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曳舟の異空間 " LE PETIT PARISIEN "からのメッセージ

 LE PETIT PARISIEN の石川さんからメッセージをいただきましたのでご紹介します。

 From Ishikawa オーナーの石川さん

 「曳舟の異空間 LE PETIT PARISIEN」 は、当初『古書屋』を標榜しておりました。しかし、これは便宜的な間に合わせの肩書きに過ぎず、私が今後行っていきたい活動と相容れない属性を含んでいたことは否めませんでした。
 もとより、古書の販売を主眼に置いて運営する目論見は皆無であった訳で、寧ろ『販売しないことの意義』を鮮明に伝えることを念頭に置いていました。言い換えれば、『美術的作品としての書籍の価値も伝えて、次代に継承していく』とでも言いましょうか。言辞のみ矢鱈と壮大で、実が伴っていないという指摘はさておき(笑)、とにかく伝えていく為には、原本ありきでないと理解度が半減するだろうという思いから、書籍を無闇に販売しないという方針を採用した訳です。

 書籍を伝える活動に留まらず、個展および単発のイヴェントを実施する所以は、その際にご来場頂いた方達に展示作品やイヴェントをお楽しみ頂くついでに、書籍に目を向けて貰う機会を創出したいという思惑が潜んでいます。実際、個展への来場が目的であった方が、うちの書籍が目に留まったことによって、そのまま引き続きお越し頂いているケースが少なくありません。誰とは申し上げませんが、ね。(笑)

 活動を続けていくうち、いつしか『古書屋』から『書斎』へ、更には『オープンな書斎』と呼称することが多くなりました。私自身は勿論のこと、書斎に足を運んで下さる方達も含めて、『LE PETIT PARISIEN = お店』という意識が稀薄になってきたという証左なのでしょう。この意識の共有は、今後の運営を進めていく上で重要なファクターになると確信しています。
 サーヴィスを提供する側される側の関係では培われない、胸襟を開いたお付き合いをすることにより、相手の趣味趣向に沿った書籍の提示を容易にし、また芸術全般に限らず様々な情報の交換の場として機能し始めています。ゆくゆくは、全ての来訪者が言いたいことを言い合える場所になってくれることを期待しています。20世紀初頭のラパン・アジルのように。。
 そういう訳で、『ここをお店だと思わないで下さい』と、一見の方にはお伝えするように心掛けています.。(笑)

 LE PETIT PARISIENは、時代の変遷と共に埋もれてしまった作家や画家を再評価する活動も偉そうに開始しています笑 ま、こちらは細く長く続けていこうと考えています。求められる人間とそうでない人間というのはどの時代においても必ず存在しているので、現代の潮流なども加味しながら少しでも世に送り出していければなぁ。。と。あ、ちょっと酔ってます。(笑)

 話の画竜点睛を何処に定めれば良いか分からなくなってきたのでそろそろ終わりにしますが、とにかく私の理想というのは、私が現在所蔵している書籍の類を私の生きている時代を超えて残していきたいということに尽きます。そのために、自らの蔵書の魅力というものを多角的な観点から伝えていく所存です。殊に若い世代に向けて。。微塵も来てくれる気配が無いけど。」(笑)

 From Ishikawa



 自らを「異空間」と自覚されているところが、ある意味で酒井徳男さん曰く「書痴」の域に入りこんでいるのかも・・・。
 皆さんも、友達の家でお茶を飲むような気持で、ふらっと立ち寄ってみてください。
 特にお金のない高校生の方、稀観本が読めて、しかも涼しい!営業時間内なら追い出されることもありません。おしゃべりもし放題。うんちくなんて必要ありません。「本が好き」という気持ち、或いは、好奇心があれば十分です。




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"LE PETIT PARISIEN " 若しくは 隠れ家的な何か(後)

