大空

 雨の幾日がつづき雀と見てゐる

 人気のない図書室は今日も雨音がよく伝わってくる。
 止みそうもない雨。明日はほうずき市。恐らく雨模様は変わらない。
 そう思いながらぼんやりと校庭を眺めていた。
 水溜りは鈍色に眠たげに光っている。それが外の光の色なのだと言うのを何となく不思議に感じた。
 図書室のドアが開いて女生徒が入ってきた。
 音につられてそちらを見た僕と眼が合うと、その子は迷いもなく近づいてきて、こう言う。
 「またひとりでいるんだね。」
 腕章を着けていたので彼女が図書委員であることはすぐに理解できた。
 そして、図書委員をしている、、、えっと委員をしている、、、。
 名前が浮かんでこない。
 「ん?どうしたの?」「私、何か変?」「もしかして邪魔をしちゃったかな?」「考えごとでもしてた?」
 彼女の口から続いて出てくる言葉に反応を示す隙はなく、僕はちょっと迷惑顔をしていたと思う。
 確かに昨年のクラスメイトだった。顔は覚えている。けれど名前が深い靄のなかに沈んだようにでてこない。その靄は恐らく空気ではなく、コールタールのように重い。
 「何を読んでるの?見ていい?」
 彼女は本を覗き込む。
 「詩集?誰の?」
 一息入れる感じで僕は答えた。
 「俳句。尾崎放哉の。」
 「ふぅん。」
 彼女は幾つか俯瞰するように目を通したようだった。
 「わかり難いのか、わかり易いのか、なんかそれが掴めない句だね。この人の作品、好きなの?」
 「とんぼの尾をつかみそこねたって句を読んでいたらね。何となく思い当たることがあるような気がして外を見てただけ。放哉にはそういうところがあるんだよ。」
 僕は彼女の「好きか?」という質問には答えなかった。
 放哉は金融の最前線に立っていた謂わばエリートだった。それがある時、その地位を捨てて托鉢の生活に入り、みすぼらしい寺男として働き、ついに小豆島に渡り、日記のような句を詠んで暮らし、そこで生涯を閉じた。
 落ちぶれたと蔑む人もあっただろうし、狂人と決めつけ関りを避けた人もあったかもしれない。経済的利益をすべて放棄し、日暮に身をやつすことに彼はどんな夢を見たのだろうか。
 「そうだね。わかるようでわからないよね。僕は放哉を理解はできないけど羨ましく感じているんだよ。身を軽くすれば自分自身を理解することができて、生きていることが身近に感じられるんじゃないかって。僕には絶対にできないことなんだけどね。」
 「出来ないのは怖いから?」
 彼女はそう尋ねてきたきたけれど、やはり僕はそれには答えなかった。

 両手をいれものにして木の實をもらふ

 事實といふ事話あつてる柿がころがつてゐる

 曇り日の落ち葉掃ききれぬ一人である

 水たまりが光るひよろりと夕風

 あすは雨らしい青葉の中の堂を閉める

 彼女が僕の隣で同じページを読んでいる。僕と同じ速さで次に進む。
 見知らぬ人ではないけれど、こうしている時間は恐らく不自然そのものなのだろう。僕らを知っている生徒がみかけたら、さぞかし奇異に映る光景。
 「何となくだけど、寂しくないなんて嘘で、ひとりはたまらなく寂しい、けれど人間は絶対にひとりでいるしかないって言ってる気がするね。強い人だね。受け入れることを覚悟した人なんだね。」
 僕は彼女の感想を黙って聞いていた。特に相槌も打たなかったし、自説も言葉にしなかった。
 「今度、私もじっくりと読んでみるね。図書室にこんな本があるなんて気が付かなかった。どうもありがとう。」
 彼女はそう言って僕の傍らを離れて行った。そして管理棚の引き出しからファイルを抜き出すと図書室から出て行った。
 図書室はまた振り出しに戻る。
 梅雨は直に明けて夏になる。
 その夏空を見上げて僕はこんな風に感じることができるだろうか。

