話しかけてきた。
 「本をお読みになるには少し暗いですかな?申し訳ないです。」
 「そんなことはありません。十分な光があります。それに音楽が、マーラーが物語を演出してくれています。」
 「ほう?何をお読みですか?」
 「獅子座の流星群という戯曲です。」
 「ロマン・ロランでしたかな?最近では珍しいですね。あまりお読みになられる方もおられないように思えます。」
 「どうでしょうか、それはわかりかねますが、これは昭和7年に出版された古本なんです。片山敏彦さんの翻訳です。」
 彼は挽き終わった豆をサイフォンに移し、アルコールランプに火を入れた。
 「最近の方はアイフォンとかスマホとかで読書を済ませてしまうようで、本の売れ行きが悪くなる一方だと孫がよく愚痴を言います。」
 「お孫さんは出版関係ですか?作家さんとかですか?」
 「つまらない詩を書いてもいるようですが、本業は編集をしております。」
 彼は珈琲をカップに入れて差し出した。
 僕は二杯目を口に運びながら「こちらのお店の名前は何というのでしょう?」と間抜けな質問をした。
 老人は「ほう?」とまた言い、微笑みを浮かべた。
 「お店の前のボードにはCoffee & Tea としか書かれていませんでしたし、店名を示すようなものがどこにもなかったような気がしたので。もしかしたら見落としているのかもしれません。」
 彼はカウンター内にある椅子を引いて腰をかけ、自分用に淹れた珈琲を飲みながら「ありませんよ」と言った。
 「名前はついておりません。保健所への届け出は私の苗字を提出してありますが、厳密にはここには名前がありません。」
 「名前がない?ついていないって事ですか?それって困ることはないんですか?」
 「はい、ありません。そのことを気にする方もほとんどおられませんし、これと言った不便はありませんよ。」
 「良ければこのお店のことをお聞かせ願えますか?」
 老人は僕に促されてゆっくりと語り始めた。
 「ここはお察しの通りにもとは倉庫です。最初は粉や米、塩を置き、小さな問屋でしたのでね、戦時中は軍が使っておりました。終戦後、戻されましたが祖父は死に父も戦死。家の者も商売を継ぐことができず倉庫を残して転居しました。家は壊すことができたのですが、この倉庫は頑丈でして、更地にするには大分お金がかかりますので手を付けずに置いておかれたのですよ。それに不思議なもので、母がね。これは『売らない』の頑なを通しまして。近親が蔵を残しておいたところで中身が埋まるわけではないと如何に説得しても譲りませんでね。理由はわかりません。尋ねても話をしてはくれませんでしたので。結局、住居の無くなった荒地で使い道もなくずっと放置されておりました。それを大学を卒業した私がこっちに帰ってきましてね。この倉庫に住み込んだのです。東京は家賃が高く、仕事も見つけられず仕舞いでしてね。その頃、ここは一番上の階に蔵守の部屋がありまして、そこで生活をしていたわけです。」
 僕はチョコレートの角を齧って、珈琲と共に含んだ。甘みがほど良い。銀紙だけなのでどこのチョコレートかわからない。そしてひとつ、質問をした。
 「その当時、こちらで仕事は見つかったのですか?」
 「はい、このあたりに食品加工場が出来ましてね。そこでお世話になっておりました。入荷係です。倉庫に住みこんでいる人間が荷物の世話ですからうってつけでしょう?」と老人は明るく言った。
 僕は先ほどのナビの地図を思い出した。するとその工場は最近まであったという事になる。
 「そこで働いている時、同僚に毎昼、お弁当を届けにくる娘さんがいましてね。胸を悪くしているとかで学校にも通っておりませんでした。私はねぇ、その子が病気であることが信じられなかったのですよ。それくらい明るい子で、元気に見えました。細っこ過ぎるのと肌が白すぎていたのが恐らく病気であったことの証明なのでしょうね。それ以外は私よりも健康に見えました。そのお嬢さんと私ね、お付き合いをさせて頂いたのです。彼女は割にハイカラで、私の住んでいる倉庫を見ては『ここはカフェにすると素敵』といつも言っておりました。高い天井を繰り抜いてお日様の光が床に届くようにすると好いってね。シンデレラのお城でも夢見ていたのでしょうね。それとも倒れた者を抱き起しに来る天使でも望んでいたのでしょうか。」
