コーヒーでも飲みながら。

 6月の終わり頃でしたか、お世話になっておりますある方から「君の書いたものから抜き出して冊子にしようと思うのだが如何かな?」と言われました。
 また僕を揶揄っているのだな、と思い黙っていたら、今度はやけに具体的な話をしだし、そこで漸く状況を理解するに至りました。
 「駄目です。やめてください」と申し上げたのですが、「そう言われると思ってね、既に手配をしてしまったのだよ」と豪快にお笑いになられました。
 本当に日ごろからお世話になっておりますので、あまり強硬に出ることも叶わず、つまりはその方の米寿の記念文集として限定冊子で作ることになりました。
 掲載する文は僕が過去に書いたものから既に選び終えておられ、文集の題(副題も含めて)も決めていらっしゃいました。
 恐らく僕としては有り難いお話なのでしょうが、形になるというものは怖いもので、未だに困惑してはいます。
 文集の題は「日記抄」で、副題が「書棚に残された記憶のために」です。
 発行日はその方の誕生日に合わせられていましたので書き直す時間もなく、最低限の修正に留まりました。本来であれば幾つかを新たに書くべきものなのでしょうが…。
 経緯はどうであれ、それでも僕にとっては28年ぶり3度目の冊子となります。
 僕としては納得しているわけではありませんが、数年後に見返した時、その方に深い感謝の念を抱くかも知れません。

 話しは変わって、曳舟のル・プチ・パリジャンで、僕が微力ながら協力させていただきました「部外倉庫虫干し展」なる企画が開かれております。
 これは装幀に意匠を凝らした書籍や個性的な著作を展示したものです。普段はあまり直接には手にとる機会が少ない書籍たちです。

 詳細は、プチ・パリさんのサイト https://twitter.com/petit_paris_mas に掲載されています。参考にご覧になってみてください。

 それとこの企画に合わせてプチ・パリさんで8月18日の20時から、本をめぐる雑談会も予定されています。
 参加者は自由で特に難しい話はありません。本好きの人のための談話室みたいなものです。
 僕も行きますのでご都合が合えばお越しください。
 コーヒーでも飲みながら話をしませんか?

 無駄話をする時間も大切なものだと、この頃、頓に思います。
 以前は井戸端会議など時間の無駄という意識が強かったのですけどね。
 ゆるんだ時間の過ごし方と大切さを教えていただいた気がします。
 
 最後にいろいろな方にご助力をいただきました文集「日記抄」の写真をあげておきます。

 日記抄
 
 

 

 
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ジャンル : 日記

出梅

 誰かに宛てて手紙を書きたいと思いました。特に綴るようなことはないのだけれど。
 たぶん僕は疲れているのだと思います。疲れるような特別なことも、また、何もありはしないのに。
 携帯電話のバイブが着信を知らせてくれていますが、今は現実に存在する人たちの声を聞きたくありません。
 死者に語りかけることができるのなら、僕はきっといつでもそうします。
 静寂を作り出すことにいくら心を砕いても、どれほど耳を澄ましても、僕は望む声をきくことができないでいます。
 だから僕は想像をします。望む声を聞くために。
 君だったら、こう言ってくれるのではないかと。

 ベッドの周りに散らばった書籍の山は、行き場のない心の現れです。
 探しているものが見つからないのは、探しているものがわかっていないからなのだと、どこかで漸く気が付き始めた時、僕の足腰は弱り始めていて、先を行く学生に追いつくこともできなければ、後から来た子供たちに追い越されて行く、もう自分で思う通りの速度では体を動かせなくなっていました。
 