 大空のました帽子かぶらず

 やはり放哉を羨ましく思った。
 そして僕はずっと彼女の名前を思い出せない。



 ☆ ☆ 「俳句集 大空」 尾崎放哉 ☆ ☆

  放哉「大空」 初版

 初版は大正15年6月20日、春秋社からの出版。放哉の死後に萩原井泉水が編纂した句集である。
 放哉は技巧にすぐれた俳人であったが、生活の変化とともに自分の姿を直視した句を詠んでいるうち17文字という形式を捨てた。
 彼の郷里の人々は彼を変人扱いし、彼も郷里を嫌った。
 友人も少なく、音信も途絶えがちになり、亡き母への思慕を抱き、故郷を離れ流浪し、一島の小村に庵居して生涯を終えた。
 戒名は「大空放哉居士」である。


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11月の青空

 僕は習慣通りに高校の乗り場から少し離れた停留所で、目的地は同じだが経路の違うバスを待っていた。
 鞄から文庫本を取り出そうとしたその時、「せんぱーい、暇ならコーヒーでも飲みにいきませんかー?」と通りの向う側から声をかけられた。
 僕は聞きなれた声に当惑を覚え周囲を憚ったけれど、誰もその声に特別な反応を見せてはいなかった。
 たぶん学校の近いところでは、こうしたことはそう珍しいことではなかったのだろう。
 信号が変わると同時にトトトっと駆け寄ってきたKさんには連れがいた。
 「普通、女子に声をかけられたら男子のほうが走るんですよ。先輩は冷たい人ですね。」
 皮肉をこめた口調で彼女が言う。
 「まだ行くとも言ってないんだけど?」
 その短い台詞を皆まで聞かずに彼女は穂を継ぐように喋る。
 「暇なんでしょ?それとも誰かと約束でもあるんですか?」
 「いや、特別なことはいつもないんだけどね。僕に何か用でもあるの?」
 「マミちゃんを紹介しようかと思って」と笑う。
 そのマミちゃんをみると多少迷惑そうな表情が浮かんでいた。
 「お連れ様はあまり気がのらないみたいだけど?」
 僕がそう言うと、
 「そんなことないですよ。先輩は見た目より変な人で面白いって話してたんですから。」
 Kさんは笑う。
 それをどう受け取っていいのか僕にはわからなかった。けれども彼女には調子を狂わされてしまう傾向にあるようで、仕方なくいつもの溜り場へ向かうことにした。
 僕たちは表通りの見える大きなガラス窓のある席に落ち着いた。
 Kさんは連れの子を僕に紹介し、誇張した僕に関するエピソードを彼女に披露していた。
 僕には話すことが何もない。その会話に割り込むほどの関心もなかった。
 葉の落ちた街路樹を眺め、幾度か信号が変わるのを見ていた。
 「先輩、話を聞いてますか?何を見てるんです?」
 そういわれて改めて二人に注意を振り分けた。
 「葉の落ちた枝がしっかりしているので感心していたところ。あんな風に葉を散らせてしまえることを羨ましく思っていただけだよ。」
 僕はコーヒーカップに口をつけた後、そう言った。
 途端にマミちゃんと呼ばれていた子が反応を示した。
 「それってもしかして千家元麿ですか?」
 正直、僕は吃驚して彼女の顔を見た。
 僕が声もなく頷くと、彼女は千家元麿の詩について話し出した。
 その様子があまりにも楽しそうだったので、つい僕も「十一月の青空」と題された詩を暗唱してみたくなってしまった。

 十一月の青空に
 透きとほるやうに
 樹木は優しい枝を開いてゐる
 花や葉の飾りを捨てて
 さっぱりした髪となつて
 彼女は静かに休んでゐる
 彼女は意気揚々としてゐる
 どの枝も丈夫さうで
 來年まで大丈夫折れる気遣ひはない。

 今思うと高校生という僕の若さがその詩を選び出していたのだと思う。
 あの時期に見栄や照れ、嘘、外部の評価、そういったものを散らせてしまうことができていたなら、僕はもっとマシな人間になっていたかもしれない。
 