 後半は、オーナーである石川さんのインタビューをご紹介致します。
 店名の由来や古書を橋渡しの材料とする理由などについてお訊きしました。

「来たいから来る。
 話したいから話す。
 そういった場所でありたい。」


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 曳舟にある "LE PETIT PARISIEN " 。
 店名を直訳すれば「小さなパリの住人」となりますが、転じて「我らパリ市民」の意味になります。
 パリという街に囲まれた同朋たちと言うことです。
 これは1870年初から1930年代頃まで発行されていたパリのタブロイド紙の名前から採られています。
 この新聞はフランスにおいて日露戦争を大きく取り上げた貴重な資料として注目を浴びたことがあります。
 そのタブロイド紙と店名についてどのような思い入れがあるのでしょうか?

 「あまり期待させて悪いのですが、それほど深い意味はないんです。語呂が良かったというか、響きが自分に合っていたということが大きいですかね。勿論、LE PETIT PARISIEN の新聞としての役割にも注目はしています。
 当時のパリの教育の平均水準はお世辞にも高いとは言えませんでした。文盲の人も多くいましたしね。教育格差が非常に大きかった。この新聞はそういった人たちにも分かり易いように絵を多用し時事を伝えていたんです。
 ですから、僕の店も大衆性というものを主眼に置いて、誰にでもわかり易くしたかったというのはあります。」

RIMG0922.jpg

 次に、そのポピュラリティのツールに古書、それも作家存命当時、或いは、初刊行の書籍を中心に展開することにはどんな意図があるのかをお尋ねしました。

 「初版本に拘っているわけではありません。重版でも再販でもいいんですよ。ただ作家が小説なり随筆なり作品を書いた時、明治、大正、昭和初期(戦前)までは装丁を含めてひとつの作品だと考えていた。それを伝えたい。
 収録されている作品に対して作家が抱くイメージは装丁に表れているわけです。
 装丁は作品の入り口です。それを手に取ることによって、より作品世界に入りこんで行く手掛かりになればと思っています。芥川も佐藤春夫なんかも非常に装丁に拘っていました。そこを知ってもらいたいんですね。
 今の作家さんがご自分の本の装丁にどこまで拘っているのかわかりませんが、大概は出版社任せではないでしょうか。もちろんそこには出版コストという問題があるのは避けられません。
 今の出版事情で、作家や装丁家が芯になる紙を選定してそれを皮なり布で飾って、木版や銅版で挿画や題字を作り、見返しにマーブル紙を使うようなことをしていたら一冊がいくらになるのかわかりません。
 大量生産が可能になったために書籍はより大衆化したと言えますが、大量に作るためには簡単な材料でなければなりません。それが書籍の魅力を失わせてしまう原因にもなったと感じています。」

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 確かに室生犀星などはその随筆の中で極論とも言えますが「本の装丁に関わってこそ小説家である。それに関心を払わないというのは小説家の資質がない」と述べています。
 そこには昔と今の本の立場の違いが大きい。例えば芥川や犀星の随筆に「本を一冊売って生活費の足しにした」というエピソードが数多く登場します。彼らの当時、普通に販売されている書籍でも、ものによっては2~3日食い扶持を稼げたのです。
 本が高価な贅沢品であった点が現代との差であるかもしれません。
 現在販売されている単行本は1500~2500円くらいが中心です。勿論、それは安くはないです。しかし商品社会においてはほとんど価値を有していません。3000円で買った新刊を古本屋に持って行ってもせいぜい100円ってところでしょう。状態によっては10円と言われることもあります。最良の状態の本で頑張って300円つけばラッキーです。
 つまり今の書籍は流通コストを償却するための値段しかついていないのです。本そのものは無価値な消耗品になってしまっている。文具とかわりありません。そうなってくるとわざわざ高いお金を払ってまで嵩張る紙の書籍を買う必要がなくなります。
 そこでデジタル書籍の登場となるわけです。