 九州地方の大雨を知らないかのように空梅雨となった関東地方が出梅し、水を求め喉を涸らしきった紫陽花が色を染めきることなく萎れて行きました。彼らは与えられた条件でしか生きられないし、それに対し反抗を述べることもできません。ただ自分たちに与えられた環境と結末とをゆっくりと受け入れるだけです。
 それは酷く残酷なように見えますが、僕はそれが彼らに与えられた才能だと思うことがあります。自分たちの置かれた環境で命を全うすること、その強さを誇ることのない彼らに心から敬意を払います。
 以前、公園の端に生えていた紫陽花の見事さに思わず手を合わせてお辞儀をしたことがあります。それを見ていた子供が「あのおじさん、変なことしてるよ。金魚のお墓でもつくったのかな」などと買い物途中に手を引く母親に話している声が聞こえました。
 昨日の花は今日の塵。
 全ての土は骸の果て。
 手で掬った時の土の香りが懐かしいと思えるのはそのためなのでしょう。

 田山花袋の「草みち」という短編の末尾にこんな科白があります。
 「そうした魂が再び墓の中から出て來ないとも限らないから・・・。そつとして置くに限る・・・。そつと・・・。」
 死者を驚かすことのないように、そして自分たちが再び同じ悔恨を背負わないように。

 祈る時は声を立てる必要はないのです。他の人に聞こえるように祈ることは、自分が「あなたより真剣に祈っているのですよ」という自己顕示にほかなりません。静かに凝縮させることのできる無音の祈りの方が余程真剣なものであるはずです。
 そして僕は先の科白のひとつ前に戻るのです。

 「不思議なものだな・・・・・、人間といふものは・・・・・。落附いて了へば、何でもないんだな。一生かかつて拭つても拭ひきれない泥を塗られたと思つたが、そんなことはなかつたんだな。」

 いつか僕が死ぬとき、そう言ってくれる人がいたら。
 手を取ってもらう必要はありません。僕を見下ろして、ただ「何でもなかったよ。大したことじゃなかった」と呟いてくれる人がいればいい。そんな最後が迎えられれば、僕の一生は失敗ではなかったと言える気がします。
 無から何かが生じて無に還る。結果から言えば、何も起きてはいなかったと、そんな一生であることが僕の望みです。

 眼も開き切れないほど強い照り返しの砂利道を歩いている時、無縁仏を祭ったお地蔵様の小さな祠の屋根に五十雀がさっと舞い降りてきて、辺りを一瞥すると短い鳴子笛のような声を残して飛び去って行きました。
 それは「こっちだよ」と僕を案内しているようにも見えたのです。

 流れる汗、白く光る砂利道、蒸し暑く重い空気、草の匂い、蝉時雨、風が立てる以外の動きがなくなった正午。
 もう夏ですね。


 
 

 
 
 
 
 
 

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エピソードα ~ Somewhere in Time ~

 深夜から降り出した雨が正午過ぎに漸くあがりました。
 明るさを取り戻した空を見上げると地平近くに、飛び立つために広げられた翼のような形の雲が目に映りました。
 変哲もない雲がその様に見えたのは、僕がそう見たかったからなのでしょう。
 人は見たいものを見ているのです。
 嫌悪すべきものも、畏怖させるものも、憧憬さえも、見ることができるのです。
 空に描かれた翼は誰のためだったのでしょうか。
 僕の翼ではないことは確かです。僕の翼であるのなら、それは剥ぎ取られた残骸であったということです。
 でも空にあったそれはあまりにも清らに映えていたので、君の翼の象徴であったと思います。

 この日、ブリジストン美術館で長く学芸員を勤められた金森さんが北鎌倉に開いた蔵書票ギャラリーをひと月振りに訪ねました。
 ひと月前は、ホームを降りると北鎌倉全体を木犀の香りの風が柔らかく包み込んでいたのに、それが記憶違いのように、町には枯れ葉の匂いがしていました。
 紅葉はまだ先のことながら、秋はこうして僕たちの周りに溢れていきます。