 僕はまだ道が掴めていないようで、また童話の中に迷い込んでしまった。
 天井から一条の柱のように光が差し込んでいる。その光に切り取られた床石の繋ぎ目が、十字架のように見えた。
 「彼女はお付き合いをさせて頂いていてから三年ほどで亡くなりました。悪くなってからは呆気ないものでしたね。若いから余計だったのでしょうか。その後、私は別のお見合いをして結婚をしました。今の家内です。住居も倉庫では仕方ないのでアパートを借りました。工場の方は定年まで勤めあげました。今から28年も前のことです。その頃にね、ここら辺の再開発の話が出始めたのです。もっとも実際に着手されるまで15年以上かかりましたがね。売らない地主がいたり、聞き込んで住み着く人がいたりで、ご苦労があったようです。私もね、ここを収容する話がきたら受ける心構えをしていたのです。けれど結果として予定地に含まれず買い上げの対象にならなかったのです。可笑しいでしょう?売らないと言っていた母の執念なのでしょうか。しかしね、そのままにはしてはおかれません。妻と親戚と話しあっていた折に、昔、お嬢さんが言っていたことを茶飲み話として切り出したんですよ。そしたら妻が『それはやるべきでしょう』とそう言うんです。退職金の残りを使えば簡単な改装くらいできるって言うんですね。喫茶店なんかでは生計が立てられないと言うと、『もう余生じゃないですか。これ以上欲をかくことなどありませんよ。あっちに行ったら自慢できる話のひとつも作るほうが楽しいじゃありませんか』って譲らないのです。そうしてね、出来上がったのがここです。中途半端でしょう?何もかも遣り掛けみたいに。遣り掛けで良いのです。生きていること、死ぬこと、全部終えることなどありはしません。心残りがあってこその人生ですよ。お店の名前はいろいろ考えました。外国の名店とか、小説や映画の中とかね。しかしそのどれもがしっくりきませんでした。そうして過ぎて行くうちに無名で良いと思えたのです。誰のものでもない、そんな場所なのです。一日待ってもお客様がいらっしゃらないこともあります。近所の方でもここが喫茶店だとご存知の方はあまりおられないでしょう。知っておりましても道楽者のやっている店とね。そう思っていらっしゃる。何しろ珈琲と紅茶しかありません、種類も少ない。開いている時間も陽が高く射してから沈むまでですからね。普通の人なら美味しいケーキのあるお店に行きます。それが当然です。誰も来なくても構わないのです。こうしてね、お客様のような方がたまにお越しになってくださる。その偶然のすべてを忘れないように温めていられれば良いという次第です。私が受け止めるには適切な数なのです。商売をしているのではなく、待つことをしているだけなのでしょうね。お客様のお言葉に甘えて長話を致しました。読書のお邪魔を致し申し訳ありません」と言って彼は話を終えた。
 音楽が耳に聞こえ始め、それはシューベルトのミサ曲に変わっていた。
 僕は閉じていた本の扉を開く。陽の陰りが時の移り変わりを知らせる。手元の灯りが穏やか過ぎるブラケット・ランプに助け始められる頃、僕は腰をあげた。床にはもう外光は落ちていなかった。
 大通りへの抜け方を彼に尋ね、扉を押して静けさから足を踏み出す。短くなった残照が冬を伝える。建物の外観が夕闇に滲んでいる。周囲には目印になりそうなものはない。車に乗り込んで地図を確認する。相変わらず工場と林とを示している。車内の充電器に繋いだままのスマホに気づいた。スイッチを入れると着信2件、メールが6通届いていた。メッセージを聞き、メールを読んでいると、老人が小さなボードを片付けに出てきた。僕を見てお辞儀をする。恐らくこの老人は僕が見ていないところでも、こうしてお辞儀をするのだろう。
 僕はお店のある場所を忘れないように地点登録をしようとしたが思いとどまった。
 もっと相応しいナビゲートの手段を見つけた。