 「デジタル書籍は様々な形で普及し始めていますが、それは単に作品を読むためだけのものであって、本を楽しんでいるのとは違うと思います。
 カバーの見た目、そしてカバーを外した時の書籍本体の作り、何よりも自分でページをめくることの楽しさ、それが紙の本が持つ固有の価値であると思っています。
 タブレットやスマホの画面を撫でているのは簡単で便利ですが、同時に文字も流れて行ってしまいます。自分で感触を得るという大きな楽しみが失われている気がします。」

 RIMG0920.jpg

「できれば高校生とか
 若い人にこそ知ってもらいたい世界。」


 では、紙の本を残すということへのヒントというか、手掛かりというものはあるのでしょうか?

 「装丁の力は大きいと思います。まずは並んでいる本を手に取る動機になるわけですから。
 もうひつとには、蔵書票が紙の本を残すきっかけになるのではないかと感じています。
 けれど残念ですが日本では蔵書票自体の知名度が低い。銅版画を学んでいる美大生でも蔵書票を知らないという人が多いんです。
 現代においては、銅版画と蔵書票は、例えば同じエッチングという手法を使うものであっても分別されてしまっているのです。どちらも手掛けている作家はいるのですが、どうしても蔵書票の制作は手工業商品的な印象が強くなり、銅版画家を芸術家、蔵書票作家を職人のように見てしまう傾向が強くなります。
 ユメノユモレスク原画展も、実は、夢野久作の本を通じて蔵書票の存在を知ってもらいたかったという意図がありました。
 蔵書票って何だろうと思ってもらえれば、ある意味で成功でした。」

 今の蔵書票には少なからず問題点も存在します。
 それはコレクターズ・アイテムと化して実際に書籍に貼られることが少なくなってきたということです。
 蔵書票は大体1作品30~50枚で作ることが多く、票主は一部を自分の保存用として取り分けたら、残りは交換用として使用するケースが多くなってきました。
 これでは蔵書票ではなく、額に入れて眺める版画作品と変わらなくなってしまいます。蔵書票である意味を失くしてしまうのです。

 「蔵書票を作るというのは誰にでもできるというものではありません。制作費がかかるということもありますが、本に対する考え方というのが大きく作用します。
 高価な蔵書票をまず貼るということに対する抵抗と、大事にしている本に何かをするという抵抗があります。どちらも勿体ないという気持ちの表れですが。その勿体ないというのが実は大切なのです。
 貴重な蔵書票を大切な本に貼るということは、貼りたいという気持ちが強くないとできません。そこには、この本だけは手放さないという思い入れがないといけないんです。自分のものであることを主張し、残したいという感情がないと貼れません。
 そのためにも今の大量生産の普及版ではなく、一作品としての価値を持つ古書の装丁を知ってもらいたいんです。
 僕にできることは持っているものを見てもらい、それらを後に残していくことです。」

 オーナーにとって "LE PETIT PARISIEN "とは、どんな場所であるのでしょうか?

 「本の感触というか、楽しさというか、そういうものを残すことができる一助になりたいですね。
 古くなった本はゴミではないんです。
 様々な思いが詰まった作品であること、そういう時代があったこと、 そんな気持ちを伝えるきっかけとして作用してくれれば良い。
 うちは基本的には古本の販売をしません。飲み物も強引にお勧めしてはいません。
 来たいから来る。話したいから話す。そういった場所でありたい。
 皆さんがおっしゃるとおり、うちは外から見ると怪しい店で入りにくいんです。何のお店だかわからない。それはドアを開放してても同じだと思うんですね。
 ですから、その媒体としてドリンクの看板を出しているのです。その方が入りやすいですから。
 来店された方は、並べられた古書の背表紙を眺めて通り過ぎるのではなく、本を開いて、読んで欲しい。特に自分の知らない作家の本を手に取ることから始めていただければ、と思っています。できれば高校生とか若い人にこそ知ってもらいたい世界です。」