 金森さんのギャラリーは「青騎士」という名で、これはドイツ表現主義派を牽引したカンディンスキーとマルクが主催した機関誌から採られています。

 北鎌倉駅を降りて円覚寺前の通りを明月院方面に向かって歩いていくと三叉路が現れ、真直ぐ行けば建長寺、左に折れれば明月院。
 「青騎士」は左に折れて直ぐの右側にあります。
 丁度、ミュシャとアール・ヌーボーの蔵書票展をやっていました。
 小さいながらも展示されている作品の情報量は多く、特に僕の目を引いたのはスペインとイタリアの蔵書票です。
 イギリス、フランス、ドイツの作品は日本でも多く見かけますし、チェコの蔵書票は最近はよく取り上げられるようになりました。けれどスペインとイタリアの蔵書票はあまり目にする機会がありません。思えば古書大国である両国に優れた蔵書票作家がいるのは当然のこと。その当たり前のことを金森さんのギャラリーで拝見するまで気が付かなかったとは、僕は何という穴だらけなのでしょう。
 金森さんの蔵書票語りは親しみがあり、造詣に富み、エピソードも興味深く配置されています。
 訪れた際には、人懐こい笑みを絶やさない金森さんにぜひ声をかけてみてください。
 決して怖い人ではありません。ご安心を。
 こんな風に尋ねると面白いお話をしてくださるはずです。

 「この紋章を覆っている羊歯みたいなのは何ですか?」

 僕はここで栗田政裕さんが制作した蔵書票を1枚購入しました。
 それを包みながら金森さんは「めったに売れることがなくて」と笑います。
 多くの人に蔵書票を知ってもらいたいという気持ちだけでお作りになられたギャラリー。
 これもまた道楽なのでしょう。
 そして空間を維持するためのご苦労も大変なものと察せられます。
 
 ギャラリー「青騎士」を出て鎌倉に向かって歩き出し、途中の小道とも言えない本当に見落としてしまいそうな細い通路の奥にある喫茶店に立ち寄り、遅めのランチを食べたのですが、うっかりお店の名前を確認するのを忘れてしまいました。もう一度見つけるのは難しいかもしれませんね。そこもまた趣味のお店のようでしたから。

 夜、仕事の打ち合わせを藤沢で終わらせ、和田塚にあるペンションに宿を取りました。当夜のお客は僕を入れて3組5名。夕食は鎌倉まで出て小町通に入ってミルクホールのある路地の少し奥にある「梅の木」で摂りました。今年の7月にできた新しい店内は清潔感に溢れて、お店のスタッフも細やかに対応してくれました。

 宿に戻ってもなかなか寝付けない夜。
 面白くもないテレビを点け流して、鞄にいれておいた本を捲っては目を閉じるふりをする。
 眠れない理由は何なのでしょう。
 身体を右に左に転がしているうちに、滔々と朝が白み始めました。
 うとうとしたのは6時のニュースの最中、しばらくすると携帯のアラームが朝食の時間を教えてくれました。
 簡単な朝食を食べて宿を後にしたのが午前九時。
 江ノ電で一駅先、鎌倉。
 若宮大路の人込みを抜けて杉本寺の方へ歩を進め、「分かれ道」を折れて、知人のアトリエを訪ねました。
 通された部屋のなかが珍しくあまりにも整理されていたので驚いていると、彼は照れたように「今は何も作る気がしなくてね。だから座る場所があるんだ」と言いました。
 僕は彼に頼まれた書籍を渡し、彼はそれを確認すると「ありがとう」と言い、「今日は出かけちゃうけど、ゆっくりしていっていいよ。鍵はいつものようにポストに落としておいて」と紅茶を勧めてくれました。 
 彼が出て行った後、アトリエの広い陽だまりに残された僕は、片付いた机の上に持っていた太宰の「女生徒」を広げ数行目を落としました。

…箱をあけると、その中に、また小さい箱があつて、その小さい箱をあけると、またその中に、もつと小さい箱があつて、そいつをあけると、また、また、小さい箱があつて、その小さい箱をあけると、また箱があつて、さうして、七つも、八つも、あけていつて、たうとうおしまいひに、さいころくらゐの小さい箱が出て來て、そいつをそつとあけてみて、何もない、からつぽ、あの感じ、少し近い、パチツと眼がさめるなんて、あれは嘘だ、濁つて濁つて、そのうちに、だんだん澱粉が下に沈み少しづつ上澄が出來て、やつと疲れて眼がさめる。朝は、なんだか、しらじらしい。…