☆ ☆ 「夜の河」 千家元麿 ☆ ☆

 夜の河 初版

 「夜の河は千家元麿の5冊目の詩集になる。
 大正11年7月1日に曠野社から発刊。装丁は清宮彬。表紙、見返しともに木版刷り。
 千家元麿は白樺派の理想主義のもと、ホイットマンやヴェルハーレンなどに傾倒した。
 その作品の中核には生の神秘があり、自然の美しさを賛美した詩を生涯書き続けた。
 昭和4年、精神に異常をきたし半年もの間、松沢病院で療養を余儀なくされ、その後、10余年にわたって世俗との交渉を絶ち、外出もほとんどしなかった。
 けれど詩作に対する旺盛さは欠くことなく、昭和23年に肺炎で死去するまで書き続けた。
 彼の詩は朗らかな言葉に縁どられており、ともすると楽天的に捉えられがちだが、素の姿に対する視線は厳格であり、虚構を排した理想世界を見続けようとした意志の強さに満ち溢れている。
 それは受け手によってはただの綺麗事、欺瞞にも見えるかもしれないし、実際、僕もそう捉えていた時期がある。けれどそれらは固より同一線上のものであり、理想は欺瞞を超えた先にあるのではないかと丁度このころ思い始めていた。
 
 

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蛇苺

 高校の図書室で読む気もなく本を開いて字面を追っていた。
 季節は春に向かおうとしていて、それは僕に最上級生への進級を示唆するとともに、先輩たちが出て行く必然を示していた。
 僕はそれを頭に浮かべながらこう思っていた。

 面倒くさいことが増えるんだろうな。

 風が僕の代わりに頁を捲った。

 「先輩、何を読んでるんですか?」
 後輩のKさんが声をかけてきた。
 僕は返答する代わりに本を畳んで見せた。
 「漱石ですか?随分と普通なものを読んでますね。先輩らしくないというか」と笑う。
 「僕だって漱石くらい読むよ。嫌いじゃないし。」
 「でも先輩ってもっとこう変わった人の、たとえば岩野泡鳴とか、宇野浩二とか読んでそうじゃないですか?」
 「そういう作家が口をついて出てくる君のほうが奇特だよ。で、君はどうしてここにいるの?調べもの?」
 「違いますよ。今週は私のクラスが図書室の掃除当番なんですよ。」
 「掃除してるようには見えないけど?」
 「いやだなぁ、これからするに決まってるじゃないですか。ねぇ?」と彼女は図書カウンターの傍でかたまっていた一群に声をかけた。「なんであいつがここにいるんだ」と摘まみ出すような視線が僕に集まる。
 「そっか、じゃあ、邪魔になるから出て行くよ。」
 僕がそう言って席を立つと、10分くらいで掃除が終わるから通用口で待っていてくれと言う。
 この図書室をどうしたら10分程度で掃除が済むのか、その掃除方法が直感的に浮かんだだけに呆れて僕は生返事をしてそこを離れた。
 ここから通用口に向かうまでに5分はかかるだろう。10分なんていったら待たないのも同じじゃないか。
 僕はいつものように廊下をスタスタと歩く。不思議と知った人間に出会わないのはどういったことだろう。単なるタイミングの問題なのか。そんなことを思いながら下駄箱で靴を履き替えようとしていたら「お待たせしました」と声が届いた。
 早すぎる登場に図書室が少し可哀想に思えてきて、朝一番にいつも通りに箒と塵取りを手にしている担当のO先生が浮かんだ。明日くらいは僕も手伝ってみようか、そんな気さえも起きた。

 「新しくできたサーティワンに行ってみませんか?アイスの種類が多いんですよ。」
 「アイス?」
 それを聞いて手にコーンをもってアイスをなめている間抜けな自分の姿が頭に浮かんだ。
 「遠慮します。」
 「えー、いいじゃないですか。たまには。」
 「そういうのは友達といくところだよ。」
 「じゃあ、大丈夫ですね。先輩は友達だし!」
 僕の前に立ちふさがるな、そして、当然のような顔をしてニッコリするな、と思いはしたが諦めた。
 アイスを買って近くのベンチに彼女は腰を掛け、僕はその傍で立ったままアイスを口にした。これもいつも通りといえばいつも通り。
 「先輩に聞きたいことがあったんですよ。金魚鉢をぐるぐるかき回して金魚を殺しちゃう盲目のお婆さんの話ってなんでしたっけ?」
 それだけを聞くとまるでホラーのようだが、断じて違う。
 「いろいろと省かれてはいるけど、鈴木三重吉の蛇苺のことかな?」
 「そんなタイトルでしたっけ?」と彼女は腑に落ちない顔をした。
 