 (8.14. 2016)

 RIMG0918.jpg

 ここまで話をしてきますと、このカフェの商売欲が希薄なのも納得いきます。
 要は、 "LE PETIT PARISIEN "というカフェは「サロン(運動体)」なのです。

 最後にオーナーの石川さんは、水曜荘同人の本を手に取り、その中の挨拶状を取り出して見せてくれました。
 そこには「特装本というのは道楽でないと作れない。自分の作りたい本を自分が納得する形に作る。後先を考えてつくるものではない」という様なことが書かれていました。

 非常なご苦労を重ねて場所を維持していらっしゃることは察しれらますので、それを道楽と言ってしまうと失礼ですが、道楽とは経済的余裕の表出ではありません。
 本当の道楽は借金をしてでもそれを貫き通すものなのです。
 「道の苦楽を合わせて楽しむことこそ道楽の極み。」
 誰だったかがそんなセリフを言っていました。

 "LE PETIT PARISIEN "というお店自体がオーナーである石川さんの特装本なのではないかと僕は感じて、今日のインタビューを終わりました。

 石川さん、長時間お付き合い頂きありがとうございました。

 後ほど石川さんからメッセージをいただくことになっておりますので、届きましたらご紹介したいと思っております。

 RIMG0917.jpg 

 【 LE PETIT PARISIEN 】
 東京都墨田区東向島2-14-12
 東武スカイツリー線「曳舟駅」より徒歩1分
 TEL 03-6231-9961
 http://le-petit-parisien.com
 営業時間  13~18時、19時~24時



 
 



 

 
 

 
 

テーマ : ひとりごと…雑記…きままに
ジャンル : 日記

"LE PETIT PARISIEN " 若しくは 隠れ家的な何か(前)

 La personne qui a été évincée と、自分のことを呼ぶ人々がかつてパリの街にいました。
 彼らはオペラ座付近のカフェやパリ一区から締め出され、モンマルトルからモンパルナス、そしてペルヴィルへと流れ、やがて方々に散って行き、またモンパルナスへ戻って来るような、そんな人々です。
 思い浮かべるのなら、美術、詩、音楽、政治や哲学を論じ、自論を曲げることなく時代に抗った、若しくは、世間から理解を得られなかった人々。
 例えば、エリュアール 、ヴェルレーヌ。
 例えば、モジリアニ、クートランス。
 或いはカミーユ・クローデルの狂気もこのうちに含まれるかもしれない。
 棲み処を探し求め彷徨った、或いは、風変わりであったがゆえに社会不適合とされた彼らを、岡本かの子はまとめて「パトリエート」と名付けました。つまり、追放された人。
 けれど文字通りの追放者ではなく、寧ろ、門外漢と言い換えたほうが分かり易いのでしょう。
 パリを愛し、パリとともにあっても、疎外された人々。
 彼らはパリ以外の地からやってきて、活発な創造力を以って個々でありながら有機的で独特なコロニーを作り上げて行きました。
 パリの街にはいつの世もこういった風変わりな人々を呼び寄せる奇妙な香りがあります。それはパリ自体が放つ香気ではなく、小さな磁気が集まって大きな磁場を作り上げたのかもしれません。類は友を呼ぶ的な何か。
 いずれにしろパリには「落ちる」ものが溢れているのは事実です。
 恋、とか。

   ユメノユモレスク01

 「のっけから、また何の話をしているのか」と思う人もいると思いますが、人が場所を選ぶことの序みたいなものです。
 彼らが同朋を得ては離れ、孤独に煩悶し、貧困に喘いで、猶もパリを選ぶということ。つまりね、他人から見て悲壮感に溢れていても、現実において本人が苦渋に押しつぶされていようとも、その場所を動かない決意を保つというのはそこが真の居場所であると信じているからなんですよね。
 人間というのは居場所がないと生きていられないんですよ。それは土地というものに限ったことではなくて、友人、恋人、家族とか含めてね。たとえパート・タイムであっても自分を必要としてくれるものを探しているんです。その中で本当に自分の存在を認めてくれる人や地に出会えると信じてね。