 そこまで読んでパタンと頁を閉じる。
 疲れているなと自分でも感じます。理由はありすぎてひとつひとつ数えきることはできません。
 小さなひとつも、大きなひとつも等しく僕を打ちのめします。理由の大小は僕を疲弊させる力に比例してはいないので。

 どうして僕はここにいるのだろう。

 背中にあたる日差しは大きく取られた窓から十分な暖かさを僕に与えてくれています。
 不意に「シスカ」という単語が頭に浮かびました。
 何であったか凝っと思い出そうと努めていると、君が本を読み上げる声が幻聴となって僕の記憶を開きました。

…シスカ、二十七里向ふに日ソ國境のある村だ。僕たちは随分北にやつて來たもんだ。こんなに北に來たけれど、ここはまだ僕を満足させない。土人の家にいつたつて、森永のチヨコレートがあるやうに、僕の眼の前には何時も愚劣な文明がちらついている。…

 シスカとは敷香と書く択捉にある村の名前で、僕は君が朗読した丸岡明の短編で初めて知ったものでした。
 けれど僕はそれ以上のことは今も知らないでいます。町の名前の載った小説しか僕の手の中にはないのです。

 僕はどの方向へ、どこまで行けば十分だと思えるのでしょうか。
 動きたくない気持ちと動かずにはいられない気持ちとがいつも反目しあっています。

 生きるということ自体が徴兵に取られることのようにも思えてしまうのです。

 そこから逃げる手立てはあるのでしょうか。
 丸谷才一の「笹まくら」は徴兵忌避者の話でしたね。
 主人公は現実には不可能であった徴兵忌避に成功しました。
 死を選ぶことなく生きることで逃亡を達成したのです。
 主人公は徴兵前に出会った女性との短い恋の日々を幸福の象徴として逃亡し続けました。
 それは絶対に讃えられることはなく、英雄であるはずもない生涯恥ずべき行為なのですが、自由を妨げられた人々が真に望んでいたことの唯一の成功であったのです。

…人殺しをしたくないための行為が別の人殺しをもたらす。…

 彼の逃亡は世情の矛盾に曝され続け、自分が生き残るために別の死をもたらしました。
 もし僕が今の「生」という徴兵から逃亡したとすれば、どういう矛盾と犠牲が生じるのでしょうか。

 僕以外いない静かなアトリエ。
 冷たい風の届かない偽装された陽だまり。
 ひょっとしたら僕も存在していないのかも知れないと思わせるその穏やかさの中で、僕は机の上の大切なものを囲い込むように腕を置き、そしてそれらを上半身で庇うように伏せました。
 僕は何を隠していたいのでしょう。
 思い出そうとすることにも疲れました。
 今は眠い、のです。 
 少しだけ眠らせてください。
 どんなに疲れていようとも、目が覚めたらきちんとここから出て、また歩き出します。
 そうしなければならない理由は、そうしたくない理由と同じ位にあるものですから。

 青騎士01 
 ≪ギャラリー青騎士≫
 神奈川県鎌倉市山ノ内186-3
 ℡ 0467(40)4110
 営業時間:10時~17時・木曜日定休

 女生徒 太宰治「女生徒」(砂子屋書房・初版)

 柘榴の芽 丸岡明「柘榴の芽」(日本文學社・初版)

 笹まくら 丸谷才一「笹まくら」(河出書房新社・限定版)






 


 
 
  

 

 
 
 

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おしゃべりの裏側…水曜荘趣味誌「寿多袋」

 このブログの裏話というか、そんな大層なものでもないんですけどね。始まりの話をちょっとしようかと。
 以前に友人知人の勧めもあって始めたという書き方をしたのですけど、それは間違いではないのですが、少し違ったところもありまして、それがずっと引っかかっていたんですよ。
 それを今さらつらつら書いてどうなるのかとね。あくまで僕自身の問題で、読む側にはなんの関係もありませんので、いい迷惑だろうなぁとも思ってはいます。
 まぁ、立ち止まるか否かは通行人の自由で、関所よろしく足止めをするわけではありませんので、こうして書かせていただくことにしました。