 「蛇苺」は写実主義的手法を試した短編で「桑の実」の巻末に併録されている。
 老いて目が不自由になった母がその死の少しまえに金魚が欲しいと言い出す。主人公は湯からの帰りに5匹ほどの稚魚を買って帰り、その母の枕元に置いた。しかし金魚はしばらくもしないうちに1匹2匹と死んでしまい、その原因は彼女の所作にあった。妻によれば、母は箸箱の蓋で金魚をかき回すのでそれで死なせてしまうのだという。
 その理由は「じっとして動かんから」だった。

 「僕も誰かにかき回されて死んじゃうのかな。」
 思いがけずぽつりと言葉がこぼれ出た。
 するとKさんはさも面白い冗談を得たかのように朗るく笑った。
 「かき回すのは先輩のほうですよ。しおらしいこと言わないで下さいよ。」

 ☆ ☆「桑の實」鈴木三重吉 ☆ ☆ 

 桑の實 初版

  「桑の實」は、大正3年1月1日に春陽堂から発刊。装丁は津田青楓。
 縮刷版は大正5年2月10日発行。背題字を夏目漱石、装丁は元版と同じく津田青楓、木版を伊上凡骨、象嵌を久保庭瀧之助が請負っています。
 元版には「桑の實」「蛇苺」を収録。縮刷版には「蛇苺」は収録されていません。
 「桑の實」は洋画家のもとに臨時に遣わされるお手伝いさんの話です。
 読んでいるとアサミ・マートの「木造迷宮」のヤイさんがイメージされてきますが、小説中の「くみ」はもっと家事に手馴れていない女性です。共通するのは誠意をもって人に対する点でしょうか。母性の象徴として描かれています。
 特に大がかりな事件はおきません。
 少し複雑な家庭事情を持つ父子家庭を舞台にした日常の出来事を綴っています。小説の筋の回収として足りない部分も多々ありますが、淡々とした寂寥を嫋やかに表現した秀作で、僕はその静かさが気に入っています。
 ラストは読者に委ねられるかたちで締めくくられる大人向けの童話といった作品。

 桑の實・縮刷 縮刷版



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雪空

 僕がホテルの一室で、漸く区切りのついた仕事に溜息を吹きかけて休もうとしていた時、不意に固定電話のベルが鳴った。
 時計を見ると午前五時になろうとしている。
 こんな時間に誰だ?と相手を訝り、受話器を取る。
 「もしもし。」
 返答がないので、もう一度呼びかけた。すると3秒ほどの長い間をおいて聞きなれた声が返ってきた。
 「ああ、俺だ。お前から着信があったから何か起きたのかと思ってかけた。」
 電話をかけた覚えのない僕は、またかよ、と少し苛つく気持ちをにじませて答える。
 「俺、かけてないよ。見間違いじゃないの?」
 「いや、確かにお前からかかってきてる。」
 父は断言する。
 二言三言無益な応酬が続き、「それじゃ、携帯確認するからちょっと待っててよ」と少し乱雑に受話器を置いて、ベッドランプの下に置いてある携帯電話を取りに向かった。
 発信履歴を確認する。
 やはり発信した形跡はない。
 黒塗りの受話器を取り上げて「もしもし、やっぱり俺、かけてないけど」と語調を強めて伝える。
 しかし返答がない。
 「もしもし、もしもし?」
 確かめるように僕は呼びかけた。
 けれど耳に当てた受話器は磨き上げられた黒曜石のように冷たく、確固たる沈黙に満ちていた。
 無駄と知っていて、もう一度呼びかけようとしたところで、ふつりと眼が覚めた。