 木枯し紋次郎や子連れ狼だってイベントで彼らが必要とされなければオープニング・テーマで The End なんですよ。物語にならない。漂泊に身を置いてもその人を必要とするイベントが発生するから、彼らは生きて行かれるんです。

 (話が逸れそうなのでもとに戻します。)

 考えると憧憬と妄想は同じだと思いませんか。目指しているものの健全さに違いがあるだけで。
 そう、営利を除いて人が集まるということは、この憧憬、若しくは、妄想を等しくするシナジーを互いに感じ取っているからなんです。単純に言えば「気が合う」ということです。
 そこには賛同もあれば否定もある。対立もあるし協調もあります。いけ好かない奴だけど気が付けば何だかいつも一緒にいるな、みたいなこともね。味方だけでは人生が充実することはありません。当然、共に歩む敵も必要なのです。そしてその全部を含めて自分の居場所なんですよ。

 そんな硬質で前向きな話とは別に、僕のような家庭難民にはね、外部における居場所が必要不可欠。会社もそうですけど。だけど会社はね・・・、いろいろあります・・・。言わずもがな。
 まあ、世知辛い話はウルツァイト窒化ホウ素で作られた箱に入れ、秘密の地下闘技場にでも丁寧に放置しておくことにして、僕にとっては大切なカフェの話をしましょう。

 最近、「立ち寄りたい」と思えるカフェ?を見つけたんですよ。実際に足を運べるのは月に1,2度なのが残念。
 ご存知の方も多いですが僕は仕事での行動範囲は広いけれど、個人としての行動範囲は引きこもりに近い。
 新たな場所にチャレンジしないせいと、行きずりの場所に関心がないためです。その僕が新しい居場所を見つけるというのは自分でも画期的なことだと思っています。

 お店の名前は、 " LE PETIT PARISIEN "

 きっかけは一冊の本。

  ユメノユモレスク03

 今年の6月に「ユメノユモレスク」という夢野久作の短編集が書肆侃侃房から発刊されました。
 挿絵を、アルフォンス・イノウエ、杉本一文、林由紀子、宮島亜紀という個性豊かな現在を代表する銅版画作家が担当しました。
 既に上梓されたこの普及版とは別に、ルリユールのように一冊ずつ手で製本される特装本の発行も来春に予定されており、その特装本の予約会を兼ねた原画展が " LE PETIT PARISIEN " で開催されたのです。

 そのためだけに踏み入れた一歩が、以後も続くなどとこの時点では予想だにしません。

 最初の印象は、一見さんお断り、常連客歓迎的な雰囲気。
 座って良いものか躊躇するテーブル席、どこに立っていればよいのかわからない狭い店内、カフェなのかバーなのか判断のつきかねる屋根裏のバールのような雰囲気がその印象に力を貸したかもしれませんね。
 けれど帰るわけには行かないんですよ。用事があるわけですから。予約しないといけない。
 で、予約を済ませてから、足を運んだ以上、何かを得て帰らなければ僕の気が済みません。しかし、展示されている原画は4点、他には夢野久作に関する作品が数点並ぶのみ。作品に関わることに限定すれば一瞥で終わってしまいます。
 正直、「どうしようかな・・・」と思い始め、俯いた僕に一冊の本が飛び込んできました。俯くことは時に大切です。
 龍胆寺雄の「かげろふの建築士」。
 おやっと関心をそそられ、その並びには芥川龍之介「矢来の花」他の初版本。
 改めて周囲に目を配ると、ビアズリーをはじめとする19世紀末、20世紀初頭の挿絵本など貴重な古書がズラーーーーっと。
 一見の客だった僕の目は、馴染めない雰囲気に気圧され、それまで何も捉えていなかったのです。
 つい、「これって販売しているのでしょうか」と尋ねると、「うちは古本屋ではないので基本的には販売していません。中にはお譲り出来るものもありますけど、手に取ってお読みいただくことを目的にしています」と、はにかんだようにスマートなイケメンさんが答えてくれました(このイケメンがオーナーさん)。
 線の細い外見、話し方も丁寧だけれど、かなり強いなこの人は・・・が初見の僕の人物評。それがあたっているかは、どうぞご自身で。
 