 寿多袋01

 このブログ、随分と前からやっていた気がするんですが、よく見たらまだ5年なんですね。7年くらいやっていた気がしていました。けれどよくよく考えれば、あの大震災直後から始めたわけですから、僕の年月の感覚が狂っていたってことなんでしょうね。
 後輩(といっても僕の歳の半分以下)の女の子と悪友に「一緒にやるんなら気楽でしょ?」ってな感じで言われて、あまりに迫ってくるもんですから断るに断れず書き出しました。
 この「一緒に」っていうのは文字通り「一緒に」でして、本でいうなら共著ということになりますね。「誰かが書きたい時に書けばいいよ」ってなことです。
 そうそう、悪友がこうも言ってましたね。
 「俺の教え子に読めるように書いてくれよなぁ。読ませるんだから。」

 寿多袋02

 記事は未公開を含めると362件あるんです。公開されているのは353件。その全部に近いものを僕が書いたわけですが・・・。
 僕は義務感が強い方なので放置っていうのが許せなかったんですよ。たとえばネトゲでもね。
 しかし最初と話が違うでしょ?一緒に書いてないし。彼らの記事はほとんど未公開になってるしね。下書きのままとか。

 ブログの最初の記事に「リハビリがてら」って書いたのですが、あながち誇張でもなかったんです。
 あの当時ね、僕は対人恐怖症というか、対人嫌悪症になっておりまして、人と会って話すということに嫌気が差してましてね。仕事でも最小限度で用件を伝えると、あとは「うるさい。黙れ」ってな具合だったんです。こちらも沈黙、あちらも沈黙。
 それを見かねて彼らが僕を焚きつけたんです。放っておくと「また引きこもっちゃう」みたいな。
 言葉というのは使ってないと使えなくなるんですよ。外に向かって出していないと書くこともままならないんです。
 でね、彼らから言われたから動いた。それは確かにそうなんですが、もうひとつ理由があるんです。いや、挙げ始めたら一つじゃ足らないんですが細かなものは省くことにしてね。
 先に"LE PETIT PARISIEN "のオーナーの石川さんが少し「水曜荘」のお話をされていましたが、その水曜荘主人である酒井徳男さんが出していた同人誌、それが動き出す気持ちを与えてくれたんです。

 寿多袋03

 この同人誌は、趣味誌「寿多袋」と名付けられていて非売品、会員配布のみで限定300部。ガリ版刷り。手作り装丁。
 昭和42年8月に創刊号が出され、主催者の酒井徳男さんが亡くなる直前に出された昭和45年1月の「三十號記念」が最後。同年2月に出された「別冊追悼号」を含めても全31冊です。
 僕は残念ながらこの31冊の「寿多袋」以外の酒井さんの本を持ってはいません。借りて読んだものはありますけど。
 その酒井さんがこの趣味誌のなかで「好きなものを書きたいように書いて、千人の知らない人に読んでもらうより、少なくても確実に読んでくれる人の手に渡った方が良い。そこに同人誌の楽しさがある」と言われているんですよ。
 それはね、僕たちが学生時代にやっていた同人誌作りや交換日記の記憶が数えきれないほど詰まっていた言葉だった。
 もちろん「寿多袋」ほど贅を凝らしたものではありませんでしたけど。
 この酒井さんの言葉を見直した時に、「もう一度、書いてみようか」という気持ちがおきて来たのです。

 寿多袋04

 創刊号の執筆者は、水曜荘主人(酒井徳男)、八木福次郎、蘭繁之、岩佐東一郎、酒井秀夫。版画を宮本匡四郎、蘭繁之。カットを酒井秀夫。次号以下では、田中冬二なども参加しています。
 しかも、冊子中に実物見本が貼られています。古銭、メンコ、鉄道乗車券、観劇割引券、写真等が印刷ではなく、実物です。
 会員の中には「いつ実物見本がつきるのかが楽しみ」などという人もいたとか。何しろ300冊分の実物見本を毎月用意するわけですからね。そう容易いことではないです。