 枕元にあるスマートフォンを取り上げて時計を見る。
 午前五時。
 夢とほぼ同じ時刻。

 僕はしばらく携帯電話を胸に伏せたまま目を閉じ、間を置いてから持ち直して日付を確認する。
 1月8日。
 もう一度心のなかで復唱するように日付を確認し、思い当たったことを声に出した。

 四十九日か。

 四十九日法要は納骨の時に併せて済ませたのだが、頭のどこかにその日付が残っていたのだろう。
 父は昨年の11月に逝去した。
 享年82歳。
 その人生が短かったのか長かったのかは僕にはわからない。
 父が如何なる生き方をしてきたのかも知らない。
 もちろん世迷言のようにぽつりぽつりと話し聞かされたエピソードはある。
 幼少時に母親と死別し、祖父に厳しく躾けられていたこと。田舎ではガキ大将で随分と無茶をやらかしたらしいこと。
 中学卒業と同時に単身で東京に出てきて工場勤めをし、20代半ばには自分で樹脂加工の工場をつくり一時期はえらく羽振りが良かったらしい。しかし、取引先に騙されて特許技術を失い、あげくは主要取引先倒産の煽りを受けて工場も自宅も失った。
 この倒産の直前に僕が生まれた。そして一家は僕が保育園に上がる前に離散した。

 文庫本のカバーに書かれてある極めて簡単な粗筋のようなものしか持ち合わせてない僕は父のなにものをも記すことができない。
 僕が知る断片をいくら集めてきても一枚のタペストリーになり得ない。纏め上げるだけの端切れも糸も、縫い合わせるための針さえ持ち合わせてはいないのだから。
 父と共に暮らした時間は短く、印象もさほど残ってはいない。ここにきてやっと、子供の頃に親と過ごすことの大切さをほんの少し分かりかけた気がする。

 父の通夜の席で親戚がこんな話をしていた。

 「誰にも看取られずに孤死する老人や独り暮らしで自殺する老人が多いなかで、最後に息子と娘に看取られるなんていうのは幸せだよね…。」

 それはしんみりとして、どこかつくりものめいていた。

 独り暮らしで自殺する高齢者が多い。

 僕はその言葉を繰り返し、彼女に問い返すべき言葉を思っていた。

 「高齢者の自殺における割合で、独り暮らしは全体の5%に満たないのですよ。ご存知ですか?自殺者の大部分は家族があったり、施設などで共同生活者がいたんです。独り暮らしの高齢者に自殺者が多いなどというのはあなた方の思い上がりなんですよ。」
 
 そう言おうとして、やめた。

 その日のことを思い出し、今さらながらに、もう二か月も経とうとしている時間を考えた。
 そして素直に僕は自分の姿を見つける。

 そうか、僕は父に話したいことがあった。
 あの死の瞬間に伝えたかったことではなく、今、話したいことがある。
 話したがっているのは、僕だ。

 日の出まではまだ時間がある。
 開けた窓から冷気が吹き込む。
 夜の名残を纏った一月の未明の空には、僅かに、気のせいであるかのような細かな雪が粗く散らばっていた。




 
 

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エピソードα ~ Somewhere in Time ~

 深夜から降り出した雨が正午過ぎに漸くあがりました。
 明るさを取り戻した空を見上げると地平近くに、飛び立つために広げられた翼のような形の雲が目に映りました。
 変哲もない雲がその様に見えたのは、僕がそう見たかったからなのでしょう。
 人は見たいものを見ているのです。
 嫌悪すべきものも、畏怖させるものも、憧憬さえも、見ることができるのです。
 空に描かれた翼は誰のためだったのでしょうか。
 僕の翼ではないことは確かです。僕の翼であるのなら、それは剥ぎ取られた残骸であったということです。
 でも空にあったそれはあまりにも清らに映えていたので、君の翼の象徴であったと思います。