 ここに来るために、もう一度迷ってみよう。
 
 

 
 
 
 
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ジャンル : 日記

呼び鈴

 久しぶりに遠出をしてみようと、取手に住む知人を訪ねることにした。
 都合を確認するために電話を入れるとお嬢さんの声が受話器を拾い上げた。
 今だに携帯電話に頼らず黒電話で用事を済ませている彼が羨ましい。
 恐らく近くに彼はいるのだろう。お嬢さんが父親を呼ぶ声がして入れ違いに野嶋が出た。
 「久しぶりにお前のところに行ってみようかと思って電話をしたんだ。昼過ぎになると思うけど予定はどうかな?」
 「何もないから大丈夫。元気にしてたかとは言いにくいが、しかしそれにしても声がか細くなったな。メシをちゃんと食ってるか?昼メシを用意しておくから一緒に食べよう。哀れ蚊を慰めるには血を吸わせるしかないからな」と笑い声をあげる。
 僕は気を使わなくてもいいと体裁のような断りを入れたが彼はそれを意に介さない。いい奴だ、相変わらず。
 電話を切る前に僕は彼にこう告げた。
 「置電話はいいな。お前以外の人の声が聞ける。携帯電話だったらダイレクトにお前しかでない。」
 そう言うと彼は「共通のものの良さだよ。繋がりは些細なところにあるものさ。それが大切なんだよ」と言った。
 左目が霞む。曇りガラスを当てられたみたいに。日中ならばそれほど不便を感じないが夜は車の運転を控えたほうが良さそうだ。なるべく早く帰ってこようと思いつつ用意をした。
 カーナビに頼らず記憶で道を辿る。覚えていたはずのものがあまりにも不確かで何度か行きつ戻りつした。沿道の風景が変わったのか、僕がポイントを忘れてしまったのか定かではない。数少ない手がかりを頼りに僕はどうにか行き着くことができた。
 彼の家の呼び鈴は電子ブザーではなく、玄関先につり下がっている鐘の紐を引くようになっている。リリンリンと、大きめな、通りの良い音がした。
 そうだ、この音だ。懐かしい。
 ドアが開いてお嬢さんが応対に出てきた。
 「いらっしゃいませ。お久しぶりです。どうぞおあがりください。」
 そうすすめられて僕は軽くお辞儀をして玄関に入り、靴を脱ぐ。
 「父は今、コーヒーの用意をしています。そろそろ来る頃だからとか言って。」
 それだけを言うと彼女はクスクスと笑い出してしまった。
 応接を兼ねたダイニングでは彼がコーヒーを淹れていた。豆を挽いたばかりの良い香りが部屋に残っている。
 「おう、直ぐにできるから座って俺の直感が冴えてる様を見ていろよ。」
 彼は得意になってドリッパーに細い湯を落とす。
 それを見ていたお嬢さんが耐えられないと言った風にこう切り出した。
 「何を言ってるの?それ何杯目のコーヒー?あいつが来たタイミングでドンピシャに出してやるんだって、さっきから10分おきくらいに入れてるのよ。もう軽く4杯目には届いています。」
 なるほど彼女が先ほど忍び笑いをしていたのはこういう訳か。
 「うるさい!手品に仕掛けがいるように、日常にも仕掛けが必要なんだよ。それを偶然に見せかけるからサプライズが生まれるのだろう?」と彼は娘に反論した。
 娘はまったく要らないことばかり言うんだよと、湯が滲み通って行くコーヒーに向かって野嶋が呟いた。
 僕がきちんと道を覚えていればきっと彼は予定通りに自慢ができたはずだ。申し訳ないな、と思う。
 奥さんが銀のトレーにサンドイッチと唐揚げを乗せて運んでくる。いつの間にかキッチンに下がっていたお嬢さんがサラダとパスタを持ってきていた。
 小さな笑い声がそここにある。運ぶ足取りが軽やかなステップを踏んでいるようだ。
 ビル・エヴァンスのピアノの音がする。ラファロのベースがビルと肩を組むように重なる。モチアンはそんな二人に少しだけやきもちを焼いているのかも知れない。
 ダイニング・テーブルの上は春の花が咲いたようにカラフルになって行く。
 彼は、彼の家庭は、努力をしてきたのだろう。
 真理を知っていると公言する欺瞞者のようになることがなく、「知らない」と言えることができていたのだろう。
 家庭はいつか崩壊する。独立、結婚、死別など様々な要因で。
 つかの間の時間を大切に思い続け守ろうと彼らはしている。ごく自然に。それが僕の羨望を煽る。
 砂漠で渇きを濯ぐために雨だけを乞う遭難者のように僕は望むばかりでいた。しかしそれは自分の努力によらないもので、都合の良いことを願い待っているに過ぎにない。
 望んで手に入るものではないかもしれない空間を、僕は窓の外から覗き込んでいる。
 傍観者が当事者に混じることはない。傍観者が当事者に転換するのは別の事故の発生が条件となる。
 「メシがきたぞ!さあ、食ってくれ!うまくもないけどクソの足しにはなる!」
 彼が笑い、お嬢さんが「お父さん、言葉が汚い」とそれを窘めた。