 寿多袋10

 第参號にこんな前書きがあります。

 「夏よ、さようなら」 酒井徳男

 とうとう念願の素浪人になることができた。昭和十六年に国民新聞社に入社。軍艦マーチ華やかなりしころ、都新聞と統合、東京新聞となった。ここでちょっぴり人生の悲哀を感じたが、その次には、兵隊で、こんどはなンと大日本帝国の敗戦だ。それから二十年たったら、東京新聞と中日新聞の業務提携という名の吸収合併。
 いうなれば敗け、敗け、敗けの連続だが、この敗けが人生の味だ。白虎隊も、彰義隊も、新選組も、勝ちどうしだったらロマンにもならぬ。敗けの味が人生の味、人生の味が浪人の味で、こんなことでもなければ、念願を果たすこともできなかったはずだ。
 おう、東京新聞よ、グッド・バイ。 …

 寿多袋05

 酒井さんはこの趣味誌を出す前年、大病を患い死の淵を彷徨い、余命宣言を受けました。「寿多袋」を立ち上げて僅か2年半足らずで世を去ります。決して万全ではなかったはずなのに、このエネルギーの充実は何なのでしょう。そこに趣味人としての生き様を見たというには、あまりに凄まじい道楽人生です。
 水曜荘文庫での最後の著書「らくがき古書道楽」にはそうした彼の粋が詰め込まれています。酒井徳男という人の人生を思うとき、この本を読むと感動がこみ上げてきます。
 僕にはこんな超越した道楽の道は歩めはしないけれど、何もしないで終わることのないようにしたいとの気持ちは少しくらいはあります。
 そこで、やはり酒井徳男さんの言葉を創刊号からお借りします。

…生きている限りは、何かしてみたい。何もしたくない人も、むろんいる。私は何かしてみたいの部類に属する人間で、何かする、とは、私にとっては何かを書く、ということでもある。以後、水曜荘主人の個人趣味誌として、好き勝手なことを草して行こうと思う。何も彼も自由なようにみえて、真実、自由なものは、実は何一つない。自由とは心の中にのみある、と言った人もある。心の中でのみ自由をうたっても、それが声にも歌にも文章にもならなかったら、何にもなりはせぬ。自由は心の中にのみある、とは、自由はない、というのと同じではないか。
 私は、かねがね、好き勝手放題な文章を草し、それを書物のかたちにしてみたいと考えていた。これは、できそうで、なかなか実行困難なことであった。そういう志を持ってから二十数年が無為に過ぎてしまったのを以ってしても、いかに難事であるかがわかる。…

 そう、自由というのは伝えることができて初めて「自由」と言えるんです。誰かに伝えなくとも、自分に実感を与えられるものを自由と言うんです。
 僕はあの当時、きっと周りから見て不自由に見えていたのだろうと思うんです。だから、背中を、ド突かれた。
 そうして、つけてもらった勢いは時折減速してしまうけれど、止まるまでにはもう少しだけ時間がかかると思います。ですから、もうちょっとだけお付き合いしていただけるなら嬉しいです。

 ところで、先日ね、鎌倉に打ち合わせに行きまして、ついでに長らく不義理をしていた恩師の墓参をしてきました。その折、恩師の書庫から数冊、譲りうけたものがありますので、近いうちにご紹介します。



 
 
 

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キリギリス

 昔、昔のことです・・・。
 そう書いてしまうと本当にあったことでもなかったことのように響き、すべては遠い過去において終わってしまったかのように思えてきます。

 君は自分を「昔」に置いて話すことができますか。
 それは君にとってどんな意味をもつものなのでしょう。
 
 過去というアルバムにページの制限はありません。もちろん空白のページもありはしません。
 すべてのページに自分が綴られていて、それは存在した事実に他ならないのです。けれども残念なことにこのアルバムの最初から最後までを通してみることはできませんし、二度と開くことのできないページがあります。寧ろ開くことのできないページの方が多いのが真実です。
 開いてみるページは自分にとって傷になっていることか、都合の良いことが中心となります。
 そのどちらもが思い出になってしまった瞬間に、無意識に改ざんがなされてしまう。いなかったはずの人を自分の隣に座らせてしまうのです。
 難しいのは、自分にとって一番事実に近い傷になっていることが、自分が傷ついたことよりも、自分が背を向けてしまった過ちに対する傷であること、それに付きまとう悔恨なのです。