 この日、ブリジストン美術館で長く学芸員を勤められた金森さんが北鎌倉に開いた蔵書票ギャラリーをひと月振りに訪ねました。
 ひと月前は、ホームを降りると北鎌倉全体を木犀の香りの風が柔らかく包み込んでいたのに、それが記憶違いのように、町には枯れ葉の匂いがしていました。
 紅葉はまだ先のことながら、秋はこうして僕たちの周りに溢れていきます。

 金森さんのギャラリーは「青騎士」という名で、これはドイツ表現主義派を牽引したカンディンスキーとマルクが主催した機関誌から採られています。

 北鎌倉駅を降りて円覚寺前の通りを明月院方面に向かって歩いていくと三叉路が現れ、真直ぐ行けば建長寺、左に折れれば明月院。
 「青騎士」は左に折れて直ぐの右側にあります。
 丁度、ミュシャとアール・ヌーボーの蔵書票展をやっていました。
 小さいながらも展示されている作品の情報量は多く、特に僕の目を引いたのはスペインとイタリアの蔵書票です。
 イギリス、フランス、ドイツの作品は日本でも多く見かけますし、チェコの蔵書票は最近はよく取り上げられるようになりました。けれどスペインとイタリアの蔵書票はあまり目にする機会がありません。思えば古書大国である両国に優れた蔵書票作家がいるのは当然のこと。その当たり前のことを金森さんのギャラリーで拝見するまで気が付かなかったとは、僕は何という穴だらけなのでしょう。
 金森さんの蔵書票語りは親しみがあり、造詣に富み、エピソードも興味深く配置されています。
 訪れた際には、人懐こい笑みを絶やさない金森さんにぜひ声をかけてみてください。
 決して怖い人ではありません。ご安心を。
 こんな風に尋ねると面白いお話をしてくださるはずです。

 「この紋章を覆っている羊歯みたいなのは何ですか?」

 僕はここで栗田政裕さんが制作した蔵書票を1枚購入しました。
 それを包みながら金森さんは「めったに売れることがなくて」と笑います。
 多くの人に蔵書票を知ってもらいたいという気持ちだけでお作りになられたギャラリー。
 これもまた道楽なのでしょう。
 そして空間を維持するためのご苦労も大変なものと察せられます。
 
 ギャラリー「青騎士」を出て鎌倉に向かって歩き出し、途中の小道とも言えない本当に見落としてしまいそうな細い通路の奥にある喫茶店に立ち寄り、遅めのランチを食べたのですが、うっかりお店の名前を確認するのを忘れてしまいました。もう一度見つけるのは難しいかもしれませんね。そこもまた趣味のお店のようでしたから。

 夜、仕事の打ち合わせを藤沢で終わらせ、和田塚にあるペンションに宿を取りました。当夜のお客は僕を入れて3組5名。夕食は鎌倉まで出て小町通に入ってミルクホールのある路地の少し奥にある「梅の木」で摂りました。今年の7月にできた新しい店内は清潔感に溢れて、お店のスタッフも細やかに対応してくれました。

 宿に戻ってもなかなか寝付けない夜。
 面白くもないテレビを点け流して、鞄にいれておいた本を捲っては目を閉じるふりをする。
 眠れない理由は何なのでしょう。
 身体を右に左に転がしているうちに、滔々と朝が白み始めました。
 うとうとしたのは6時のニュースの最中、しばらくすると携帯のアラームが朝食の時間を教えてくれました。
 簡単な朝食を食べて宿を後にしたのが午前九時。
 江ノ電で一駅先、鎌倉。
 若宮大路の人込みを抜けて杉本寺の方へ歩を進め、「分かれ道」を折れて、知人のアトリエを訪ねました。
 通された部屋のなかが珍しくあまりにも整理されていたので驚いていると、彼は照れたように「今は何も作る気がしなくてね。だから座る場所があるんだ」と言いました。
 僕は彼に頼まれた書籍を渡し、彼はそれを確認すると「ありがとう」と言い、「今日は出かけちゃうけど、ゆっくりしていっていいよ。鍵はいつものようにポストに落としておいて」と紅茶を勧めてくれました。 
 彼が出て行った後、アトリエの広い陽だまりに残された僕は、片付いた机の上に持っていた太宰の「女生徒」を広げ数行目を落としました。