 

雪空

 僕がホテルの一室で、漸く区切りのついた仕事に溜息を吹きかけて休もうとしていた時、不意に固定電話のベルが鳴った。
 時計を見ると午前五時になろうとしている。
 こんな時間に誰だ?と相手を訝り、受話器を取る。
 「もしもし。」
 返答がないので、もう一度呼びかけた。すると3秒ほどの長い間をおいて聞きなれた声が返ってきた。
 「ああ、俺だ。お前から着信があったから何か起きたのかと思ってかけた。」
 電話をかけた覚えのない僕は、またかよ、と少し苛つく気持ちをにじませて答える。
 「俺、かけてないよ。見間違いじゃないの?」
 「いや、確かにお前からかかってきてる。」
 父は断言する。
 二言三言無益な応酬が続き、「それじゃ、携帯確認するからちょっと待っててよ」と少し乱雑に受話器を置いて、ベッドランプの下に置いてある携帯電話を取りに向かった。
 発信履歴を確認する。
 やはり発信した形跡はない。
 黒塗りの受話器を取り上げて「もしもし、やっぱり俺、かけてないけど」と語調を強めて伝える。
 しかし返答がない。
 「もしもし、もしもし?」
 確かめるように僕は呼びかけた。
 けれど耳に当てた受話器は磨き上げられた黒曜石のように冷たく、確固たる沈黙に満ちていた。
 無駄と知っていて、もう一度呼びかけようとしたところで、ふつりと眼が覚めた。

 枕元にあるスマートフォンを取り上げて時計を見る。
 午前五時。
 夢とほぼ同じ時刻。

 僕はしばらく携帯電話を胸に伏せたまま目を閉じ、間を置いてから持ち直して日付を確認する。
 1月8日。
 もう一度心のなかで復唱するように日付を確認し、思い当たったことを声に出した。

 四十九日か。

 四十九日法要は納骨の時に併せて済ませたのだが、頭のどこかにその日付が残っていたのだろう。
 父は昨年の11月に逝去した。
 享年82歳。
 その人生が短かったのか長かったのかは僕にはわからない。
 父が如何なる生き方をしてきたのかも知らない。
 もちろん世迷言のようにぽつりぽつりと話し聞かされたエピソードはある。
 幼少時に母親と死別し、祖父に厳しく躾けられていたこと。田舎ではガキ大将で随分と無茶をやらかしたらしいこと。
 中学卒業と同時に単身で東京に出てきて工場勤めをし、20代半ばには自分で樹脂加工の工場をつくり一時期はえらく羽振りが良かったらしい。しかし、取引先に騙されて特許技術を失い、あげくは主要取引先倒産の煽りを受けて工場も自宅も失った。
 この倒産の直前に僕が生まれた。そして一家は僕が保育園に上がる前に離散した。