 球技大会の時に僕が壊してしまった君のカメラはどうしたのでしょう。せっかく撮ったフィルムが駄目になってしまい、僕は君の思い出を奪ったままで今日まで来てしまいました。
 なぜ、あの時、謝りに行かなかったのでしょう。起きてしまったことを恐れてその場から逃げることよりも、リフレインする過去の方がよほど辛いものだと、なぜ気づかなかったのでしょう。
 「ごめんね。大丈夫だった?」
 そんな簡単な言葉を言うことのできなかった僕が、あの時代の自分自身の悪意の象徴のように甦ってくるのです。
 そしてそれを誤魔化そうとしてあの魔法の言葉を冠頭に持ってくるのですが、自分のことである限りお伽噺にはなってくれはしないのです。

 君に昔話をします。面白くもない話で、興味もひかないでしょうけど。
 
 昔、昔のあるところに姑息な考えしか持たなかった貧弱なひとりの少年がいました。
 彼はいつも簡単な方が近道だと考え、地味で面倒で大切なことを避けて来たのです。
 何か問題が起こると、正面から向かい合うことはとても時間がかかるし疲れることなので、効率が良いという誤魔化しを使って先送りばかりを繰り返していました。
 彼は口がうまかったので周りの人たちもその時は何となく解決したかのように思えてしまったのです。
 でも、それは途方もない遠投の繰り返しのようなものでした。
 そう、足元の小石を拾って今の自分の位置からなるべく遠くへ投げるようなことだったのです。
 愚かなことに、自分の歩く速度があまりにも緩やかに思えていたので、道はすっかり平らかで邪魔なもののないように見えました。
 春から夏までは楽しいことが多くて、しかも夏休みは終わらないと思っていた彼は、間違いに気づかないまま、信じていたのです。
 「これが正解なんだよ。」
 けれど、その小さな塊たちは彼が見ていたよりもずっと先の方で積もって固まり、まったく別の大きな山になっていました。
 彼が呑気に歩いてそこまできた時には最初の元気は既になかったのものですから、山の斜面はきつく感じられますし、比較的新しく積もった小石たちは足を滑らせますし、何かに掴まろうとしてもしっかりした木の一本も生えてはいません。彼は小さな種を拾おうともしなかったので。
 彼はもう一度以前と同じことをしようとしました。
 けれど石をつまんで改めて遠くに投げようとしても肩はあがらなくなっていましたし、本当に道を塞いでいるものは掴むこともできない大地のように強靭な塊になっていたのです。
 彼は膝を折り地面に手をついた時、やっと自分の皺だらけになった手に気づきました。
 そこで力尽きたように座り込んだ彼は、アリとキリギリスの話を思い出していました。
 キリギリスがとても羨ましかったのです。
 同じように力尽き衰えるにしても、好きなことを力いっぱいやれたキリギリスは幸せだと思ったのです。
 冬の夕暮れが近づいてきました。
 「ああ、僕はこの山を越えることはできないな。冬の終わりをみることもない。」
 彼は最後に諦めて身を横たえ、これが自分を滅ぼすのだな、と思いながら目を閉じました。
 漸く彼はうっすらと自分の間違いに気づいたのです。
 彼を滅ぼした諦めが始まっていたのは、一番最初の小石を拾って投げた時だったことに。だからキリギリスを羨んだのだと。
 彼は誰も通りかからないその道で、誰の記憶にも残らないまま、自分の投げた小石のなかで塵のように溶けて行きました。
 そこでは冬はずっと冬のままで、花も咲きはしないのです。




 


 

 

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