…箱をあけると、その中に、また小さい箱があつて、その小さい箱をあけると、またその中に、もつと小さい箱があつて、そいつをあけると、また、また、小さい箱があつて、その小さい箱をあけると、また箱があつて、さうして、七つも、八つも、あけていつて、たうとうおしまいひに、さいころくらゐの小さい箱が出て來て、そいつをそつとあけてみて、何もない、からつぽ、あの感じ、少し近い、パチツと眼がさめるなんて、あれは嘘だ、濁つて濁つて、そのうちに、だんだん澱粉が下に沈み少しづつ上澄が出來て、やつと疲れて眼がさめる。朝は、なんだか、しらじらしい。…

 そこまで読んでパタンと頁を閉じる。
 疲れているなと自分でも感じます。理由はありすぎてひとつひとつ数えきることはできません。
 小さなひとつも、大きなひとつも等しく僕を打ちのめします。理由の大小は僕を疲弊させる力に比例してはいないので。

 どうして僕はここにいるのだろう。

 背中にあたる日差しは大きく取られた窓から十分な暖かさを僕に与えてくれています。
 不意に「シスカ」という単語が頭に浮かびました。
 何であったか凝っと思い出そうと努めていると、君が本を読み上げる声が幻聴となって僕の記憶を開きました。

…シスカ、二十七里向ふに日ソ國境のある村だ。僕たちは随分北にやつて來たもんだ。こんなに北に來たけれど、ここはまだ僕を満足させない。土人の家にいつたつて、森永のチヨコレートがあるやうに、僕の眼の前には何時も愚劣な文明がちらついている。…

 シスカとは敷香と書く択捉にある村の名前で、僕は君が朗読した丸岡明の短編で初めて知ったものでした。
 けれど僕はそれ以上のことは今も知らないでいます。町の名前の載った小説しか僕の手の中にはないのです。

 僕はどの方向へ、どこまで行けば十分だと思えるのでしょうか。
 動きたくない気持ちと動かずにはいられない気持ちとがいつも反目しあっています。

 生きるということ自体が徴兵に取られることのようにも思えてしまうのです。

 そこから逃げる手立てはあるのでしょうか。
 丸谷才一の「笹まくら」は徴兵忌避者の話でしたね。
 主人公は現実には不可能であった徴兵忌避に成功しました。
 死を選ぶことなく生きることで逃亡を達成したのです。
 主人公は徴兵前に出会った女性との短い恋の日々を幸福の象徴として逃亡し続けました。
 それは絶対に讃えられることはなく、英雄であるはずもない生涯恥ずべき行為なのですが、自由を妨げられた人々が真に望んでいたことの唯一の成功であったのです。

…人殺しをしたくないための行為が別の人殺しをもたらす。…

 彼の逃亡は世情の矛盾に曝され続け、自分が生き残るために別の死をもたらしました。
 もし僕が今の「生」という徴兵から逃亡したとすれば、どういう矛盾と犠牲が生じるのでしょうか。

 僕以外いない静かなアトリエ。
 冷たい風の届かない偽装された陽だまり。
 ひょっとしたら僕も存在していないのかも知れないと思わせるその穏やかさの中で、僕は机の上の大切なものを囲い込むように腕を置き、そしてそれらを上半身で庇うように伏せました。
 僕は何を隠していたいのでしょう。
 思い出そうとすることにも疲れました。
 今は眠い、のです。 
 少しだけ眠らせてください。
 どんなに疲れていようとも、目が覚めたらきちんとここから出て、また歩き出します。
 そうしなければならない理由は、そうしたくない理由と同じ位にあるものですから。

 青騎士01 
 ≪ギャラリー青騎士≫
 神奈川県鎌倉市山ノ内186-3
 ℡ 0467(40)4110
 営業時間:10時~17時・木曜日定休

 女生徒 太宰治「女生徒」(砂子屋書房・初版)

 柘榴の芽 丸岡明「柘榴の芽」(日本文學社・初版)

 笹まくら 丸谷才一「笹まくら」(河出書房新社・限定版)






 


 
 
  

 

 
 
 

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