 文庫本のカバーに書かれてある極めて簡単な粗筋のようなものしか持ち合わせてない僕は父のなにものをも記すことができない。
 僕が知る断片をいくら集めてきても一枚のタペストリーになり得ない。纏め上げるだけの端切れも糸も、縫い合わせるための針さえ持ち合わせてはいないのだから。
 父と共に暮らした時間は短く、印象もさほど残ってはいない。ここにきてやっと、子供の頃に親と過ごすことの大切さをほんの少し分かりかけた気がする。

 父の通夜の席で親戚がこんな話をしていた。

 「誰にも看取られずに孤死する老人や独り暮らしで自殺する老人が多いなかで、最後に息子と娘に看取られるなんていうのは幸せだよね…。」

 それはしんみりとして、どこかつくりものめいていた。

 独り暮らしで自殺する高齢者が多い。

 僕はその言葉を繰り返し、彼女に問い返すべき言葉を思っていた。

 「高齢者の自殺における割合で、独り暮らしは全体の5%に満たないのですよ。ご存知ですか?自殺者の大部分は家族があったり、施設などで共同生活者がいたんです。独り暮らしの高齢者に自殺者が多いなどというのはあなた方の思い上がりなんですよ。」
 
 そう言おうとして、やめた。

 その日のことを思い出し、今さらながらに、もう二か月も経とうとしている時間を考えた。
 そして素直に僕は自分の姿を見つける。

 そうか、僕は父に話したいことがあった。
 あの死の瞬間に伝えたかったことではなく、今、話したいことがある。
 話したがっているのは、僕だ。

 日の出まではまだ時間がある。
 開けた窓から冷気が吹き込む。
 夜の名残を纏った一月の未明の空には、僅かに、気のせいであるかのような細かな雪が粗く散らばっていた。




 
 

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Coda ~ 鏡界面の書架へ~

 昨日のことになります。
 自称・佐伯修一(仮)という名刺を配って歩く友人から電話がありまして、
 「どうすんの?もう終わりでしょっ?」といきなり言うんですよ。
 まあ、何を指しているのかは直ぐにわかったので、「まだ決めてないんだけどね」とだけ答えると、
 「そっか、アメーバが空いてるよな?最初に登録したきりじゃんか。あっちにさ、整理すれば?」
 それだけ言ってプツンと電話をきりました。
 その電話の後、見計らったように今度は初島さんからかかってきまして、
 「あー、一年分ですねぇ。カオスなブログはどうするんですかぁ?」と言う質問に、
 「まだ、決めてないけど」と先ほどと同じ答えをしました。
 すると彼女は「あの不親切さは何とかして欲しいですぅ」と言うんですよ。
 「不親切?」と訊き返すと、
 「ですよぉ。鎌倉の話はそれでいいんですけど、引用されている本について何も紹介してないじゃないですかぁ?あれって中途半端ですよねぇ?ふたりの世界と言われればそれまでですけど、こうして書いた以上は説明義務ってあるんじゃないですかぁ?」
 その後、如何に僕が不親切かを滔々と諭されまして、結果、「考えとくよ」で話を打ち切りました。

 しかし、どうなんでしょうね?
 普通の会話のなかで使われた小説などのフレーズがどの作品から引っ張り出されたのかを説明したほうがいいんですかね?
 僕のなかではあまり必要性を感じないんですけど、それよりも彼女が言った「カオスなブログ」の方が気にかかりまして、確かに滅茶苦茶ですよね。

 そこで自称・佐伯が言っていたアメーバを3年ぶりにアクセスしましてブログを確認し、とりあえずは彼のつぶやき通りに書籍関連だけ移動しようかと思い立った次第です。
 そうと決めたら直ぐに実行しないと二度と着手しない性格なのは自分が良く知っています。
 ですので、立ち上げました。