 petieparisien02.jpg

 閲覧可能な稀観本にばかり目を奪われると、このお店の本質を見逃してしまいます。
 勿論、古書を楽しむ時間は十分に魅力的です。
 しかし、ここの核はコミュニケーションなのです。
 ちょうど学生時代に時間を費やして入り浸った喫茶店のような場所。
 自分のお気に入りを相手の迷惑も顧みずに力説し、相手の自分の趣味に合わないお気に入りをコキおろし、友人を諭し、友人から諭された、仲間たちが定位置をもっていた頃の懐かしき溜り場。

 それとここはね、おしゃべり以外に随時、企画を通じて貴重な体験を提案してくれるのです。
 小さな個展、作家を招聘してのトークショー、企画展に関わる演奏会など。
 先月は、小説家の山口椿さんのトークショーとライブペイントが2日間に亘って開催されました。僕は初日に参加したのですけど氏の若き頃の話や永井荷風の話、藤田嗣二との交流など非常に興味ある話が聞けました。
 オーナーさんは「まだ未定」とおっしゃっていましたが、秋ごろに再び山口さんのパフォーマンスが拝見できるかもしれません。山口さんから届いた暑中見舞いにはそのような決意表明が書かれておりましたので。

 " LE PETIT PARISIEN " には作家、芸術家、その普及に関わる人、一家言を携えた普通の人々が集まってきます。サロンと呼んでも良いかもしれません。 
 学生時代のあの時間を彷彿させると共に、「今、この時間」を過ごしている実感を得られる貴重な身の置き場所なのです。
 ですから、ここを訪ねられた方は何でもいいから話しかけてみてください。
 材料はお店の中に揃っています。それを手に取ることを怖がらないでください。遠慮不要、礼節は適宜。
 僕などは多端寡要の無教養な話しかできませんが、そんな与太話にもお付き合いくださる懐の広いオーナーさんがいます。
 ただそれでも話しかけ難いという人のために話題のヒントを差し上げましょう。
 このお店には文学、推理、カルトと言ったジャンルを問わない書籍が並べられているのですが太宰が一冊もない。あのエピソードに事欠かない絶大な人気を誇る大衆作家の本が少ない。それが少し不思議だったのです。先日ね、意識的にではなくて自然に話題が太宰治に向かいまして、漸く理由の端が掴めました。
 ですから、オーナーさんに「太宰治が少ないですね?」と訊いてみてください。そこからきっと気の置けない時間が始まります。畏まった文藝論などとは違った本来のユーモアの広がりを最初は少し緊張気味に、慣れて来たらゆったりと胸襟を開いて楽しんでみてください。
 人見知りをする方は、一冊の本を読み終わるまで過ごしてみては如何?咎める人はいませんので。
 珈琲や紅茶を飲まなくても、お酒が苦手でも、カフェとかバーとか業態に関係なく、ここ " LE PETIT PARISIEN "は「人」を受け入れてくれる場所です。
 でも、できるなら、珈琲の一杯くらいは頼んでください。無理はしなくていいですけど。
 場所を維持するのって大変なんですよ。 
 
 (後半につづく)


 ユメノユモレスク02
 
 【 LE PETIT PARISIEN 】
 東京都墨田区東向島2-14-12
 東武スカイツリー線「曳舟駅」より徒歩1分
 TEL 03-6231-9961
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