 タイトルは「鏡界面の書架」です。

 アドレスは、http://ameblo.jp/pipi1964/

 まずは既存の記事のお引越しですね。
 転載するにあたって加筆しようかとも思ったのですがやめて、気が付いた誤字脱字などの簡単な修正のみにしました。
 書き直すの大変ですもの・・・。

 と言うわけで、書籍関係は今後すべてアメーバの方に転載致します。
 「本のことにしか興味はない」という方は多いと思うのでちょうどいいのかなとも思います。

 新しく本を取り上げて記事を書くかどうかは決めていません。
 当初の「一年分の記事」は何とか書くだけは書いたので、これ以後のことは追々考えます。

 僕にとって本を読むということは趣味ではなくて、寧ろ贖罪、罰に近いもので、そういう読書もあるのだと知ってもらうために書いてきたところもあります。
 
 それと「無かった事を書かない」というのはきついんです。
 仮想世界は現実世界よりも遥かに広くて、かつ、自分の思う現実に近いものを作りあげられるので書くのも読むのも楽なんですよ。重くないから。

 自分を絞って書いていると、どうしたってその辛さが内容に出てしまう。根が暗いものですから。余計に暗くなる。
 365個の記事で搾りかすになったわけではないですけど、区切りにはしていましたのでひと休みですね。
 しばらくはお引越しに打ち込みまして、その後のことは成り行きに任せます。

 お付き合いいただきました方々に本当に感謝申し上げます。
 役にも立たない愚痴のような、年寄りのエンドレス昔語りのような、すべてが自己満足のみに根差した散漫な日記で申し訳ありませんでした。

 ありがとうございました。

 少しお休みをいただきます。


 


 
 
 
 
 
 

 
 

なんだかな・・・

 今日、FC2から次のような連絡がきまして「なんだかな・・・」っていう感じになっています。

…貴殿が管理されておりますブログに関しまして、以下のURLに対してJASRAC様よりDMCAによる著作権違反の連絡が届いておりますので該当記事を凍結いたしました。
**************************************
 【URL】:http://otosimono2011.blog39.fc2.com/blog-entry-272.html
 【 削除を依頼する理由 】:著作権侵害
**************************************
 近年、DMCA法に対して社会的にも厳しい対応をもとめられるようになっています。
 同じ記事を同じエントリーナンバーで公開することはDMCA法に違反するため、再公開できません。…

 デジタルミレニアム著作権法違反ってわけですね。
 いいんですけど。大した記事ではないし、削除しろと言われれば削除しますよ。
 別のIDとかでアップするようなものでもないですし、手間ですし、そこまで我を張る必要もないですし。
 でも、JASRACさんも暇なんですね。
 次に仕事で御社にお伺いすることがあったらお話ししましょう。
 「いやぁ、僕のミスでこちらの方から閲覧禁止にされましたよ。すみません」って感じですかね?
 それも子供じみているかな。
 営利ではないし、作者の名誉を傷つけるような内容でもないし、盗用して自作としたわけでもないんですけどね。
  
 もちろん著作権の侵害は悪です。
 掲載することによって著作権者が利益を喪失することは防がなくてはなりません。
 しかし、出典を明らかにし、作者、出版社、出版年度を明記したうえで著作物を紹介しているのに違反はどうなのかな?
 引用の仕方には注意をはらってはいたのですが、「もっと気をつかう部分があった」ということなのでしょうね。
 以後、注意します。

 それとFC2側で「凍結」されてしまうと「削除」することができません。
 むしろ削除された方が気が楽なんですけど。
 このシステムも「なんだかな・・・」って感じです。
 異議申し立てはしません。手続きも面倒だし、JASRACさんに手間をとらせるのも恐縮ですから。
 記事も書き直しはしません。
 このまま凍結にしておきます。
 自分に対する注意喚起の意味も含めて。

 皆様も引用にはお気を付けください。

 ということで、本日は僕のつまらないエラーの話でした。
 何というか、ボークをとられてサヨナラ負けを喫したピッチャーの心境です。
 あー、地元に帰るのが嫌だなぁって感じ・・・。

 

 
 
 

 

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